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21話 お嬢様満足計画

「クライヴ様以外の、それも冴えない殿方が学友だなんて……お断りですわ!」


 何とかしてくれ、セバスチャン。

 何ならもう送還してくれてもいい。というか送還してくれ。


 ぷりぷりと怒りをまき散らすお嬢様に、棒立ちする俺。

 セバスチャンが必死に弁明してくれているので、あとはなりゆきに任せるだけだ。


 などと考えていたら、心でも読まれたのか、セバスチャンが耳打ちしてくる。


(お嬢様にご満足いただけねば、ダイスケ殿も帰れませんぞ!)


 おい、冗談だろう。

 勝手に呼んだ挙句、勝手に巻き込んでくる。


 これが異世界というやつだ。

 異世界はどこもかしこも、例外なく理不尽極まりない。


 とは言え、ここで起死回生の妙手などあるわけはなく……。


「お嬢様、私めがお気に召さなかったとのこと、誠に申し訳ございません。

しかし、お嬢様のお噂はセバスチャンよりかねがね伺っており、密かに憧れておりました。

どうか、私めにご一緒に勉学に励む機会をお与えください」


 真っ向勝負で、持ち上げる。

 セバスチャンを呼び捨てにしたのはまずかったか……?


 最初は虫を見るような目で、こちらをねめつけていたお嬢様も、俺の言葉に機嫌が変わったのか、とりあえず怒声は収まった。


「……よろしいですわ、それでは明日から共に勉学に励む事を許します。

ただし、礼を失すれば、その首、ただではおきませんことよ!」


「はっ、はい!」


 こえー、さすが悪役令嬢。


 こうして俺は、辛うじて首の皮一枚、繋がったのだった……。


 * * *


 与えられた部屋で一泊した明朝。

 セバスチャンからの指示などは特になし。


(ことあるごとにお嬢様に挑んでは負ければいいんだったな)


 自分のやるべきクエストを確認し、燕尾服に着替える。


 今日やるのは魔法基礎学なる授業らしい。

 大学生にもなって、異世界で魔法の授業を受けることになろうとは、親も膝を抱えて泣いてしまう話だな。


 廊下へ出て、使用人たちと軽い挨拶をかわしながら、魔法基礎学の部屋──便宜上、教室と呼ぼう──へ向かう。


 魔法基礎学は庭と直結した日当たりの良い部屋で行われる。

 魔法の練習には、外と直結していた方が安全という配慮の元だ。


 さて、と。

 簡素な木製のテーブルとイスが設置された、やや肌寒い部屋に到着。

 部屋と庭を塞ぐのは一枚の扉なので、肌寒いのもやむなしか。


 ここが教室のはずだが、待てども待てども肝心のお嬢様が現れない。


「……お嬢様はいかがなされたのでしょうか」

「"また"かしら……困りましたわ」


 魔法基礎学の家庭教師というにはあまりに不釣り合いな茶色のメイド服に身を包んだ──本人曰く趣味らしい──エリナさんが額に手を当てて悩む。


"また"、ね……。

 どうやらお嬢様はサボタージュの常習犯の様子。


 エリナさんといえば、ユリネ王女の妹の名前が、似たような名前だったような……。


 いや、もう終わった事だ。気にする必要はない。

 それよりも、このままここで席についていてもお嬢様はやってきそうにない事が問題だ。


「俺が探してきます」


 と一言だけ告げ、部屋をゆっくりと出る。


 この館は広い。

 走り回るには、俺の体力では足りなさすぎる。


 こういう時は、お嬢様と仲の良い人物に聞くのがいいのだ。

 情報収集は異世界の基本だからな。


「アカーシャさん」


 お嬢様のお付きの一人、剣士風の格好をしたお嬢さんを発見。

魔法陣の知識によると、お嬢様お付きの一人、アカーシャ嬢である。


 ゆるふわなショートボブの髪をしているので、心の中ではボブと呼ぶ事にする。


 ヘイ、ボブ。お嬢様を見なかったかい?


「お嬢様をお見掛けしませんでしたか?」


「お嬢様ですか、今日は見ておりません。

ところで、あなた様は?」

「失礼しました。俺はセバスチャンの遠戚の、ダイスケと申します。お嬢様と勉学を共にするため、はせ参じました」


「そうでしたか。そちらは私をご存知のようですが、私はアカーシャ=シェカラート。上級貴族ですが、そうかしこまらなくてもよろしいですわよ」

「お心遣い、誠に痛み入ります。それでは、お嬢様をお探しいたしますので、失礼いたします。」


 そうか、知らないなら仕方ない。じゃあなボブ。


 お嬢様の行動パターンとして、お付きの二人を置いて一人で館を出ることは考えにくい。

 必ずどちらか一人、あるいは二人を連れて出かけているはずだ。


 となれば、次の当ても当然お嬢様のお付きの一人、フェンベル=アフォガード嬢。

 こちらの人物は庭園に遊びに来ている事が多い人物。


 ……二人共、伯爵家にコネクションを作ることに余念がないらしい。


 * * *


 庭園に到着すると、眼前に広がっていたのは、まるで海のように吸い込まれそうな一面の青。


「凄い……」


 心底感嘆の声が漏れた。


「あっ」


 その瞬間、フェンベル嬢と談笑しているお嬢様と目が合った。

 こういう時、無理に追いかけると必ず相手は逃げるものだ。


「お嬢様、何を見ておいでなのですか?」

「……チクロユリよ」


 チクロユリ? 知らない花だ。

 もちろん日本でも聞いたことがないし、さすがの魔法陣の知識もそんなところまでは補完できていない。


「どの花ですか?」


 自然に近づく。


「それよ」


 まるで俺の動きを制するようにお嬢様が指をさす。


「この一帯が全てチクロユリですわ」


 この一帯が全て?


 チクロユリは、日本でいう百合に似た花びらをしているが、よく見ると花びらの根本が黒く、先端に向かって青くなっている。

 この花びらが海のような光景を表現していたのか。


「あなたにも花を愛でる心があるようね。

てっきりわたくしを連れ戻しに来たのかと思いましたけれど」

「そのつもりだったのですが、花があまりに綺麗だったので」


 その時、一筋の風が庭園を通り抜ける。


 爽やかな香りが鼻いっぱいに広がった。

 お嬢様のきつい香水の匂いも交えて。


「……お嬢様、エリナさんがお困りですので、戻りませんか。

お嬢様に教えていただかないと、授業がわからないんです」


 こういうじゃじゃ馬を制御するには、相手を持ち上げることを忘れない。

 持ち上げすぎると調子に乗るのだが。


「あら、そう。

そこまで言うなら仕方ないわね。

フェンベル、また後で会いましょう」


 花をじっと見つめていたフェンベルさんは、お嬢様の言葉に、にこりと笑って「はい」とだけ返事をした。


 * * *


「フェンベルさんって本当に花がお好きなんですね」

「様をつけなさい、ダイスケ。あなたはセバスチャンの遠戚とはいえ、ただの使用人なんだから」

「はい、お嬢様」


 教室に戻る間、お嬢様と他愛もない話をした。

 何か言えば、必ず二言目にはお叱りを受ける。


 また、理由はわからないが、魔法の授業を受けるのがよほど嫌らしい。

 まだまだお嬢様と打ち解けるのは難しそうだ。


「お嬢様!」

「エリナ、今日の授業は魔法基礎学の、基礎中の基礎を!

わたくし自らがダイスケに教えるわ」


 教室に戻ってくるなり主導権を握るお嬢様。

 エリナさんも、それで良いと言わんばかりにうんうん頷いている。


 この人、普段どれだけ苦労してるんだ……。


 ……。


 そしてお嬢様の復習を兼ねた魔法基礎学の授業が始まった。

 ところどころエリナさんが補足すると「知ってるわよ」「わざとよ」などと悪態をつきつつも順調に授業は進んだ。


 そして、いよいよ実技の話になり。


「魔法は魔力を形にして使うの。例えば……」


 そこまで言うと、お嬢様の様子が変わった。

 これまでドヤ顔で知識を披露し、紅潮すらしていた顔が、急に曇る。


 ……?


「エリナ、何かやりなさい」

「はい、お嬢様」


 どうやら魔法の実技は、お嬢様ではなくエリナさんがやってくれるようだ。


 エリナさんが、庭の扉を目いっぱいに開けると、外の風が部屋の空気と入れ替わり、清涼な空気が充満する。


「いい風ですね。

では、今吹き抜けた風を、もう一度呼び戻してみましょう」


 ほう。


「風よ、数多の風を司る精霊よ、逆しまの時を行き、今再び舞い踊れ──。

風操魔法(マニキュレイト)


 異世界常連とはいえ、日本生活の長い俺には、ちょっと恥ずかしい呪文が唱えられた。


 詠唱が終了した瞬間、えも言われぬ感覚が首筋を抜けたかと思うと、部屋の中を駆け抜けたはずの風が、一斉に外へと向きを変えたような印象を受けた。

 髪をくすぐる風が、時に強く、時にふわりと外へ抜けていく。


「凄いな……」


 とりあえず、驚いておく。

 なぜお嬢様が得意気な表情をしているのだろう。


「それでは、早速やってみましょうか。

ダイスケさん、手をこう……、熊手の形にしてください」

「はい」


「そのまま指先に集中してください。

指がピリピリとしてきませんか? それが魔力の流れです」


 なるほど、この魔力を感じ取れることが第一段階なんだな。


「次に使いたい魔法に対応した呪文を唱えます」

「呪文ですか」


 実は、今までの異世界経験において、魔法に詠唱は必須ではないということはわかっている。

 一種の気合のようなもので、何でもいいから叫べば出たりすることもあった。

 さて、この世界ではどうか。


「では、私の後に続いて言ってください。

指先のピリピリを感じたままですよ」


「風よ、数多の風を司る精霊よ」

「風ヨ、数多の風を司る精霊ヨ」


 は、恥ずかしい。


「逆しまの時を行き、今再び舞い踊れ──」

「逆しまの時を行き、今再び舞い踊れ──」


「「風操魔法(マニキュレイト)」」


 呪文の詠唱を終えた瞬間、魔力の流れが瞬時に指先から放たれたのを感じた。

 風は全く発生せず、指先のピリピリとした感覚だけが消え失せた。


 不発、か?


「あら、あらら……」


 エリナさんもガッカリした表情だ。

 お嬢様だけは、勝ち誇ったような顔をされている。


 よし、ライバル心を煽るならここだ!


「どうやら、失敗してしまったようです。

しかし、お嬢様には負けませんからね!」


 そう言うとお嬢様は明らかに不機嫌になったが、これでいい。

 俺の役目は、お嬢様のライバルとして程よく負けてやることなのだ。


 そして魔法基礎学の授業は終わる。


「次は武術の授業だから覚悟しなさい」とお嬢様に言われた。


 なんだろう、もしかして筋肉タイプのお嬢様なのだろうか。


「それでは、エリナさん、失礼いたします」

「はい、また明日~」


 * * *


 後日の余談だが、庭の木に原因不明の傷がある事が判明し、庭師がかなりのお叱りを受ける事件があったそうだ。


 庭師も大変だな。


 

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