10話 異世界再び
例によって瞬きの刹那、世界は急転する。
足元から順に見て見れば、いつもの魔法陣。
時の経ってそうな建物の床、目の前で目を見開いている四人。
まあ、大体いつもの光景だ。
少しだけ予想外のことがあるとすれば、なぜか全員に強く警戒されていることか。
全員に凝視されている中、中心に立つ偉そうな一人の空気が緩んだのを感じた。
どうやら落ち着いてくれたようだ、そう安心した瞬間。
「何者だ!」
「ね~~」
丸目の女の子と、糸目のお姉さんが二人して槍を突き出してくる。
二人共、青い胸当てとタージェを持ち、刺されたら一撃で絶命しそうな槍で、俺の喉元を狙っている。
冗談、だろう。勘弁してくれ。
もしやこの異世界は来てはいけないタイプの異世界だったか。
やめてくれ──
殺さないでくれ──
痛くしないで──
心の奥底に押し込んだ恐怖がのし上がってくる。
──!
想起される過去の恐怖から、足に力が入らない。
思わず崩れそうになる足を、勇気を絞り出して持ち直す。
「何って…あなた方が呼んだんでしょう」
必死の訴え。
いざとなれば逃げるしかない、俺はまだ死にたくないんだ。
「ギンコ、ナーン、控えなさい」
四人の中心にいた、位の高そうな女性が命令する。
唯一彼女からの敵意は感じない、少しは安心して良さそうだ。
「私たちが、あなたを呼んだ……とのことですが、詳しくお伺いできますか?」
……まさか、何も知らずにこの魔法陣を使ったのか?
「俺は『助けて』という声を聴いて、気が付いたらこの世界にいました。あなた方が呼び出したのではないのですか?」
「助けを……? いえ、私たちは特に助けが必要な事はありません。
マイナ、ギンコ、ナーン、あなたたちは?」
武器を構えた三人も首を横に振る。
否定のアクションだ。
──マジか。
俺は、魔法陣に関して、持ち得る知識を語った。
ただし、都合の悪いところはややぼかしつつ。
「……そうだったのですか、それは大変失礼をいたしました」
中心人物と思われる女性がぺこりと頭を下げる。
「あ、いえ、謝罪は結構ですので、できれば送還していただきたいのですが」
用事がないなら、さっさと帰るに限る。
「そうして差し上げたいのは山々なのですが、実はこの魔法陣、大賢者様からいただいたもので、私達にはその"送還条件"というものがわからないのです……」
なん……だと……。
「で、では、その大賢者様の居所を教えてください」
こうなったら魔法陣制作の本人に直接聞くしかない。
「その、大賢者様は、既に……」
「……そんな……」
詰 み で す 。
俺は頭の中が真っ白になった。
送還条件のわからない召喚など、今まで聞いたことがない。
一生をこの世界で過ごすのか。
日本にはもう戻れないのか。
学費を出してくれた親にも、後悔にも似た罪悪感が浮かぶ。
頌路……やっぱり異世界はとんでもないところだぞ。
「事の顛末が、この魔法陣の影響であるというなら、私たちにも非はあります。行く当てもないとのことであれば、私たちにご同行くださいませんか?」
「王っ、ユリネ様!」
中心人物の女性の提案を、彼女に最も近い黒髪の女性が諫める。
なるほど、彼女らの関係がわかってきた。
中心人物の女性は国のお偉いさんで、お付きの侍女と、兵士二人ってところか。
さっきは緊迫感からよく確認できなかったが、どうやらここは前回の獣人の世界とは違い、人間の世界のようだ。
見てくれも動作も、俺達と大きく変わるところはない。
それどころか、俺の感性で言えば、四人とも美女揃いだ。
一番親しみを覚えるのは、見慣れた黒髪の侍女だが、酷い仏頂面が気になる。
能面のような無表情……というと聞こえは悪いが、能面はあれでいて様々な状況に対応できる表情なのだ。無表情とは表情筋以上に雄弁なのかもしれない。
つまり、この女性も仲良くなればそれなりに表情を理解できるようになるのかもしれないと……。
「おい、貴様。返事をしろ」
能面少女に厳しい声をかけられる。
まあ、ここはいつも通り……。
「断る」
「ならば死ね」
目にもとまらぬ速度で、剣先が喉元をかすめる。
「な、な……」
よく生きていた、俺。
偉いぞ、俺。
世界が凍ったと表現するべきだろうか。
まるで時間が止まり、永遠かと思われた一瞬。
侍女が手放したであろう槍が石畳に落ちる鈍い音で、時は動きだした。
「何をするのです、マイナ!」
間一髪でかわしたとはいえ、心臓が大きく鳴っている。
剣? この人、槍を持ってなかったか? いつ抜剣したんだ? え、侍女? 違う? ボディガード?
脳内が混乱してキーワードが繋がらない。
「まさかマイナの一撃をかわせるなんて……」
「凄いわね~」
驚いているのは俺だけではなく、兵士の二人ものようだ。
「ユリネ様、このような得体の知れない者を同行させることは反対です」
「彼は私たちのせいでここに来てしまったのよ」
「そこにウソがないとどうして信じ切れるのです」
「王女としてのカンです!」
あ、王女なんだ……。
「わかりました」
黒髪の女は、身体を半身にし、身体の後ろに剣を隠す。
確実に達人の構えだ。
「改めて聞くぞ、ユリネ様の命に従い、我らに同行せよ」
拒否すれば命はない、と身体で表す黒髪の女。
「わ、わかりました……」
これだから異世界は……。
日本は平和だよ。頌路……。
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