18話 宜なわれた願い
このタイミングで、援軍、だと……!?
「さて、挨拶も済んだことですし、終わらせましょう。
私も暇ではありませんから」
「……かたじけない」
前門のミラージュロード、後門のリヤザカリバー。
神器に挟まれている、神器の強さを知る俺。
一言で言えば「ヤバイ」だ。
だが、俺にも未知の勝算はある、イグザガルードの真価という勝算が!
再び集中しイグザガルードとの一体感を高める。
先ほどは肩まで一体化できたような感覚があった。
この感覚をより高めていけば、より強力な力を発揮できるはず。
ざわつく感覚から、ぬちゃりとした闇が生成される。
槍から、そして俺の両腕からも。
「く、ミラージュロードっ!」
闇の侵食速度は先ほどよりも早く、女の生み出す分身体を次々に飲み込んでいく。
調子がいい、このまま行けば……!
とそこで、またも清涼な一陣の風が脳内を駆け抜ける。
熱と泥にまみれた頭が、一瞬にして得もいわれぬ爽快感に満たされる感覚。
そして、消え去る、闇。
二回も受ければさすがに想像がつく。
この無駄に爽やかな効果は、あのリヤザカリバーとかいう神器の効果だと見て間違いない。
ならば!
『超集中!!!』
この異世界で使える日本人である俺だけの特殊能力。
相手にこの力がないことを祈り、感覚を鋭敏にしていく。
集中先はもちろん、神槍イグザガルード!
恐らく、あのリヤザカリバーとかいう神器は、他の神器の効果を無効にする効果があるのだろう。
ありがちな効果で予想がつきやすくて助かる。
ならば、あの神器に攻撃される前にこの女だけでも
殺しておく──。
手が、腕が、肩が、肺が、脚が、闇の力で満たされる。
もっとだ、もっと闇の力を!
こいつらに勝てるぐらいの、闇の力を!!
──! リヤザカリバーの男が動いた!
が、しかし!
「イグザガルード殿!」
聞き覚えのある良い声が鼓膜を震わせ、超集中により引き延ばされた時間が、一気に通常速度に戻る。
声の主はリヤザカリバーの男へ斬りかかる。
ちっ、いいところで邪魔をされた──。
「サクス王!」
「いやいや、もう王ではないのだよルドルフ王子!」
ルドルフ王子は、三日月刀のような曲線を描いた武器を手にしている。
まさか普通の武器を持ってきたとは考えにくいので、あれも神器なのだろう。
「イグザガルード殿、そっちは任せるぞ!」
ルドルフ王子の叫び。
「もちろんです!!」
対ミラージュロードなら、相性はこっちが上、邪魔が入らなければ負ける要素はない!
「サクス王! 魔剣エトランゼの名において、聖剣リヤザカリバーと一騎討ちを所望する!」
俺の返答を聞いたルドルフ王子が、何事か宣誓を始めた。
そんな嘆願にも似た宣誓、通るはずがない。
イグザガルードとミラージュロードの相性は完全に俺の勝ち。
リヤザカリバーという第三手があるから不利に追い込まれただけだ。
ルドルフ王子がリヤザカリバーを止めてくれれば、月の国の勝ちは決まる!
普通は二人がかりで襲ってくるとしか考えられない状況だろう、これは。
だが、リヤザカリバーの持ち主は俺の予想を覆す返答を出す。
「ハハハ、ルドルフ王子はこの子の事をよくご存じのようだ。
いいとも。
私、サクス・GRは、聖剣リヤザカリバーの名の下に一騎討ちに応じよう!」
「「なっ……!」」
驚いたのは俺だけではない、女も驚愕の顔をしていた。
「月の国の一騎当千よ。しばらく耐えていたまえ。
さあ、あちらへ行こうか、ルドルフ王子」
言うが早いか、俺達を置き去りにして走り去ってしまう二人。
強い歯ぎしりの音が聞こえたかと思うと、女はぞっとするような目線をこちらに向けた。
「こうなっては仕方がない。めいっぱい神器の能力を使わせてもらう」
雰囲気が……今までとは違う!?
冗談じゃない、相性は有利でも、神器の練度は相手が上、早めに決着をつけるべきだ。
一瞬だ。
これまでのような"増える"という概念を払拭する分身が始まった。
分身が増えているんじゃない、そこかしこに出現している。
いや、最初からそこにいたかのように分身が存在している、と言った方が適切なぐらいだ。
や、闇を……!
襲ってくる分身を目一杯の闇で飲み込むが、飲み込んだ次から次に分身が現れ、とても攻勢に出られない。
気が付けば、闇を自分の周囲に固めて防御することが精一杯になっていた。
──くっ、ダメだ、このままじゃ。
耐えているのもギリギリの状態だ。
このまま敵の猛攻が続けば、遠くないうちに細剣がまた俺の身体を刺し貫くだろう。
一瞬弱気になった心が、ルドルフ王子を待つという選択肢を選ぼうとする。
ダメだ、ルドルフ王子がリヤザカリバーとの一騎討ちを選んだのは、ミラージュロードとの相性差が問題かもしれない。
俺が守りに徹している場合、ルドルフ王子は……!
何とか、何とかして戦うしかない、攻撃するしか。
これしかない、さっきの感覚を、もう一度!
再びの超集中!!
感じる、秒間何百回もの刺突が俺を包む闇を攻撃していることを。
とんでもない分身の数だ、やはりチート、万能チート女だ、ちくしょう。
だが、こっちは攻防に特化した戦闘型の神器!
このまま手をこまねいているわけにはいかない!
守りに回す闇を最低限にする。
周囲360度全てを敏感に感じ取れる状態となった今の俺なら。
より精密に闇を扱える俺とイグザガルードなら!
左後ろ、3センチ!
右前、2センチ!
0.2秒後、正面4センチ!
超集中による集中力によって、どの攻撃をどのように受けるべきかを瞬時に判断していく。
同時に、イグザガルードと心をひとつにし、闇を身体に染み渡らせていくことも忘れない。
再び身体をめぐる闇の力。
(──それだけの力があれば──)
遠くに響く、いつかの声。
だが、そんなものは関係ない。
(──いざという時も神器の能力に頼らず戦う事ができるだろう──)
めぐれ、めぐれ、包まれろ!
手のひら、腕、肩、肺、脚、首っ、脳天までッッ!!
(──覚えておけ、神器使いは神器の能力に頼った戦い方をしてはならない)
満たされロ、闇のチカラッッ!!!
* * *
「火の手があがってるわ~」
ナーンが国に火がついていることを確認した。
「ユリネ様! ここはもうダメです、お下がりを!!」
「孤軍奮闘にも程があったよね!」
隠の国は絶望の状態にあった。
6国最強の鋼鉄軍の名は伊達ではなく、いくら練度の高いヴァルキュリア隊がいようとも、数の多寡は決して覆らない。
戦争状況を俯瞰して見れば、快進撃を続ける鋼鉄軍の士気は高いものであった。
「……そう、もう、ダメなのね」
「ユリネ様……」
マイナは、ここにいないとある人物へ若干の怒りを覚えたが、冷静さを取り戻し、迅速に行動に移した。
「隠の国は捨てる、光の国へ姫を護送するぞ」
「「ラジャー!」」
燃え盛る隠の国。
竪穴式住居も、水汲み場も、露店があった通りも、国の象徴ともいえる背の高い草たちも、全て。
占領国に何も残さぬため、あえて全てを焼き払う選択。
ある意味、賢王ゲッフェンらしい選択と言えた。
マイナ達に囲まれ、隠の国を後にするユリネ王女は、自らのためにと飛び出して行った一人の青年を思う。
「ダイスケ……」
数奇な運命に導かれ、神器に選ばれてしまったばかりに、故郷でもない地にて命を賭ける。
それは、他国へ嫁ぎ、一生を終えようとした自分の境遇と重ね合わせるところがあった。
「ごめんなさい……」
何に対しての謝罪だったのか、ぽろりと漏らした言葉は、ユリネ王女の心を大きく揺らし、両目を潤ませた。
「ダイスケ、どうか、あなただけでも生きていて欲しい……」
少女の思いは、喧騒にかき消された──。
* * *
「ぐっ!! はぁ、はぁ……」
月の国の大隊長、マリエルは、神器ミラージュロードを手放す。
さくりと地面に突き刺さる神器。
未だ複数体いたマリエルの分身は役目を終え、その姿が透明になっていく。
「ダメだ、これ以上はっ、
私が、神器に飲まれる……」
意識をしっかりと保ち、自分が自分である事を確認したマリエルは、次いで自身の目の前に存在する人型をした黒い闇を前に、言い知れぬ絶望感を味わうこととなった。
「愚かな……神器に取り込まれるとは」
神器の能力を扱い過ぎると起きる状態『融合』。
神器に取り込まれた人間は、各神器の能力によってその心を歪まされ、最終的には肉体を神器のモノとする。
放置された肉体はやがて朽ちるが、人はいつの時代も神器を求め、神器もまた、己の肉体となるべき人間を探すのである。
「ダイスケとか言ったか。
短期間で融合まで果たす、その適応力は見事と褒めてやろう」
闇となった相手に喋りかける意味はない。
それでも、虚勢を張っていなければ、マリエルは絶望感に潰されそうだったのだ。
「だが、そんな力では、守りたいものは守れない!
神器に取り込まれた状態では、何も! 守れはしないのだ!」
恫喝。精一杯の虚勢。
「目を覚ませ!!」
もはや祈りであった。
命のやり取りをしていた相手に対しての、無意味な嘆願。
これから蹂躙されるであろう我が身可愛さの哀訴。
月の国大隊長としての矜持が支えた虚勢。
その祈りは、届く──。
突如、目の前の脅威は消え去った。
重量のある棒状の物が、乾いた地面に落ちる音と共に。
「きえ……た……」
思わずその場にへたりこむマリエル。
命拾いした、その感覚が実感として湧き出てきては、彼女の口角を自然と緩ませた。
「は、はは……生きた、ぞ……」
呆けたように天を仰げば、赤く染まった空に、乾いた風が流れていた。




