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王妃の妹、偽りの遺書  作者: フミえるる
第六部「父親」
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第33話 告発

 その日の午後、エレノアは王宮の記録官を訪ねた。


 父との話を終えてから、まだそれほど時間は経っていなかった。


 それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。


 ローレンスは認めた。


 リーアの薬瓶に毒を入れたことも。


 封を外したことも。


 そして、王妃セレーネを守るためだったことも。


 もう疑う必要はない。


 けれど、父が認めたからといって、エレノア一人の言葉だけで事件を終わらせることもできなかった。


 王宮で起きた殺人は、王宮の記録として残さなければならない。


 リーアが自殺したという記録を訂正しなければならない。


 そして、誰が何のために彼女を殺したのかを、正式に明らかにしなければならない。


「事件の記録を訂正したいのです」


 記録官は驚いたように顔を上げた。


「リーア様の事件についてです」


「……自殺として処理された、あの件ですか」


「はい」


 エレノアは机の上に数枚の書類を置いた。


 毒物の検査結果。


 薬瓶の再調査記録。


 薬品庫への入室記録。


 王妃の薬が侍女によって届けられたことを示す記録。


 そして、リーアの最後の手紙。


 一枚ずつ並べる。


 どれも、事件を調べる中で確認した事実だった。


「リーア様は自殺ではありません」


 記録官は書類を見下ろした。


「誰かに毒を盛られたということですか?」


「はい」


「犯人は?」


 エレノアは一瞬だけ目を閉じた。


 父の顔が浮かんだ。


 机に座り、静かな声で罪を認めた父。


 王妃を守るためだったと繰り返した父。


 そして最後に、すべてを受け入れるように頷いた父。


「ローレンスです」


 口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。


 それでも、エレノアは続けた。


「私の父です」


 記録官は言葉を失った。


 エレノアは、その反応を見ながら書類を指した。


「父は薬品庫に入り、リーア様の薬瓶を手に取ったことを認めています。瓶の封を外し、毒を入れ、元に戻したとも証言しています」


「本人が……?」


「はい」


 記録官は慎重に書類を確認した。


「動機は?」


「王妃陛下を守るためです」


 その言葉を口にすると、あまりにも簡単に聞こえた。


 まるで、それだけで人を殺した理由になるようだった。


 けれど、そうではない。


 動機は理由にはなっても、正当化にはならない。


「リーア様は、王妃陛下の秘密を知っていました」


 エレノアは言った。


「そして、その秘密を使って王妃陛下を脅していた。父はそれを知っていました」


 記録官が顔を上げる。


「王妃陛下の秘密、というのは?」


 エレノアは言葉を止めた。


 ここで何を話すべきか。


 それは、父の罪とは別の問題だった。


 セレーネが生まれた場所。


 かつての身分。


 この国へ来るまでに何があったのか。


 それを公にすれば、事件の真実とは別のところで、王妃自身が傷つく。


 リーアを殺した罪を明らかにするために、セレーネの人生まですべて晒す必要はない。


「それについては、必要な範囲で王妃陛下ご本人に確認してください」


 エレノアは答えた。


「私から、すべてを公にするつもりはありません」


 記録官はしばらくエレノアを見つめた。


「ですが、それでは動機の説明が……」


「父自身が証言しています」


 エレノアは静かに言った。


「それで十分です」


 リーアを殺した。


 その事実と、王妃の秘密は同じものではない。


 エレノアは、そこを分けなければならないと思っていた。


 セレーネが何者だったのか。


 どこから来たのか。


 何を隠して生きてきたのか。


 それはセレーネ自身が向き合うべきものだ。


 リーアの死を明らかにすることと、彼女の過去をすべて人前に晒すことは違う。


「ローレンスは、逃げるつもりはありません」


 エレノアは続けた。


「本人にも伝えました。これから正式に届け出ると」


「それで……?」


「分かった、と」


 そのとき、背後から声がした。


「私からも、同じことを伝えよう」


 エレノアが振り返る。


 廊下にローレンスが立っていた。


 いつからそこにいたのか分からない。


 父は記録官を見ると、ゆっくりと部屋へ入った。


「ローレンス殿……」


「私が証言する」


 父は机の前まで歩いた。


「リーアを殺したのは私だ」


 その言葉は、驚くほど静かだった。


 エレノアは父の横顔を見た。


 昨日までなら、この光景を想像することさえできなかった。


 父は王宮に長く仕えた。


 正しいことを守る人間だと思っていた。


 その父が、自ら罪を認めている。


 けれど、そこに逃げる気配はなかった。


「薬品庫へ入ったことも認める」


 ローレンスは続けた。


「リーアの薬瓶に毒を入れた。自殺に見せるため、あの手紙も用意した」


 記録官は一つずつ確認していった。


「自殺を偽装した理由は?」


「王妃陛下を守るためだ」


 ローレンスは迷わなかった。


「リーアは王妃陛下の秘密を知っていた。私は、あの秘密が公になれば国が乱れると考えた」


「リーア様を殺す以外に方法はなかったと?」


 ローレンスはしばらく黙った。


 そして、首を横に振った。


「……今なら、あったと思う」


 エレノアは父を見た。


「だが、あのときの私は、それを考えなかった」


 ローレンスの声に、初めて後悔が混じった。


「リーアが変わっていたことも知らなかった。あの娘が姉と話そうとしていたことも知らなかった」


 父は目を伏せた。


「私は、昔のリーアだけを見ていた」


 エレノアの胸が痛んだ。


 それは、何度聞いても変わらない。


 父は間違えた。


 リーアが変わる可能性を見ようとしなかった。


 自分が知っているリーアだけを信じ、その先にある未来を奪った。


「それでも、私がしたことは変わらない」


 ローレンスはそう言った。


「だから、逃げるつもりはない」


 記録官は書類を整え、静かに立ち上がった。


「では、正式な手続きを取ります」


 その言葉を聞いた瞬間、エレノアの中で何かが切れた。


 これまでずっと張り詰めていたものが、ようやく終わりを迎えたような気がした。


 けれど、安堵はなかった。


 父が罪を認めた。


 犯人は分かった。


 事件は終わりへ向かっている。


 それなのに、胸の中には大きな空白が残っていた。


 父と娘として、もう以前のようには話せない。


 リーアは戻ってこない。


 そして、セレーネの人生も、この事件によって変わってしまった。


 すべてが終わったわけではない。


 むしろ、ここから始まることのほうが多いのだろう。


 ローレンスが部屋を出ようとした。


 その背中を、エレノアは見つめた。


「父上」


 ローレンスが足を止める。


 振り返らない。


「私は、父上を許せません」


「ああ」


「でも……」


 エレノアは言葉を探した。


 許すことはできない。


 それでも、父が何を考えていたのかは分かった。


 誰かを守ろうとしていた。


 ただ、その方法を間違えた。


「もう、誰かのために誰かの人生を決めないでください」


 ローレンスはしばらく黙っていた。


 やがて、低い声が返ってきた。


「……分かった」


 それだけだった。


 ローレンスは歩き出した。


 扉の向こうへ消えていく背中を、エレノアは見送った。


 父親としての背中を見るのは、これが最後になるのかもしれない。


 そう思った。


 それでも、追いかけることはできなかった。


 ローレンスが犯した罪は、エレノアの言葉だけでは消せない。


 リーアの命も戻らない。


 そして、誰かを守るという言葉が、殺人を正当化することもない。


 エレノアは机の上に残されたリーアの手紙を見つめた。


 そこには、最後まで自分で選ぼうとした少女の意思が残っている。


 姉を許すかどうか。


 話すかどうか。


 その先をどう生きるか。


 リーアには、まだ選ぶはずだった未来があった。


 その未来を奪ったのが、自分の父親だった。


 エレノアは手紙をそっと拾い上げた。


 そして、胸元へ大切にしまった。


 もう二度と、リーアの意思を誰かの都合で書き換えさせないために。


 エレノアは静かに部屋を出た。


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