23話 クエスト失敗
あれから二カ月程が過ぎた。
今日も今日とて魔法基礎学の授業である。
お嬢様は相変わらず授業には乗り気ではないようで、俺に教えるところがなくなった後、また頻繁にボイコットするようになってしまった。
今日も何とか説得して授業に出てもらっているものの……。
「魔法はお嬢様もご存知の治癒魔法や、炎、氷、風、土といった基本属性魔法がありまして……」
エリナさんもエリナさんで、いつまで基礎をやるつもりなのだろうか。
こうも反復内容ばかりでは、お嬢様ではなくともボイコットしたくなるというものだ。
一生懸命解説しているエリナさんには悪いが、現在の授業内容は俺ですら聞き飽きていた。
そのため、勝手に別の段階へと興味を注いでいたのである。
それは、この世界において魔法とは何か、である。
この異世界において、魔法は一般的に使用されているが、使用者の限られる高等技術だ。
魔力は貴族としてのステータスとして採用されることから、その重要性は推して量るべきだろう。
では、この魔力とは何で決まるのか?
魔法はどのような原理で動いているのか?
この世界の魔法は、今までの異世界の経験則に基づいた決定的な何かがない。
例えば、空気中の原子構造を操作するだとか、大気に満ちているマナを使用するだとか、そういった理論的、あるいは超常的な原理のことだ。
体内の"どこか"にある、魔力を"使い"超常現象を起こす。
その超常現象を起こす作用を、呪文が補助する。
わかっていることはそのぐらいで、魔力が何なのかや、魔法の存在そのものに対する答えは見つからない。
呪文や効果の体系化はされているようだが、何かが大きくずれているような印象を覚える。
この世界の魔法は、根本的な何かが違う……?
授業を受ければ受けるほど、その違和感は強くなり、授業に身は入らなくなっていった。
* * *
「はぁー、休憩ですわ。もうくたくたよ」
くたくたと言いながら、解放感からつやつやしたお嬢様がさっさと退室していく。
そういえば、今日もお嬢様の魔法は見られなかったな。
「……」
当初は真面目に授業を受けていた俺も、最近は授業を聞いていないことがバレているらしく、エリナさんの頭痛のタネとなってしまっている。
誠に申し訳ない。
お嬢様の後ろ姿へ丁寧にお辞儀をしているエリナさんに、思い切って相談をしてみることに。
「エリナさん。この世界の魔法についてなんですが……」
「はい、なんでしょう」
「ええと……」
ダメだ、考えていることが上手く口に出せない。
「ちょっと試したいことがあるので、庭の扉を解放していただけますか?」
「ええ、構いませんが……」
口頭での相談を断念した俺は、以前より気になっていたこの世界の"魔法"という存在そのものについて、実験を行うことにした。
今までの異世界経験則のどれにも当てはまらないにも関わらず、この世界では"俺でも"魔力の流れを感じ取ることができる。
この二カ月程で、風を操ることはもちろん、簡単な炎の矢を飛ばす魔法まで、様々な魔法を習得した。
授業中こそ呪文を詠唱しているが、恐らくこの世界の魔法は……
無詠唱で行使できるはずだ。
開いた中庭に向かって仁王立ちし、左腕を前に突き出す。
手の形は熊手。ピリピリとした痺れにも似た魔力の胎動が末端神経を刺激する。
「ずっと、気になっていたことがありまして」
「気になっていたこと、ですか?」
この世界の魔法体系はおかしいのだ。
普通なら四大属性といえば『火・水・風・土』だが
この世界では『炎、氷、風、土』とされている。
魔法陣の言語知識に齟齬がなければ「火」とは固体が熱を発している状態のこと。「炎」はガスが燃えている状態のことだ。
この世界に置いての炎魔法は、ガスを燃やしていることと同じになる。
なのに「水」ではなく「氷」を基本属性として教える点も不可思議だ。
水は液体、氷は固体……。
個体を操る方が簡単なのだろうか?
いや、しかしその仮説なら、火の魔法が基本属性ではない事はおかしい。
そうして考え着いた結論を、俺は今、実践してみるつもりなのだ。
「はい。水魔法を使ってみます」
「水の魔法!?
上級魔法ですよ、そんな難しい魔法、教えてもいないのに……」
「多分、大丈夫です」
この魔力の流れを、変えたい形にイメージして……。
水だ、氷ではない、水に変える。
流動体ではなく、円形の水塊だ。
明確なイメージを持って、指先から魔力を少しずつ出すんだ。
形作れ……俺の思い描く、水を!
──ぽわん。
「! ──出来っ」
バシャァッ!!
出来た、と思った瞬間、指先に留まっていた円形の水塊はその形を支えきれずに崩れてしまった。
やはり、そうか。
この世界の魔法は、イメージを具現化する力なんだ。
だから、流動体より固体である氷が操りやすく、暖炉などで燃える気体が身近にあるがゆえに炎が操りやすいのか。
あとはそのリソースとなる個々の宿している"魔力"が何なのかがわかれば、俺の少ない魔力も何とかなりそうなんだが。
「どうも、ありがとうございました」
「い、いえ、ご利用ありがとうございます……」
退室する際、エリナさんの態度が妙によそよそしく感じた。
なぜだ。
俺がやったことなんて、ただの実験で、水魔法を無詠唱で行使したぐらいで。
あっ……。
* * *
「はぁっ!!」
武術の授業は相も変わらず立ち合い稽古が基本だ。
実践で学ぶのが一番というライネスさんの考えに基づいているらしいが、同じ相手とばかりやっていると変な癖もつくというので、たまにライネスさんも混じって来る。
この人、絶対自分が参加したいだけだろ。
「やーーっ!!」
今はお嬢様と俺との立ち合い稽古中。
例によって俺は槍、お嬢様はメイスを持っている。
すっかり手になじんだ、お互いの得意武器だ。
「そこよ!」
お嬢様のメイスが振りぬかれる。
そうです、そこですお嬢様。
ここ数日、一緒に勉学に励むことで、魔法はわからないが、武術に置いては、俺とお嬢様には相当な練度の差があることがわかっていた。
そのため、上手い事お嬢様を追い詰めつつも、詰めを甘くし、逆転されるという方法をここのところ毎日とっている。
運悪く当たり所が悪く頭蓋骨が凹んでしまっても、ライネスさんの治癒魔法は迅速かつ完璧に治癒してくれるので安心だ。
今回も回避しそこねたように見せかけた隙を作り、お嬢様にそこを打ち込ませた。
槍を滑らせ、無理な体勢で受け止めたように見せ、大げさに倒れる。
「うっ!」
思いっきり尻もちをついてしまった。
「は~い、そこまでね~」
ライネスさんの間延びした声が立ち合いの終了を告げる。
武術では連戦連勝のお嬢様、さぞかしいい気分でいらっしゃるだろうと思いきや、おや、おやおや……?
「……」
苦虫を噛み潰したような表情をしていらっしゃいますね。
メイスを握る手にもバッキバキに力が入っています。
どうしてしまわれたのでしょう。
「……フン!」
お嬢様は鼻息荒く、粛々と武器のお手入れを始めてしまった。
ライネスさんが治癒の為に寄ってきて、ただでさえ垂れた眉をさらに八の字に曲げる。
「お前……へたくそだなぁ」
と言われましても。
お嬢様に負けるのが目的なので、それでいいのだ。
* * *
「お嬢様、お待ちください、お嬢様」
「イヤですわ! あなたの声なんて聴きたくもなくてよ!」
困った、酷い嫌われようだ。
思い返せば、魔法学でいい気にさせたのは初日から数日だけ。
それ以降は、お嬢様に構うことなく独自で魔法学に熱中。
武術では初日の失敗を取り戻そうと、八百長試合を上手く続けていたはずなのだが。
残念ながら、お嬢様の俺に対する態度は、硬化の一途を辿っていた。
こういう時、頌路なら……。
「そう仰らずに、お嬢様。私がエスコートいたしますので、ガーデンにでも行かれませ──」
──パァァン。
屋敷の廊下中に反響する、肌と肌のぶつかり合う音。
お嬢様の玉のようなお肌と、荒れた俺の頬がぶつかった音だ。
いや、どう艶やかに説明し繕ったとしても、この事実は美談にはならない。
はたかれたのだ。
お嬢様の手が、俺の頬を。
その筋ではご褒美かもしれないが、俺にそんな趣味はない。
親父にもぶたれた記憶はないのに。
「ついてこないでくださいまし!」
とどめに、ついてくるなという一撃。
なぜここまでされなければならないのか。
自身の置かれた環境に、必死になってこの世界のクエストをこなそうとしている自分に、段々と腹が立ってきた。
なんでここまでしてやって、こんなことをされなければならないのか。
こんな理不尽な異世界、くそくらえだ。
「……失礼します」
踵を返し、自室へと向かう。
わめくのは簡単だ。
だが、俺も大学生。もうすぐ日本では成人を迎えるし、この世界での常識で測れば立派な大人なのだ。
だから、もう辞める。
正規の方法で、諦めてもらおう。
「……見ておいででしたか」
廊下を角を曲がると、執事風の老紳士、セバスチャンが幾分か落ち込んだ表情で姿を現した。
「はい」
「申し訳ございません。私ではお嬢様をご満足させるには至りませんでした」
セバスチャンは次の言葉もあるのだろう、と既に身構えている。
力の入った姿勢ではなく、話を聞こうという姿勢だ。
俺のようななんちゃって大人対応ではなく、真に大人の対応であった。
「私なりに努力はしてみましたが、お嬢様にこうまで嫌われてしまっては、どうにもなりません。
お役に立てず申し訳ないのですが、送還してください」
帰りたい。
日本に帰りたい。
どんな無茶なクエストからも逃げ出した事はないつもりだったが、こういうのは俺の管轄外だ。
お嬢様を倒せとか、魔王を倒せとか、そういうクエストになら耐性がある。適正があると言い換えてもいい。
人間だれしも向き不向きはあるのだ。
幸い、この異世界は屋敷内に限れば平和に見える。
失敗したからと物理的に首を切られるようなことはないだろう。
セバスチャンのこの態度を見るに、彼も俺を見限っているであろうことは傍目からも明らかだ。
「……仕方ありませんな。
とはいえ、突然出奔されては私の信用にも関わります。
お骨折りいただきますが、明日は屋敷中の者に挨拶を済ませ、送還は明後日ということに」
「はい、もちろんです」
……気分が悪い。
* * *
──翌日。
運の良い事に、お嬢様はクライヴ=ハルシオンなる侯爵家の立食パーティに出かけている。
今日中に屋敷の方々にご挨拶を済ませておく。
「そうですか……セバスチャンの紹介ですから期待していましたが、難しかったようですね」
「奥様、申し訳ございません」
カプチーノ家当主の妻、アサデガルド様。
ご自身が病弱であらせられるが故に、スーパー健康体な一人娘のリヴェーラお嬢様を可愛がっていらっしゃるのだが、最近のわがままには辟易していらっしゃる苦労人のお方だ。
という知識は知ってはいるが、奥様、旦那様共に普段からお話しする機会などそうそうあるものではなく、挨拶以外でここまでしっかりと話したのは初めてである。
──コンコンコン。
音楽のように軽快なノックだ、これは間違いなくセバスチャン。
「お入りなさい」
セバスチャンが音も無く入り、一礼。
相変わらず完璧な執事の人だ。
この人の、この仕草も見納めかと思うと、なんだか心に湧き上がるものがある。
「旦那様がお戻りになられました」
「まあ、早かったのね」
「ダイスケ、奥様にご挨拶は済んだのかな」
「はい、セバスチャン。
それでは、奥様、お名残惜しく存じますが、失礼いたします」
静かに扉を閉め、今度は慌ただしく旦那様のお迎えに玄関へ向かう。
どたばたと音を出すのは論外。静かに、そして迅速にお迎えに上がるのが執事の役目なのだ。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ご苦労、セバスチャン」
カプチーノ伯爵家当主、ラーヒズヤ=カプチーノ様だ。
この方はリヴェーラお嬢様との仲はあまりよろしくない。
とはいえ、挨拶以外でまともに言葉を交わしたことはない。今日までは。
「ところで、娘はどこだ? 先に帰ったというので、慌てて会場をお暇させてもらったのだが……」
幾分かピリピリした声色で問うてくる旦那様。
「いえ、お嬢様はお戻りではございませんが」
セバスチャンが答える。
あのお嬢様のことだ。
どうせ無茶を言って寄り道でもしているに違いない。
いつも腰巾着のようにお付きの二人がそれに巻き込まれて……。
「旦那様!」
「フェンベル嬢、アカーシャ嬢。二人共、どうされたのだ?」
「お嬢様が……リヴェーラお嬢様が!」




