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王妃の妹、偽りの遺書  作者: フミえるる
第一部「王妃の妹が死んだ」
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第5話 小さな鍵

 温室には、午後になっても立ち入り禁止の札が掛けられていた。


 扉の前には騎士が二人立っている。


 リーアが死んでから、まだ一日しか経っていない。


 現場を荒らさないために人の出入りを制限しているのだろう。エレノアもそれは理解していた。


 けれど、理解していることと納得することは別だった。


 昨日の朝、リーアはここで死んだ。


 その事実を知っているだけで、温室の前に立つと胸の奥が重くなる。


「エレノア様」


 騎士の一人が声を掛けてきた。


「ここは現在、立ち入りを制限しております」


「知っています」


 エレノアは懐から王宮の紋章が刻まれた身分証を取り出した。


「現場を確認したいのです」


 騎士は困ったように顔を見合わせた。


「すでに調査は終わっております」


「何か見つかりましたか?」


「……今のところは、特に」


 その答えが、エレノアには妙に引っかかった。


 特に何もない。


 だから自殺なのだ。


 おそらく、そういう意味なのだろう。


 だが、本当に何もないのなら、リーアが自殺したことを証明するものは何なのか。


 遺書。


 そして、遺体。


 それだけではないのか。


「私はリーアの妹です」


 エレノアは静かに言った。


「最後にあの人と話したのも私です。どうしても、自分の目で確かめたいことがあります」


 騎士はしばらく迷っていた。


 やがて、上官に確認を取ったあと、扉を開けてくれた。


「長時間はお控えください」


「分かりました」


 エレノアは礼を言い、温室の中へ入った。


 扉が閉まる。


 外の音が遠くなった。


 昨日と同じ場所なのに、空気が違って感じられた。


 温室の中には、色とりどりの植物が並んでいる。


 冬でも育つように管理された花々。


 天井近くまで伸びた蔓。


 中央には小さな噴水があり、水が静かに流れている。


 昨日は、その景色をほとんど覚えていなかった。


 リーアが倒れている姿ばかりが目に焼きついていたからだ。


 エレノアはゆっくりと歩いた。


 リーアが倒れていた場所。


 そこには、まだ薄く跡が残っていた。


 遺体は運び出されている。


 床もすでに清掃されていた。


 それでも、何かがあった場所には、人の記憶が残る。


 エレノアはその場にしゃがみ込んだ。


 リーアはここで死んだ。


 けれど、本当にここで死のうとしたのだろうか。


 彼女は床に手を触れた。


 冷たい。


 当然だ。


 こんな場所に手掛かりが残っているとは思えない。


 それでも、調べずにはいられなかった。


 エレノアは周囲を見回した。


 小さな丸机がある。


 植物の手入れをするときに使うものらしい。


 その上には何もない。


 椅子もない。


 花瓶が一つ置かれているだけだ。


 リーアがここへ来た理由は何だったのだろう。


 遺書を書くため?


 死ぬため?


 それとも、誰かと会うため?


 エレノアは立ち上がった。


 温室の奥へ進む。


 そこで、足が止まった。


 小さな棚があった。


 植物の薬剤や肥料などが置かれている。


 その下に、使用人が使うための道具箱がある。


 エレノアはしゃがみ込み、箱を開けた。


 剪定ばさみ。


 手袋。


 紐。


 小さな瓶。


 どれも園芸用の道具だった。


 その一つに目が止まった。


 瓶の中に白い粉が入っている。


 エレノアは手を伸ばしかけて、止めた。


 毒かもしれない。


 しかし、これを調べても意味はないだろう。


 温室で使われる薬剤なら、リーアの死とは関係がない可能性のほうが高い。


 エレノアは手を引いた。


 そのときだった。


 足元に、小さな紙片が落ちているのに気づいた。


 拾い上げる。


 何かの記録だった。


 温室の管理表らしい。


 花の水やり。


 肥料。


 温度。


 そして、一番下に小さく書かれた文字。


 ――昨日、午後七時、リーア様来訪。


 エレノアは目を止めた。


「午後七時……」


 昨夜、自分がリーアと話したのは、その少し前だった。


 その後、リーアは温室へ来た。


 何のために?


 管理表を書いた使用人が見ていたのだろう。


 エレノアは紙を裏返した。


 裏には何もない。


 もう一度、表を見る。


 その記録だけでは、リーアが何をしていたのかは分からない。


 だが、少なくともリーアは死ぬためだけに温室へ向かったと決めつけることはできなかった。


 誰かと会った可能性もある。


 何かを取りに来た可能性もある。


 そして――。


 誰かに呼び出された可能性も。


 エレノアは紙を元の場所へ戻した。


 そのまま温室を見回す。


 何かないか。


 リーアが最後に残したものはないか。


 目を凝らしても、すぐには見つからない。


 昨日の朝、ここには大勢の人がいた。


 遺体を発見した者。


 騎士。


 侍女。


 医師。


 調査をした者。


 すでに多くの人間がこの場所に入っている。


 証拠が残っているとしても、ほとんどは失われているだろう。


 それでも、エレノアは諦めなかった。


 自分が探しているのは、犯人の証拠ではない。


 まず知りたいのは、リーアが本当に自分で死を選んだのかどうかだった。


 そのためには、リーアの最後の時間を一つずつ辿る必要がある。


 エレノアは遺体が見つかった場所から、少し離れた場所へ移動した。


 そこに、小さな石造りのベンチがある。


 昨日の記憶を思い返す。


 リーアは何を持っていた?


 服装は?


 部屋を出る前に何をしていた?


 そして、温室へ来るまでに誰かと会っていないか。


 考えているうちに、一つのことを思い出した。


 リーアは昨夜、薬を飲んでいた。


 以前から体調を崩しやすく、決まった薬を飲んでいた。


 昨日も、夕食のあとに薬を飲んでいたはずだ。


 エレノアは立ち上がった。


 それは、まだ確認していなかった。


 もし自殺だったのなら。


 薬を使った可能性もある。


 逆に、自殺ではないのなら。


 その薬に何かが仕込まれていた可能性もある。


 エレノアは温室を出た。


 扉が閉じる。


 外の空気が冷たかった。


 そのままリーアの部屋へ向かう。


 部屋はすでに封鎖されていたが、身内であるエレノアには入室が許された。


 中へ入ると、昨日のままの家具が並んでいる。


 机。


 椅子。


 寝台。


 窓際の小さな棚。


 リーアが生きていたときと変わらない。


 それなのに、部屋の主だけがいない。


 エレノアはゆっくりと棚を調べた。


 化粧道具。


 香水。


 手紙。


 小物。


 その奥に、薬の瓶があった。


 エレノアは手を伸ばした。


 瓶にはリーアの名前が書かれている。


 いつも飲んでいた薬だ。


 蓋を開ける。


 中には、まだ薬が残っていた。


 エレノアは瓶を傾けた。


 白い錠剤がいくつか転がり出る。


 そして、瓶の底に小さな違和感があることに気づいた。


 白い粉が、わずかに付着している。


 薬そのものの粉なのかもしれない。


 ただの残りかすかもしれない。


 エレノアは瓶を光にかざした。


 底に、薬とは明らかに違う色の粉がほんの少し残っている。


 その瞬間、背中に冷たいものが走った。


 これは何だ。


 エレノアは瓶を戻さなかった。


 慎重に蓋を閉める。


 そして、近くにあった布で瓶を包んだ。


 自分だけの判断で触れ続けるべきではない。


 専門家に調べてもらう必要がある。


 けれど、その前に一つだけ確認しなければならなかった。


 薬は、いつからここにあったのか。


 誰が触れられたのか。


 そして、リーアは最後にこの瓶から薬を飲んだのか。


 エレノアは瓶を見つめた。


 昨日までなら、ただの薬瓶だった。


 今は違う。


 そこに、リーアの死を解くための糸が隠れているかもしれない。


 エレノアは静かに息を吐いた。


 自殺だったのなら、毒が見つかっても説明はできる。


 だが、もし誰かが薬瓶に手を加えたのだとしたら。


 リーアの死は、本人が選んだものではない。


 エレノアは薬瓶を抱えたまま、部屋を出た。


 廊下の向こうには、王宮の長い回廊が続いている。


 その先には、王妃の居室がある。


 エレノアはそちらを見た。


 セレーネは、リーアに脅されていた。


 そしてリーアは、その脅迫をやめようとしていた。


 もし誰かがリーアを殺したのなら。


 その人物にとって、リーアが変わったことは都合が悪かったのかもしれない。


 エレノアは、まだ誰の名も口にしなかった。


 ただ、胸の中で一つの疑問だけが、はっきりと形を持ち始めていた。


 ――リーアは、本当に自分で死んだのだろうか。


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