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王妃の妹、偽りの遺書  作者: フミえるる
第五部「真実」
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第28話 記録

 翌朝、エレノアは王妃の侍女を訪ねた。


 昨日、セレーネから聞いた話だけでも、ローレンスが記録に残した入室理由が偽りである可能性は高かった。


 だが、それだけでは足りない。


 セレーネが覚えていることと、ローレンスが記録に書いたこと。その二つが食い違っているだけでは、勘違いだと言われてしまえば終わる。


 必要なのは、第三者の証言だった。


 王妃の薬を誰が運んだのか。


 いつ運んだのか。


 そして、そのときローレンスが関わっていなかったのか。


 それを確かめなければならなかった。


「王妃陛下のお薬について、少し確認したいことがあります」


 侍女は驚いたように目を瞬かせた。


「お薬、ですか?」


「はい。いつも王妃陛下のお薬をお届けしているのは、あなたですね?」


「そうです。私が担当しております」


 迷いのない返事だった。


 エレノアは手にしていた記録を書き留めた紙へ目を落とした。


「リーア様がお亡くなりになる前の日も、あなたが届けたのですか?」


「はい」


「間違いありませんか?」


「間違いありません」


 即答だった。


 その答えに、エレノアは顔を上げた。


「その日、誰かに薬を届ける役目を代わってもらったことは?」


「ありません。いつも通り、私が運びました」


「では、ローレンスが王妃陛下のお薬を取りに来た、ということは?」


「……ありません」


 侍女は少し困ったように眉を寄せた。


「少なくとも、私はお渡ししていません」


 その言葉は、セレーネの証言と一致していた。


 だがエレノアは、さらに一歩踏み込んだ。


「その日の薬は、いつ届けましたか?」


「昼過ぎです」


「ローレンスが薬品庫へ入ったのは、その後です」


「そうなのですか?」


「記録には、そう残っています」


 侍女はしばらく考え込んだ。


「でしたら、なおさらおかしいと思います」


「どうしてですか?」


「王妃陛下のお薬を届けたあと、私は薬箱を返しています。そのとき、薬品庫の管理をしている者にも確認してもらっていますから」


 エレノアは黙って聞いていた。


 薬を届ける。


 薬箱を返す。


 その後で、ローレンスが薬を取りに来たという記録が残っている。


 それだけなら、別の薬を取りに来た可能性もある。


 だからこそ、エレノアは確認した。


「その日に、王妃陛下のための薬が二つ用意されていたことは?」


「いいえ。一回分だけです」


「追加で用意したものも?」


「ありません」


 エレノアの胸の奥で、何かが静かに繋がった。


 ローレンスは薬を取りに来る必要がなかった。


 少なくとも、記録に残されている理由では。


「……ありがとうございます」


「いえ。ですが、何か問題があったのでしょうか?」


 エレノアはすぐには答えなかった。


 目の前の侍女に、父親への疑いを話すつもりはなかった。


 今はまだ、父が犯人だと決まったわけではない。


「確認したかっただけです」


 そう答えて、エレノアは侍女の部屋を出た。


 廊下へ出た途端、足が止まった。


 窓から差し込む午後の光が、床の上に細長く伸びている。


 エレノアはそこに立ったまま、父が残した記録を思い返した。


 ――王妃の薬を取りに来たため。


 たった一行の記録だった。


 これまでは、それを事実として受け取っていた。


 ローレンスには薬品庫へ入る正当な理由があった。


 だから、その日の入室も不自然ではない。


 そう考えていた。


 けれど。


 王妃の薬は、すでに届けられていた。


 追加の薬もなかった。


 ローレンスが薬を受け取ったという記録もない。


 それなのに、父は薬を取りに来たことになっている。


 ならば。


 なぜ、そんな理由を書いたのか。


 エレノアはゆっくりと歩き出した。


 父が薬品庫に入ったことそのものが問題なのではない。


 そこへ入った理由を、偽った可能性があることが問題だった。


 もし本当に何もしていないのなら、なぜ嘘をつく必要があるのだろう。


 その疑問が、頭から離れなかった。


 薬品庫へ入った。


 リーアの薬瓶に触れることができた。


 そして、その理由として残された記録が嘘だった。


 ここまで揃えば、偶然だとは言い切れない。


 だが、それでも決定的ではなかった。


 薬品庫へ入っただけで、リーアの薬瓶に毒を入れたことにはならない。


 記録に嘘を書いたとしても、それが殺人の証明になるわけではない。


 エレノアは、その事実を自分に言い聞かせた。


 疑いと証拠は違う。


 父を疑っているからといって、父が犯人だと決めてはいけない。


 それは、リーアの死をもう一度、自分の都合で決めつけることになる。


 エレノアは歩みを止め、窓の外を見た。


 庭の向こうに、王妃の温室が見える。


 あの日、リーアが死んでいた場所。


 そして、その前日に彼女が「明日、姉と話す」と言った場所でもあった。


 リーアは最後に、姉と話そうとしていた。


 脅すためではない。


 少なくとも、最後の手紙にはそう書かれていた。


 それなのに、誰かがその未来を奪った。


 エレノアは目を伏せた。


 父が嘘をついている。


 その事実だけは、もう見過ごせなかった。


 だが、父が何を隠しているのかまでは、まだ分からない。


 薬を取りに来たという嘘。


 薬瓶に仕込まれた毒。


 そして、リーアの死。


 それぞれが一本の線になり始めている。


 けれど、その線の先に父がいると証明するには、まだ何かが足りない。


 エレノアは踵を返した。


 向かう先は、王妃の居室だった。


 セレーネに、もう一度聞かなければならない。


 父が何を知っていたのか。


 そして、父がなぜそこまでして王妃を守ろうとしたのか。


 そこに、最後の証拠へ繋がる何かがある気がしてならなかった。


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