「8月25日」
豪華なケーキ、ドラマみたいにテーブルいっぱいに並べられた料理、薄暗い部屋で揺れる15本のろうそく。
最大限の配慮という言葉を形にすると、今の両親みたいな顔になると思う。
誕生日おめでとう、ありがとう、そんな空虚なやりとりをかわしながら、必死に笑顔を張り付ける。気負わせないように、平気だと示すように。
だけど、どう頑張っても引きつった表情にしかならなかった。
熱帯夜にクーラーの音が響く。気温は30度を超えているのに、ろうそくが照らしだすリビングはどこか寒々しい。
どうにかしてくれと、誰に言えばよかったのだろうか。
どうにかするのは自分しかいないと分かっているのに。
ろうそくを吹き消せば、何もかも真っ暗闇の中に沈んでくれないだろうか。
電灯などつかなければいい。明るい部屋の中で両親の顔を見るのは辛いし、自分の顔を見られるのも辛い。
誕生日がこんなにしんどかったのは、生まれて初めてだった――
※ ※ ※
――最悪の寝起きだ。
アラームの鳴らないスマホを掴み、もそりと起き上がる。
朝っぱらから盛大なため息をつき、何の用事もないくせに時間を確認する。夏休みの平均よりは遅く、学期の平均よりは早い数字。だから何だというわけでもなく、その辺に放り投げて苛立ち紛れに枕に頭を落とす。
どうして去年の誕生日のことなんか夢に見たんだろうか。
やっぱり、昨日の帰り道の件のせいだろう。わざわざ向こうから祝うと言ってくれているのだから、大人しく祝われておけばよかったのだ。
それを断って空気を悪くして、我が事ながら呆れかえる。
ただ。
ただ、どんな顔をしてその『お祝い』を受け取ればいいのか分からなかった。
分かっている。「ありがとう」とにっこり笑えばいい。それだけ。
――一人暮らししている理由も分からない男子高校生という不審者の分際で?
また引きつった笑みしか浮かべられない気がして、あの時の両親と同じような顔を深夜にさせるかと思うと胸が痛くて、断ってしまった。
分かってる。全部勝手なこっちの事情だ。彼女の善意を拒むにはあんまりな理由。
そんな後悔が、去年の同じ日の記憶を呼び起こしたのかもしれない。
上手く笑えれば、何もかもうまくいく気がするのに。ただそれだけが難しい。
凹んだ枕に頭を押し付け、近くに転がっていたスマホを取り上げて適当に操作する。
毎週のように遊んでいた友人二人は、今日は宿題に徹するらしい。
西村がほぼ手つかずで、松田がその監視員。一緒にどうかと誘われたが、ほぼ終わっているからと断った。通知に表示される「裏切者ぉ!」スタンプはどこから拾って来たんだろうか。
笑えない自分に気づいて、腕を顔に押し当てて目隠しをした。
昨日、必死に視界に入れないようにしていたのに。
部屋に入る直前、薄っすら横目に見てしまった彼女の寂しそうな顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。
「俺はバカか」
口に出すと一気に怒りが湧いてきた。
断った自分に腹が立つ。無神経な自分に腹が立つ。自分のことばっかりの自分に腹が立つ。
怯えている自分に、腹が立つ。
彼女の好意を受け入れてしまえば、もう後戻りはできない。なんとなくそんな予感がある。隠し事をしているやましさがそう感じさせるのかもしれない。
隠し事はやましいことじゃないと、そう分かったはずなのに。
どうしてか、深夜に対しては妙なやましさを感じてしまう。
やましいことなんて何も……いや、あるにはあるか。美人姉妹のお隣に住んでいて、何も言わないのに良くしてもらっている。
だから、こんなにやましい気持ちになってしまうのだろうか。
これ以上親しくなるなら、さすがに黙っていることはできない。親が海外赴任とかなんとか、分かりやすい理由があれば何の気負いもないのだろうが。残念ながら、そんな妥当でマトモな理由ではない。
まるで彼女達を騙しているような気分にでもなっているのだろうか。それはそれでナイーブにすぎるとも思う。
別に言わなきゃいい。相手だってそこまで知りたいと思ってない。
その言葉の正しさと虚しさに、スマホを手から零して頭をかきむしりながらベッドから降りた。
大股で洗面台に向かい、顔を洗う。雑にタオルで拭いてからいつものジャージに着替え、音を立てて玄関を開ける。
今日はひたすら走ろうと決めた。
何も考えられなくなるまで走る。余計な考えが頭の中から出ていくまで。
階段を降りエントランスをくぐり、いつもよりハイペースで足を動かす。
思考を全て追い出すまで、そう時間はかからなかった。




