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13話 神器と信用


「神器が……!」


 手に持った棒から、昏くねっとりとしたモノが広がる。

"闇"としか形容のしがたいそれは、ユリネ王女と侍女を守るように広がりを見せ、次いで俺の目の前でくねくねと動き出した。


「行け、イグザガルード!」


 掛け声を発すると、まるで生き物のように相手に飛びつき、まとわりつく闇。


「……!」


 その闇はキャビンのみならず、外にも広がり続け、辺りは闇で覆われた。


「王女様!!」


 闇をかきわけ、マイナがキャビンに飛び乗ってくる。


「マイナ、無事よ」

「辺りの様子が変です、お気をつけください」

「大丈夫よ、これは……ダイスケの力だもの」


 いつも無表情なマイナがぎょっとした目つきで、闇に包まれた俺を見ている。


「これが神器……。

神槍イグザガルードの力ですか」


 神槍イグザガルード。

 その単語が聞こえて来て、手に持つ棒の正体が、槍であることをようやく知覚した。


 当の使い手である俺は、大分混乱していた。


 五感が分散しているとでも表現するべきか。

 特に触覚があちこちから感じられる。

 まるで、闇のひとつひとつが自分の手になったかのような感じだ。


 優しく何かを包み守る感覚、自分の手を払い除けられるような感覚、掴んだ手の中で虫が蠢くような感覚や、卵を握りつぶすような感覚までもが『別々の場所で発生し、俺の手に集約』されていた。


 やがて、嫌な感覚がなくなってきた頃、闇は槍全体に吸い込まれるようにして晴れ、森に静寂が戻った。


 周りにあるはずの襲撃者の死体はない、御者の姿もない。

残された俺達を、何とも言えない重苦しい雰囲気が包んでいた。


「ダイスケ……」


 ユリネ王女の優しい声。

 そんな声にすら、俺自身が驚いてしまう。


「はっ、はい」


 一体、何を言われるのだろう、と身構えてしまったが。


「助けてくださり、ありがとうございます」


 強張った心に響く、優しい声が、謝礼の言葉を紡いだのだ。


「あ、いえ……」


 そうだ、槍を返さねば。これは神器とかいう大切なもののはずだ。


「この槍を、お返しします」


 あれほどの闇を生み出した神器も、今ではただの槍となっている。

 恐る恐る神器を差し出すも、ユリネ王女はふるふると首を横に振り……。


「神器は使い手を選びます。

神槍イグザガルードは、ダイスケ、あなたを選んだのです」


「……!」


 正直に言おう。

 その言葉を聞いた時、久しぶりに身体が震えた。


 異世界への転移を繰り返している俺だが、こういった"真に選ばれる"機会は実は多くない。


 心がざわつく。全能感が支配し、気分が大きくなる。


 これはまやかしだ、何度もそう否定しても『神器に選ばれた』という事実は、絶対に否定できないある種の確信を持って俺の心に住み着き、決して離れる事はなかった。


「ですから、その槍はあなたが保管していてください」


 結果、ユリネ王女の依頼も、当然のごとく引き受けることとなる。


「……わかりました。隠の国に着くまで、保管させていただきます」


 手放すのは惜しい。

 だが、必ず返す。


「話は決まったようですね、っと」


 愛槍の手入れを終えたギンコがナーンに槍を預け、御者台へと飛び移った。


「あらあら~」


 御者台を見つめたナーンが困った顔をしている。


「ねえマイナ、ギンコって馬車の御者はできるの……?」


 不安そうなユリネ王女。

 当然の疑問ですよね。


「聞いたことはありませんね」


 マイナは無表情のまま答える。


「……」


 この時点で嫌な予感はしていたが……。

 目の前で行われる恐ろしい会話は続く。


「一回乗ってみたかったんだよね~!」


 ギンコさん!?


「あらあら~」


 ナーンさん、なんか楽しそうじゃないですか!?

 あらあら~じゃ、なッ!くッ!てッ!


「あばばばば!」


 激しく揺れる車内で舌を噛みそうになりながら、森の道を高速で駆け抜ける。

 御者の気分次第で暴走する馬車を牽く、切ない馬のいななきが森に響き渡った──。



 * * *



 一週間ほどの日が流れた。


 あれ以来、襲撃はなく、森もすぐに抜けることができた。

 森を抜けると簡易的に舗装された馬車道が姿を現し、揺れは幾分かマシになった。


 そうしてやや快適になった旅を終え、到着した隠の国……。


「まさしく、草原の国だな」


 単純な感想はこうだ。

 木々こそないが、背の高い草の生い茂る草原が広がる地に隠の国はあった。


 国に入ると、竪穴式住居の群れがまず目立つ。

 しかし、草原の丈は長く、住居の屋根が隠れるほどだ。


 当然、人間もかがんでしまえばすっぽりと草に隠れてしまうだろう。


 召喚された時に見た場所のような、石やレンガ造りの頑丈さはないが、戦に向いた場所であると読み取ることができた。

 恐らく、隠の国の住民もそういう人種なのだろう。


 日本にいた身としては、どうも光の国と隠の国では、文明に差があるように思えてしまう。

 ただの偏見であれば、俺が認識を改めるだけで済むのだが……。


 考え事をしていると、「止まれ」と声が聞こえた。

 諸々の手続きをギンコが行っているようだ。

 戦闘以外でも意外と優秀なのは、さすがヴァルキュリア隊といったところか。


 するとキャビンの後ろから、一人の男性が現れた。


 ターバン!

 彫りの深い顔つき!

 白い服から覗く浅黒い肌!


 イケメン!これは、まごうことなきイケメンだ。

 その姿を一言で表すと『石油王』である。


 ターバンから少し垂れ下がった、ウェーブのかかった黒髪がイケメン度をアップさせている。

 これはモテる人種だ、間違いない。


「よく来てくれた、ユリネ王女」


 声までイケボか、許されざるよ。


「まあ、ルドルフ王子でいらっしゃいますか?

わざわざご足労いただけるなんて、申し訳ございません」


 ユリネ王女が侍女に支えられ、ゆっくりと馬車を降りる。


 俺はどうすればいいんだ、と隣のマイナを見ると、彼女はもういない。

 動きが速すぎて、いついなくなったのかわからない。


 どうしたらいいのかわからず、馬車内に残っていたナーンに縋るような目線を向けてみれば。


「あらあら~」


 などと言いながら実に自然に馬車を降りて行った。


 これは……。


 ぼっちにこの状況はキツい。

 完全に蚊帳の外である。

 しかも、降りるタイミングまで失ってしまった。


 移動教室で一人取り残された生徒の気分である。


 キャビンはもちろん、御者台にも誰も乗っていないこの馬車に一人残されて、俺に何をしろというのだ。


 外から聞こえてくる談笑が、一層孤独感を増長させる。


 行き場のなくなった孤独感に苛まれた俺は、足元に置いていたイグザガルードをじっと見る事しかできなかった……。



「……それで、神器は?」

「はい、彼が……あら、どこに行ったのでしょう」


 天の助けだ!

 呼ばれている、欲されている、俺を!


 俺はここだよ、馬車にいるよ!


「いないものは仕方ない。

しかし、神器を扱えてしまった者であれば、各国が放っておきますまい」


 仕方なくないよ!

 なんで気付いてくれないんだーー!


「はい、ですが彼……ダイスケは光の国の者ではありません」

「隠の国としては迎え入れたいと思っているが……」

「それは、本人に聞いてみないことには……」


 俺のいないところで話が進んでいく。

 話はある程度聞こえているとはいえ、確かに今後の身の振り方を考える必要はありそうだ。


「ユリネ王女はお優しい方だ。

"イグザガルード"を戦争の道具に仕立てあげたくはない、とお考えなのですね」

「はい、イグザガルードに選ばれたとはいえ

"彼"は、本来関係のない立場なのですから」


 隠の国なんてよくわからないところに定住する気はない。

 かと言って光の国へ行っても知らない人だらけだ。


 各国の間柄も、ユリネ王女の話ではあまり良好ではないようだし、気ままに旅を……とはいかないか。


「それでは、客将として迎え入れたいと思います」

「客将?」


「はい、正式な主従関係や国籍を隠の国へは置かず、有事の際には戦闘に出ることをお願いすることになる立場です。

しかし、隠の国では一定の待遇を保証しますので、当面の生活に苦慮する心配はないでしょう」


 なるほど。


「──というわけなんだが、客将として迎え入れる件、受けてくれるかい?」

「!?」


 完全に馬車内にいる俺に向かって話しかけられている。

 馬車内にいることだけでなく、話を聞いていたことまでバレていたとは恥ずかしい……。


「えっと、受け──」


 いや、待て。

 孤独感と気恥ずかしさで二つ返事で受けようとしてしまった。


 そうじゃないだろ大輔!


 たやすく引き受けるな。

 何でも引き受けるんじゃない、ここは異世界。

 何が起きてもおかしくないんだ。

 常に最悪の事態を想定しろ。


 ……それでも、この世界に長居する可能性のある今、隠の国の王子の提案は非常に魅力的に思えた。

 送還条件がわからないことが一番のネックだ。


 俺の味方は、この神槍イグザガルードだけだと言ってもいい。


 神槍……神器か。

 神器の戦闘力って実際のところどれぐらいなんだ?


(あたしたちヴァルキュリア隊が三人もついているのよ、神器持ちでも現れなければ問題ないわ)


 ギンコが言っていた言葉を思い出した。


 神器持ちが現れなければ、ということは神器持ちであれば、あのヴァルキュリア隊、マイナたち三人を相手にしても、何とかなるかもしれないということか。


 このことから、神器の戦闘力はかなりのものだと推測できる。

 この安全マージンはとても重要だ。


 いざという時に自分で自分の身を守れることは、異世界での生存において大きな武器となる。



 ──よし。



 心を決めた俺は、神器を持って馬車を降り、王子とユリネ王女の前に姿を現し、一礼した。



「客将の件、引き受けさせてください」



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