11話 賢者の残した魔法陣
"古の魔王、復活せり!"
世間では各国の占い師が一斉に「魔王の復活」を予見しました。
魔王とは、かつて世界を手中に収めんと各地へ侵攻したモンスター。
そんな魔王ですが、当時7つの神器を手にした聖戦士たちにより封印され、その聖戦士たちにより現在の国の元が出来上がったと伝わっています。
──本当に古の魔王は蘇るのでしょうか。
大陸の西側に位置する我が国は、
各国が擁する7つの神器のうち、邪を打ち払うと云われる『神斧オートマディーン』を戴く光の国です。
そんな我が国の第一王女である私、ユリネ・A・サンウィルも国を担う一員として、一人の国民として、国の行く末を案じておりました。
「お姉さま、本当に結婚してしまうの?」
心配そうな声をかけてきたのは、私の二歳年下の妹、エリカ・M・サンウィル。王位継承権の順番から、第二王女となります。
「大丈夫、私の心配は不要です。
嫁ぎ先である隠の国のルドルフ王子は、聡明でお優しい方と有名ですので、むしろ私などでは不釣り合いなのでは、と心配になるほどよ」
「そんなことない! お姉さまは最高の淑女よ!」
「ふふ、ありがとうエリカ」
父であり、国王でもあるゴート・E・サンウィルは、厳格でありながらも優しく、民からの信頼も厚かった自慢の父でした。
しかし、昨今は人が変わったように軍備を拡大し、国力の増強に注力。
特に、南方にある砂の国から、彼の国の神器『神槍イグザガルード』を奪った時から、何か歯車が大きく狂ったように感じていました。
「お姉さま、あのね……」
「どうしたの、エリカ」
漠然とした不安。それを妹も感じているのでしょうか。
「お父様の……んーん、何でもないよ」
「……そう」
神器であるイグザガルードを奪って早数カ月、お父様は私を隠の国に嫁がせる事を決定いたしました。
神器を嫁入り道具として……。
私も自分の立場は理解しているつもりですので、婚姻に反対はありません。
隠の国との国交を強化し、現在の脅威である砂の国へ対応を行い……。
さらには光の国・隠の国、両国の将来的な脅威となるであろう、火の国・月の国にけん制をかけるおつもりなのでしょう。
無論、平和の為ならばこの身などいつでも差し出す覚悟です。
しかし、漠然とした不安がぬぐえません。
この婚姻で本当に光の国は平和になるのか、それとも、万が一ですが、本当に魔王などという存在の脅威が訪れてしまったら……?
「マイナ」
「はっ」
光の国、王女特選隊『ヴァルキュリア隊』の隊長マイナ。
その切れ長の目と、セミロングの黒髪を戦場で見た者は、死を意識するという私の最も信頼する戦士。
「二人きりの時はそうかしこまらなくてもいいのよ」
お父様はやめなさいというけれど、妹を除けばマイナは一番のお友達です。
「……いえ、エリカ様もいらっしゃいますので」
「じゃあ、どっか行きますね。お姉さま、どうかお幸せに。
旅のご無事を祈っております」
ぺこりと頭を下げたかと思うと、あっけにとられるぐらいの速さで部屋を出て行くエリカ。
その早さに感心していると、マイナが声をかけてきました。
「相変わらず素早い方だ」
「私とは大違いだわ」
「そんなことはない。あなたも必要な時には機敏に動ける方よ」
そうかしら。
エリカのような行動力は私にはなくて、ちょっと羨ましい。
「マイナ、妹を守ってね」
「無論。セリとラクチャに任せてある」
「そう、ヴァルキュリア隊が守ってくれるなら安心ね」
心からそう思っている。
対照的に、マイナの顔は曇る。
「ユリネ、この婚姻、何かあると思う。
おかしなところが多すぎる」
「……」
「あまりにも性急すぎる。
あまつさえ、他国のものとはいえ神器を譲渡するなど……」
「いいのよ、マイナ。ありがとう」
この婚姻の怪しさは私もわかっています。
心配するマイナを心配させないよう、振舞っていかねばなりません。
それが、光の国の第一王女としての役割だからです。
「出発したら、どこかでアレを整理しなくっちゃね」
* * *
嫁入りのための出発の日、裏門から静かに出立する一団がいました。
そう、私たち第一王女団です。
「お父様、それでは行って参ります。今まで大変お世話になりました」
「うむ。可愛い我が娘を嫁がせるのは胸が痛むが、隠の国に失礼のないようにな」
お見送りには、お父様がわざわざ来てくださいました。
そんなお優しいお父様だというのに、どこか恐怖を覚えてしまい、その表情の真意を読み取ることはできませんでした。
「ユリネ様は、必ずお守りいたします」
「ヴァルキュリア隊、マイナ、ギンコ、ナーン。
お前たちは我が国でも一騎当千の強者。道中はしかと頼むぞ」
「はっ、命に代えましても!」
一糸乱れぬ三人の敬礼。
「お姉さま……」
「エリカ、何か困ったことがあったら、『セリとラクチャ』を頼るのよ、いいわね」
「……はい」
言い知れぬ不安があり、お父様や侍従を頼るようにとは言えませんでした。
「さあ行け、我が娘と神器イグザガルードをしかと隠の国へ届けるのだ」
「はっ!」
第一王女である私、ヴァルキュリア隊のマイナ、ギンコ、ナーン、侍女二名、馬車の御者、という嫁入りにはあまりに少数の一団が、隠の国を目指し旅に出ます。
光の国から隠の国までは東に向かって三週間ほどの道のりです。
一週間ほど進めば、途中に朽ちた塔があり、ここでアレの処分をする予定です。
道中に不安がないとは言い切れませんでしたが、少数であること、光の国が誇る精鋭、ヴァルキュリア隊の三名が追従していることなどから、旅は安全そのものでした。
ただひとつ、長く揺られる馬車内だけは快適とは言えませんでしたが……。
少々お腰が痛くもありましたが、何事もなく一週間が過ぎ、中間地点である朽ちた塔に到着しました。
「マイナ、ギンコ、ナーン、ついてきて」
ヴァルキュリア隊の三人だけを呼び寄せると、塔の地下へと入ります。
「マイナ、神器の管理ありがとう」
神器に万が一があってはいけないので、マイナが持ってきてくれています。
「これも任務ですので」
口を一文字に結び、まるで不機嫌を露にしているようですが、これはいつものマイナの表情です。
変わらないお友達の姿というのは、いいものですね。
「ギンコ、ナーンもありがとう」
「このマット持ってる以外、今ンとこ何もしてないんですけどね!」
「まあ、ギンコったら。それも仕事のうちですよ~、うふふ」
「ナーンが一番何もしてないからっ!」
元気で明るいムードメーカーのギンコ。
おっとりしており、私の目指す「姉像」ともいえる、ナーン。
この場にいない二人、セリとラクチャの事ももちろん忘れていません。
彼女達には、エリカをしっかりと守っていただいています。
ふたつほど階段を下りると、塔の最深部に到着しました。
朽ちたとも沈んだとも言えるこの塔は、魔王時代の遺跡とも言われています。
実際には学術的な価値はほとんどないそうですが。
「では、始めましょう」
ギンコが丸めていたマットを広げます。
マットの端を石で止め、中心部を平坦にします。
「……凄い」
誰ともなく言葉が漏れました。
マットの中には精緻な魔法陣が記載されており、何が書いてあるかはまるで理解の及ばないものです。
マイナ達にすら初めて見せるこのマット。
これは……。
「この魔法陣の描かれたマットは、かつて、大賢者様が光の国を訪れた際、私に託してくださったものです。
理解の及ばぬ恐怖を感じた時、このマットを広げ、呪文を唱えなさいと」
全員が固唾を飲む中、私は呪文を唱えます。
この魔法陣が、何かを変えてくれることを信じて──。
「おおっ……」
魔法陣がぼんやりと光り出しました。
一本一本の線から発せられた光は中心に集まり、青い光の集合体となります。
集まった光が一際眩しく輝いたかと思えば、魔法陣の中心に見知らぬ一人の男性が現れました。
見た事のない文様の服を纏い、脚には夜会服のようなスラリとした黒いボトムスを履いています。
靴は何で出来ているのでしょうか、うっすらと光沢のある革のような素材が、この世界にはない不思議な技術を感じさせました。
などと冷静に分析してはみましたが、この状況は、私にも理解ができていません。
気を抜けば声が漏れ、腰を折ってしまいそうです。
ですが、私は光の国の第一王女、痴態をさらすわけにはいきません。
一種の興奮と未知のものを見る恐怖で、恐る恐る顔を見上げると、そこには毒にも薬にもならなさそうな、ぼーっとした表情が。
くすんだ黒、むしろ灰色の混ざったような色のぼさぼさの髪が見え、表情と相まって、失礼ですが、とても育ちが良さそうには思えません。
さりとて、貧民層にありがちな怪しい雰囲気もなく……。
無害な人かも、と胸をなでおろしかけた時、彼女らが動きます。
「何者だ!」
「ね~~」
ギンコとナーンが、素早く槍を突き付けています。
男性は酷くうろたえた様子。
驚くべきは、これからの言葉だったのですが……。
「何って…あなた方が呼んだんでしょう」




