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22話 圧倒的勝利

 魔法基礎学の後、俺たちは離れにある道場へと移動した。

 渡り廊下を抜けた先にある道場で、武術の授業以外で使われることは滅多にない場所だ。


 意気揚々と前を歩むお嬢様の後を追い、道場へと到着すると、そこには、既に一人の男性が待っていた。


 第一印象としては、背が高い。

 次に、その絞られた立派な体格が目に入る。


 だが、おっさんである。


 しかも、なんだこのやさぐれた顔。

 全てに絶望しきったような、どこを見ているかわからないような、覇気の感じられない顔、鏡でも見ているかのようだ。


 色あせた柔道着のようなものを着込んでいる身なりも、完全に貴族の家庭教師という職業からは浮いている。


 一体、どんな人生を歩めばこんな人相になれるというのか。

 昼間から暗い部屋で酒でもかっくらってそうな、見事なやつれ顔である。


 カプチーノ家もカプチーノ家で、なぜこのような人物を雇っているのだろうか……。


「今日からお嬢様と一緒にお世話になります、ダイスケです。よろしくお願いいたします」


 だが、挨拶は重要だ。

 異世界では、挨拶を忘れただけで攻撃される事も考えられる。


「これはご丁寧にどうも。

僕はライネス=アスガルド。

武術全般の教師をしています」

「存じております」


 ぼーっとしているとよく言われる俺の目線と、やさぐれたおっさんの目線が絡み合う。


「そう。

君はどこか僕に似ている気がするね」


 お断りだ。

 俺はあそこまでやさぐれてはいない、はずだ……。


 * * *


 スラリとしたスウェットのような訓練服の上から、分厚い麻を編み込まれた帷子(かたびら)のような道着に着替え、道場に立つ。


 俺は割と形から入る性分なのかもしれない。

 気分は一流スポーツマンだ。


「今日は二人いるので、立ち合いで練習できますね。

各々、好きな武器をとって」


 ライネスさんがおもむろに道場の壁を動かすと、収納してある様々な武器が目に入ってきた。

 

 両刃の直剣、片刃の湾曲した剣、巨大な大剣、細身の槍、三又の槍、コンパクトな手斧、両手でなければ持てなさそうな戦斧、メイス、チェーンクロス、なぎなた……。


 凄いな、この世界の武器に関するレベルはどうなっているんだ、日本育ちの俺でも知っている武器がずらりと並んでいる。


 さすがに鎌というかハルパーのような武器はないようだが……。

 そういえば、盾もないな。


「これにしますわ!」


 お嬢様が巨大な大剣を手に取る。

 見た目からして重厚なその剣は、お嬢様の顔が小顔だと言わんばかりにその顔を刃の裏に隠してしまうほどの巨大さだ。


 おいおい、そんな大剣(モノ)その細腕で持てるのか。

 いや、よく見れば存外腕は太いようだ。

 太いといっても筋肉ではなく……太ましい、とでも表現するのが正しそうなのだが。


「なかなかの重量感ですわね」


 そりゃそうだろ。

 ……普段、どんな授業を行っているのか疑問だ。


「ほほう、さすがお嬢様、いいセンスですね」


 まるで体格に合っていない大剣を掲げ、ふらふらと千鳥足のお嬢様。

 絶対におべんちゃらである。


 俺はというと……。


 手に持った武器を軽く振り回してみると、ヒュンヒュンと風を切る音が耳に心地よい。


「……へぇ」


 ライネスさんが感嘆の声を漏らす。


「なぜその武器を?」

「ちょっとした思い入れ、のようなものがありまして」


 よく手になじむ、棒切れのように細いこの武器は、俺にとって悔恨の証である、細身の槍だ。

 あの槍(イグザガルード)よりは一回りほど細いが、形状はよく似ている。


 神器を扱うことは二度とないだろうが、同じような槍を扱う機会がある異世界に召喚された時、何とか使えるようになっておきたかったのだ。


「思い入れがあるのは、いい傾向です。

では、早速お二人で立ち合ってみてください」


 い、いきなり立ち合いだって?

 立ち合いってことは、この武器を持って戦うって事で……。


「えっ、ですが……これは刃がついている本物の武器ですよ?」

「大丈夫ですわ、ライネスはこう見えて武芸百般、治癒魔法の達人でもありますのよ!」

「いや、武芸の方は大した事はありませんよ」


「自信を持ちなさい! あなたならあの有名な剣豪、ローウェル=ザッカーバードにも勝てるわ!」

「無理ですよ、あの人はめちゃくちゃ強いんですから。ホント……」


 二人の話に出て来た、ローウェルという人物は与えられた知識には該当しない。どうやらカプチーノ家と直接の関係性はなさそうだ。


「話が逸れてしまいましたが、そろそろお嬢様が限界……おっと、立ち合いを始めましょうか。

治癒魔法は得意ですので、(きずあと)も残さず全快させますよ。

ですので、ダイスケも気にせず、お嬢様を攻撃してください」


 なるほど、治癒魔法が得意だから教師が出来る、というわけか。


 逆刃の剣にするとか、フルーレなどの安全を考えた練習用の武器を作るとかいう発想とは縁遠そうな世界だな。


 お嬢様と二人して向かい合う。


 槍の構えはどうだったか。

 間合いを錯覚させるために、相手の直線に構えて、短く持って……。


 もう、遥か昔に思える当時──。

 マイナに教わった通りの構えを思い出す。


 同時に、マイナの声が脳内に蘇る。


(覚えておけ、神器使いは神器の能力に頼った戦い方をしてはならない)


 おっしゃる通りでした。

 ああ、あの人、凄い人だったんだな。


 前回の転移を思い出すと、目頭が熱くなってくる。


 俺はなぜ送還されたのだろう、みんなはどうなったんだろうか。

 こうしている間にもユリネ王女たちの時間も進んでいるのだ。


 様々な思いが頭をよぎり、知らず知らずのうちに、構えに力がこもっていた。


「はじめて~」


 ライネスさんの幾分ゆるりとした開始の合図が聞こえた。

 槍を構え、勢いよく飛び出す。


 大剣の先端を右斜め後ろに構えたお嬢様の動きがよく見える。

 どうやら左上に斬り上げてくるつもりらしい。


 それなら──。


 身体ごと槍を回転。

 お嬢様の大剣を、俺から見て左下から勢いよく押し上げてやる。


 思わぬ力のかかったお嬢様は、大剣の遠心力に引っ張られるまま、右腰を無防備にさらす。


 ここだ!


 ──石突一閃!


 ゴスッ。


 石突がお嬢様の脇腹に刺さるにぶい音。


 違う、俺のイメージとは……マイナの槍とは全然違う。

 もっと、風を裂くように素早い突きのつもりだった。

 マイナの突きはそれほどのものだった。


「いったあああああああい!!」


 それでもダメージは甚大だったのか、激痛を訴えるお嬢様の声に、ふと我に返る。


 しまった……!

 程よく負ける事が俺の役目だったはずなのに、思いっきり攻撃を当ててしまった。


「いぎぎ、ライネスぅ!!」

「はいはい、すぐ行きますよ~」


 ライネスさんがお嬢様へ駆け寄り、迅速に治癒魔法をかける。


「大剣を選ぶセンスはさすがでしたが、彼のように自らの体格に合った武器を選ぶのも、またひとつの方法なのですよ」


 お嬢様は目に涙を溜めながら、話を聞いているのか聞いていないのかわからない表情をこちらに向けてくる。


 あ、これ、睨まれてるんだ、きっと。

 

 その後、ライネスさんの様々な説得によりお嬢様が渋々片手にもった武器は、先端が重りのように膨らんだ金属の短い棒。メイスだ。


 見た目が気に入らないとまくしたてているようだが、その有用性を解説し、お嬢様を優しく諭すライネスさん。

 やさぐれた顔してるけど、指導者としては優秀のようだ。


「……メイスは槍に強い武器ですからね」

「……わかったわ!」


 おい。


 * * *


 お嬢様がメイスを振るい始めてすぐのこと。

 ライネスさんのチョイスはあらゆる意味で正解だったようで、お嬢様の技術は見る見る上達していった。


「いいですよ、お嬢様。先端の重い武器を振り回すと、身体が引っ張られますよね、それを遠心力というんです。

メイスで大きな威力を出すなら、その遠心力を利用してください」


 遠心力については、さきほどの大剣で身を持って知っているであろうお嬢様だ、すぐにコツを掴むだろう。


 ライネスさんがお嬢様をつきっきりで指導している間、俺は一人で槍の構えや突きの練習をしたりしていたのだが。


「ダイスケ、勝負ですわ!」

「えっ」


 突然、天使のような悪魔の笑みを見せたお嬢様が、身体ごと回転させながら俺に迫ってくる。


 この動きは……さっきの俺を真似ているのか?

 お嬢様はなんだかんだ言って、よく見ている人なんだな。


「いいですよ、お嬢様。その調子でーす」


 ライネスさんの間延びした応援。

 この状況にまるで似つかわしくないまったりとした声色。


 だが、こっちはまったりとは程遠い状況。

 お嬢様の嵐のような回転攻撃の前に、全く手が出せない。


 そりゃ戦闘のプロならこれぐらいさばけるだろうけど……。

 俺はただの大学生だぞ、勘弁……っと、危ない!


 必死に回避を続けるうち、お嬢様は遠心力に身体を任せ始めたのか、高速で8の字を描くように回転し始めた。

 ウロボロスかよ。お嬢様の武術センスがヤバイ。


 まっくのうち! まっくのうち!


 脳内コールやめろ!


「ダイスケはメイスの先端に気を付けろー。当たると槍が折られるよ」


 わからいでか。

 グーはチョキに勝つというぐらい当たり前の法則だ。


 槍どころか身体に当たったら骨ごと持っていかれそうだ、いくら治癒魔法でも即死までは治せまい。


 しかし攻防一体の壁となったお嬢様のメイスに手も足も出ない。

 当たれば瀕死もしくは即死、どうすれば程よく負けられるというのか。


「お嬢様、威力を出すなら遠心力でいいんですけどー。

メイスは力任せに振るうだけが手じゃないんですよー」


 一見、お嬢様へのアドバイス。

 だが、実態は違う。既に高回転域に入っているお嬢様は急に戦法は変えられない。


「そうかっ」


 よく見れば前方こそ危険だが、足元はすっかりお留守だ。

 遠心力に任せているせいで千鳥足とすら言えるような状態。


 お嬢様の持っているメイスはさほど長い武器でもないので、リーチの有利はこちらにある。

 ならば、足払いをかければ良いのだが……。


 いやいや、待て待て。

また倒したらダメだろう。


 俺の役目はお嬢様に対して適度の負けを喫すること。

 既に一勝してしまっており、各々の武器に対する練度の差も明らかになりつつある。


 ライネスさんはお嬢様びいきに動いてくれているとはいえ、黒を白にはできまい。

 こうなったら、危険な賭けに出るしかない。


 それは……相打ちだ。


 足払いでお嬢様の足を引っかけ、勢いの弱まったメイスの柄に自らぶつかりに行く。

 先端でなければ打撲程度で済むだろう。


 そうと決めたら、早速動く!


 今は必要な時なので、長く持ってもいいですよね、マイナさん!


 槍を長く持ち、石突部分をお嬢様の足に引っかける。


「きゃぁっ!」


 予想通り倒れこむお嬢様。

 だが、その方向がまずかった。


 転倒して勢いの増したメイスの先端が、俺の顔面目掛けて振り下ろされる!


 危ない! と思った瞬間。


 危険に対して過敏に反応する俺の反射神経は、寸前のところでメイスを回避。


 結果、お嬢様がメイスごと倒れ伏し、床を砕く激しい音が道場に響き渡った。


「ダイスケ、うまくやったね。

お嬢様、すぐ治療しますからお待ちを~」


 ライネスさんが手早く治癒魔法を唱え、お嬢様の傷を治す。


「今日はここまでにしましょうかね~」


 終わってみれば俺の完勝。

 魔法基礎学に引き続き、お嬢様からの俺の株価は下がりっぱなしだ。


 見ろ、あの恨めしそうな目を。

歯ぎしりが聞こえてきそうな歪んだ口元を。

憎悪に燃えているといっても過言ではないだろう。



 ああ、今日も作戦失敗か……。


 

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