「頼りにしてるよ、直也くん」
朝陽の運転の腕は悪くなく、特にヒヤリとすることもなく無事に着いた。
目的地のショッピングモールは、この辺りで一番の大きさを誇る。ファミリー層に人気で買い物客も多く、それなりに成功している地域密着型の商業施設だ。
姫野姉妹に挟まれてモールの中に入る頃には、直也も周囲の視線が気にならなくなっていた。というか、一々気にしていると身が持たない。嫉妬交じりの視線など気にしていいことなど一つもないと分かった。
まずは直也の弁当箱ということで、生活用品コーナーや雑貨屋などを見て回る。直也としては大きささえ合っていればなんでもいいと思っていたが、朝陽がそれを許さなかった。
適当に選ぼうとした直也に、「毎日使うものなんだから、ちゃんと選ばないと!」とすごんできた。一理あるその言い分に何も言えず、直也は脳みその使ったことのない部分を働かしてどれがいいか悩む。
深夜のアドバイスを受けて、手触りや持ち運びのしやすさを基準にしてみる。十分な大きさを持つ弁当箱を選んだ時は、もう一時間が経っていた。
たかが弁当箱でこれほど悩むとは思っておらず、選び終わった後は疲れのこもったため息が出てしまった。
「いいのが選べたね!」
「まぁ……そうですね」
満足気な笑顔を浮かべる朝陽に何を言う気力も湧かず、素直に頷く。
これだけ時間をかけただけあって、買った弁当箱はそれなりに気に入っていた。自分のものだという実感も湧く。馴染みのない感覚が少し照れくさい。
「じゃ、次は私達の買い物に付き合ってもらおうかな~」
「水着だったら俺も買うんで」
「あ、そう? そうだね、成長期だもんね。よし、行こっか」
にっこり笑って先導する朝陽の後ろに深夜と直也が付き従う。それはまるで女王に引き連れられる配下の姿のようだった。
威勢よく歩いてもナチュラルボブのハニーブロンドは美しく煌めき、後ろで歩きながら世の中の不公平と理不尽を噛み締める。
今更朝陽の強引さに何を言うでもない。結果的に悪いことになったことがない事実には、感心せざるを得ないだろう。
こういう人が世の中上手く生きていくんだろうと思うと羨望と憧憬に似たものを感じる。妹といい、部屋が隣でなければ一生触れ合うことのなかったであろう人種だ。
やっぱり、深夜が朝陽に似なくて良かった。二人は多すぎる。
「疲れた?」
「ん? まぁ、少し。でも、弁当箱は気に入ってるから」
様子を窺うように尋ねてくる深夜に笑って返す。
そっか、と彼女も柔らかく笑った。
「最初適当に選ぼうとしてたもんね」
「いやまぁ、そんなえり好みするもんでもないと思ってたからな」
「駄目だよ、長く使うものはちゃんとしないと」
「あー……そうだな」
長く使わせてもらえるのだろうか。
新しい約束をしたような気分になって、なんだか恥ずかしい。
そうしてできた隙に、深夜が手元の袋を覗き込む。
「結構大きいね、二段だし」
「そうか? まぁこんなもんだろ。松田の弁当箱と同じくらいかな」
「松田君のもこんな大きいの?」
「あいつは部活もやってるからな。それでも帰りには腹減るんだと」
「男の子っていっぱい食べるんだね」
「まぁな」
そのくらい普通だろうと思うが、深夜の弁当箱のサイズを思い出して頷いてみせた。
あれで腹いっぱいになるなら、直也達はさぞかし大食漢に見えることだろう。大食い動画とか見せたら目を剥くかもしれない。この美少女はそんな顔をしても可愛いのか気になる。
「お弁当、何か気になることがあったら言ってね?」
「何もない。姫野の飯は美味いから」
そっか、と彼女が呟いて、話が途切れた。
機嫌の良い朝陽の後ろで二人並んで歩く。ほぼ初めて訪れるショッピングモールは所狭しと店が並んでいて、視線を向ける先に困ることはなかった。
衣料品が並んでいるエリアに入ると、すぐに水着特設コーナーが目に入った。大きくスペースをとって、いくつものマネキンが並んでいる。『今年も海で遊んじゃおう!』というドでかいポップの下には家族連れをモチーフにしたディスプレイがされていた。
「おー、良さそう! ミヤ、行こっか。直也くんも一緒に選ぶ?」
「俺は自分の選ぶんで」
意地悪く笑う朝陽から視線を外し、さっさと男物の水着が並んでる方へ向かう。
後ろで楽しそうな朝陽の笑い声が聞こえるが、気にしてはいけない。平常心を心がけてハンガーラックにかけられた水着を手に取る。
材質だのなんだのと色々書いてあるが、正直良く分からない。ただ、すぐに買ってもどうせ暇を持て余すだけなのでゆっくりと見て回ることにした。
男の水着なんぞどれも一緒だろと思っていた直也だったが、存在色んな種類があるのだと知った。なんでもいいとは言ったが、ビキニパンツだけは御免被りたい。
ラッシュガードのコーナーに入ると、一着くらいは持っておこうかという気になる。最近はとにかく日差しがきついので、買って損はないだろう。少し大きめのにすれば長く使えるだろうし。
一通り見て回って、もう一度海パンのコーナーに戻る。妙な柄付きのは嫌だし、色も派手なのは似合わない。ダークブラウンも芸がないし、ダークブルーくらいのにしておくかと無地のものを探す。どちらにしろダーク系なんだというツッコミは止めて欲しい。
こんなもんでいいか、と目当てのハンガーを手に取って、
「直也くんにはもう少し派手めの色も似合うと思うけどな~?」
あまりに驚いて持っていたハンガーを取り落としてしまった。
慌てて拾ってラックにかける。振り向けば、何故か朝陽がそこにいた。
「何してるんすか」
「ミヤのを一緒に選んでたら邪魔者扱いされたので、こっちに来てみました!」
気軽に男物のコーナーに来ないでくださいよ、と言いかけて、この人にそんなこと言っても通じないかと諦める。
下着ならともかく、水着でこの人が恥ずかしがるとはとても思えない。
「どうせ、あれがいい、これがいいって試着させまくって怒らせたんでしょう」
「直也くんって実はエスパー?」
「見てりゃ分かります」
素っ気なく言ったはずなのに、朝陽は腕組みして満足そうに頷いた。
「そっかぁ、見てりゃ分かるかぁ」
「……何しにきたんすか」
「直也くんの水着を一緒に選ぼうと」
「結構です」
言い切る前に被せてお断りを入れた。
深夜の代わりのお人形にされるのは勘弁願いたい。というか、男の水着なんぞ選んでどうするんだ。種類があるとはいえ、女性用と比べれば形状の差なんか誤差に過ぎない。
「冷たいな~、直也くん。お姉さん悲しいよ?」
「もうどれにするかは決めてるんで。ラッシュガードとかインナーどうするか考えてるだけですよ」
視線も向けずに言えば、後ろから「そっか」とトーンの落ちた声が聞こえた。
少し罪悪感が刺激される。もう少し優しい言い方をした方が良かっただろうか。でも別にそこまで冷たくなかったよなと自分の発言を思い返し、
「夏休み、実家に帰らないの?」
息が詰まった。
まさか、朝陽から尋ねられるとは思わなかった。弁当の関係で深夜には聞かれるかと思って、昨日のうちに幾つか返答を用意していたのに。
答えを待つ気配に、息を呑む。
「帰りませんよ」
「そっか」
その言い方が深夜と似ていて、姉妹なのだと意識させられる。
理由も何も言わなかったのに、追撃はなかった。間に合わせのそれらしい解答も用意できなかったので、胸を撫でおろす。
しかし、なんだって急にそんなことを。そう考えて、ふと深夜はどうするのかと思った。
昨日今日の口ぶりだと実家に帰る様子はない。朝陽がいるから当たり前のように思っていたが、そういえばそもそもなんで朝陽と一緒に暮らしているのだろうか。
生活力皆無な姉を助ける為、と言えば理屈は通る。それでも、高校に通いながら家事をこなすのは楽ではあるまい。直也だって一人暮らしをしているから良く分かる。
深夜こそ、実家に帰らないのだろうか。
「海、行くんだよね?」
「はい」
話が切り替わり、直也は素直に頷く。
八月になる前に、皆で海へ行く。日にちはもう決まっていて、直也のスマホはもうその日にアラームが設定してある。
西村と松田と直也、深夜と相川とグループの子達。全部で9人の大所帯だ。さすがにナンパ男も気安く近寄ってはこれまい。
「友達と海に行くなんて、あの子初めてだからさ。直也くん、よろしくね」
「は? 初めて?」
まさかそんな、という思いが口をついて出た。
あれだけの美少女だ、中学時代も周囲に人が引きも切らなかっただろう。海へ誘われたことだって一度や二度じゃないはずだ。
いや、でもそうか。海でのナンパとかが嫌で行かなかったということかもしれない。
友達同士なら中学生だろうし、壁としての役割も期待しにくかっただろう。
「家族とは毎年行ってるんだけどね。その時もナンパが酷くってさ。家族連れに声かけるなんて失礼な人達だよね」
「はぁ……まぁ、そっすね」
頷く以外、どんな反応をしろと。
背中越しに見やった朝陽は、寂しそうな、どこか悲しそうな顔で笑っていた。
「頼りにしてるよ、直也くん。あの子、知らない人に話しかけられるの苦手だからさ」
「はい」
それは、一応分かっているつもりだ。
深夜はかなり警戒心が強い。何段階もの線を引いて、その調整で周囲と上手く付き合っているタイプだ。それは、朝陽といる朝の姿と学校での姿を見れば良く分かる。
朝倉にだって警戒心むき出しだったのだ。ナンパなど以ての外だろう。可能な限り離れないようにして、ブロックしなければ。
そこでふと、今深夜は一人なんだと気づいた。
「戻らなくていいんですか、朝陽さん。水着選びました?」
「そだね、そろそろミヤの怒りも収まったころかな」
こんな短時間で収まるものかと思うが、そもそも本気で怒ってるわけじゃないだろうなとは直也も思っている。
少し一人で選びたかっただけだろう。どんな水着を選ぶのかに思いを馳せようとして、軽く頭を振って追い出した。
「それにしても、朝陽さんのことだから専門店みたいなとこに行くと思いました。こういうとこじゃなく」
「あー、セレクトショップとかアパレルとかは店員さんが話しかけてくるじゃない? ミヤ、そういうの苦手だから。特に私がいると」
あぁ、と頷いて見せる。
最後の一言は良く分からなかったが、深夜は異性だけじゃなく同性でも知らない人には警戒心が働くらしい。
それもそうか、と納得する。男だけなら、相川グループとはもっと仲良くなっているはずだ。相川があれこれとお膳立てをする必要もないくらい。
朝陽がいると特に、というのは、多分朝陽はよどみなく店員と話すからだろう。で、二人して深夜を着せ替え人形にしてしまうのだ。容易に想像できる。
「構いすぎるのはあらゆる動物にとってストレスだそうですよ」
一瞬、朝陽が不思議そうに眉を顰めた。
が、すぐに元の笑顔に戻って腕を組む。
「ん~、でもな~、ミヤが可愛すぎるのがいけないんだよねぇ」
「大人が責任転嫁しないでください」
「なにおぅ。大人こそ責任転嫁するものなんだよ?」
「社会に出る前に不信感を植え付けるのは止めてください」
含み笑いをする朝陽にため息をつき、さっき取り落としたハンガーをもう一度手に取る。
「俺は会計してきますんで。朝陽さんも姫野のとこに戻ってください」
「はいはーい。じゃ、ミヤの水着楽しみにしててね? 多分アレだと思うんだけどな~、直也くんの好みに合うかな~?」
「俺の好みなんかどうでもいいでしょ。早く行ってくださいよ」
手を振って追い払う素振りをすると、楽しそうに笑って手を振りながら去っていった。
妙な疲労感を引き連れて会計し、壁際に置いてあるベンチに座る。ラッシュガードを買うのを忘れたが、売り場に戻る気力は湧かなかった。
しばらくして、含み笑いを漏らす朝陽と憮然とした深夜が店から出てくる。
二人と視線が合い、軽く手を挙げた。
「ごめんね、待った?」
「いや、別に。買うもんは他にないか?」
「うん、大丈夫」
憮然とした顔を綻ばせる深夜に、軽く頷く。
後ろで朝陽がニヤニヤしているが、気にしてはいけない。どうにも構いたがりの気がある彼女に餌を与えてはいけないのだ。
「朝陽さんもちゃんと買いました?」
「ばっちり! なんなら見る?」
「結構です」
早口に否定する直也に、再び憮然とした顔になる深夜。
二人の反応がよほどお気に召したのか、朝陽はにっこにこ笑顔だ。
「お姉ちゃん、変な事言わないで」
「ごめんごめん、お詫びにお昼は奢るから許して?」
可愛らしくおねだりされ、心が揺らぐ己を恥じる直也。
深夜は慣れているのか、眉尻を下げて吐息を漏らした。
「大丈夫、その辺のとこじゃなくて『森のくまさん』だから」
「あそこ行くの?」
どうやら姉妹の間では通じる隠語らしく、深夜が目を丸くしている。
直也にはさっぱりわからない。なんだ『森のくまさん』って、落とし物でも届けてくれるのか。
「そう。実はちょっといいこと聞いたから、直也くんにもお願いしようかなって」
「……そっか、男手欲しいって言ってたもんね」
「そうそう。てなわけで、お腹を空かせるために見て回ろう!」
頷く深夜に、口を挟む機会を失った直也はただ黙って後をついていく。
腹なら既にそこそこ空いているのだが、それを言う空気でもなかった。
美人姉妹と一緒にショッピングモールを練り歩き、ゲームコーナーでは今時のゲーセンにはおいてない懐かしの筐体と巡りあったりした。
つくづくこの二人は何をしても絵になるなと思いながら、早くその『森のくまさん』に行かないものかとやきもきする。
腹は減っているのだ。朝陽の奢りなら遠慮することもない。
結局、ショッピングモールを出たのは昼を少し回ったくらいの時間だった。
『森のくまさん』がレディース仕様の可愛らしい店でないことを祈りながら、直也はトランクに荷物を詰めた。




