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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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12/44

「人生には、詰みポイントが多すぎる」

「おーい、柏木どこだー?」

「一人になりたいんだろ、ほっとけ」

「はぁ!? まっつん冷たくね!?」

「バカが、お前が鬱陶(うっとう)しく絡むからだろうが」


 噛みつく西村を適当にあしらいながら、松田が後ろ手に向こうへ行けと手を振ってくれる。心の中で感謝を述べ、直也はこっそりとその場を逃げ出し購買部へ向かった。


 朝から西村に絡まれ、学校中から微妙な視線を受け、ヘロヘロになりながらたどり着いた昼休み。ようやくできた一人の時間に、ほっと胸を撫でおろした。

 覚悟していたとはいえ、ツラいものはツラい。諦めるだけでなんとかなるならこの世に理不尽など一つもないのだ。


 理性は言うのだ。仕方がないと。特に最近は朝倉が派手に動いたせいで何かと注目されていた。そんな中で再び二人で登校したのだ。しかも、朝倉は何故か絡んでこない。これで噂のネタにするなという方が無理である。


 そういう事情は直也とて理解できるが、それとこれとは別問題だ。しかも、西村が好奇心丸出しであれこれ尋ねてくるものだから疲労度はさらに倍。クラス中がそれとなく聞き耳を立てている気配もするし、無難な答えを返すのも一苦労である。


 バカ正直に「朝倉が近寄ってこないように一緒に登校することになりました」とは言えなかった。

 朝倉に関してはどこまで話したものか直也も判別がつけられずにいる。このままちょっかいをかけてこないなら、人様に言うことでもない。というか、言うとあの恥ずかしい台詞の数々を知られそうで腰が引けた。


 勿論、理由はそれだけではない。学内カースト最上位付近に位置する朝倉をこき下ろすのは危ない。下手をするとこちらが敵視される恐れもある。

 学校という箱庭では、世間様とは違う力学が働くのだ。

 それを、直也は良く知っている。


 どうしたものかと考えながら昼飯を買おうと歩いていると、前を塞がれた。

 驚いて足を止め顔を上げれば、行く手に立ちふさがっているのは同じクラスの女子グループだった。


 正面に立つのは、相川だ。深夜と話しているグループのリーダーで、学校では大体彼女の隣にいる。教室で朝倉が絡みに来た時も必ず傍にいたので、顔を覚えてしまった。


「柏木、ちょっと顔貸して」

「……いいけど」


 相変わらず目つきがキツい。西村は眼光で人を殺せそうなどと揶揄(やゆ)するが、実際に目の前にすると案外冗談じゃないなと思う。

 シャープな顔つきはかなり綺麗な方だが、普段は隣に深夜がいるのであまり目立たない。それは逆に彼女の隣にいても浮き立つほどの差がないということも意味している。直也との顔面偏差値の差は言わぬが華だろう。


 顎をしゃくられ、大人しくついていく。なんだか妙に警戒されている気がする。理由は分からないが、今後の事を考えると下手に逆らうべきではない。何せ、しばらく深夜と登下校するのだ。友人達との関係は悪くない方がいい。


 階段を上って三階と四階を通り過ぎ、屋上手前の踊り場で足を止めた。

 振り向いた相川の表情からは、明らかな敵意が見えた。


「回りくどいのってあたしあんま好きじゃないから聞くけどさ。姫野に付きまとってるってマジ?」


 ド直球で答え辛い質問が来た。

 相川の瞳は真剣で、適当に流して答えることが許されるとは思えない。ただ、これを正直に答えると間違いなく追撃が来る。


 どうしたものかと一瞬悩んで、しかし他に道はないと諦めた。

 今日は良く追い詰められる日だ。


「違う」

「じゃ、なんで朝一緒に登校したり、あの子が買い物してるとこに出くわしたりすんの?」


 やっぱり来た。

 鋭く細められたつり目を前に、直也は窮地(きゅうち)に追い込まれる。家が近所で、で納得してくれるだろうか。してくれないだろう。大体、その程度のことは知ってるだろうし。

 だが、それ以外に言える言葉もなかった。


「家が近所で、たまたま」

「近所なのは知ってる。たまたまがそんなに続く? ほんとに?」


 相川の目から疑わしさが消えない。

 それはそうだろう、直也がその立場だったとしても同じ反応をしたと思う。


 だが、これ以上は深夜のプライベートに踏み込んでしまう。朝倉のことを説明すればなんとかなるかもしれないが、それでも疑問は残るだろう。朝陽のことを含め、個人情報をペラペラと話すのはどうなのか。

 直也が答えに窮していると、相川の目がますます吊り上がった。


「あのさ、あの子が男子とちょっと距離置いてるの分かるよね? 朝倉だけでも鬱陶しいのに、あんたまで増えるとか勘弁なんだけど。言っておくけど、ストーカーは犯罪だかんね」


 どういう表情をすればいいか分からず、真顔で頷く。ストーカーは犯罪、それは分かる。

 しかし、この子はどうやら朝倉を良く思っていないようだ。驚いた。女子人気は高いと思っていたのに。


「あの、朝倉くんは違うよ。鬱陶しくないよ」

「あーはいはい、今はそれいいから」


 後ろに並ぶ女子の一人が控えめに声を出し、相川が手を振って適当にあしらう。

 ん? と不思議に思った。なんだかグループ内でも温度差があるようだ。てっきり朝倉側に立つ女子から因縁をつけられるものと思っていたが、何か違う。


「姫野に近づくな話しかけんな、とはあたしから言えないけどさ。付きまといは止めな。酷いようなら警察沙汰にするよ」


 つい昨日に自分が言ったのとほぼ同じセリフを言われ、乾いた笑いが漏れた。


 言われる側になると圧があるものだ。どうしよう。違うと言いたいけれど、そうすると諸々説明しなければならなくなる。

 この状況で、何の説明もなしに「自分は違います」なんて言って信じるバカはいない。現実はクソゲーと誰かが言ったが、心底同意する。詰みポイントが多すぎる。


 何も言わず変な笑みを浮かべる直也に苛立ち、相川が胸倉を掴んできた。

 女子にそんなことをされるのは初めてで、驚く直也の顔を鋭い視線が貫く。


「ねぇ、聞いてんの? あたしはマジで――」

「――やめて、相川さん!」


 突如として響いた声に、その場に居た全員の視線が集まった。


 階段下にいたその人物は、膝に手をついて荒い息を繰り返す。

 呼吸を整えてあげた顔は、絵本に出てくるお姫様のような美しさに満ちていた。


 光の具合で金にも銀にも白にも見えるライトブラウンの髪、黒の中に薄くエメラルドが浮かび上がる瞳、直也の半分程しかないのかと疑いたくなる輪郭には全てのパーツが理想的に収まっている。

 一筋落ちていく汗が、彼女が現実の存在であることを示している。あまりの美しさに、全員言葉もなかった。


 桜色の唇がぷるりと動いた。


「柏木くん、大丈夫?」

「……お、おぅ」


 なんとか首を縦に振れた。

 一段ずつ階段を上り、お姫様――姫野深夜は直也を背に庇って相川達と対峙する。

 はっきり示された態度に、相川達が怯んだ。


「姫野? あんたなんでここに?」

「教室で聞きました。相川さん達が柏木くんを探してるって」


 真っ直ぐ見返され、相川は喉を詰まらせる。

 まずい、と直也は思う。これでは相川達が悪者扱いだ。深夜の学校生活に多大な影響が出てしまうかもしれない。

 これで仲違いされたのでは、直也は責任が取れない。そもそも、彼女達の疑問と敵意は妥当なものだし。


「姫野、別に何もないぞ。ただ、今朝のこととか、そういうのについて聞きたいらしくて」


 それとなくぼかして伝えれば、何とか意図は伝わったようだ。

 確かめるように見返してくる深夜に頷けば、少し困ったような顔をした後に相川達に向き直った。


「どうしてそんなことを?」

「え? いやだって……柏木が姫野に付きまとってる、って」


 言い辛そうに相川が言えば、深夜は眉を顰めた。


「誰がそんなことを?」

「誰が、って……」


 女子グループの視線が、先程朝倉を擁護した女子に向いた。

 急に視線を向けられ、びくりと肩を震わせる。

 深夜は静かにその子を見据え、冷静な声音で尋ねた。


「どうしてそう思ったんですか?」

「えっ、だっ、だって、朝倉くんが……」


 朝倉か、と直也は天井を仰ぐ。

 こんな状況でなければ、手で額をぺちりと叩いているところだ。


 脅しの効果はあったようだが、代わりに遠隔で攻めようということか。流石カースト上位は取れる手段が多い。

 内心でボヤく直也は気づかなかったが、相川の表情がゆっくりと怒りに染まっていた。


「朝倉さんが、何を?」

「姫野さんが良く行くスーパーに居たんですよね? しかも私服で。生活範囲を付け回してるんじゃないか、って……」

「誤解です。昨日私を付け回したのは朝倉さんの方です」


 深夜がきっぱり言い切ると、その子の顔が嫉妬と羞恥と恐怖に染まる。

 その様子を見ていた相川が一度目を閉じ、直也と深夜に向き直った。


「つまり、あたしらは朝倉にハメられたってこと?」

「はい。柏木くんは朝倉さんから私を守ってくれました。今朝も、私の為に一緒に登校してくれたんです」


 迷いも淀みもない深夜の言葉を受け、女子グループにどよめきが広がる。

 一人、相川だけは「ふーん」と呟いて直也を見た。


「なら、さっきそう言や良かったじゃん」

「あの時の俺が言ったって説得力ゼロだろ」


 それもそうか、と相川が頷く。

 今のは深夜が言うから納得するのだ。直也が言ったところで訳の分からない言い訳としか受け取られないだろう。理不尽だが、世の中とはそういうものである。奇しくも、先日朝倉が言った通りに。


「本当にたまたまなんだ?」

「スーパーはな。今朝のは、まぁ、姫野の言う通りだ」


 相川に聞かれ、今度こそ直也の口から答える。

 良かった。この調子ならそれ以上深掘りされることもなさそうだ。


「朝倉に恨まれる覚えでもあんの? まぁ、そんだけ姫野と親しければそれだけで理由になりそうだけど」


 油断した。

 うっと喉が詰まり、あからさまな反応を示してしまう。あぁほら、相川の目が鋭くなった。


 言いたくない。言いたくないし、これは深夜のプライベートにも関わるので自分の一存で話せる内容ではない。

 そう思って願うように深夜を見下ろせば、真顔でこくんと頷かれた。

 人生には、詰みポイントが多すぎる。


「ある。昨日できた」

「もったいぶらないで」


 相川に問い詰められ、唾を飲み込む。

 大丈夫だ、あの時の台詞を再現する必要なんかない。深呼吸をして口を開いた。


「姫野に付きまとってて鬱陶しかったんで、追い払ったんだ。ストーカーは犯罪だ、警察呼ばれたくなきゃ大人しくしてろ、ってな」


 簡潔に、なるだけ恥ずかしくないように。

 そう思って昨日の出来事をまとめて伝えると、相川はキョトンとした顔をした。

 そして深くため息をついて軽く頭を掻き、そっか、と呟く。


「そりゃ恨まれるわ。ごめん、あたし恥ずかしい奴だったね」

「いや、無理ないって。相川はちゃんとした奴だと思う」


 本心から直也はそう言う。

 友人の為に動ける人間が悪い奴のわけはない。今回のは、色々と仕方がない。相手が朝倉だし、グループ内にそちらの言い分を完全に信じる子がいたのが不運だったのだ。

 (くだん)のその子は、唇を噛んで震えていた。


「ありがと、あんた優しい奴だね。じゃ、悪いけどあたしらはこれで。ちょっと話さなきゃいけないことあるから」


 震えている子を横目に、相川はそう言って階段を下りていく。

 グループの子達が、彼女に従って次々と階段に足を踏み入れた。


「相川さん」


 深夜の呼びかけに振り向いて、軽く笑って見せる。

 その笑顔が案外柔らかいことに、直也は驚いてしまった。


「大丈夫、悪いのは誰かちゃんとわかってる。後で柏木のこと教えてよ、いつ仲良くなったのか知りたいしさ」


 雑に手を振って、グループの女子と共に階段の下に消えていく。

 姿が見えなくなって、直也は小さく息を吐き出した。

 それに反応して振り向いた深夜が頭を下げる。


「ごめんなさい」

「姫野が謝ることは何もないよ。ま、誤解が解けて何よりだ」


 そう言って笑いかけるも、深夜の顔は暗いままだ。

 どうしたものかと思っていると、腹の虫が食糧を寄越せと鳴き声を上げた。


「あー……昼休みってあとどのくらい?」

「分からない……けど、多分もうあんまりないと思う」


 だよなぁ、と項垂れる。

 今から購買に行ってパン買って、なんてことをして間に合うのか。無理だろうな、と頭の冷静な部分が判断する。


「……教室戻るか」


 歩き出すと、深夜も隣に並んできた。


「柏木くんって、いつもパン?」

「そう。購買のやつ」

「コンビニとかで買ってこないの?」

「朝はスーパー開いてないし、コンビニはちょっと高いからな。一人暮らしってだけで相当金かかってるから、あんまり贅沢したくない」


 買い置きも試してみたが、一度賞味期限をオーバーさせてからはやっていない。購買で買うのが一番安くて確実だ。

 今日みたいな日はそれが裏目に出るが、一年に何回もあることじゃないだろう。

 少し考え込む仕草をして、深夜が頭一つ分上のお隣さんを見上げる。


「お弁当、食べる?」

「へっ?」


 何を言われているか分からず、間の抜けた声が出る。

 深夜の表情はからかっている風もなく、普通に素面だった。


「教室に置いてあるから。もし口に合うようなら、柏木くんの分も作るよ」

「へっ、あっ、えっ? な、なんで?」


 脳みそを介さず脊髄反射で返事をした。


 バカがそこはありがとうぐらい言って受け取っとけ、と頭の片隅で暴れまわる自分に殴られる。パンでもよかったが、弁当にグレードアップすることを喜ばない男子高校生がいるわけがない。そこに『深夜の手作り』とつくなら尚更だ。

 後悔しても、口から出た言葉をなかったことにはできない。一秒前の自分を殴り倒したい。


「お礼、かな。迷惑かけちゃってるし。こういうのも助け合い、じゃない?」


 見上げる深夜の顔に、控えめな笑みが浮かぶ。

 それだけで、直也は詰まされてしまった。


「……正直、めちゃくちゃ助かる。パンも悪かないんだが、三年間ずっとは厳しいかもなって思ってたんだ」

「育ち盛りだもんね」

「姫野の卵粥すげぇ美味かったし、またあんな飯が食えるなら何でもするわ」

「ん……これは、その、お礼だから」

「気にすんな、朝陽さんに約束させられたようなもんだから」


 寂しそうに微笑む深夜に、言葉選びを間違えたと焦る。

 直也としては、そう重荷に受け取って欲しくなっただけなのだが。弁当を作ってもらう罪悪感と合わさって、ぶっきらぼうな言い方になったかもしれない。

 朝陽を合わせて三人分。楽じゃあるまいに、申し訳ないと思う。そういう気持ちが先に立ってしまったのが良くなかった。


「いや、やっぱ気にしてくれ。期待してんのに、弁当が食えなくなったら困る」

「そんな大層な味じゃないよ」

「あの卵粥が人生で一番の傑作ってんでもなけりゃ、大層な味だよ」


 そうかな、と照れ笑いを浮かべる深夜は嬉しそうで、ほっと胸を撫でおろす。

 今日は散々なことに巻き込まれたと思ったが、終わりがこれなら上々の一日だと言えるだろう。

 隣に並ぶ深夜の歩幅は小さくて、直也はのんびりと歩ける。生まれた余裕で、弁当の中身はなんだろうかと想像の翼を広げた。


 教室についた時にはもう昼休みは終わりかけで、二人で弁当を広げて食べた。相変わらず味は抜群で、あっという間になくなった。パンより早かったかもしれない。

 文句などあるはずもなく、直也の弁当を作ってもらうことに決まる。

 食費などの決め事は、今日の帰りに決めることにした。

 登下校中は二人一緒なので、時間はいくらでもある。ついでにスーパーに買い物に行く話もされ、直也の顔が引きつった。


 人生には、詰みポイントが多すぎる。

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