第31話 なぜ殺したのか
翌朝、エレノアは一人で薬品庫へ向かった。
父と話したあとも、頭の中にはいくつもの疑問が残っていた。
ローレンスは、リーアを殺したとは言わなかった。
薬瓶に触れたとも言わなかった。
ただ、王妃を守るために必要なことをしたと答えた。
あまりにも曖昧な言葉だった。
けれど、その曖昧さの中に、父が隠しているものがある。
エレノアはそう感じていた。
薬品庫の前に立つと、以前ここへ来たときとは違う緊張が胸を包んだ。
ここには、リーアの命を奪った毒があった。
そして父も、リーアが亡くなる前日にここへ入っている。
扉を開ける。
薬品庫の中は静まり返っていた。
棚には薬瓶が整然と並び、壁際には記録用の机が置かれている。
何も変わっていない。
それなのに、以前よりずっと狭く感じられた。
エレノアは机の上に残されていた入室記録を取り出した。
父の名前が記されている。
日付も時刻も、間違いない。
そして、その横には理由が書かれていた。
――王妃陛下の薬を取りに来たため。
エレノアはその一文をしばらく見つめた。
昨日、王妃の侍女から聞いた話が蘇る。
その日に用意された王妃の薬は一回分。
それはすでに侍女が届けていた。
父が受け取った記録はない。
ならば、父は何のためにここへ来たのか。
エレノアは記録帳を閉じた。
そして、もう一度棚を見渡した。
リーアの薬瓶が置かれていた場所。
毒が仕込まれた瓶。
封印が一度外され、再び閉じられていた瓶。
そこへ父が触れた可能性はある。
しかし、それだけではまだ証拠にならない。
父が薬品庫へ入った。
その理由は嘘だった。
リーアの薬瓶には毒が仕込まれていた。
この三つを繋ぐには、もう一つ何かが必要だった。
エレノアは棚の前へ進んだ。
薬瓶の管理記録を確認する。
瓶の出し入れ、封印の確認、薬の補充。
細かな記録が残されている。
その中に、一つだけ気になる記載があった。
リーアの薬瓶について、封印の確認が一度だけやり直されている。
エレノアは指でその記録をなぞった。
最初の確認。
その後、再確認。
つまり、一度は封印が外されていた。
誰かが薬瓶を開けた。
毒を入れた。
そして、再び閉じた。
そこまでは分かっている。
問題は、その誰かだった。
エレノアは記録をめくった。
薬瓶の管理担当者。
リーア本人。
王妃セレーネ。
そして、ローレンス。
薬品庫への出入りが許されていた者たちの名前が並んでいる。
その中で、ローレンスの入室記録だけが異質だった。
リーアの死の前日。
しかも、理由が偽りだった。
エレノアはそこで手を止めた。
父は何かを隠している。
だが、それだけではまだ足りない。
父がリーアの薬瓶に触れたことを証明しなければならない。
エレノアは棚から別の記録を取り出した。
薬品庫で扱われた薬品の一覧だった。
毒についての記載はない。
当然だ。
リーアの死後に初めて、毒が入っていたことが分かったのだから。
けれど、エレノアはそこで一つの違和感を覚えた。
毒そのものではない。
毒を入れるためには、何かを使ったはずだ。
薬瓶を開ける。
毒を入れる。
封を戻す。
その作業に使った道具がある。
だが、犯人が持ち込んだものなら記録には残らない。
エレノアは机の引き出しを開けた。
中には封印用の道具がいくつか収められている。
薬品庫で使われる小さな器具。
封をするための材料。
それらを一つずつ確認していく。
そのとき、奥にある小さな道具に目が止まった。
薬瓶の封を剥がすために使われる器具だった。
エレノアはそれを手に取った。
刃の先端は細く、瓶の口に貼られた封を傷つけずに外すことができる。
誰かが薬瓶を開けるなら、これを使うこともできる。
だが、これも証拠にはならない。
薬品庫にあるものなのだから、複数の人間が使える。
エレノアは器具を元の場所へ戻した。
焦ってはいけない。
父を犯人にしたいわけではない。
父が犯人なら、それを証明したい。
犯人でないなら、それも証明しなければならない。
そのためには、事実だけを拾っていくしかない。
エレノアは再び入室記録に目を戻した。
父が薬品庫へ入った時間。
王妃の薬が届けられた時間。
そして、リーアが最後に薬を飲んだ時間。
それらを頭の中で並べていく。
父が薬品庫へ入ったあと。
リーアは薬を飲んだ。
その後、体調を崩した。
そして、翌朝には亡くなっていた。
時間の流れだけを見れば、父が薬瓶に毒を入れることは可能だった。
けれど、それは可能性にすぎない。
エレノアは目を閉じた。
父が犯人なら、なぜあんな記録を残したのだろう。
わざわざ薬品庫へ入ったことを記録に残し、その理由まで書いている。
隠したいなら、もっと別の方法があったはずだ。
その疑問が、以前からエレノアの中にあった。
しかし、今は違う見方もできる。
記録そのものを隠すのではなく、入室理由を偽ることで、入室した事実を自然に見せようとしたのではないか。
誰かに記録を見られても、
――王妃の薬を取りに来ただけだ。
そう言えるように。
エレノアはゆっくり目を開いた。
もしそうなら、父は最初から誰かに調べられることを想定していた。
だから、嘘を記録に残した。
その考えに至った瞬間、背筋が冷たくなった。
だが、まだ推測だ。
エレノアは記録を閉じた。
父を問い詰めても、もう答えは出ないだろう。
昨日の父の態度が、それを示している。
ならば、別のところから証明するしかない。
薬瓶。
入室記録。
王妃の薬。
そして、父の嘘。
これらを一つずつ繋げていけば、やがて答えに辿り着く。
エレノアは薬品庫を出た。
廊下へ出ると、朝の光が差し込んでいた。
その光を見ながら、エレノアはふと思った。
父は、何を守ろうとしているのだろう。
王妃の地位か。
王妃の命か。
それとも、王妃が隠している過去そのものか。
そして、そのためにリーアを殺したのだとしたら。
父は、リーアの何を恐れていたのか。
エレノアは歩きながら、その疑問を考え続けた。
やがて一つの答えが浮かんだ。
リーアは、王妃の秘密を知っていた。
それだけではない。
リーアは、その秘密を使って王妃を脅していた。
父にとって、それは王妃を守るために取り除かなければならない危険だったのかもしれない。
けれど、エレノアは知っている。
リーアは最後に変わった。
姉を脅すことをやめようとしていた。
明日、姉と話すつもりだった。
そのことを、父は知らない。
もし父が、昔のリーアしか見ていなかったのなら。
父は、存在しない脅威から王妃を守るために、リーアの未来を奪ったことになる。
エレノアは足を止めた。
まだ証明されていない。
それでも、その可能性が胸の奥に重く沈んだ。
父が守ろうとしたもの。
父が恐れたもの。
そして、父が見落としたもの。
その三つを繋げなければならない。
エレノアは顔を上げた。
次に向かうべき場所は、もう決まっていた。
父が守ろうとした秘密について、もっと深く知らなければならない。
その秘密を知る王妃に、もう一度話を聞く。
今度は、リーアの死についてだけではない。
ローレンスが何を知っていたのか。
そして、なぜそこまでして自分を守ろうとしたのか。
エレノアは王妃の居室へ向かって歩き始めた。




