表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/44

「友人、ということになった」

 放課後になって帰り支度を済ませ、一応西村と松田に一声(ひとこえ)かけるかと考えたところで、そういえば話し合いたかったんだと思い出す。

 どこまで話していいのか、今の内にすり合わせておかないと。勝手にあれこれ話して、妙な噂を立てられたり家に呼べと脅迫されたりしたら敵わない。


 深夜の席をちらりと見れば、もう席を立つところだった。

 声をかけようかと迷って、家に帰ってからでもいいかと思い直す。昼に西村達から忠告されたばかりで、また目立つのは避けたかった。


 それにしても、深夜は帰るのが早い。友人達と遊んだりしないのだろうか。

 まぁ、家事を自分でやるとなると時間が惜しいのは分かる。あの様子では朝陽は役に立たなさそうだし、帰ってくるのも遅いだろう。


 休日にまとめて洗濯したり軽く掃除したりするだけの直也だって、平日に何もすることがないなんてことはない。食事は自分で用意しなければ誰も作ってくれないし、ふと気になった埃が勝手に綺麗になることなんてないのだ。


 几帳面そうな深夜が休日にまとめて、なんてことはしないだろう。掃除は帰ってからでもいいが、洗濯はそうはいかない。きっと朝起きるのも早くて、自然と夜眠るのも早くなる。課題もやらなきゃいけないから、時間は本当に貴重だ。

 勝手に深夜の苦労を想像し、しみじみと感心する。ちっとも嫌そうに見えないのも凄いところだ。自分なら絶対無理だ、と直也は深く頷いた。


 さて、ではどうしようか。いつも通り図書室に行くか、西村達に声をかけてみるか。

 少し悩んで、ふと頭の片隅に過ぎるものがあった。


 家に帰ってから深夜と話をするにして、いつ彼女の部屋に行けばいいのか。いや、そもそもあの姉妹の部屋を訪れようという度胸が湧くのだろうか。

 無理だ、と即座に結論が出た。


 だってそうだろう。朝はいつもドアに隔てられて部屋の中なんか見えないし、朝陽も深夜も見せたくはないはずだ。だが、自らノックをして部屋の前に立てば、ドアが開いたら多少なりと中が見えてしまう。

 想像するだけで血の気が引いた。あまりにも大胆な所業に心臓が派手に飛び跳ねる。


 この前は看病の為に深夜が部屋にきたが、女子が男子の部屋に入るのと男子が女子の部屋に入るのとではワケが違う。しかも向こうには朝陽もいる。多分入ったら心臓が止まる。

 だったら部屋の前で話せばいいが、短く終わるならともかく長くなるならどうだ。深夜のことだから部屋に入らないかとか何の気なしに言うんじゃないのか。想像したら心臓が爆発した。


 どうする。家に帰る前に話がしたい。部屋の前で待つか、エントランスで待つか、マンションの前で待つか。

 どれもストーカーか何かみたいだ。やばい、詰んだかもしれない。

 今すぐ教室を出れば、帰り道で深夜に追いついたりしないだろうか。買い物に寄るだろうから、スーパーに行った方がいいか。

 ともかく、今すぐ動かないと手遅れになる。


「お、柏木はもう帰り?」


 西村に声をかけられ、腹を決めた。追いかけよう。姫野姉妹の部屋を訪れるよりはナンボかマシだ。


「あぁ、またな」

「おぅ、じゃーな!」

「また明日な」


 西村と松田に軽く手を上げ、教室を出る。

 放課後になったばかりだから、人気の少ない廊下を足早に歩く。あちこちの教室から談笑が聞こえ、部活道具を持った生徒とすれ違う。

 階段のある角に近づいたところで、聞き慣れた声の聞き慣れない響きがした。


「すみません、急いでいるので」

「いいじゃん、ちょっとくらい。それともそっちの用事に付き合おうか? オレは別にいいよ」

「いえ、結構です」

「そう固くなんないでよ。大丈夫、ぜってー楽しませるから」


 片方は深夜で間違いない。警戒心丸出しで、だいぶ嫌がっているのが分かる。直也が引っ越してきた当初でさえ、こんな声色で話されたことはなかった。

 もう片方は誰か分からない。軽薄そうな男であることは分かる。もしかして、と過ぎる考えがあった。これが噂の朝倉だろうか。

 確かに、西村も松田もあんな顔になりそうだ。


「お互いさ、もうちょい分かりあってこ? 付き合うのはそれからってことで」

「それはお断りしました」

「いやいや、まだオレのことなんも知らないでしょ? 一緒に居たら好きになるって、ぜってー」

「すみません、用事があるんです」

「だからさ、付き合うってば。なに? 何の用事?」

「結構です」


 頑なな態度にもめげないのは流石と言うべきか、バカというべきか。

 直也の腹にもふつふつと込み上げてくるものがあり、わざと足音を立てて角を曲がる。

 そこには、階段の前の壁で所謂『壁ドン』をされている深夜の姿があった。


 手をついている男の方は、かなり顔が良かった。体つきも細いがそれなりに筋肉質で、外見だけでモテそうだと分かる。朝倉だな、と直也は確信した。

 こちらを見て驚いている深夜と、苛立っている男の顔が状況を良く表している。

 乱入者を無視して仮定朝倉が深夜に話しかけようと口を開く。

 言葉が出る前に、直也が先制攻撃を放った。


「何してんの。邪魔なんだけど」


 男の顔が(しか)められ、わざとらしく舌打ちされる。

 中学の頃のあの連中に比べれば、可愛らしい仕草だ。


「見てわかんねぇの? 邪魔なのはお前だよ」

「階段前を塞ぐなよ。常識で考えりゃ分かるだろ」

「っせぇなぁ! 今いいとこなんだよ!」

「――どの辺が?」


 心底疑問に思って聞き返すと、男は端正な顔を憎悪に歪めて睨んできた。

 その程度で怯えるようなら、(はな)から首を突っ込んでなどいないのだ。

 平然と見返され、男は大袈裟に舌打ちする。


「わーったよ、よそでやりゃいいんだな!? 姫野さん、こっち」


 そう言って深夜の手を取ろうとした男の手を、直也が掴む。

 驚いた顔で睨んでくる男に、手を掴む力を強くした。


「悪いが、姫野にちょっと用があるんだ。そっちの用件は終わったろ?」

「はぁ!? 何言ってんのオマエ!?」

「話は終わっただろ? そうだよな、姫野?」


 視線だけで話を振れば、こくこくと深夜が頷く。

 男はバツの悪い顔で眉を顰めた。


「終わってねぇよ」

「終わったんだよ。じゃあな、気を付けて帰れよ」


 そう言って手を離す。

 男は拳を握りしめ、憎々し気に直也を睨んだまま動かなかった。

 それを完全に無視し、直也は深夜に向き直る。


「用事があるのに悪いな、こっちもちょっと緊急で。帰りながら話そう」

「あの、柏木くん……」

「行こう、姫野。時間がもったいない」


 会話を聞いていた男の目が見開かれる。

 何かを理解したように顔が歪み、直也を睨みつけた。


「そうか、オマエが柏木か……!」


 ちらりと横目で見るだけで何も言わず、直也は深夜を連れて階段を下りる。

 仮定朝倉の姿が見えなくなってから、深夜はほっと息をついた。


「すみません、ありがとうございます。助かりました」

「いいよ、これも助け合いでしょ。で、あれって朝倉?」


 小さく頭を下げる彼女に尋ねると、予想通り頷かれた。

 やっぱり、あれが噂のプレイボーイ朝倉らしい。西村達が嫌う気持ちも分かる。


「前に呼び出されて告白されて。断ったんですけど、今日になって急に……」

「あー……それは、まぁ。そのことを含めて、ちょっと話したいんだ。帰りながらでいいか?」

「はい。あ、でも、ごめんなさい。買い物にスーパーに寄るので……」


 申し訳なさそうに縮こまる深夜に、もやもやとした気持が膨らんでいく。

 いつもだったらもう少し違う反応な気がする。やっぱり、さっきの朝倉とのやり取りがきつかったのだろうか。

 ない頭を捻り、何を言えばいいのか考える。じゃあまた後で、なんて言うのは悪手に思えた。


「あー……邪魔じゃなきゃ、荷物持ちくらいするけど」


 これじゃさっきまでの朝倉と一緒じゃないかという懸念が頭をかすめたが、動機が違うのでセーフだろうと思い直す。

 あんな下心丸出しではないはずだ。多分、きっと。


「……いいんですか?」

「いいよ、そんくらい。米を何キロも買うなら考えるけど」

「いえ、そんなには。ありがとうございます」


 深夜の顔にようやく笑みが浮かび、直也はほっとした。

 彼女が暗い顔をしなくなるなら、荷物持ちくらいお安い御用だ。袖振り合うも他生の縁というが、もう他人と割り切ることができなくなっている。


 それにしても、あの朝倉という奴はなんなのだろうか。鬱陶しいし、しつこそうだ。

 これ以上何かしてくるなら考えなきゃいけないが、これは深夜の事情でもある。いくらなんでも、ずけずけと踏み込んでいくのはおかしいだろう。


 出来ることを考えてみても、相談されたらなんとかする以外に答えは出なかった。

 なんとかするといっても、何が出来るかという話ではあるが。


「それで、柏木くんの用事ってなんですか?」


 深夜の声で物思いから浮上する。

 耳に心地好い、聞き慣れた響きだ。


「あぁ、それなんだけど――」


 それからあれこれと相談し、ひとまず家が近所であることは話していいことになった。朝陽のことやお隣同士であることはややこしくなりそうなので黙っておく。

 二人の関係は、友人ということになった。


 友人。

 なんだか口にするのが恥ずかしい直也だったが、深夜もどうやらそうらしい。

 こういうのは改めて言ったりするものじゃないな、と実感する。


 スーパーの袋を提げた二人がマンションに着いたのはまだ夕方で、これから家事がある深夜を応援して直也は自室に入った。

 そしてふと思う。

 今日、一緒に帰ったのもだいぶまずかったんじゃなかろうか。


 帰る時はなんでもなかったのに、急に恥ずかしくなって床に転がってのたうちまわってしまう。

 声にならない呻きが漏れ、とにかく頭を切り替えようと服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。


 課題をやって予習復習して何かゲームやって寝よう。

 何も考えなくていいよう予定を詰め込んでしまえば、こんな気持ちはすぐ忘れるはずだ。

 壁の向こうで今頃彼女が家事をしているだろうことは考えてはいけない。


 握りしめた拳で一度頭を殴り、冷静さを取り戻す。

 風呂場から出て、本当に課題をやって予習復習して適当なゲームをして寝た。


 隣にいる彼女の事は、意識の外に追いやった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ