「俺は今の姫野の方がいい」
翌日。
本当に玄関前の廊下に集合し、三人で駅前まで移動した。
朝陽がレンタカーを持ってくると言ってどこかへ行き、ロータリーで深夜と並んで待つ。
駅前までくると夏休みといえど人通りは多く、姫野姉妹は勿論、一緒に歩く直也にまで視線が集まった。
大抵は「なんだこいつ」といった視線だが、中には宜しくない意味合いを含んだものもあって肩が凝る。昨日の内に覚悟しておいて良かった。
「ごめんね」
「ん?」
視線だけ動かすと、隣で深夜が申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「お姉ちゃん、『思い立ったらすぐ行動』の人だから」
「あぁ……いや、別に。用事もないし、いいよ」
やることと言えば家で夏の課題をするかスマホを弄るかの二択である。西村や松田の家に気軽に行くにはまだ心構えが足りないし、他に何か趣味があるわけでもない。せいぜい、図書館に行って本を読むくらいだろうか。
そのくらいなら、買い物に出かけた方が健全だと直也だって思うのだ。
「お弁当箱、小さかった?」
気遣うように上目遣いに見上げられると、視線を合わせることが難しい。学校では一度もないが、二人きりの時はこういう仕草が増えた気がする。
あまりの破壊力の高さにぐらつくものの、隣人としての信頼を土台に成り立っているのだと己を律することで耐えている。
「いや、足りてる。でも、自分の弁当箱っていうのも悪くないし、量が増えるなら歓迎だ。いつまでも朝陽さんのを借りるのも悪い気がするし」
「おかず、もう少し多くてもいい?」
「好きなようにしてくれ。冷蔵庫の余り物に困らないようにしてくれていい」
遠回しな肯定に、深夜の顔が綻ぶ。
太陽の下で見ているせいか、眩しくて目が潰れそうだ。なんとか話を続けるべく、何かないかと頭の中をひっくり返して話題を探す。
今黙ってしまったら、絶対後で朝陽さんにからかわれる。
「他にも何か買うもんあるんだっけ?」
「うん。私とお姉ちゃんの水着」
藪蛇をつついてしまった。ガツンとした衝撃が脳みそを突き抜ける。
学校では西村相手に素知らぬ顔をしたが、直也とて健全な男子高校生である。それなりに親しい間柄の超絶美少女の水着に興味がないほど枯れ果ててはいない。
横目に隣を見る。
薄手のワンピースに、つばの広い帽子。淡い色彩で統一されたそれらは、ふわりと夏らしさを感じさせつつも彼女のスタイルの良さを十分に教えてくれていた。
頭一つ高い位置からは、うなじがどうしても視界に入ってくる。朝陽といい深夜といい、あちこち細いのにどうして胸は育っているのだろうか。眩しいを通り越して目の毒だ。
うっかり水着姿を想像してしまい、ポケットの中で思いっきりふとももをつねった。
「新しいやつ買うのか」
「去年のは入らなかったから」
そうか、と頷こうとして、
「太ったんじゃなくて、その、胸のサイズが、えと……」
「成長期だからな。俺も新しく買うかな。身長も伸びたし、体重も増えたし。体ってそういうもんだろ」
早口に言い訳を述べようとして詰まる深夜に、更に被せて早口で直也が誤魔化す。
そう、成長期なのだ。体は大きくなるもので、そのたびに買い替えなくてはならない。これは自然の摂理であり、人間という生物の道理だ。それでしかない。
やましいことなど何もない。保健体育の範疇だ。
「柏木くん、まだ大きくなるの?」
妙な意味に受け取ってはいけない。そこまで曲解するほど脳みそピンクではないはずだ。
「多分。つっても、もう数センチだろうけどな」
「いいな。私、もうあんまり伸びないと思うから」
「高くていいことはあんまないぞ。バスケとかスポーツやるならともかく」
しみじみと直也が言う。
そう、スポーツが上手いならともかく、そうでもないのに背が高いだけというのはあまり良いことではない。不便さや面倒の方が多いくらいだ。
うん、と深夜は顎を引いて頷いた。
「でも、お姉ちゃんは背が高いから」
「あー……まぁ、高い方だよな」
朝陽は直也より少し低いくらいで、女性にしては高い方だ。そして足の長さでは直也は負けている。つくづく、卑怯な人だと思う。
「柏木くんとも話しやすくなると思うし」
「身長一つでそんな変わらねぇよ」
「そう?」
「朝陽さんみたいになられても困る。俺は今の姫野の方がいい」
雑に頭を掻いて、しまった、と思う。
なんかうっかりクサいことを言ってしまった気がする。いやしかし、深夜に朝陽みたいになられても困るのは本当だ。隣に朝陽が二人いると思うとげんなりを通り越して引っ越したくなる。美人なのはいいが、対処しがたい傍若無人さは勘弁してほしい。
ちらりと隣を見ると、目を丸くしてこちらを凝視していた。
何をそんな驚くことがあるのだろうか。これはアレだろうか、急に口説き文句みたいなことを言ったので驚いているのだろうか。
だとしたら訂正しなくては。でもなんて言う? さっきのは違います誤解ですそういう意味じゃないです? もうなんかそれは自滅とイコールじゃなかろうか。
とにかく反応を待ってから対処しようと様子を窺うと、
彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、こちらを見つめてきた。
夏の日差しの下、つばの広い帽子の下でライトブロンドが白く輝く。淡い水色のワンピースと合わせて、夏の景色に吸い込まれて行きそうだ。
夏の妖精じみた美少女が、満面のというにはほど遠い、彼女らしい笑みを浮かべている。
心臓が止まりそうだ。
呼吸は間違いなく止まっていた。
「おーい、二人ともー」
呼びかけられ、はっとしてそちらを向けば車の窓から身を乗り出した朝陽がいた。
赤い色をした軽自動車は、元から彼女のものだったようにしっくりきている。原色系が似合うというより、朝陽に負けない色じゃないと印象が薄くなる、というほうが正しいだろう。
周囲の視線を集めながら、朝陽はそれらを全く気にせず太陽のような笑顔を見せた。
そういうところは姉妹でよく似ていると直也は思う。
「さ、乗って乗って。時間がもったいないよ~」
「急がなくてもいいんじゃないですか」
「何言っているの! 社会人の休みは貴重なんだよ、楽しまなくちゃ!」
思いついた翌日に有給取るような人がそれを言うのか、と思ったが黙っておく。
運転席に座るのは朝陽なのだ、そのことを考慮すれば少しは気を遣ってもバチは当たるまい。
さっさと乗った深夜に続いて、直也も座席に腰を下ろす。
「安全運転でね、お姉ちゃん」
「分かってるって。しっかりシートベルトしてね~」
二人が後部座席でシートベルトをしたのを確認して、朝陽が車を走らせる。
まだモールについてさえいないのに、直也は疲労感を覚えてしまった。
気軽に話す姫野姉妹をぼんやりと見つつ、弁当箱をどんなのにするか考える。ひとまず、兎柄は避けようと思う。
しかし、それにしても。
男がここにいるというのに、お構いなしに姫野姉妹で水着の話をするのは止めて欲しい。
刺激の強すぎる会話に、直也は寝たふりを決め込むことにした。




