12話 王女護送
「そうですか、ユリネ王女は嫁ぎ先の"隠の国"というところに向かっているのですね」
やたらと揺れる馬車内で、ようやく一行の状況が飲み込めた。
ユリネ王女は光の国出身の王女で、隠の国というところに嫁ぎに行く途中だという。
漠然とした恐怖を感じた時、使用するように言われていたという魔法陣を使用したところ、俺が呼ばれてしまったのだという。
──なんなんだその理由。
この魔法陣と俺は何かで結ばれているのだろうか。
どこの異世界でもほぼ同じ魔法陣。
思い返しても正確には思い返せない、形容しがたい形。
六芒星がいくつも重なったようでいて、外周に細かい文字が刻まれていて……。
一番の謎はあの魔法陣が、なぜ、どの異世界にも存在しているのだろうかということだ。
どの世界にもあるのなら、日本に存在していてもおかしくないのに、なぜ日本では見つかっていないのだろうか。
いや、あるいは既に存在していて、表ざたになっていないだけなのかもしれないが……。
鬱蒼とした森を、馬車は大きく揺られながら走る。
速度は自転車と同じぐらいだから15~20キロぐらいか?
路面の僅かな起伏で車内は激しく揺られ、何かに捕まっていないと転倒してしまいそうだ。
幌馬車であるが故に、虫が侵入すると無視することはできない。
異世界はもちろん、日本でも蜂の一刺しという言葉があるように、一寸の虫に刺されると何が起きるかわかったものではないからだ。
だが、それよりも緊張するのは、この席位置だ。
御者台を先頭として見た場合、右側にユリネ王女と武器を持った二人──ギンコとナーンというらしい──が王女に寄り添っている。
後ろには王女の世話役であろう侍女が二人。
そして俺は、あろうことかユリネ王女たちの向かい側に、先ほど恐ろしい速度で抜剣してきたマイナという女と共に座っている。
揺れが酷く、ふらふらする度に、肩や肘がコツコツと当たり「あっ」「すみません」などの俺の言葉だけが静かな車内に響くのだ。
あの無表情が怒りに染まっている顔など見たくもないので、ユリネ王女を見てみれば、彼女は揺れに合わせて身体を動かし、常に一定の位置から動かない。
体幹が凄い、と言っていいのだろうか。
──ガタンッ!
一際大きく揺れる車内。
「おっと」
思わず近場にあった棒を掴み、体勢を戻す。
何を掴んだのかと見てみれば、それは、服の下に隠されたごつごつとした硬い手甲であった。
もちろん、マイナの。
「すみません……」
とても顔を見る勇気がなく、目線を下に泳がせれば、薄い絹の下によく鍛えられているであろうマイナの肌が見えてしまった。
慌てて目線を外すと、真正面にいるユリネ王女と目線が合う。
クスリと笑顔を向けられ、自分の痴態を恥じる。
と同時に、横腹に手甲が突き刺さる。
痛っ。
「デレデレするな」
よくよく話を聞いてみれば、このマイナという侍女、いや戦士は、王女直属の親衛隊『ヴァルキュリア隊』の隊長らしい。
その強さはまさに万夫不当とのこと。
まるで侍女のような格好でカモフラージュしつつ、こっそりと手甲、胸当て、脚甲などを身に着け、万が一襲撃された際には大立ち回りを演じるのだろう。
しかし、万が一を考えるにしては……。
「少ないですね」
大学でも、ほぼぼっちの俺が、こんな無言の空間に耐えられるはずがない。
深く考えることはなく、ぽつりと漏らしたこの一言は思いのほか、大きな波紋を呼ぶ。
「何が、だ」
マイナの厳しい声色。
「いえ、王女が嫁ぐというのに護衛や世話役の方が余りに少なくありませんか」
「そうなのよ~」
ナーンと言ったか、ウェーブのかかったロングの髪をした、糸目のお姉さんが首をかしげながら「不思議ね~」とポーズをとっている。
「あたしたちヴァルキュリア隊が三人もついているのよ、神器持ちでも現れなければ問題ないわ」
ギンコという丸目の女性が言葉を口にする。
短い癖っ毛と言動がお調子者っぽく見せているが、その鋭い視線は大言壮語でも油断でもなく、冷静に実力を分析している事を告げていた。
「神器ですか」
自然と目線が、立てかけられた槍に移動する。
神器。
この世界におけるオーパーツのような武器なのだそうだ。
強い力を持つ代わりに、何等かのデメリットが必ず存在するとのこと。
おまけに誰にでも扱える代物ではないらしい。
何でも神器そのものに意思があり、使い手を選ぶのだとか。
まあ、異世界の多彩性を考えるなら、さもありなんと思える設定だ。
普通の異世界小説なら、神器に選ばれたのは異世界からの転移者である俺……となるところだが……。
そんな神器を嫁入り道具として、ユリネ王女は、隠の国の王子と婚姻を結ぶ。
現代日本では時代錯誤の政略結婚だ。
輿入れに必要な嫁入り道具が神器とは、一見不思議だが、わからなくもない風潮である。
だが不穏なのは、肝心の神器が自国の神器ではないという──。
──ガタンッ!
またも大きな揺れ。
思わず掴んだマイナの二の腕。
さすがに二の腕までは手甲がなく、しかし鍛えられた戦士の腕であった。
あまり女性に免疫のない俺としては、無駄にドキドキしてしまう。
「わざとやっているのか、お前は」
「いやいやいや、違いますよ!」
「ならば、離せ」
長く掴んでしまっていたらしい腕を慌てて離すと、ほんの少しだけ座る位置をずらす。
そのわずかなズレを敏感に感じ取ったマイナは、俺に腰を押し付けるように密着してくる。
(ぱ、パーソナルスペェェーースッッ!!)
わかってる、これが好意からくるものではないことは。
警戒からくるものであることはッ!
だが! こちらは! 健全な大学生!
大・学・生! なのである!
目をぎゅっと瞑り、外的刺激に耐える。
これでは御者台に居た方がマシなまである。
と思った矢先、マイナの体温が急に感じられなくなった。
目を開いて前を見れば、ギンコとナーンもいない。
ユリネ王女も何かに気付いたのか、幾分か険しい表情で御者台をじっと見据えている。
──何か。
「何者だ」
いつの間に移動したのか、外からマイナの誰何する声が聞こえる。
「……」
だが、相手は答えない。
経験上、こういう相手は手練れの暗殺者であることが多い。
今回もご多分に漏れず、ヤバいお客さんなのだろう。
……。
誰何後の息苦しい沈黙。
どんなやり取りが行われているのか、ここからでは伺い知る事はできない。
──ここから先の展開なんて、読めるけどな。
ぐっと力を込め、感覚を鋭敏にする。
いつ、何が起きてもいいように。
その瞬間を待ち続ける。
──キィィィン!!
甲高い、鉄と鉄が打ち合う音。
交渉決裂と見ていいだろう。
どうせ狙いはユリネ王女か、神器か、どっちかだ。
「はあっ!」
ヴァルキュリア隊が発しているであろう裂帛の気合と、断続的に聞こえてくる"ある程度の重量があるモノ"の倒れる音。
「セイッ!」
「やぁ~あ!」
状況を推察するに、相手はかなりの人数で攻めてきている。
ヴァルキュリア隊は三人でよく戦っているようだが、多勢に無勢であろう。
さて、ここで俺に何ができるだろうか。
「うあああああ!!」
御者の断末魔が森に響く。
移動の足を潰すのは常套手段、守る側に立ってみれば優先して守るべきアキレス腱でもある。
そこが落とされたということは──。
「少し不利なようですね」
「ダイスケ、あなただけでも逃げてください」
「召喚主が死ぬと、帰れなくなるんですよ」
もちろん、嘘だ。召喚主が死ねば召喚契約は破棄され、強制送還により、帰ることができる。
だが。
本当に召喚主がユリネ王女なのかは疑問が残る上、このまま見過ごしてしまえばきっと後悔が残る。
帰れないかもしれない賭けに乗るより、俺は後悔しない生き方を選ぶっ!
「きゃあっ!」
本物の侍女の二人が悲鳴をあげながらもユリネ王女の前に立つ。
キャビンの後ろから賊の男が入り込んできたのだ。
口元を覆うスカーフ、感情のない目線、モヒカンヘアーという、時代を間違えているのではないかというほどあからさまな悪役。
そんな男がショートサーベルを片手にスイと身軽に上がってくる。
──動きでわかる。やはり只者じゃない、強敵だ。
「ダイスケ!」
ユリネ王女は俺を巻き込むまいと必死で止めてくれる。
残念ながら、もう巻き込まれているがなっ……!
覚悟を決めたところで、馬が暴れ、キャビンが揺さぶられる。
俺は転倒しながらも、侍女の前に立った。
「俺が相手をしてやる」
精一杯の虚勢。
「……」
男はそんな俺に対し、無言で一突き──からの袈裟斬り。
完全に手馴れている。
だが、俺も対人戦の経験がないわけではない。
特に12歳の時の異世界では、クラス中の奴らと戦ったものさ!
人は右手に武器を持つと、さらに外側に死角ができる。
また、通常左手への意識はおろそかになり、片腕を失いやすい。
故に本来の戦いの構えでは、使わない腕は身体の線に隠しておくものだが、こいつはそうではない。
左手ががら空きである。
身体ごとひねる大きな袈裟斬りで生まれた隙を決して見逃す俺ではなかった。
「うおお!」
相手の右手の死角へ回り込み、左手を捻りながら背中へ向け、腰を当てて身体ごと半回転。
しかし、男もただものではなく、即座に反応してくる。
くっ、手首が折れるかもしれないが、許せよ!
「一本背負い!」
投げた拍子に腕を離し、キャビンの外へ完全に投げ飛ばす。
日本でやったら確実に鬼畜と呼ばれる横暴だ。
だが、勝った、と油断したのが運の尽き。
「ダイスケ!」
ユリネ王女の決死の叫び。
肩口から噴き出る強烈な鮮血。
「熱ッ」
斬られたと知覚するよりも、熱が先にやってきた。
投げた男とは別のモヒカン男がもう一人キャビンに上がってきており、血の付いたショートサーベルを構えている。
どうやらもう一人いたらしい。
「……」
やはり無言のまま、確実に俺を殺しにかかってくる。
もう一突きでも食らえば、俺は痛みに耐えられなくなるだろう。
心の中で、過去の経験が思い起こされる。
──嫌だ、死にたくない。
──どうしてなの。
──家に帰してよ……!
だが、無情にも振り下ろされる刃。
「ダイスケ!!」
無様にも転がった。
背中がキャビンの壁に当たり、逃げ道がなくなったことを知った。
「し、死に、たく、ないっっ!!」
手に何かを掴んだ。
夢中でそれを振り回すと、男が後ずさる。
距離がとれ、心に余裕が出てくると、振り回していたものが、棒状のものである事に気が付いた。
「……小僧、それは」
男が明らかに焦っている。
俺は構える。両手で握ったこの棒で、精一杯の虚勢を張って。
最初はひんやりとした触感だった。
それは、徐々にぬるりとした泥のような触感に変わっていき、俺の手と棒は一本に繋がったような感覚を得た。
そして声とも呼べぬ音が、身体の奥底から響いてくる。
──さあ、皇よ。
我が名を呼び、魂を呼び覚ませ。
我が名は──。
「イグザガルード!!!」




