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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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「ありがとう。嬉しかった」

 一週間が過ぎた。


 思ったよりも騒がれることもなく、直也と深夜の関係も変に噂されることもなかった。西村や松田とは何かと話すようになり、ぼっち生活は終わりを告げた。

 なんとなく女子の態度がおかしいと感じることもあるが、深夜と登下校した余波が何かしらあるのだろう。そんな程度に考えていて、気に留めることはなかった。


 直也自身には何事もない。問題なのは、深夜の方だった。

 朝倉が積極的に絡んでくるようになったのだ。


 休み時間の度に、というわけではないが、朝のHR前と放課後にはよそのクラスからわざわざやってきて深夜に話しかけている。

 狡猾(こうかつ)なのは周囲の他の生徒に話を振ったり、自分のクラスのグループだろう奴らを連れてきたりするところだ。多数の会話にすることで彼女を巻き込んでいる。


 元々深夜とよく話す女子達の中にも朝倉の知り合いはいたらしく、話はそれなりに弾んでいるようだった。

 肝心の深夜は、ずっと困った顔をしていたが。


 それらを遠目に見ながら、直也は手を出すべきか悩んでいた。友人として、どの程度の干渉ならセーフなのか。今のところ、楽しくお喋りしているだけで実害はない。常識的に考えれば、何をする道理もないだろう。

 深夜が多少なりと迷惑そうな空気は出しているが、周囲の女子や朝倉のグループによってかき消されている。彼女も友人達との関係に波風を立てたくないのだろう。


 一度、深夜に何かするべきか話そうとしたことがある。が、その時は何故か周囲の女子によってさりげなく遠ざけられてしまった。

 まぁ、お姫様に急に出来た異性の友人だ。女友達として思うところがあったのかもしれないし、ただ単にタイミングが悪かっただけかもしれない。何にせよ、それ以上踏み込む理由も思いつかずに現在に至る。


 もう少し深夜と親しい関係ならば口を出す隙間もあっただろうが、ただの友人である直也には現状何をする余地もない。しゃしゃり出ても勘違い野郎になるだけだ。

 深夜は庇ってくれるかもしれないが、それで彼女と友人達との関係に亀裂が入っても困る。そんな責任を直也は取れないし、深夜も望まないだろう。

 だからこそ、困り顔をしながらも朝倉達との会話に付き合っているのだと思うし。


 結論として、直也に出来ることは何もない。せいぜい西村達と話しながら、その目立つグループの様子を横目に伺うくらいが限界だった。

 深夜と視線が合うことも減った。悪気はないのだろうが、気づくと直也と深夜の視線上に誰かがいるのだ。顔が見えないというのは、存外不安を煽るものだと知った。

 何事もないけど、落ち着かない。そんな日々が続いた。


 今日も深夜と視線が合わないまま放課後になり、西村達と軽く話をして図書室に寄る。何か読もうかと物色するが、どうにも気分が乗らない。

 ふと目についたレシピ本を手に取り、今日くらい何か作ってみようかと思い立つ。


 普段と違うことをするのは、気を晴らすのにいいかもしれない。いい加減、マトモな料理の一つくらい作れるようになるべきだとは思っていたのだ。美味しくできたら西村達に自慢してみようか。

 その前にちゃんと作れるのかという話だが、いつもの適当炒め物が食えない味になったことはないし、レシピというのは失敗しない為にある。書いてある通りに作れば、少なくとも食べられるものになるはずだ。


 やるべきことを決めると、気分も上向いてくる。鞄を肩に担いで早足に校舎を出た。帰りがけにスーパーに寄るか、一旦帰ってから買いに出るか。迷うところである。

 さて、何を作るか。普段作らないようなものがいいから、炒め物からは離れよう。米がまだ残っているから、合いそうなおかずがいい。


 つらつらと考えながら、さっきちらっと見たレシピ本を思い出す。表紙にでかでかと載っていたのは肉じゃがだった。

 肉じゃがにしよう。カレールゥも買って、失敗したらカレーにすればいい。


 これは非常に良い思い付きなのではないかと直也は自画自賛する。そうだ、初めての真っ当な料理なのだから保険をかけておくに越したことはない。それがカレーならば安心だ。

 万能の解決法を手に入れて満足して顔を上げると、もうマンションの前まで来ていた。体が勝手に覚えた道を歩いていたらしい。

 まぁ、いい。制服姿で買い物に行くのもなんだ。鞄に食材も入らないし、何か適当な袋を持っていこう。


 エントランスを抜け、階段を上がって自室に入る。適当に着替えて、母親が荷物に詰め込んでくれていたデフォルメされたキャラもののバッグを取り出す。普段から使っている買い物用バッグだ。

 スマホでレシピを検索し、買うものを頭に叩き込む。しらたきとは一体何だろうか。行けば分かるか。


 隣は、まだ誰も帰ってきていないようだった。朝陽は当然として、深夜もまだだ。買い物をしているとしたら、スーパーで鉢合わせるかもしれない。

 もしそうなれば、少し話をしよう。何か相談されたら、出来る範囲で力になろう。友人とは、そういうもののはずだ。


 サイフとスマホをポケットに突っ込んで家を出る。調味料もろくにないから、色々と買わなくては。こういうレシピサイトを見ると、自分が如何に貧しい食生活をしているか分かる。

 だからといって、毎日何かちゃんと作るのは面倒だと思ってしまうが。

 三年間これじゃやっていけないか、などと自省しながら歩けば、すぐに着いた。近所にあるスーパーは二階建ての立派な建物で、一階は食品類、二階は雑貨類を取り扱っている。一人暮らしの強い味方だ。


 まずは肉を選ぶかと壁際に並ぶ生鮮食品を見て回っていると、ついこの前聞いた不愉快な声がした。


「深夜ちゃん、そろそろ今日何作るか教えてくれない? カゴの中身だけで当てるのはオレもちょっときついよ~」


 ほぼ反射でそちらを見れば、予想通りに朝倉の姿があった。

 隣には買い物かごを持った深夜がいる。連れ立っているというよりは、まとわりつかれていた。

 迷惑そうにほぼ無視している深夜に構わず、朝倉は喋り倒している。


「カゴはオレが持つって。気にせず買い物してよ。あ、もしよければオレ深夜ちゃんの料理食べてみたいなぁ。その先払いってことでさ」

「結構です」


 伸ばした朝倉の手から逃れるようにカゴを持ち替える。そんなあからさまな態度にもめげることなく、朝倉は深夜に笑いかけた。


「オレ料理はできないけど、舌には自信あるんだよね。味見とか新作を試したいなら任せてよ。ま、深夜ちゃんが作ればなんでも美味しいと思うけど」


 それには同意する。あの卵粥は本当に美味しかった。

 その味を知っているのは学校では自分だけだと思うと、自然と足が動いた。


「選ぶの俺も手伝うよ。どれがいいかな、この辺とか――」

「――何してんの?」


 視線を上げた朝倉が、実に嫌そうに顔を歪めた。

 それをスルーして、深夜の方に目を向ける。黒の中に混じるエメラルドを、久しぶりに見た気がする。

 カゴを掴む手が少し震えている。店の電灯に照らされた髪が銀色に揺れる。引き結ばれた桜色の唇が小さく動いたが、声は出ていない。


 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳が、助けを求めているように見えた。

 それだけで、直也は腹を括った。


「邪魔すんなよ。なんなのオマエ、こんなところまで。ストーカー?」

「そりゃお前だろ。自分を省みて物を言えよ」

「は? 何が? バカなのオマエ?」


 心底人を見下した口ぶりの朝倉に、直也も段々と腹が立ってくる。

 この遠慮のない物言いと、自分が正しいと信じて疑わない態度。中学の頃の連中を思い出して胸がムカムカしてくる。


「だから馬鹿はお前だろって」

「はぁ? 何言っちゃってんの? 自分で何言ってるか分かってる?」

「まず鏡に向かってそれを言えよ、ストーカー」

「マジでバカなの? ストーカーが何言ってんの? あのさぁ、ついて回ってこないでくれる? 迷惑なんだよね、この前からさ。彼女に付きまとうなよ、ブサイクがよ」

「人語を理解してねぇな。猿以下かよ」


 頭に血が上ってくる。この手の輩はどうして言語が通じないのか。

 熱が背筋を這いあがり、怒りに手が震える。深く息を吐いて込み上げたものを逃がし、大股で近づいて深夜の持つカゴに手を伸ばす。


 彼女は、避けなかった。


「姫野、買うものはもう決まってんの?」


 小さく頷く彼女に、表情筋を総動員して笑いかける。


「んじゃ、行くか」

「はい」


 もう一度頷いた彼女が、小さく笑った。

 ほっとして気を抜きそうになってしまった。


「おい、待てよ!」


 呼び止められ、わざとらしく「まだ何かあるのか」という顔を作って振り向く。

 (まなじり)を吊り上げ、般若にも似た表情で睨みつけてくる朝倉がいた。


「なんなんだよオマエ! この前からよぉ! 邪魔すんなっつってんのがわかんねぇの!?」

「でけぇ声出すんじゃねぇよ、迷惑だろ」

「っせぇんだよ! なんなの、マジで!? こないだからうろちょろうろちょろ鬱陶しいんだよ! 深夜ちゃんの優しさにつけこんでさぁ!」

「だから、そりゃお前だろって。何度も言わすなよ」

「オレはただ仲良くなろうとしてるだけ! オマエはストーカー! 分かる? バカにはわかんねぇか?」

「それが分かるのはこの世にお前一人だよ」


 はっ、と心底バカにしきったように吐き捨て、朝倉が盛大に見下してくる。


「あのさぁ、オレがやるかオマエがやるかで全然違うわけよ。分かる? 顔も頭も体も、オマエがオレに勝てるもん何か一つでもある? そういうことよ、この世の摂理ってやつ。分かる? バカには難しいか?」


 まるで有難い説教のようにとくとくと語る朝倉を、直也は冷めた目で見つめていた。

 こういう連中の思考は、なんだって似通るのか。

 まるで自分がやることは何でも許されると思っている。『世界の真理』をご存じのつもりでいる。

 実際、ある程度社会でそれが通じるものだから、こんな腐れた連中が出来上がるのだろう。


 冷めていく視線とは裏腹に、負の感情を煮詰めたような熱が体の隅々に染み渡っていく。

 あの時と似た感覚が、腹の奥底から指先へと伝播する。


「オマエみたいな負け組がオレの邪魔をするのって大罪なわけ。分かる? ここにいる人達皆事情を知ったら総スカンよ? オマエの見た目と頭で深夜ちゃんの隣に並ぶのってもう罪なんだよ。これ常識ね。バカでもこれは分かんなきゃダメだよ?」


 背中から、強張(こわば)る気配を感じた。

 視線だけを後ろに向けると、深夜が拳を握りしめて震えていた。

 引き結んだ唇に力が込められ、寄せられた眉の下の瞳が揺れている。


 首元まできていた熱が急速に引いていく。指先から折りたたむように握り拳を作り、深く息を吸う。吐くのに合わせて拳を解いた。


「そうかそうか、良く分かった」


 得意げに話していた朝倉が鼻を鳴らして「ようやく理解したか」と腰に手を当てる。

 自分の見た目の良さを存分にアピールするような仕草に、直也も鼻で笑ってしまった。


「お前のその馬鹿げた理屈が通じるか、おまわりさんに聞いてみようぜ。騒いでくれたおかげで店員さんが近くに来てるから、呼んでもらおう。そんでその見事な説明を是非聞かせてやってくれよ。この世の摂理ってやつ?」


 顎で示した先には、店名の入ったエプロンをつけた店員さんがいる。分かりやすく朝倉は怯み、周囲を見回した。

 大声を出したせいで注目を浴びているが、どこからどう見ても朝倉の方が悪者である。深夜を背中に庇う直也を責めるような視線は一つもない。

 形勢不利を悟り、小さく舌打ちをして朝倉は背を向けた。


「おい、朝倉」

「あぁ?」


 呼び止めれば、敵意も露わに振り向く。無視して去って行かないあたり、人間性が出ていると言えばいいのだろうか。


「これ以上姫野の周りをうろつくんなら、本当に大事(おおごと)にするぞ。学校てのは警察沙汰をちらつかせりゃ動くもんだ。親ごと巻き込まれたくなかったら、大人しくしてろ」


 経験からくる言葉には重さが宿る。

 直也の脅しに朝倉は虚を突かれた顔になり、イケメンが台無しの百面相をした後、


「……わーったよ」


 苦々しげに吐き出して、店から出ていった。

 直也は胸の奥にため込んでいたものを息と一緒に吐く。なんとかなった。途中危なかったが、終わりよければ全てよしだ。

 頭が少しぼうっとする。気合を入れすぎたせいだろうか。まるでマラソンでも走り終えたかのような疲労感がある。


「……あの、」


 かけられた小さな声に振り向けば、深夜が上目遣いにこちらを見上げていた。

 いや、別に彼女に他意はない。身長差のせいで自然とそうなるだけだ。


「ありがとう。助かりました」

「いいって、別にこんくらい」


 上から見る彼女の髪は、光を反射して白く輝いていた。


「すごく、困ってたんです」

「うん、見りゃ分かる」

「本当に、助かりました」

「おぅ」


 そこで、ふと周囲から妙に視線を感じることに気づいた。

 こっそり見回せば、買い物客の皆様からなんとも生暖かい視線が注がれている。微妙な感心と好奇を含んだそれらは、眩い何かを見つめるようで。

 むず痒く居心地が悪いものを感じ、振り切るように買い物かごを持ったまま歩き出した。


「えーあー、買うものは決まってたよな?」

「はい」

「じゃ、とっとと買うぞ」

「はい」


 そこからは早足で店内を歩き回り、深夜の買い物だけを済ませてすぐさま店から出た。

 マンションに帰り着いたところで自分の分の買い物をしていないことに気づいたが、戻る度胸はない。そもそも、あの場に一秒でも居たくなかったのでやむを得ないことだと納得することにした。


「……しばらくあのスーパーに行きたくねぇ」

「? どうしてですか?」

「いや、だって……」


 言いかけて、本当に分かってなさそうに首を傾げる深夜に口を噤む。

 余計なことを言うべきではないのではないか。気づいていないなら、その方がいいのでは。というか、よくあれで気づかないなこいつ。

 様々な思いが去来するが、「いや、いい」という言葉しか出なかった。


 食材を詰めたエコバッグを深夜に渡し、自分の部屋の鍵を開ける。隣で彼女も鍵を開けた。

 中に入ろうとして、


「柏木くん」


 呼びかけられた声に振り向けば、いつかに見た穏やかで柔らかな笑みを浮かべた彼女がいた。


 それは、きっと、信じた人にしか向けない笑みで。


「ありがとう。嬉しかった」


 その笑顔に見惚れて、返事をするのが遅れてしまった。


「……おぅ」


 部屋の中に消えていく彼女を見送って、直也もドアを閉める。

 本当に、心臓に悪い。なんだって突然そういうことをするのか。

 こっちは勘違い野郎にならないよう、あれこれと配慮しているというのに。

 朝倉への対処だって、勝手に踏み込みすぎたんじゃないかと思っていたのに。


「……しんど」


 頭を掻きむしり、乱暴に靴を脱いで冷蔵庫を開ける。

 今日の夕食はもう適当にありものでいい。米さえあれば大体なんとかなる。

 隣の音が簡単に漏れてくるような安普請ではないことに、心から感謝した。

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