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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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17/44

「くすぐったい話だが、悪くない」

 次の土日、本当に西村の家でゲームに付き合わされた。


 高校になって初めて訪れる友人宅に直也は朝早く起きるほど緊張していたが、西村の両親は朗らかで細かいことは気にしない性質のようだった。

 なるほど西村の両親だと頷ける人達で、中学からの友人である松田への信頼感が非常に厚い。下手をしたら、いやしなくとも息子よりも信頼している。


 西村の部屋は予想通りに本棚にはマンガが並び、床にはゲーム機が放置されていた。少し意外だったのは、写真に関する本が幾つかあったことだ。趣味であれこれ撮っているらしく、最近一番うまく撮れたものだと言って一枚の写真を見せてくれた。

 休日に家族と一緒に山で撮ったそれは、画面全体から幸せを伝えてきた。


 羨ましさを噛み締める暇もなく、すぐにゲームをやらされる。最初は格闘ゲーム、次はレースゲーム。そこまではまぁ良かった。

 その後、本当にRPGをやりやがった。


 最初は律儀に付き合っていた直也だったが、途中から適当な相槌を打つだけになり、最終的に西村の机を使って松田と期末テストの復習をした。

 間違えた問題をやりなおし、どこでミスしたのかをチェックする。臨時の勉強会は西村が二人に気づく夕方まで続けられた。


 気の抜けた週末が過ぎて学校が始まってもテスト明けの空気はそのまま夏休みを期待する空気へと流れるようにシフトし、どこか緩んだ雰囲気が学校中に漂っていた。

 朝にお隣の美人姉妹と交流し、学校では男三人でバカ話をし、お姫様とスーパーに寄って帰る。そんな相変わらずの日常が穏やかに過ぎていく。

 そして、一学期最後の日が訪れた。


 体育館に集められての各種連絡事項と注意喚起、校長先生の長く有難いお話を乗り越え、教室に帰ってきた生徒達の顔ははちゃめちゃに明るい。

 高校生になってから初の夏休み。あちこちでどう過ごそうか友人達と話し合う姿で溢れかえる。

 そして、夏休みを心から待ち望んでいた人間が直也の友人にもいた。


「おっしゃあ、夏休みぃ! 柏木、海行こうぜ海!」


 拳を振り上げた姿勢のままで近寄られ、直也はうっかり西村を殴りそうになった。

 あまりにもあまりな姿に、後ろで松田も眉間に皺を寄せている。西村の頭からはもう既にテストのことは忘却の彼方に追いやられているに違いない。


「いいけど、どこ行くんだ?」

「ちょっと遠いけどいいとこあんだよ。電車で一時間くらい」


 へぇ、と直也は感心する。さすがは地元民、良く知っている。

 そして、すぐに感心したことを後悔した。


「でさ、姫様呼んでくれない?」

「は?」


 半分恫喝(どうかつ)と変わらないくらいの「は?」だった。音圧が違う。

 苦笑いを浮かべる西村に、直也は半眼で睨む。彼が『姫様』と呼ぶのはただ一人、比類なき美少女、姫野深夜である。


「そんな顔するなって! だってよ、男三人で海とかサイアクじゃん? ナンパに行くならまだしも、そんなサムい絵面で二度とない高一の夏を過ごしたくないっしょ!?」


 言わんとすることは直也とて分からいでもない。

 せっかくの海だ。華のないヤロー三人で楽しく遊ぶなど、高校生として健全かと言われると頷きがたい気持ちもある。

 別に男三人バカみたいに騒いで遊んでもいいじゃないか、という気持ちもあるが。


「別にいいだろ、男三人で」

「うわなんですか柏木くん、もしかしてホモですか?」

「は?」

「いえいいんですよ、何も言わなくて。いいじゃないですか、男同士。人生は自由で、心は宇宙です。あ、でもオレは遠慮します」

「は?」


 禁断の「は?」二度打ちである。

 ほぼ恫喝と変わらない声の低さに、西村の顔がひきつった。


「いやほら、せっかくの夏で海だし、何か特別なことが欲しいじゃん? 姫様だって海で遊びたいかもしれないし、そしたらオレらがついてた方が安全じゃん? 女友達と行った日には歩くたびにナンパされるぞ」


 それを言われると直也も言葉を呑むしかない。

 西村の言葉を肯定するのは(しゃく)だが、確かに女友達と海に行った日には一日中ナンパされるだろう。朝陽と行った場合も同じく、というかより酷くなる。


 それなら男除けに自分が居た方がいいとは思うが、まさか何の理由もなしについていくわけにもいかない。それなら、西村の案に乗っかるのも一つの手だ。

 あれこれと考えた末、深く息を吐いた。


「聞くだけは聞く。でも、姫野にその気がなかったら誘わないぞ」

「オッケーオッケー! じゃ、今すぐ頼む!」

「はぁ?」

「いやほらだって、行くってなったら日程合わせなきゃじゃん。今なら皆いるから簡単に済むしさ」


 バカのくせに遊びのことになると頭が回るらしい。

 一理ある西村の言い分に逆らう理由も見つからず、携帯を取り出してチャットを打った。

 ひとまず西村達のことは置いておいて、海に遊びに行きたいかどうかだけを聞く。少し待ってからきた返信は『ちょっと待って』だった。


「よくわからんが待てって」

「合点承知! 姫様と海かー、テンション上がるなー!」


 まだ決まったわけでもないのに盛り上がっている西村を放置し、松田に尋ねる。


「行くとこってどんな? 結構人いる?」

「まぁ、それなりに。よっぽどの穴場でもない限り、この時期は海に人がいないことはないからな」


 そりゃそうか、と一つ頷く。

 夏の海に人がいなければそれはそれで怖い。海の家なんか商売あがったりである。


 しかしそうなると、深夜を連れて行くのは結構大変だ。男三人が常に一緒にいるというのも息が詰まるだろう。できればもう少し人を増やしてグループ感を出せば、ナンパも減るのではないか。

 そこで思い当たる誰かがいないというのが、直也の悲しいところだ。


「なぁ柏木、姫様の水着どんなだと思う? それとも姫様らしく水着なんか着ないかな?」

「俺に聞くな」


 雑に返しながら、少し意外に思う。

 西村はそこまで深夜に興味があったのだろうか。普段あまりそんな素振りはなかったように思うが。


「なんだよ淡泊だなー! 姫様の水着に興味がないのは男としてどうかと思うぞ!」

「そうか?」

「そうだとも! このクラス、いやこの学校の男子生徒のほぼ全員が興味あると断言できるね!」

「……松田も?」

「まっつんもそうだよな!?」


 二人の視線に晒され、松田は嫌そうに眉を歪めた。


「なくはない。姫野の私生活は想像できないしな。が、その他大勢みたいなそういう意味の興味はないぞ」

「それはまぁ、そうだな」


 西村が何故か松田の言葉に深く頷く。

 さっきまで心底興味ありそうにしていたのに、意味が分からない。


「どっちだよ」

「いやほら、だってなぁ……オレ、柏木とは友達だし」

「え? あ、いやまぁ……そうか」


 何故か妙に遠慮がちに言う西村だったが、友達と言われたことで動揺した直也はそこをうまく察せなかった。

 確かに友達だが、なんだろうか。改めて言うような何かがあっただろうか。


「姫様はアイドルみたいなもんだよな。てか、アイドルより可愛いっしょ」

「まぁ、そうだな」

「まっつんもそう思うよな?」

「異論はない」


 真顔で頷く松田が何だか面白く、直也も西村も笑いを堪えて頬が痙攣(けいれん)する。

 少し不服そうな顔をする松田だったが、何も言わなかった。


「そんなわけで! ごくごく普通に姫様の水着が気になるわけよ」

「それが普通ってのもどうかと思うが……他に気になる奴はいないのか?」


 なんとなく話題を逸らしてみれば、西村が乗ってきてくれる。


「他なー、うちのクラスだと相川が姫様の次くらいか。まー、なんか赤ビキニとか着てそうだよな。姫様と全然系統違う感じ」


 苦笑しつつ相槌を打とうとした直也が何かに気づいて口を噤む。

 後ろの松田も、素知らぬ顔をして腕組みしていた。


「派手ですげぇだろうけど、雰囲気おっかねぇもん。キレイ系だけどナンパすんのも大変そうだし、オレはやっぱ姫様の方が興味が」

「随分楽しそうな話してんね」


 ぽん、と肩に手を置かれ、西村の顔が固まる。

 恐怖に震えながら音がしそうなほどぎこちなく首を動かして背後を見れば、目を細めた相川がいた。


「面白そうな話してんね。あたしらも混ぜてくんない?」

「あ、はい、どうぞ……」


 蛇に睨まれた蛙のように委縮し、肩を縮こまらせて愛想笑いを浮かべる。

 ほぼ初めて見る大人しい西村の姿に、相川はやっぱ迫力あるなぁと直也は呑気なことを思った。

 他人事みたいに考えている場合ではないのに。


「海ってあそこだよね? 浜の方のやつ」

「そうそう。浦の方はちょっと遠いからさ」


 話しかけられてやや調子の戻った西村の言葉に頷き、相川は自分達のグループに視線を向ける。

 そこには、深夜の姿もあった。


「んじゃ、あたしらも一緒に行くよ。男だけってのは寂しいんだろ?」

「えっ、マジ!?」


 驚愕と歓喜とほんの少しの恐れと。

 実に複雑な感情を一言に込めた西村に、相川は目を細めたままにっこりと笑った。


「あんたらの役割、分かってるよね?」

「はいっ! 誠心誠意風除けに務めさせて頂きますっ!」


 西村がぴしりと背筋を伸ばし、何故か敬礼する。ちょっと引きながらも、相川は満足げに頷く。

 直也はと言えば、事態についていくのが難しく、気が付けば深夜と目を合わせていた。

 小さく苦笑した彼女が手元のスマホを弄ると、チャットの通知音が鳴った。


『ごめんね。皆と海行くのは嫌?』


 あぁ、と納得した。

 さっきのチャットがきっかけで、相川達と海の話になったのだろう。こっちの会話も薄っすら聞こえていたのかもしれない。西村は声量考えずに話すから。そして、さっきの自分と同じような考えに至ってこうなったのだろう。


 原因は俺か、と直也は頭を抱えた。

 いや、でも原因というなら西村の方だ。だから今こうなっているのか。世の道理に納得し、他の道がないことも理解した。


『別に。人数多い方がいいだろ』


 チャットを見て小さく笑う深夜に苦笑し返す。

 多い方がグループ感が強く、トラブルにも巻き込まれにくいだろう。それに、相川がこうして誘ったと言うことは、相川グループと深夜の仲も良好だということだ。

 悪いことは何もない。友達と海に行く、というのは中々楽しそうなイベントだ。高校生になってまさかこんな機会があるとは思わなかった。


「よし、じゃあ色々決めようぜ! せっかく皆で行くんだしな!」


 調子を取り戻した西村が元気よく仕切りだし、松田と相川が顔を見合わせて肩を竦めている。

 案外、相性は悪くないのかもしれない。


「相川、いつ行く!?」

「落ち着きなって。こっちの空いてる日は見繕っといたから、そっちの都合がいい日教えて」

「大丈夫大丈夫、いつでも暇だからな!」

「そりゃあんただけでしょ。松田や柏木の都合は?」

「大丈夫!」

「だからあんたが言うな!」


 すぱん、と西村の頭が叩かれる。

 素晴らしいツッコミに松田と直也も目を丸くして感心した。西村の勢いを止めるのはそれなりに苦労するのだ。


 ツッコミ役が増えて仕事が楽になった松田はこの事態を歓迎しているようだ。本当に、このグループの相性はいいのかもしれない。

 主に西村と相川が中心となって予定は組まれ、七月末に海に行くことになった。


 なんだか気疲れした感じはするが、直也とて楽しみではある。夏の思い出なんてくすぐったい話だが、悪くない。

 夏らしい日差しが降り注ぐ教室の中は、暖かな笑顔があちこちで咲いていた。

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