第28話 記録
翌朝、エレノアは王妃の侍女を訪ねた。
昨日、セレーネから聞いた話だけでも、ローレンスが記録に残した入室理由が偽りである可能性は高かった。
だが、それだけでは足りない。
セレーネが覚えていることと、ローレンスが記録に書いたこと。その二つが食い違っているだけでは、勘違いだと言われてしまえば終わる。
必要なのは、第三者の証言だった。
王妃の薬を誰が運んだのか。
いつ運んだのか。
そして、そのときローレンスが関わっていなかったのか。
それを確かめなければならなかった。
「王妃陛下のお薬について、少し確認したいことがあります」
侍女は驚いたように目を瞬かせた。
「お薬、ですか?」
「はい。いつも王妃陛下のお薬をお届けしているのは、あなたですね?」
「そうです。私が担当しております」
迷いのない返事だった。
エレノアは手にしていた記録を書き留めた紙へ目を落とした。
「リーア様がお亡くなりになる前の日も、あなたが届けたのですか?」
「はい」
「間違いありませんか?」
「間違いありません」
即答だった。
その答えに、エレノアは顔を上げた。
「その日、誰かに薬を届ける役目を代わってもらったことは?」
「ありません。いつも通り、私が運びました」
「では、ローレンスが王妃陛下のお薬を取りに来た、ということは?」
「……ありません」
侍女は少し困ったように眉を寄せた。
「少なくとも、私はお渡ししていません」
その言葉は、セレーネの証言と一致していた。
だがエレノアは、さらに一歩踏み込んだ。
「その日の薬は、いつ届けましたか?」
「昼過ぎです」
「ローレンスが薬品庫へ入ったのは、その後です」
「そうなのですか?」
「記録には、そう残っています」
侍女はしばらく考え込んだ。
「でしたら、なおさらおかしいと思います」
「どうしてですか?」
「王妃陛下のお薬を届けたあと、私は薬箱を返しています。そのとき、薬品庫の管理をしている者にも確認してもらっていますから」
エレノアは黙って聞いていた。
薬を届ける。
薬箱を返す。
その後で、ローレンスが薬を取りに来たという記録が残っている。
それだけなら、別の薬を取りに来た可能性もある。
だからこそ、エレノアは確認した。
「その日に、王妃陛下のための薬が二つ用意されていたことは?」
「いいえ。一回分だけです」
「追加で用意したものも?」
「ありません」
エレノアの胸の奥で、何かが静かに繋がった。
ローレンスは薬を取りに来る必要がなかった。
少なくとも、記録に残されている理由では。
「……ありがとうございます」
「いえ。ですが、何か問題があったのでしょうか?」
エレノアはすぐには答えなかった。
目の前の侍女に、父親への疑いを話すつもりはなかった。
今はまだ、父が犯人だと決まったわけではない。
「確認したかっただけです」
そう答えて、エレノアは侍女の部屋を出た。
廊下へ出た途端、足が止まった。
窓から差し込む午後の光が、床の上に細長く伸びている。
エレノアはそこに立ったまま、父が残した記録を思い返した。
――王妃の薬を取りに来たため。
たった一行の記録だった。
これまでは、それを事実として受け取っていた。
ローレンスには薬品庫へ入る正当な理由があった。
だから、その日の入室も不自然ではない。
そう考えていた。
けれど。
王妃の薬は、すでに届けられていた。
追加の薬もなかった。
ローレンスが薬を受け取ったという記録もない。
それなのに、父は薬を取りに来たことになっている。
ならば。
なぜ、そんな理由を書いたのか。
エレノアはゆっくりと歩き出した。
父が薬品庫に入ったことそのものが問題なのではない。
そこへ入った理由を、偽った可能性があることが問題だった。
もし本当に何もしていないのなら、なぜ嘘をつく必要があるのだろう。
その疑問が、頭から離れなかった。
薬品庫へ入った。
リーアの薬瓶に触れることができた。
そして、その理由として残された記録が嘘だった。
ここまで揃えば、偶然だとは言い切れない。
だが、それでも決定的ではなかった。
薬品庫へ入っただけで、リーアの薬瓶に毒を入れたことにはならない。
記録に嘘を書いたとしても、それが殺人の証明になるわけではない。
エレノアは、その事実を自分に言い聞かせた。
疑いと証拠は違う。
父を疑っているからといって、父が犯人だと決めてはいけない。
それは、リーアの死をもう一度、自分の都合で決めつけることになる。
エレノアは歩みを止め、窓の外を見た。
庭の向こうに、王妃の温室が見える。
あの日、リーアが死んでいた場所。
そして、その前日に彼女が「明日、姉と話す」と言った場所でもあった。
リーアは最後に、姉と話そうとしていた。
脅すためではない。
少なくとも、最後の手紙にはそう書かれていた。
それなのに、誰かがその未来を奪った。
エレノアは目を伏せた。
父が嘘をついている。
その事実だけは、もう見過ごせなかった。
だが、父が何を隠しているのかまでは、まだ分からない。
薬を取りに来たという嘘。
薬瓶に仕込まれた毒。
そして、リーアの死。
それぞれが一本の線になり始めている。
けれど、その線の先に父がいると証明するには、まだ何かが足りない。
エレノアは踵を返した。
向かう先は、王妃の居室だった。
セレーネに、もう一度聞かなければならない。
父が何を知っていたのか。
そして、父がなぜそこまでして王妃を守ろうとしたのか。
そこに、最後の証拠へ繋がる何かがある気がしてならなかった。




