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20話 そんな依頼お断りっ

「ようこそ、お越しくださいました」

「呼ばれただけですが」


 通算何度目になるだろうか、この召喚直後のやり取りは。


 どこからどう見ても執事であろうと思われる人物が、恭しく語り掛けてくる。

 濃紺の燕尾服を着た還暦の雰囲気を醸し出す老人である。


 どうせ、この後には、面倒な用事を押し付けられるに決まってる。

 ご存知の通り、俺の返答も決まっているが。


「実は、あなた様をお呼びいたしましたのには理由がございまして……」


 そらきた。

 今回はどんな無理難題を吹っ掛けられるやら。


「私共のご主人様は、由緒正しき伯爵の名を冠する、カプチーノ家の旦那様でいらっしゃいます。

しかしながら、一人娘であらせられるお嬢様が、とんだお転婆でございまして……」


 お転婆なんて、そんな事を言っていいのかこの人。

 場所によっては打ち首だろうに、軽口を叩けるということは、カプチーノとかいう家柄が存外緩い証拠なのかもしれない。


 おや? ()()家柄などとなぜ俺は()()()いるんだ。


「少々わがままが過ぎる方なのです。

何がご不満なのか、最近は勉学にも身が入らぬご様子。

……そこで、あなた様には、お嬢様のライバルとなっていただきたいのです!」


 はい?


 おかしい。

 異世界常連の俺にも、会話のスキップなどの機能は付与されていないはずなのだが、今の話のどこにそんな脈絡があったというのか。


 しかもライバルになれ?

 曖昧すぎて意味がわからない。


 敵対すればいいのか? 認められればいいのか?

はたまた、単純に競い合えばいいのか?


 俺が混乱していると、執事風の老人は、こほんとひとつ咳払いをして周囲を見やる。


 つられて周囲を見渡せば、ずらりと本棚の山。

 まるで図書館のような室内の一角に、無理やり場所を作ったような魔法陣が、俺の足元に存在している。


(ここはカプチーノ家の蔵書室か……)


 おやおや?

 またも違和感。


 知らないはずの場所が、知識として頭に入っている。


 どうやら、魔法陣の効果でこの世界の知識が付与されているようだ。


 その結果、伯爵家、すなわちカプチーノ家がどのようなレベルの家柄で、どの程度の権力を有しているのかといった情報から……。


 この世界の貴族の結婚適齢期は15歳であり、お嬢様はまさにその適齢期真っ只中の恋する乙女であること。

 貴族は魔力の多寡によって価値が決まるなど、必要かどうかもわからない情報を、大量に与えられている。


 どんな精巧な魔法陣を書けば、こんなに大量の情報を、予め召喚された相手に提供できるのか。

 いくら足元の魔法陣を見たところで、いつもより一回り大きいぐらいにしか違いはわからなかった。


「それでは、何卒お引き受けいただけますよう」

「ちょっと、待ってください。

断る、お断りします」


 驚嘆の合間に押し切られるところだった。

 ライバルになれなどという曖昧なクエストは、とても受けていられない。


 おまけに前回は久しぶりに()()してしまっている。

 正直、気乗りはしなかった。


「我らがカプチーノ家のご息女たるリヴェーラ様は、それはお美しい方でいらっしゃいます。しかしながら、昨今は勉学に身の入っていないご様子であらせられ、ご両親の不評を買ってしまわれておいでです」


 それに何の問題があるというのか。

 本人の才能とやる気の問題である。


「このままでは、お嬢様は想い人から強制的に離され、結婚させられてしまうでしょう」


 この世界の貴族は15歳が結婚適齢期だというのは知識の通り。

 適齢期を過ぎた貴族の子女が世間的にどのような扱いを受けるかも、当然知識として持ってしまっている。


 いやしかし、この世界、貴族の政略結婚は普通なのでは……。


 政略結婚、か……。

 ユリネ王女はどうなってしまったのだろうか。


 まぶたを閉じてみれば、ユリネ王女の柔らかな笑みが浮かぶ。


 だが、魔法陣の知識がいらぬお節介を発揮し、ユリネ王女の姿は、腰より下まで伸びた豪奢な金髪縦ロールの女性に変貌していく。


 御年15歳。

 想い人の為に婚姻を避け続けているという、何ともいじらしい女性。

 まぶたを閉じれば、その姿は、よりはっきりと映し出される。


 釣り目でキツそうな目つきで、不敵な笑顔。

 ズバリ悪役令嬢そのものと言って差し支えない人物像が脳裏に刻まれているではないか。


 会った事もない女性(悪役令嬢)の情報が、欲しくもない知識として魔法陣から与えられてしまっている。


 なんという不要なお節介であろうか。


 しかも、このどう見ても破滅フラグまっしぐらな女性のライバルになれと。

 俺に光の聖女にでもなれというのだろうか。


「そうですか、だが断る」

「そこを何とか」


「断る」

「どうかこの通り」


「断る」

「我らがカプチーノ家の長女たるリヴェーラ様は、それはお美しい方でいらっしゃいます。しかしながら、昨今は勉学に……」


「わかった、わかりました。

もうその話はいいですから」


 いつだって断ることはできない。

 それが召喚のルールだ……。


「それで、具体的な送還条件を教えてください」

「送還条件、ですか……」


 執事風の男性、いや、その名も知識として与えられていた。

 (セバスチャン)は俺の質問に唸りながら考え込んでいる。


 一計を案じていますと言わんばかりの仕草だ。怪しすぎる。


「それでは、こうしましょう。

"お嬢様があなたに満足した時"送還されます」


 満足ってなんだ。

 心情的なルールほどわかり辛く、曖昧なものはない。


 それに送還条件は魔法陣に既に記載されているはずだ。

 "今ここで決める"ことなどはできない。


 やはり、何か重大な条件を隠しているようだ。


「満足とは……とお困りの顔をしていらっしゃいますね。

簡単な事です。あなたは事あるごとにお嬢様に挑んでいただき、上手に負けていただければよいかと存じます」


 セバスチャンの提案は、あまりに清々しい八百長試合の提案であった。


 ……まあ、どうせ魔法が流行(はや)っている世界だ。

 日本人の俺の魔力など高が知れてる。


 異世界好きには勘違いされがちだが、異世界に召喚されたとはいっても特別な恩恵(ギフト)でもなければ、日本人の素の魔力は決して高くない。


 目下、問題となるのは、魔力が重要なステータスであるこの世界で、俺自身の少ない魔力でどう対応していくかだ。


 一般的にライバル関係とは、相手と同等の魔力を持ち、勝ち負けを繰り返す間柄になる。

 それを八百長として実行するには、相手以上の魔力を持ち、上手にピンチを演出しながら負けてやることが必要となる。


 無理だな。


 魔力が低いであろう俺が、どうお嬢様のライバルとしてやっていくか……小手先の技術を用意せねばなるまい。


「わかりました。状況によってはお手伝いいただくこともあるかと思いますが、お願いできますね?」


 言外に強制力を働かせる。

 当然の権利だ、相手にその気がなかろうと、こっちは召喚という名目で誘拐された被害者なのだから。


「承知いたしました。

そのために、魔力の低いであろうあなたを召喚させていただいたのです」


 歯に衣着せぬ物言いに加え、俺は許可していないのに"させていただいた"という慇懃無礼な言い方が(しゃく)に障ったが、目的遂行の為なら、何かと便宜を図ってくれるだろうことは期待できた。


「それでは、早速の援助といたしまして、あなたに寝泊まりいただくお部屋をご用意しております。

また、不都合があればいつでも使用人をお呼びくださいませ」


 なるほど、あれだけの魔法陣を用意できるだけあって用意がいいな。


 とはいえ、まるで外出はやめろと言わんばかりの軟禁待遇だ。

 ……とは、さすがに穿(うが)って見すぎだろうか。


 * * *


 一通り屋敷の案内を受けながら、まずは自室として利用するよう案内された部屋に到着。

 荷物などは特にないが、貴族に相応しい服装に着替えるようにと、クローゼットの中から服を選ぶように言われた。


 クローゼットを開けてみれば、全て黒色を基調として、金細工の線が入った、俺の感性にはいまいちピンとこない服装が、様々なサイズで並んでいる。


 よくもまあ、ここまで用意周到に……と思うが、このサイズに入らない存在が召喚された場合は、どうするつもりだったのだろう。

 例えば、スライムが召喚されることだって、ありえるかもしれない。


 ぷるぷる……僕、悪いスライムじゃないよ、転生したスライムだよ。

 おっと、これはサークルの部長が大好きな、大人気異世界小説のタイトルじゃないか。


 閑話休題。


 クローゼットの服を物色してみたが、洋服の仕組みは日本と変わらないようだ。

 制服と同程度のサイズの燕尾服を着用。


 なに、この程度の着衣術は異世界知識としては当然のレベル。

 元着ていた制服はクローゼットの中に仕舞っておく。


 まあ、仮にこの制服は無くしても、送還される時には、元の格好に戻るので、あえて仕舞う必要はないのだが。


 * * *


「おお、よくお似合いですな」


 執事(セバスチャン)の社交辞令を聞き流し、引き続き屋敷内を歩く。


 通路や構造、屋敷内の主な人物については、ありがた迷惑な事に、魔法陣から知識を得ているため、案内される度に「知ってます」と返答を繰り返すというデジャヴを感じるような不思議な探検となった。 


 そして、ある部屋の前でセバスチャンの歩みが止まる。


「……今からリヴェーラお嬢様にお会いいただきます。

どうか失礼のないようにお願いいたします」


 感情をどこかに置いてきたかのように、ぼーっとしている俺でも、そんな言われ方をしたら緊張するに決まっている。


 一体どんな金髪縦ロールが現れるのか……。

 きっと釣り目でThe悪役令嬢みたいな人だけど、実は優しいお嬢様に違いない。知らんけど。


 お嬢様は初対面だけど知ってる人だ。芸能人に会う感覚とでもいうべきか。

 念のため、身だしなみを軽くチェックしておく。


 セバスチャンが優雅に扉を叩くと、小気味良いリズムで3回扉が鳴る。


 上品なノックだ。ただ扉を叩くだけでも、これほど澄んだ音が出せるものなのか。一流の執事(バトラー)にとって、扉は楽器のようなものなのかもしれない。


「何かしら」


 扉の奥から静かな声が聞こえてくる。

 思ったより低い声をしているな。


「お嬢様、失礼します」


 セバスチャンの後ろを追従し、お嬢様の部屋へと入室。

 おお、知識にはあったが、これがお嬢様の部屋か。


 まず鼻にツンとくる香水の匂い。


 その香りの強さから連想する豪奢さからは想像もできないほど、部屋の中央にはシンプルな白いテーブルとイスが存在している。


 部屋の左奥には"これぞ貴族"と言わんばかりの天蓋とレースカーテンで美しく飾られている巨大なベッドがある。


 扉から見て、部屋の右奥にあるドレッサーにお嬢様はいらっしゃるようだ。


「お嬢様。かねてよりお伝えしておりました、ご学友の方を連れてまいりました」

「学友? そんな話聞いていたかしら」


 お嬢様は鏡に向けて座ったまま、召使いに髪を()かさせている。


「はい、私めの遠戚なのですが、優秀な人物でございまして、ぜひお嬢様と同じ英才教育を受けさせたいと、お話ししていた人物です」


 人物人物って、そういや、この人、俺の名前知らないで話してるよな。

 俺は執事(セバスチャン)の名前を知ってるけど。


「そう。お父様とお母様からも許可を得ているって話だったわね。

だったら、私から反対することはないわ」


 おお、いつになく話がスムーズだ。

 さすがセバスチャン、根回しも完璧である。


「ははっ、ありがとうございます。

さ、お嬢様にご挨拶を」


 腰に手をポンと当てられ、一歩前へ出て挨拶するよう指示される。


 えーと、この異世界ではファミリーネームが後だったな。


「ダイスケ・スメラギです。お嬢様、何卒よろしくお願い申し上げます」


 つつがなく挨拶したつもりだったが、セバスチャンと異なる苗字を名乗ったのはまずかったのか、軽く小突かれる。


 いかんいかん。


 名誉挽回すべく、腰を折るように斜め45度のお辞儀を披露。

首は曲げず、膝はまっすぐ。我ながら完璧である。


 思わずドヤ顔である。

 どうだ、これが日本仕込みのOJIGI(オジギ)だぞ。


 肝心のお嬢様はこちらを見てはいないが……。


 ──ガタンッッ!!


 突然、立ち上がり、こちらを見るお嬢様。


「お待ちになって!

殿方とは聞いていませんわ!」


 召使いの櫛がお嬢様の御髪にひっかかったままになっている。

 これは後で召使いが理不尽に怒られるやつだぞ。

 スッゴイカワイソ。


 ロールされた髪に櫛を挟んだまま、つかつかと歩いてきては俺を指さし……。


「却下ですわ!」


 却下される俺。スッゴイカワイソ。


 

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