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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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「これからも深夜のことよろしくね」

 例えしんどい日があっても、朝は誰しもに平等にやってくる。


 アラーム音に起こされ、顔を洗って朝食を摂る。卵も味噌汁もそろそろヤバい。

 近所のスーパーに行き辛くなったというのに、生活というのは本当にこちらの心情を考慮してはくれない。どこかから料理が湧いて出て来ないか。

 朝のぼんやりした頭でそんなバカなことを考えながら、食器を水につけて制服に着替える。梅雨はまだ明けず、鞄の中で折りたたみ傘がごろりと転がった。


 つま先を叩いて踵を靴の中に蹴り込み、玄関を開ける。

 いつも通り、隣もほぼ同じタイミングで扉が開いた。


「やぁやぁ、おはよう直也くん!」

「……おはようございます」


 妙に目を輝かせて挨拶してくる朝陽に嫌なものを感じながら、直也は礼儀としてきちんと返した。一応年上で深夜の姉なのだ、これでも。

 ただでさえ整った顔を親しさと感心と少しの好奇心でキラキラさせた朝陽は最早凶器である。よくわからない空気に絡みとられた気分になり、直也の腰が引けた。


「昨日は深夜をストーカーから守ってくれたんだって? ありがとう~、やっぱり君はデキる子だね!」

「……まぁ、お隣のよしみってやつで。常識的なことをしただけです」

「いやいや、カッコよかったって聞いてるよ! なんだっけ、『これ以上姫野の周りをうろつくんなら』――」

「――はい、言いました。言いましたすみません。なんすかそれ、誰から聞いたんすか?」


 朝陽の言葉を遮って問い詰める。

 まさか深夜がそこまで詳しく話すとは思えない。というか、黒歴史を作るまいと思っていたのに早速やらかしていた。

 今更気づいたところで何もできず、朝陽の前で悶えるわけにもいかない。心の中だけでもんどりうって、昨日の自分を殴りつけた。


「私、帰りにあそこのスーパー寄ることがたまにあるんだ。店員のおばちゃん達とも仲良いんだよ。で、昨日もたまたま寄ったら話しかけられてさ~。帰って深夜に聞いたら本当だって言うから驚いちゃった!」


 ぱちりとしてみせるウィンクがこれ以上なく似合っていて腹立たしい。

 それにしたって、なんでそんなことに。いや、分かる。この美人姉妹が目立たないなんてことはなく、顔を覚えるのもそりゃ楽だろう。無駄に社交性抜群なのがここにきてこんな形で人を追い詰めてくるとは思わなかった。


 やらかした。せめて店外でやるべきだった。いや、無理か。どちらにしても詰みか。ちくしょうなんでもっと上手くやらなかったんだ。

 ここでやる自省など、現実逃避の別形態に過ぎない。薄っすらと分かりつつも、その逃げ道に走る自分を直也は止められなかった。


「ありがとうね、本当に。深夜ってめちゃくちゃ可愛いから、その手のコトに巻き込まれやすいんだよね。助けてくれる人がいて、私も嬉しかった」

「……いえ、普通のことをしただけなんで」


 急にトーンを変えて感謝され、頬に集まる熱を逃がすように直也は目を伏せた。

 元が美人かつ年上なので、真面目に話されるとどうしたらいいのか分からなくなる。忘れていられた『綺麗な人だ』という印象が不意に蘇って落ち着かない。


「これからも深夜のことよろしくね。あの子しっかりしてて何でもできるから、あんまり人に頼るの得意じゃないの。助けて欲しいって思っても上手く言えないのよ。直也くんもちょっと困ったでしょ?」


 妹のことを自慢するのかそうじゃないのかはっきりしてほしい。


 それにしても、流石は姉である。朝陽の言ったことは、直也も感じていたことだ。昨日だって偶然スーパーで朝倉と会ったわけじゃあるまい。きっと、ずっと付きまとわれていたのだ。

 なのに、彼女は言葉にして助けを求めてはこなかった。


 でも。

 何かを堪えるように引き結ばれた唇が、僅かに動いたのを覚えている。


「見りゃ分かるんで、別に」


 何故か生まれた妙な反発心に流され、視線を逸らしたまま素っ気なく言う。

 朝陽の顔がニヤリと歪むのを気配だけで察した。


「そっかぁ、見ればわかるかぁ。そうなんだねぇ」

「普通ですよ、普通。今の朝陽さんも分かりやすいですよ」

「ほほぅ? ま、姉妹だし顔も似てるし?」

「顔が似てるかどうかは関係ないでしょ」


 悪戯な表情で詰め寄ってくる朝陽をかわす。もう少し自分の顔面の威力を考えて欲しい。間近で見ても綺麗にしか見えないのは人類のバグだと思う。

 ちらりと姫野家のドアを見やる。こうして毎朝のやり取りをしていると、深夜が出てくるのが定番なのだが。早くこの姉をなんとかしてほしい。


 そう願っていると、玄関ドアの向こうにライトブロンドの髪が見えた。


「柏木くん、おはよう」

「お、おぅ、おはよう」


 姉をちらりと見ただけでこちらに挨拶してくる妹に、少しだけ意表を突かれる。

 いつも姉のついでのように挨拶されるのに、今日は一体どうしたことか。


「どーしたの、ミヤ? お姉ちゃん今日はお弁当忘れてないし、ゴミ出しの日でもないよ?」


 わざとらしく驚く朝陽に、深夜の冷たい半眼が突き刺さる。


「知ってる。お姉ちゃんが変な事言ってるから見に来たの」

「え~? そんなこと言ってないよ~?」

「ごめんね、柏木くん。お姉ちゃんの言うことは気にしないで」

「えぇ~!? ミヤちゃんひどぉ~い!」


 突如始まった姉妹漫才を前に、苦笑する以外どうしろというのか。

 健全な青少年としては目の保養ができたと喜ぶべきなのかもしれないが、この状況では身の置き所の無さに戸惑うばかりだ。


「いい加減にしないとお弁当にオクラいれるよ」

「ミヤ、それは卑怯じゃない……?」


 喉を詰まらせて上目遣いに様子を窺う姉を冷めた瞳で見つめる妹。姉妹の力関係がこれほど分かりやすい構図もないだろう。

 見慣れた光景ではあるが、先程までとのギャップに朝陽をどういう目で見れば良いのか分からなくなる。


 どうにも掴み辛い人だ。情緒が可変式過ぎる。妹のことを大切に思っているのは分かるから、悪い人ではないと思わせるところも凄い。

 深夜はその手の事に巻き込まれやすいと言っていたが、朝陽もそうではないのか。というか、よく考えると多分妹の比ではないのでは。深夜は大人しい方で異性とあまり接さないが、朝陽はそれこそカースト最上位グループのリーダーにだってなれるだろう。


 こう見えて苦労したんだろうか。だから、妹にも気を配っているのか。そうだとしたら、害なし判定されている自分はいったい何なのだろうか。

 なんだかややこしくなってきて、直也は一旦全てを放り出した。考えても仕方がない。少なくとも今はこの姉妹の信頼を裏切る気がないのは確かだ。隣人として友人として、節度ある付き合いをしよう。


 そう思った矢先に、朝陽がとんでもない爆弾をかましてきた。


「じゃあさ、直也くん。しばらくミヤの送り迎えしてくれない?」


 ぱちんと手を叩き、いいことを思いついたとばかりににっこりと微笑む。

 直也と深夜の体が石化する。それはもうぴしりと、息すら止めて。


 二人揃って視線だけを動かして朝陽を睨む。それは二人の意見が一致していることを物語っていた。即ち、「何を言ってるんだコイツは」である。

 石化が先に解けたのは直也の方だった。


「何が『じゃあ』なんですか」

「え、だってお弁当にオクラいれられるの嫌だし」


 きょとんとして訳の分からないことを言う姉に、妹も胡乱な目を向ける。


「それ、何か関係あるの?」

「あるよ~あるある! だって、またそのストーカーがきたら困るじゃない? ミヤ一人だと何があるかわかんないし、直也くんがいたら安心でしょ?」


 人差し指を立てて探偵の如く説明する朝陽に、ちょっと待ってくれと直也は心の中で叫んだ。

 なんで安心なのか。そりゃ朝倉を追い返すくらいはするが、そういう信頼のされ方は困る。こっちの情緒が可変式になってしまう。

 そんなお隣さんの内心も知らずに、深夜は戸惑いながらも頷いた。


「それは、そうだけど……」

「しつこそうな子っぽいし、今日だけなんとかなればってものでもないでしょ? 直也くんの都合が良ければなんだけど、お願いできない?」


 この状況で断れる男がいるのなら、是非お目にかかってみたいものだ。

 これは人倫の問題であり、彼女の安全と安心の為である。そう心の中で念仏のように唱え、直也は悟りを開くように頷いた。


「別にいいですよ。特にやることもないですし」

「やった! ね、ミヤ!? お姉ちゃんいいことしたでしょ?」


 可愛らしくアピールする姉に呆れたようにため息をつき、妹は顔を緩めた。

 その笑顔が昨日見たものと重なって、さっと直也は目を逸らす。


「はいはい、ありがとう。明日はお姉ちゃんの好きなものを入れたげる」

「やったー! 何がいいかな、オムレツかな? エビマヨもいいけど、スイートポテトも捨てがたいな~」

「リクエストの受付は午後4時までとします。ほら、遅刻しちゃうよ」


 妹に急かされ、姉は手首をひっくり返して時計を見る。


「あ、ほんとだ。じゃあ直也くん、よろしくね! 行ってきまーす!」

「いってらっしゃい」


 声が重なり、二人は思わず顔を見合わせる。

 苦笑する深夜に、直也は肩を竦ませた。どうにも、朝陽には敵わない。全てが彼女の思う通りに進んでいる気がしなくもないが、それが悪い気がしないのが一番の問題だ。


「あとどのくらいで出る?」


 ちらりと横目に見れば、彼女は真剣な顔で答える。


「すぐ準備するね。5分……10分待って」

「急がなくても、もうちょい余裕あるだろ」

「でも柏木くん、ギリギリは嫌でしょ?」

「俺のことはいいよ、別に」


 そっちに合わせる、という程度のつもりで言えば、深夜にずいっと距離を詰められた。

 差し込む日の光に照らされて、彼女の髪が金色に光る。

 想定していない反応に、直也の体が再び石化した。


「良くない。送り迎えしてもらうのは私の都合なんだから、柏木くんの都合にも合わせる」

「わかったありがとう助かるじゃあ10分後な」


 一息に言って、自室に逃げ込む。

 隣の部屋の玄関が閉まる音が聞こえて、安堵の息をついた。

 あの姉妹は、時々距離感がおかしい。なんだろうか、顔が良い奴は皆そうなんだろうか。


 ふと昨日の朝倉を思い出し、一気に頭が冷えた。そういえばあいつも顔は良かったし距離感もおかしかった。

 アホらしい、下手なこと考えずに普通にしていよう。そう決めて、待つ間の10分で流しに置いたままの食器を洗ってラックに干した。


 きっかり10分後、連れ立ってマンションを出る。

 登校しながら、送り迎えってことは帰りも一緒だからあのスーパーに行かなきゃならんのではないか、ということに気づく。


 隣を見下ろせば、美少女のつむじが見える。昨日、そういえば何も気にしていなかった。ということは、普通に行くだろう。躊躇する理由が深夜にはない。

 安請け合いをしてしまったと思うが、どのみち断れないから詰んでいる。全てを諦めるしかないと悟った直也は、周囲から突き刺さる視線も気にしないことにした。


 案ずるだけ無駄なこともこの世にはある。

 高校一年にして、そんな悟りを得てしまったのだった。

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