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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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「ただいま」

 世界が赤く染まっていく。


 夏の夕暮れは思ったより長くゆっくりで、時計を見て驚くことがままある。

 外の明るさと時刻が釣り合っておらず、なんとか格好を整えた深夜は巾着にスマホと財布だけを入れて部屋を飛び出した。


 約束の時間まであと少し。結い上げた髪がほどけない限界の速度で階段を降り、エントランスを通り過ぎて自動ドアに足止めされる。

 表に出て周りを見回せば、目当ての人はすぐそこにいた。


「ごめん、待った?」

「いや、俺も今来たとこ」


 コンクリートの壁から背中を離して、Tシャツにジーパン姿の直也が軽く手を上げる。

 実家から帰ってきてすぐのはずだが、完全に手ぶらだ。まさかスマホと財布だけ持って実家に帰ったのだろうか。直也ならありそうな気もする。


 呼吸を整えて、三日ぶりの彼の顔を見つめた。


「おかえりなさい」


 電話が来た時から、ずっと言おうと思っていたのだ。


 たった三日なのに、少しだけ顔つきが変わった気がする。男子三日会わざれば、と言うが、あのことわざが真実だと今日初めて感じた。

 直也は少しだけ驚いた顔をして、照れくさそうに微笑んだ。


「ただいま」


 たったその一言で、胸の奥が温かくなる。


 帰る場所はここだと、それでいいと言ってもらったような気分になる。

 沈みつつある太陽がまだ熱気をゆらめかせているが、それとは違う熱が体の中から湧いてくるようだった。


「行くか。まだ花火まで時間あるけど、店は出てるだろうし」

「うん」


 背を向ける彼に小走りに近づいて、隣に並ぶ。

 二歩と一歩。いつも通りの歩幅で、離れぬよう歩く。


 浮足立っていた心が段々と落ち着いて、縁側で日向ぼっこしているような気分だ。隣の彼は少し見上げないといけなくて、いつもこっそり顔を見ている。横目に覗き見れるようだったらいいのだけど、そうはいかないからなんとかバレないように努力した結果だ。


 なんだか、直也はすごく落ち着いたように見える。

 この前までの大人っぽさとは別の、元々の落ち着きを取り戻したというか。


 そのせいか、急に我が身が少し恥ずかしくなってきた。

 浴衣も着て下駄も履いて髪も結い上げて、張り切りすぎだと思われていないだろうか。

 浮かれてはしゃぐ子供だと思われないだろうか。


 顔を見ていられなくなって、巾着を握りしめて俯く。

 こんなことなら、もう少しラフな格好にすればよかった。

 歩き出して数分もしないうちにそんな後悔をしていると、


「浴衣、似合ってる。悪いな、俺こんなカッコで」


 心臓が口から飛び出るかと思った。

 見上げれば、彼がすまなさそうに頭を掻いている。

 すぐに何か言わなくちゃと言葉を探して、


「ううん。かっこいいよ」


 思わず頭の中で考えてたことがそのまま口から出てしまった。

 男の子らしくていいと思う、とかなんとか、当たり障りのない言い方はあったはずなのに。

 彼も驚いて目を見開いている。そうだよね、変だよね。


 何かフォローしなくちゃと言い訳を考えていると、直也がにへらと笑った。

 それは今まで見たことのない、柔らかな笑みだった。


「そう言われると悪い気はしねぇな」


 どうやら気を遣ったと思われたらしい。

 今はそれでいいや、と深夜はその誤解に乗っかることにした。解いたとして、何を言えばいいかわからないというのもある。


 三日ぶりに歩く彼の隣は居心地が良くて、お祭りまでの距離がもっと長ければいいのにと思った。

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