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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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35/44

「一体、いつまで?」

「あっぢぃ~」


 アイスを口で咥えながら、西村がバスケットコートの隅で空を見上げる。

 天空に鎮座するカンカン照りの太陽は、たかが人間の憎しみなど塵芥の如く気にしない。ただただ高みから下々へと試練を投げかけるだけである。


「だから家の中にしとけっつったんだ」


 ペットボトルを手に、松田がフェンスに寄りかかる。少しきしんだ音を立てるも、きちんと男子高校生の体重を受け止めてくれた。いい仕事をしている。


「いやだってさぁ、家の中じゃ雰囲気出ないじゃんよ」

「なんの雰囲気だ」

「女子と遊びに行くんだぞ!? 家族もいる家の中じゃ思う存分話せねぇだろ!」

「何が?」

「うっわぁこいつなんも分かってねぇ! 柏木、お前もなんか言ってやれ!」


 話を振られ、直也は今ようやく気付きましたという体でアイスを口から離した。


「クーラーが恋しい」

「っかぁ~! この現代っ子がぁ! クーラーより大事なもんがあるだろうがよぉ!」


 少なくとも今ここにはないなぁ、と直也は強く思う。

 アイスを頬張ると、その瞬間だけは暑さが遠のいていく気がする。地団駄を踏む西村の向こう側で、松田もペットボトルを傾けて避暑に励んでいた。


 ここは、西村が最初に指定した公園に併設してあるバスケットコートだ。西村家の前で合流し、コンビニで一時的にクーラーの魅力を堪能した後に訪れるには辛い場所である。

 クーラーあるし家でいいだろ、という松田と同意する直也を振り切って連れてきたにしては何もないところだ。屋外のバスケットコートはそれなりに珍しいが、それだけである。


 もしかして本当に家族の前で女子と遊びに行く話をしたくなかっただけなのか、と思わず直也の目も若干据わってしまうのも無理からぬことというものだ。

 夏の暑さは、如何に若く健康だとしても辛いものである。


「もうお前らは連れていかん! オレだけ女子と遊ぶ!」

「いいぞ。柏木いねーから姫野が来なくて相川がキレるだろうけど」

「ごめんなさいやっぱ来てください」


 西村の意地は五秒と持たず、あっさりと掌返しをする。

 これは西村を貶せばいいのか松田を褒めればいいのか、判断に悩むところだ。が、そんなことより直也には聞き捨てならないことがあった。


「別に俺がいなくても相川が誘えば姫野は来るだろ」


 そう、別に自分がいるかどうかと深夜が遊びに行くかどうかは関係ない。はずだ。


 なんでもない顔でアイスをかじると、西村と松田にビッグフットやネッシーを見るような目を向けられた。

 あまりにも馴染みのない視線に怯む直也に、友人二人が深々とため息をつく。


「聞きまして、奥さん!」

「まぁ、なんつーか。ここまで自覚がないのもすごいな」

「信じられねーよなー。もうなんか色々信じらんねーわ」

「頭悪い言い方だが、俺もそう思う」


 友人二人だけで分かったような会話をされ、なんとなく面白くない。

 藪蛇かもしれないと頭の片隅で思いつつ、しかし思わず口走ってしまう。


「なんだよ、なんかおかしいこと言ったか?」

「言った」

「言ったな」


 声が被るくらいの勢いで即答され、直也は口ごもる。

 西村の胡乱(うろん)な目は、もうネッシーではなく仇を見るものに進化しようとしていた。


「だってさぁ、今バイトしてんしょ? 姫様と一緒に」

「まぁ、そうだな」

「登下校一緒ってことはさぁ、バイトの行き帰りも一緒なんしょ?」

「家が近所だしな」

「っかーもー! そういうとこよ!? まっつんも言ってやんなよ!?」


 直也と西村の視線が注がれ、松田は肩を竦める。


「海とか弁当とか、まぁよくもあれだけやってそんなことが言えたもんだなとは思う」

「え? 海? 弁当?」


 首を傾げる西村をスルーして、松田が試すように直也を見やる。

 心当たりしかない直也は視線を逸らし、西村の疑問も黙殺することに決めた。


「えー、あー……そういやお前ら、夏の大会は?」


 あまりにも苦しすぎる話題転換である。こんなもの、普通は誰も乗っからない。

 現に松田も目を細めて責めるような視線を浴びせてくる始末だ。


 だが、そんな常識にとらわれない男がここにいた。


「地区大会負けだからとっくに終わってんよ。夏の参加券すらなーし」


 アイスの棒を咥えてぶらぶらと遊ばせながら、西村はあっさりと乗っかった。分かっているのかいないのか、どちらにしても直也にとっては福音である。

 こうなると松田もその話題に乗るしかない。眉をひそめて肩を落とす姿は見慣れた諦めの姿勢である。


「こっちも同じく。うちはそもそも部活そんな強くないしな」


 この場合の『うち』は、三人が通う高校全体を指す。

 進学校として程々なだけに、部活も程々。全国大会に出たことは創立以来一度もないという凡庸さである。難関大合格者は毎年数人出しているので、そこは一応面目躍如といったところか。


「まっつんが本気でやりゃ全国いけんじゃねーの?」

「アホ。チームスポーツで一人だけ張り切って何になるんだよ」


 冗談とも本気ともつかない西村の言い草を、松田が容赦なく切り捨てる。

 松田のプレイを見たことがない直也としては口を挟み辛い話だ。そんなにすごいのかと思うが、西村の言うことである。話半分に聞いた方がいいだろう。


「まぁなー。あー夏まで勝ててりゃ、お盆に祖父(じい)ちゃん()に行かなくて済むのにな~」

「んなわけあるか。甲子園じゃあるまいし、盆前に終わるぞ」

「え、ウソ、マジ!? あーなんだよもー!」


 悶える西村に、直也はふと疑問に思って聞いてみた。


「祖父ちゃん家に行きたくねぇの?」

「いや、行きたくねぇってわけじゃないけど、なんもねーじゃん。親は勉強しろって煩いし、親戚はやたら構ってくるし。普段と違う写真撮れるのはいいけど、そんくらいじゃん」


 今年はせっかく女子とも遊べるのにぃ! とわめく西村に、そんなもんかと直也は口の中でアイスを溶かす。

 祖父母の家に帰省することを、直也は特にどうとも思ったことがない。


 そういうもんだと思っていたし、今時はスマホがあれば家と変わらない。うざったい絡み方をする親戚もいないことはないが、大人なんてそんなものだろう。

 自分の感覚がおかしいのかと思って松田に視線を向けると、肩を竦められた。


「まぁ、面倒な時もある。けど、そんなもんだろ。俺は特にどうとも思ったことはない」

「だよな」


 同じ意見の人間がいてほっとすると同時に深く頷いた。


「えーっ!? なんだよお前ら! 祖父ちゃん家じゃ徹ゲーもできねぇじゃん!」

「徹ゲー?」

「徹夜でゲームの略。アホの造語だ、覚えなくていい」

「いやいや、夏休みだよ!? そりゃもう、ゲーム三昧の日々を送るのが礼儀ってもんだろ!?」

「勉強しろ」

「まっつんはうちの親の息がかかった手先だからそんなことを言うんだ!」

「勉強しろ」

「柏木もぉ!?」


 西村があまりにも絶望した顔をするもので、思わず直也は笑ってしまった。

 咎めるような視線が隣から飛んでくるが、面白いものは仕方がない。つられるように西村が笑い、それ見たことかと松田は鼻から息を吐いた。


「うちは今年は確か二日だったかな、盆の帰省。まっつんとこはいつもの三日?」

「あぁ」

「柏木んとこは?」


 当然の流れとして尋ねられ、直也は言葉に詰まった。


 帰省しない。言葉にすればそれだけのことで、間違いなく『訳アリ』の証明だ。そうなると普通に疑問に思うだろうし、理由を説明するのが友人に対する誠意というものだろう。

 誰にも言わずにおこうと決めた、その理由を。


 不自然な間が空いたせいで、西村が首をかしげる。松田が横目に様子を窺ってきたので、このまま黙っていれば勝手に話を逸らしてくれるだろう。

 察しの良い友人がいて助かる。もう一人の友人も流されやすくて最高だ。


 これで、誰にも言わずに済む。

 二人の優しさに甘えていれば、素知らぬ顔をしていられる。



 一体、いつまで?



「帰省はしない」


 松田が口を開く前に、はっきりと直也はそう言った。

 驚いて眉を上げる松田の顔なんて、もしかしたら初めて見たかもしれない。


「え、マジ?」

「あぁ。親は行くだろうけど、俺はこっちにいるよ」


 隠すことじゃない。ひけらかすものでもないけれど。

 そう胸の内で呟いて、直也は当たり前の(つら)をして頷いた。


 友人相手にだって、隠し事をするくらい普通だ。でも、何かを隠すために、返事の一つにも口ごもるのは違う。そう強く思った。

 それは、やましいことがある人間の隠し方だ。やましいことなんて何もないし、西村や松田に隠さなきゃいけないことなんてない。進んで話したくないことはあれど、それならその話になった時に対処すればいいはずだ。


 こんな何気ない会話にまでつまずくのは違う。

 そう思って腹を決めれば、なんだか楽になった気がした。


「えーいいなー! オレもそうしてぇ~!」

「お前を置いていくおじさんおばさんの心労を考えろ。我侭言うな」

「なにそれ!? どういう意味!?」

「親に余計な苦労をかけるな、という意味だ」

「えぇっ!? どゆこと!? オレが家で留守番するだけだよ!?」


 納得いかない顔で問い詰める西村と、涼しい顔でいなす松田。

 いつもの光景に、なんだか笑みが漏れた。


「まぁ確かに、西村一人で留守番ってのはちょっとな」

「柏木ぃ!? さっきからなんでまっつん側なの!?」

「いやだって、どうなるか想像できちゃうというか、逆に想像もしない事態になりそうでアレっていうか、なぁ?」


 同意を求めるように松田を見やれば、深く深く頷かれた。

 西村が胡乱な目で友人二人を見やる。


「お前ら、オレのことなんだと思ってんの……?」

「あ、ボール落ちてるわ」

「オレの話聞いて!?」


 西村の訴えを黙殺してあらぬ方向を見る直也の視線を追って、松田が目だけ動かす。

 そこには、ゴールポストの裏に隠れるようにバスケボールが転がっていた。


 使い古されたそれは、たまに遊びに来る子供達のものだろうか。何の気なしに直也は近寄り、思ったより大きなボールをなんとか片手で掴んでみる。

 上手くいかずに滑り落ちたボールが、松田の足元に転がっていった。


「力入れすぎ。もっと柔らかく吸い付かせる感じで持つんだよ」


 腰をかがめ、松田が当たり前のように片手で持ち上げる。

 驚愕の視線を向ける直也に、何故か西村が胸を張った。


「ほらな、まっつんはすげーのよ」

「いや、バスケ部なら普通できるから」

「オレできねーよ!?」

「お前バスケ部じゃないだろ」


 ひょいっと投げられたボールを受け止め、直也は言われたように柔らかく持ってみる。

 何度か繰り返すと、ギリギリ落とさないように持つことはできるようになった。


「あー、なんとか……コツ分かったかも」

「おー、やるじゃん」

「柏木……!? オレもやる、オレも!」


 慌てて走り寄ってきた西村にボールを渡せば、早速失敗して取り落とした。

 悪戦苦闘すること30分、なんとか腕をプルプルさせながらも落とさないことに成功し、西村は夏の空に雄叫びを響かせる。


「よっしゃ! バスケしようぜバスケ! 今ならまっつんを倒せる気がする!」

「気のせいだ諦めろ」

「早くない!? もっとやる気を煽って!」

「根拠のない気休めはちょっとな」

「そういうのが必要な時もあるんだよ!」


 わめく西村からあっさりとボールを奪い、指一本で回転させながら松田が直也の方を向いた。


「やるか? クソ暑いけど」


 どこか試すような視線と言い方に、直也の肩から力が抜ける。

 空を見上げれば、ギラギラと輝く太陽とどこまでも続く青。時折流れる白い雲を胸いっぱいに吸い込んでみたいと思う。きっとわたあめの味がするだろう。


「やろうか。お手並み拝見したいね」


 挑発的にそう言えば、松田が今まで見たこともないような屈託ない笑みを浮かべた。

 二人を見比べ、西村が満面の笑みを浮かべる。


「よっしゃ! じゃあオレと柏木で組もうぜ! 打倒まっつん!」

「おぅ」


 バスケットボールが地面を叩く音が響く。

 不敵な笑みを浮かべる松田に、西村と直也は容赦なく襲い掛かる。

 あっという間に汗だくになりながら、三人は体力が尽きるまでボールを奪い合った。


※   ※   ※


 数時間やった結果は、松田の圧勝。


 二人が地べたに這いつくばって犬のように舌をだしているというのに、松田は汗だくではあるものの涼しい顔でボールを回している。

 二人がかりで散々やって、ボールに触れた回数を数えた方が早いという、あまりにもあまりな休日を過ごしてしまった。


 汗で張り付いたシャツが、最高に気持ち悪い。

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