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王妃の妹、偽りの遺書  作者: フミえるる
第二部「王妃の秘密」
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第12話 鍵を持つ者

 ローレンスが去ったあとも、エレノアは薬品庫に残っていた。


 父の足音が廊下の向こうへ消えていく。


 それを聞きながら、エレノアは閉じた帳簿を見つめていた。


 父は、薬品庫へ来た。


 王妃の薬を取りに来たと言った。


 けれど、実際には何も受け取っていない。


 そして、その理由を尋ねると、忘れたと答えた。


 あまりにも曖昧な説明だった。


 それでも、それだけで父を犯人と決めることはできない。


 エレノアは何度も自分に言い聞かせた。


 父が嘘をついた。


 それは分かった。


 だが、何のために嘘をついたのかは分からない。


 リーアの薬瓶に毒を入れたからなのか。


 それとも、別の理由があるのか。


 王妃の秘密に関係する何かを隠しているだけなのか。


 どちらなのかを確かめなければならなかった。


 エレノアはもう一度、薬品庫を見回した。


 棚には大小さまざまな瓶が並んでいる。


 そのどれもが、きちんと整理されていた。


 だが、薬を保管する場所は一つではない。


 王妃や王族が使用する薬は、一般の薬とは分けて管理されている。


 エレノアは以前、医師から聞いた話を思い出した。


 王族の薬には、特別な管理が必要だ。


 薬の取り違えを防ぐため。


 そして、勝手に持ち出されることを防ぐため。


「……別の記録があるはず」


 エレノアは呟いた。


 薬を取り出した記録だけでは足りない。


 誰がその保管場所を開けたのか。


 それを記した記録があるはずだった。


 管理をしている侍女に尋ねると、少し驚いた顔をされた。


「内側の保管庫の記録ですか?」


「はい」


「かなり古いものになりますが……」


「見せてもらえますか?」


 侍女は迷った。


「そこは、王族の薬を保管する場所です。出入りできる者も限られています」


「だからこそ、確認したいんです」


 エレノアは静かに言った。


「リーア様の死に使われた毒が、どこから来たのか調べています」


 侍女はしばらくエレノアを見つめていた。


 やがて、小さく頷く。


「分かりました」


 案内されたのは、薬品庫の奥にある小さな扉だった。


 普通の棚と違い、扉には鍵がかかっている。


 侍女が鍵を取り出し、錠を外した。


 中には、さらに小さな棚が並んでいた。


 瓶には一つずつ番号が付けられている。


 毒物や強い薬効を持つ薬も、ここで管理されているのだろう。


 エレノアはその光景を見て、少しだけ背筋が寒くなった。


 ここにあるものは、人を治すためにも使える。


 同時に、人を殺すためにも使える。


 だから厳重に管理されている。


「ここへ入れるのは誰ですか?」


 エレノアが尋ねると、侍女は答えた。


「医師。それから王妃様付きの者が必要なときに」


「他には?」


「ローレンス様です」


 エレノアは顔を上げた。


「父も?」


「はい」


「なぜですか?」


「王妃様のお薬を管理されることがありますから」


 その答えは、昨日父が薬品庫へ来た理由と一致している。


 エレノアは扉の内側を見た。


 棚には鍵のかかる小箱がいくつかある。


 その中には、毒物に分類される薬も保管されているらしい。


「出入りの記録はありますか?」


「あります」


 侍女は帳簿を持ってきた。


 今度の帳簿は先ほどのものより小さかった。


 けれど、そこに記されている内容はずっと重要だった。


 日付。


 時刻。


 入った者。


 目的。


 取り出したもの。


 エレノアはページをめくった。


 医師の名前が並んでいる。


 王妃付きの侍女の名前もある。


 そして、ローレンスの名前も何度かあった。


 どれも王妃の薬に関するものだった。


 エレノアはリーアが亡くなる前日の記録を探した。


 指が止まる。


 そこには、父の名前があった。


 日付は間違いない。


 リーアが亡くなる前日。


 時刻も記されている。


 父が薬品庫へ入った時刻。


 そして、出た時刻。


 エレノアは息を詰めた。


「……この時間」


 小さく呟く。


 父が薬品庫へ来たのは、マリアが話していた時間と一致していた。


 さらに、その少し前。


 リーアの薬が受け取られている。


 その記録も残っている。


 薬を受け取ったのはマリア。


 父ではない。


 エレノアはページを何度も見比べた。


 薬を受け取った者。


 薬品庫へ入った者。


 それぞれ別だった。


 なのに、父は薬品庫へ入っている。


 エレノアは記録を指でなぞった。


「父は、何を取りに入ったの?」


 侍女は首を傾げた。


「記録には王妃様のお薬を確認するため、とあります」


「確認?」


「はい」


「取り出してはいない?」


「はい」


 エレノアは目を閉じた。


 父が薬品庫へ入った。


 王妃の薬を確認した。


 何も持たずに出てきた。


 それなら、薬を取りに来たという父の言葉は完全な嘘ではない。


 だが。


 エレノアは目を開けた。


 この記録が重要なのは、そこではない。


 父が内側の保管庫に入ることができた。


 そこには、リーアを殺すために使われた毒と同じ種類の薬品が保管されていた。


 もし毒がここから持ち出されたのなら。


 父には、それができる立場があった。


「この記録は、誰でも見られるものですか?」


「いいえ」


「では、父が入ったことを知っている人は?」


「この帳簿を管理する者と、医師くらいでしょう」


「リーア様は?」


「リーア様がここへ入ることはありませんでした」


 エレノアの胸がざわついた。


 では、リーア自身がここから毒を持ち出した可能性は低い。


 少なくとも、正式な記録にはない。


「王妃陛下は?」


「王妃様ご自身が入られることもありません」


「そうですか」


 エレノアは帳簿を見つめた。


 今まで見えていなかったものが、少しずつ形になっていく。


 リーア。


 セレーネ。


 ローレンス。


 この三人は、王妃の秘密を知っている。


 そして。


 少なくともローレンスには、王族用の薬品を保管している場所へ入る権限がある。


 エレノアは胸の奥が冷えていくのを感じた。


 父には、動機がある。


 そして、機会もあった。


 けれど、それでも足りない。


 毒を持ち出したという記録はない。


 薬瓶に毒を入れたところを見た者もいない。


 父が犯人だという証拠は、まだない。


 エレノアは帳簿を閉じた。


「この記録を、しばらく借りることはできますか?」


「申し訳ありません。持ち出すことはできません」


「では、写しを取ることは?」


「それなら可能です」


 エレノアは頷いた。


「お願いします」


 侍女が帳簿を持って奥へ戻っていく。


 エレノアはひとり、保管庫の中に残った。


 静かな部屋だった。


 棚に並んだ薬瓶は、何も語らない。


 誰が触れたのか。


 何のために使われたのか。


 その答えを知っているのは、死んだリーアだけなのかもしれない。


 ふと、エレノアは一つのことに気づいた。


 リーアの薬瓶に入っていた毒。


 それは、誰でも簡単に手に入れられるものではない。


 医師や王族の薬を扱う人間でなければ、触れる機会すらない。


 つまり。


 リーアを殺した人間は、偶然毒を見つけたのではない。


 最初から、毒を扱える場所を知っていた可能性が高い。


 エレノアは唇を引き結んだ。


 そして、そのときだった。


 背後から侍女の声がした。


「エレノア様」


 振り返る。


 侍女は一枚の紙を持っていた。


「写しをご用意します。それと……」


「何ですか?」


「この日の記録について、ひとつ気になることがあります」


 エレノアは紙を受け取った。


「どこですか?」


 侍女が記録の一行を指差す。


「ローレンス様が入られたあと、保管庫の鍵が一度、閉め直されています」


「……閉め直した?」


「はい」


「父が出たあと?」


「そうです」


「誰が?」


「記録がありません」


 エレノアは紙を見つめた。


 鍵を閉めること自体は、特別なことではない。


 だが、誰が閉めたのか記録がない。


 父が自分で閉めたのか。


 それとも、別の誰かが閉めたのか。


 それすら分からない。


 それでも。


 エレノアは紙を強く握った。


 ここまで来て、もう偶然だとは思えなかった。


 父は王妃の秘密を知っている。


 リーアがその秘密を使っていたことも知っている。


 リーアを危険だと思っていた。


 そして、リーアが死ぬ前日、毒物を保管する場所へ入っている。


 偶然だと言い切るには、重なりすぎていた。


 それでもエレノアは、父を犯人とは呼ばなかった。


 証拠がないからだ。


 だからこそ、探さなければならない。


 父が本当に毒を持ち出したのか。


 そして、その毒をリーアの薬瓶に入れたのか。


 そこまで証明できなければ、真実には届かない。


 エレノアは保管庫を出た。


 重い扉が閉じる。


 その音を聞きながら、エレノアは思った。


 もう、ただリーアの死を疑うだけでは足りない。


 誰かが殺したのなら。


 その誰かを、確かな証拠で見つけなければならない。


 そして今、エレノアの目の前には。


 その証拠へつながるかもしれない、父の名前が残されていた。


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