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王妃の妹、偽りの遺書  作者: フミえるる
第四部「リーアは変わっていた」
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第21話 リーアは姉を脅していた

 エレノアは、父の執務室を出てから、しばらく廊下を歩き続けていた。


 足音が、磨かれた石床の上に小さく響く。


 窓の外には夕暮れが広がっていた。


 王宮の尖塔が赤く染まり、長い影が中庭へ伸びている。


 いつもなら美しいと思う景色だった。


 今日は、何も感じなかった。


 頭の中に、父の言葉が残っている。


『リーアは危険だった』


『あのまま放っておけば、王妃陛下に何をするか分からなかった』


『秘密を漏らす前に、止める必要があった』


 エレノアは足を止めた。


 目の前には、古い記録室へ続く廊下がある。


 ここ数日、何度も通った場所だった。


 リーアの死について調べるために、王宮中の記録を漁った。


 死亡時刻。


 薬品庫の出入り。


 王妃の警備記録。


 リーアとセレーネの過去。


 そして、リーアが姉を脅していたという事実。


 どれも父の疑いを強くするものだった。


 けれど、一つだけ。


 エレノアの中で、どうしても引っかかっているものがあった。


 リーアの最後の一か月だ。


 脅迫をやめていた。


 金銭を要求しなくなった。


 姉に何かを迫ることもなくなった。


 そして死の前夜には、


『明日は姉と話す』


 そう言っていた。


 エレノアは窓辺へ歩み寄った。


 夕暮れの庭を見下ろす。


 リーアは、本当に変わっていたのだろうか。


 それとも、何か別の理由があって、脅迫をやめただけなのか。


 まだ分からない。


 だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。


 父は、その変化を知らなかった。


 エレノアはそのことを思い出した。


 先ほど父にリーアの最後の一か月について尋ねたとき、ローレンスはほんのわずかに目を伏せた。


 知らなかった。


 そう答えた。


 嘘をついているようには見えなかった。


 むしろ、本当に知らないのだとしたら。


 父が知っていたリーアは、エレノアが最後に会ったリーアとは違う。


 その可能性が、頭から離れなかった。


「……一か月」


 エレノアは小さく呟いた。


 一か月。


 人間が変わるには、長いのか短いのか。


 それは分からない。


 けれど、少なくとも人を殺す理由を決めるには、十分な時間なのではないか。


 エレノアは記録室へ入った。


 扉を閉める。


 室内には、古い紙と革の匂いがこもっていた。


 壁一面に並ぶ棚には、王宮で起きた出来事が年代順に収められている。


 エレノアは明かりを灯し、昨日調べた記録を取り出した。


 セレーネが王妃となってからの記録。


 その中でも、リーアの名前が出ているものを一つずつ確認していく。


 最初に目についたのは、警備に関する記録だった。


 王妃の私室周辺の警備を増やしたという報告。


 日付は、今から数年前。


 理由の欄には、短くこう書かれている。


 ――王妃陛下の安全確保。


 それだけだった。


 エレノアは眉を寄せた。


 さらにページをめくる。


 別の日付にも、似たような記録がある。


 王妃の外出時には護衛を増員。


 王妃とリーアが二人きりになることを避ける。


 リーアからの接触について、必要に応じて報告。


 エレノアの指が止まった。


「……二人きりになることを避ける?」


 そこまで警戒されていたのか。


 リーアは単に姉と仲が悪かっただけではない。


 王宮側が、明確に危険人物として扱っていた。


 エレノアは記録の隅にある署名を確認した。


 警備責任者。


 ローレンス。


 父の名前だった。


 胸の奥が重くなる。


 父はずっと前からリーアを警戒していた。


 それなら、リーアが死ぬ直前まで脅迫を続けていると思っていたとしても、不思議ではない。


 エレノアは椅子に腰を下ろした。


 机の上へ記録を広げる。


 過去の記録を一つずつ並べていく。


 数年前。


 リーアがセレーネを脅していた。


 父はその事実を知った。


 王妃の秘密も知った。


 王妃を守るため、リーアへの警戒を強めた。


 そして現在。


 リーアが死んだ。


 毒が薬瓶に仕込まれていた。


 遺書には不自然な文章がある。


 父は事件の死亡時刻を知りすぎていた。


 さらに、事件の前日に薬品庫へ入っている。


 そして何より。


 父には動機がある。


 エレノアは目を閉じた。


 これだけ揃っていて、まだ父を犯人と断定できない。


 それが苦しかった。


 もし父が犯人なら。


 エレノアは、自分の父親が人を殺したことになる。


 もし父が犯人ではないなら。


 では、誰がリーアを殺したのか。


 どちらに転んでも、簡単には終わらない。


 エレノアは記録を閉じた。


 そのとき、紙の束の間から一枚の小さな紙片が滑り落ちた。


 床に落ちる。


 拾い上げると、それは古い記録の写しだった。


 日付は、リーアが王宮で問題を起こしていた頃のもの。


 そこには、セレーネへの金銭要求について書かれていた。


 エレノアは読む。


 要求額。


 受け渡しの日。


 対応した人物。


 何度も繰り返されている。


 リーアは、本当に姉を脅していた。


 父の言っていたことは間違っていない。


 エレノアは紙を机へ置いた。


 そのとき、ふと別の記述が目に入った。


 最後の要求。


 それは、一か月ほど前だった。


 その後の記録には、リーアからの要求がない。


 エレノアは日付を指でなぞった。


 それ以前は、何度も記録が残っている。


 しかし、その日を境に途切れている。


 偶然とは思えなかった。


「……やっぱり」


 リーアは、その頃から変わった。


 何かがあった。


 何かをきっかけに、姉への脅迫をやめた。


 そして、その一か月後に死んだ。


 エレノアは立ち上がった。


 記録を抱えたまま、父の執務室へ戻ろうとする。


 だが、扉へ向かう途中で足を止めた。


 父に聞いても、答えは出ない。


 父はリーアを危険だと思っていた。


 だからこそ、最後まで過去のリーアを見ていた。


 ならば。


 最後の一か月について知っている人間を探すべきだ。


 リーアのそばにいた人間。


 侍女。


 使用人。


 王妃。


 そして――。


 エレノアは机の上に残された紙片を見つめた。


 リーア自身。


 彼女が最後に何を考えていたのか。


 何を変えようとしていたのか。


 それを知らなければ、父が何を誤ったのかも分からない。


 エレノアは紙片を折り、懐へしまった。


 廊下へ出る。


 夕暮れは、もう終わりかけていた。


 王宮の灯りが一つずつ灯っていく。


 エレノアは歩きながら、胸の中で一つの言葉を繰り返していた。


 リーアは、確かに姉を脅していた。


 父がそう思ったのには、理由があった。


 だからこそ、エレノアは知りたかった。


 あの一か月の間に。


 リーアに何があったのか。


 そして。


 父は何を知らないまま、あの夜を迎えたのか。


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