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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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「親しくするのは、やぶさかではない」

 ドアを開けた瞬間、教室中の視線が向けられた気がした。


 目立つなんてレベルではない。怯む直也の隣で深夜は平然とした顔で教室に足を踏み入れた。

 流石『お姫様』だな、と平民の少年は心底思う。

 彼の人生において通学するだけでここまで注目を集めたことなどなかったし、ぎょっとした顔で二度見されることもなかった。

 それらをまるで何事もないかのようにスルーできる深夜は、本当にお姫様か何かなんじゃないのかと思ったほどだ。


 いやしかし、よく考えればあの姉とこの妹である。普段の生活から注目されるのには慣れているのだろう。それにしたって度が過ぎると思うのは、多分隣に自分がいるからだ。

 親しい異性がいない『姫様』が急に男子と登校したのである。周囲の耳目を集めるのに十分すぎる理由だ。理性では納得できる。

 動かない直也を気にした深夜が小首を傾げて振り返った。


「柏木くん? どうしました?」

「……いや、なんでも」

「もうすぐHRが始まりますよ」

「分かってる。それじゃ」

「はい、また後で」


 社交辞令に過ぎない会話に周囲がどよめく。席についてふと視線を感じれば、一昨日の放課後にやらかしてしまった男子生徒二人がこちらを見ていた。

 どう反応するのが正解か分からず、挨拶代わりに軽く会釈する。向こうも返してきたが、それ以上は何もなかった。


 ちらりと深夜を見れば、いつもの面々と挨拶を交わしている。何が起きているのか知りたそうな連中を相手に何でもない顔で受け答えをする。

 いつも通りの彼女の姿に、なんだか良く分からなくなってきた。さっきまで一緒に登校していたのが夢の中の出来事のように思う。そんなことあるわけないけども。


 うっかり彼女を見つめすぎたようで、顔を上げた彼女と視線が重なる。そっと微笑まれ、喉に何かが詰まる。会釈を返し、机の中を漁った。

 今日の授業の分の教科書とノートはちゃんとある。シャーペンの芯も十分だ。そんな意味のない確認をして、時計を見上げてHRの時間を待った。


 どうしたものか。

 彼女と親しくするのはやぶさかではない。というより、色々やってもらったのに知らぬ存ぜぬを通せるほど不義理なつもりも薄情なつもりもない。学校内のカースト云々も気にするつもりはなかった。何せ、深夜自身が大して気にしていない。ように見える。


 かといって、皆の前で堂々と彼女と親しくするのもどうかと思う。こちらは見事なぼっちで、彼女は『姫様』だ。好奇や奇異の視線の晒されたくはないし、晒したくもない。

 必要もないのに話すのも、彼女の交友関係を考えると控えたい。深夜の友人達とは全く親しくないし、そんな人間がまとわりつくのも友人達からするといい気分ではないだろう。

 彼女の人間関係をややこしくしたいわけではないのだ。


 結局、あれこれ考えても普通が一番という結論に落ち着いてしまう。

 特別に何かしたりせず、今まで通り当たり前に過ごそう。用事があれば話しかければいいし、変な遠慮も無駄な接触もなく、普通に過ごせばいい。


 なんとか直也が今後の方針をまとめたところで、担任が「席につけー」というお決まりの台詞と共に入ってきた。

 さっきのざわつきの尻尾が残る教室内が、段々といつも通りに戻っていく。日常というのは強固な形状記憶を内包し、多少の非日常はあっという間に飲み込まれていくのだ。

 自分と深夜のことも、そんな飲み込まれる事象の一つだと直也は思っていた。


 だが、この出来事は様々な変化をもたらした。

 その変化が如実に表れたのは、昼休みになってからである。


※   ※   ※


 昼休み。

 いつも通りに購買のパンを買ってどこで食べようかと思案していると、声をかけられた。


「柏木、これからメシ?」


 入学してからこれほどまでに気安く話しかけられたのは初めてで、驚きのあまりしばらく固まってしまう。

 自分ではない誰かに話しかけたのではないかと軽く周囲を見回したが、反応している人はいなかった。柏木という苗字はそうそういない。おそらく自分の事だと思われる。

 それでも半分疑いながら声がした方を見ると、一昨日の放課後に睨んでしまった例の男子生徒二人組がいた。


「よ、お前もパンか? 購買のってあんまいいのないよな」

「……あぁ、まぁ、マズくなきゃ別に」

「まー、腹にたまりゃ何でも一緒か。いつもどこで食ってんの?」

「その辺で、適当に」

「そういや教室に居たり居なかったりだよな。よし、じゃ教室で食おうぜ!」


 まるで昔からの旧友のような気安さで宣言し、意気揚々と歩き出す。

 余りの出来事に呆気に取られてしまい、なんとなくついていってしまう。鼻歌でも歌いだしそうなクラスメイトを見やり、そういや誰だったっけと記憶をほじくり返す。


 確か、西村だ。下の名前は憶えていない。

 急に話しかけられて驚いたが、おそらくは深夜絡みだろう。一緒に登校したことについて、あれこれ聞きたいのだ。口も軽そうだし、そういう話は好きそうだ。


「悪いな、急に」


 隣に並んで申し訳なさそうに眉を下げてきたのは、松田でよかったはず。

 一昨日も一緒にいたし、普段からつるんでいるんだろう。友人の強引さを代わりに謝罪する姿からは、苦労人の気配を感じた。


「いや、いいよ。驚いたけど」

「だよな。あいつももうちょい距離感マトモならいいんだが、こうと決めたら考えるより先に動く奴ですまんな」

「見たまんまだな」

「単純なのがいいところでもあり悪いところでもある」


 深く松田が頷くと、目尻を釣り上げた西村が振り返った。


「聞こえてんぞ! 悪口ならもうちょい小さな声で言え!」

「お前がバカだから代わりに謝ってんだろうが。感謝しろ」

「えぇ!? オレそんな悪いことした!?」

「頭が悪いことはしたな」


 遠慮など欠片もなく言い切る松田から視線を外し、何かを訴えるように西村は直也を見やる。

 反応に困り、無難に苦笑してみせた。


「えぇ~柏木もそっち側かよぉ~」

「そりゃそうだろ。なんでお前側につくと思ったんだよ」

「いや、だって悪いことはしてねぇし」

「それが頭が悪いっつってんだ」


 松田が呆れたように言い、西村は不服そうに首を傾げる。

 あぁ、と直也は感嘆する。


 懐かしい。中学でもイジメが始まる前までは、こんなふうにバカバカしい会話をしながら毎日を過ごしていた。

 地元ではもう無理だと思って、引っ越してきて。それでもうまくいかず、半ば諦めていたというのに。

 我知らず(こぼ)れた笑みに、西村が敏感に反応した。


「笑った!? 柏木、今オレを笑った!?」

「まぁ、笑われるようなことしてるからな」

「あー、いや、違……わないかもしれない」


 否定しようとして、ある意味で西村を笑ったと言えなくもないと自分で思ってしまい、曖昧に濁してしまう。

 唇を尖らせる西村の顔が少しキモくて、男がしても可愛くないなと当たり前のことを想った。


「なんだよそれー?」

「キモい、変な顔すんな」

「まっつんさぁ!? 言葉を選ぼう!?」

「悪い、正直すぎた」


 全く謝意のこもっていない謝罪に、西村がぶーぶーと文句を垂れる。


「まっつん?」

「そう。こいつ松田だから、まっつん。中学からのあだ名なんだよ」

「こいつはバカ殿だな。西村で『しむら』からの連想」

「嘘教えるなよ!? にっしーとかしむらとかだろ!?」

「その『しむら』になった理由がバカだからだろうが」


 どうやら松田の言い分が正しいらしく、西村はグゥの音も出ずに唇を引き結んだ。

 そのやり取りで、ふと気づいたことを聞いてみる。


「同中なんだ?」

「あぁ。他にも何人かいるぞ」

「顔見知り含めたらもうちょい増えるな。まー地元の高校なんてそんなもんっしょ」


 西村の言葉に頷く。

 そう、地元の高校に行けば大体そうなる。だから直也はわざわざ越境したのだ。


「それもあって『姫様』はめっちゃ目立つんだよな。あんだけ可愛ければ地元で噂になってないはずないし。高校で急に出てきたもんだからもう皆大騒ぎよ」

「入学初日から話題になってたしな。そういや柏木も地元じゃないんだっけ?」


 松田に話を振られ、とうとう来たかと覚悟を決める。

 どこまで話したものやら。プライベートなことは黙秘するのがいいだろうなと方針を固めた。


「あぁ、違うよ」

「へー、なんでまたここに?」


 西村の当然の疑問に喉が詰まる。

 そりゃそうだ、誰だってそう言う。別に詮索(せんさく)しようと思わなくったって、この話の流れなら自然なことだ。

 だからこそ、返答に詰まった直也の反応は分かりやすかった。


「ま、色々あるわな。地元は姫野と同じだったりするか?」

「いや、違う……と思う。聞いたことないし」

「まーそーだよなー」


 松田の助け舟に乗っかり、話題を流す。西村も突っ込んで聞いては来なかった。

 教室のドアに手をかけ、西村を先頭に入る。西村達の席には先客がいて、松田が弁当だけ取って直也の席の横と前を抑えて三人で固まった。


「まっつん、おかずなんかちょうだい」

「いい加減、朝コンビニでなんか買ってこい」

「いいじゃんかよー、貧する者に分け与えるのは富める者の義務だぞ!」

「またどっかのマンガで覚えた台詞を……」

「覚えた言葉は使ってこそ意味がある!」

「そういうのは中学で卒業しろ」

「だっておかず欲しいもんよ。柏木もそうだよな?」

「いや、俺は別に」

「裏切られた!? なんで!?」

「うるさい。ウインナーやるから黙れ」


 こくこくと頷き、西村は笑顔でウインナーを指でつまんで口に放り込む。直也にもどうかと松田は差し出したが、軽く首を振って断った。なんだか申し訳ない。

 口の中のものを飲み込んで、西村は自分のパンにかじりつく。松田が小さくいただきますと呟いて箸を取った。二人を横目に、直也もパンの袋を開ける。


「そういやさ、柏木。こないだは悪かったな。ほら、一昨日の放課後」


 振られると思わなかった話を西村に持ち出され、咳き込みそうになったのをなんとか堪えた。


「あぁいや、あれは……俺の方こそごめん。いきなり睨んだりして」

「いいって、なんか事情があんだろ? オレもそのくらいは分かるからさ」

「バカはそうして全部言うからバカなんだ」

「まっつんさぁ!? お前も同罪だからね!?」

「人を巻き込むんじゃない」

「いやいやいや、めっちゃオレらで喋ってたからね!? 柏木も覚えてるよな?」

「どうだったかな」

「いやいやいや、柏木サン!? 一昨日ですよ!? めっちゃ睨んでましたよね!?」


 ぶんぶんと手を振って身を乗り出す西村に苦笑を返す。松田は我関せずとばかりに箸を動かしていた。

 これは二人の優しさなんだろう、と直也は思う。


 うやむやにしてくれているのだ。喉に突っかかる小骨だけ取り除いて、後は気にしない。そういうことにしようと言外に伝えてくれている。

 気づけば、直也の顔には笑みが浮かんでいた。


「笑ってんなよーもー! オレばっか悪者かよー」

「悪い、西村が面白くて」

「ま、そこはな! オレウケいい男だからさ!」

「いいから早く食え。だらだらしてっと昼休み終わんぞ」

「パンなんかすぐだって。それでさ、柏木」


 ようやっと本題に来たようで、西村が声をひそめて尋ねてくる。


「昨日なんだけど、姫様がお前が風邪だって知ってたのなんで?」


 そっちか、と直也はパンを噛み締める。

 さて、どう答えるべきか。西村も松田もいい奴だし、あまり嘘はつきたくない。とはいえ、深夜が隣に住んでいることはプライベートな情報に該当するだろう。


 今朝、登校中にこの辺の話をすべきだったなと反省する。

 噂になるだろうことは少し考えればわかったのに、頭が回っていなかった。

 この件は放課後に話し合うことにして、とりあえず無難に答えた。


「学校行く途中で会ったんだよ。そんで体調悪くて無理っぽかったから伝言を頼んだ」

「ふーん? そういや今朝も一緒に登校してたもんな。通学路一緒なのか」

「あぁ、まぁ」


 嘘は言っていない。真実ではないだけだ。

 家を出れば通学中と言ってもいいし、自ら頼んだわけではないが承諾したので同じようなものである。通学路も一緒なので問題ない。


「そっか。んー、じゃあ一応言っとくかな。朝倉に因縁(いんねん)つけられるかもしんないから気を付けろよ」

「朝倉?」


 首を傾げる直也に、西村と松田は揃って苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「同中のヤツなんだけど、これがもういけすかねぇの。ただ、顔はいいし勉強も運動もそれなりにできるから女にモテんだわ。中学の頃からとっかえひっかえしてて、学校中の男子から嫌われてんの」


 実に嫌そうに西村が言い、松田も神妙に頷く。


「高校に入ってすぐ姫野に目をつけてな。フラれたらしいんだが、諦めてねぇってもっぱらの噂。で、昨日お前が休んで姫野が風邪だって担任に報告したんだけど、その話が広まってあいつの耳にも入ったらしくてな」


 なんとなく二人が何を言いたいのか分かってきた。

 イケメンプレイボーイに敵視されているかもしれない、ということか。


「姫様って男の影なんか全然なかったじゃん? それが急に柏木の話が出て、結構噂になってんだよ。しかも今朝なんか一緒に登校しちゃってさぁ。朝倉のヤツ、モテることに自信があるから多分相当頭にキてんぞ」

「他にも姫野に告白した奴はいるんだが、どいつもそれなりに人気の奴でな。朝倉としてもそのくらいはと思ってたんだろうが、突然のダークホースだ。しかも名前も知らない奴。どういう行動に出るかはわからんが、友好的じゃないのは間違いない」


 二人とも、とにかく朝倉という奴が気に食わないようだ。

 よっぽど性格が悪いのか、相性が悪いのか。どっちもだろうな、と直也は思う。


 要するに、名だたるイケメン達を袖にした超美少女に顔も頭もさほど良くない男の影があるのが気に食わない、ということらしい。

 げんなりする話ではあるが、向こうから何かしてこない限り直也も何かしようとは思わない。降りかかる火の粉は払うべきだが、中学時代の二の舞はごめんだ。今度は何かあっても冷静に対処しなくては。

 口の中のパンを咀嚼(そしゃく)して、二人に礼を言う。


「分かった、ありがとう」

「おぅ。ところでさ……マジで姫様とはなんもねぇの?」


 好奇心丸出しの顔で聞いてくる西村に苦笑を返す。なんだか今日はこういう返事の仕方が多いような。返答し辛いことばかり聞かれるせいだが。西村がバカだと言われる理由がなんとなく分かった気がした。

 何もないかと聞かれれば、あるともないとも言えない。西村が想像しているようなことはないが、何の関係もないと言うことはもうできなかった。

 そこまでにしとけ、と松田に止められ、西村は不服そうに残ったパンのかけらを口の中に放り込んだ。


 そこからは昼休みが終わるまで、他愛ない話をした。本当に意味のない、明日になれば忘れてしまうようなバカ話。

 直也は高校生になって初めて、昼休みが終わるのが惜しいと感じた。

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