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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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16/44

「過去が思い出になってくれない日」

 テスト前の一週間は、あっという間に過ぎ去っていった。


 いつもの朝からの授業を受けて勉強会に次ぐ勉強会。放課後の時間はあっという間に溶け、生活に必須の家事で残りの時間も消える。

 土日の昼間は学校の図書室に集まって松田と西村と勉強し、夕方から深夜に部屋で教えてもらう。おかげで、休日だという気が全然しなかった。


 何故図書室に集まって勉強会をしたかと言えば、家だと西村が勉強しないからだ。同じく家より環境がいいという理由で図書室を利用する生徒も多く、休日なのに平日と変わらない混み具合だった。

 普段からこうならもっと上位の進学校になれそうだと松田は言うが、もしそうならこの学校に受からなかったと西村はボヤいていた。


 ゲームに心を奪われる西村の頭を叩きながらテスト範囲を詰め込んでいく作業は、ある意味フォアグラの作り方みたいだと直也は思う。松田の面倒見の良さは意外だが、だからあんまり友人を作らないのかな、とも思った。

 面倒を見れる範囲としか付き合わないのだろう。それはそれで損な性格だ。


 そうして三人での勉強を終えて家に帰ると、深夜にチャットを送って更に勉強会を行う。朝陽が家に居るので平日とは都合が違うが、それでもそれなりの時間を勉強に当てられた。

 日曜日に朝陽が差し入れのジュースとお菓子を持ってきたときは驚いたが、何をするでもなく大人しく帰っていったのが不気味だ。有難くはあったので礼は言った。


 そしてやってくる、期末試験当日。

 一日3科目ずつ、四日間使っての高校生活最初の関門だ。


 テストが終わっても家に帰る生徒は多くない。大体は残って明日の為の自習を行う。

 自習用にあちこちの教室や図書室が解放されているので、学校側としても推奨しているようだ。


 勿論直也達も残って勉強である。テスト前と変わったのは、平日より早めの帰宅で深夜との勉強会の時間が長くなったことだろうか。理由は一つ、西村が限界だからである。

 聞けば中学の頃からテスト前の詰め込みすぎには注意しているらしい。なんでも以前それで頭が真っ白になって0点を取ったことがあるそうだ。勿論西村が。

 勉強以外何をしていたかも思い出せない四日間が過ぎ、週末が訪れる。


 テスト最終日、最後のチャイムが鳴り響いた時に思わず拳を天に突き上げる生徒達がいた。当然ながら西村もその一人である。刑期が終了したような解放感が教室中に広がり、早速遊びに行く約束をしているグループもあった。

 直也も西村に誘われたが、断った。

 深夜との約束もあるが、何よりそんな気分になれなかったのだ。


 試験の手ごたえはある。だが、どうにもスッキリしない。そんな気分がずっとまとわりついていた。

 土日は抜け殻のように過ごし、家からほとんど出なかった。


 そして、翌週。

 週明けから順次テスト返却が行われ、学校中が悲喜こもごもといった様相を呈する。初日に返ってきた分は、点数に努力の結果が表れていた。


「柏木、どうだったよ?」


 期待と不安が入り混じった顔の西村に、直也は軽く笑ってみせる。


「だいぶ良かった。張り出されはしないだろうけど、勉強漬けだった甲斐はあったかな」

「マジかぁ~、良かったなぁ」


 凹みながら笑うという器用なことをしてみせる西村の後ろで、松田がため息をついた。


「こいつは一応平均点。マシな方だな」

「あんなに勉強したのになぁ。もう少しいい点とれてると思ってたわ」

「あんだけやらなかったらそれ以下だから、良かったんじゃないか?」

「現実って優しくねぇ~!」


 呻く割に、多少なりと余裕も見える。想定より悪くならなくて、西村もほっとしたのだろう。その気持ちは直也も良く分かる。


「そういや、松田はどのくらい?」

「ん」


 聞くのが怖い気持ちを抑えながら尋ねると、テスト用紙が差し出された。

 十の桁の数字が直也と違う。西村とは比べるべくもない。呻きたいのを堪え、ショックを心の中だけに封じ込める。


「やっぱ頭いいんだな」

「勉強は継続と要領とコツだからな」

「それで点数上がるならオレもうちょいいい点とってるよねぇ?」

「お前は継続と要領とコツがダメだからな」

「全部じゃないっすか!?」


 悲鳴じみた西村の叫びに苦笑が漏れる。

 教室内のあちこちで似たような感じの話がされ、まだ緊張をはらみつつもどこか明るく緩やかな空気が流れていた。


 この後のテストの点に戦々恐々としつつ、終わりを期待する空気。その先の夏休みに向けて余計な心配をなくしたいのだろう。

 期末試験の後の空気というのは、学校ならどこでも似るものだ。そんな当たり前のことに、少し気が重くなる。自分としては割とできた点、でも松田に普通に劣る点。中学時代からずっと、自分の価値が変わっていない気がする。


 頭の片隅でちりっと何かが焼ける音がした。


「おい、どした柏木。そんな深刻な顔する点じゃないだろ?」


 西村に話しかけられ、意識が浮上する。

 心配そうに覗き込む西村と、いつもの真顔の松田がいた。


「あぁいや、ちょっと考え事。別に点数に凹んでるわけじゃないよ」

「もしそうなら、こいつはもうちょい死にそうな顔してもらわないと困るな」

「オレにしてはマシだって言ったじゃん!?」

「マシは『良い』じゃないぞ」

「ひどくない!? あぁ~、オレも柏木くらいの点とってみたいぃ~」


 自分のテストに視線を落として肩も落とす西村に、適当な励ましをかける。


「俺だって松田みたいな点とってみたいよ。西村もそう思うだろ?」

「いや、無理。まっつんのアレは選ばれし民だけがたどり着ける場所だから」

「人の努力を軽視するような発言をするな」


 冷めた目で睥睨され、西村が素知らぬ顔で口笛を吹く。

 そのあまりのわざとらしさに、直也は声を出して笑ってしまった。


※   ※   ※


 テストの返却が続く。

 授業はテストの返却と正答率が低かった問題の解説にあてられ、あっという間に一日が過ぎていった。


 西村はなんとか平均点を保ち、松田はどう考えても上位者の風格を露わにしていく。直也はそれなりの点に収まり、努力の成果は出たと言えた。

 なのに、何故かゆっくりと真綿で首が絞められていくような感覚がする。


 テストが返却される度に教室内の空気が明るく騒がしいものになっていく。テストが終わった安堵、夏休みへの期待。それらが混ざり合って空気が軽くなっていく。

 それが、何故か、直也には苦しかった。


 テストの点は良かったと言えるが、中の上か上の下。上々ではあるが、あれだけ勉強会をしてこの結果だ。

 そんなに気にすることじゃない、よくやった。そう思うのに、息が苦しくなっていく。

 西村や松田への愛想笑いさえ難しくなってくる。解放された雰囲気が教室中に漂う度に、夏の日差しが強くなる度に、頭の片隅がちりちりと焦げる。


 七月の第二週の金曜日。

 テストが返ってくる最後の日。

 過去が思い出になってくれない日だ。


※   ※   ※


 放課後、解放感に包まれた教室で直也は鞄に教科書とノートを詰め込む。

 朝から調子が悪い。なんとか深夜と一緒に登校したが、姉妹揃って心配されてしまった。


 精神的なものだと分かっているが、どうにもならない。体調が悪いわけじゃないとは言ったし信じてはくれたが、気遣うような視線が辛かった。

 今日一日、乗り切ればいい話だ。来年にはきっと、こんな感覚もなくなっている。人は忘れることが出来る生き物だ。そうして生きていくのだ。


 窓際の列、柱の前の席。普段より明るく騒々しい教室。

 声が、聞こえた。



『いーち、にーい、さーん!』



 強く背中が叩かれる。

 反射的に机を掴んで、考えるより早く振り向いた。


「おわぁっ!? か、柏木? どした!?」


 そこにいたのは、西村だった。

 身をのけぞらせて驚いていたが、すぐに心配げな表情を浮かべる。


「マジでどうした? アレか、背中痛かったか?」

「すまん、バカを止められなかった。気が済むまで殴ってくれ。こいつを」

「えぇ!? オレ!? いやそうかオレになるのか」


 目尻を下げる西村と頭を下げる松田に、肺から息が漏れる。

 そうだ、ここはもう中学じゃない。隣の県の高校で、西村と松田はここで初めてできた友人だ。


 ふと視線を感じて首を動かせば、深夜がこちらを見つめていた。

 目が合い、小さく微笑まれる。


 何かに気づいたような表情を浮かべ、鞄をまさぐってスマホを取り出した。

 何かを打ち込んでいる。


 彼女がもう一度こちらを見た時、鞄の中のスマホが震えた気がした。

 鞄の中に手を突っ込んでスマホを取り出せば、チャットの通知が来ていた。


『テスト、どうだった?』


 うっかり泣きそうになった。


 朝から様子が変だったというのに、今さっきも明らかにおかしかったのに、どうしてテストのことなんて。

 いやそうか、もしかしてテストの結果が振るわなかったから様子がおかしかったと思っているのだろうか。


 彼女の方を見やれば、恐る恐るといった具合にこちらを覗いていた。

 はは、と声が漏れた。


『だいぶ良かった。松田には負けるけど』


 チャットの返信はすぐにきた。


『松田君よりいい点を取りたかったの?』


 言われて、くしゃりと頭を掻きむしった。

 そうだ、別に松田よりいい点を取りたかったわけじゃない。ただ、一人暮らしをさせてくれている親を安心させたくて、いつもの自分よりいい点を取りたかっただけだ。


 それは達成された。だから、今回のテストは大成功だ。

 それでいいのだ。


『いや、目標ができたって意味で。次も頑張りたい』

『じゃあ、次も勉強会する?』

『頼む。悪いな、なんか』

『ううん。私も今回、いい点とれたから。勉強会のおかげ』

『それなら良かった。今日、帰りはいつも通りか?』

『うん』

『分かった』


 チャットを閉じてスマホの画面を落とし、息をつく。

 目の前に西村と松田がいて驚いた。


「うわっ!?」

「いや、うわじゃなくて……えー柏木ぃ~、お前さぁ~?」

「なんだよ?」

「いや、あ~……まっつん、頼む」

「俺に回すな。柏木、仲が良いのは結構だが隠したいのか気にしないのかどっちか分からないのは反応に困るからやめろ」

「えぁ……?」


 何の事を言われたのかわからなかったが、手に持ったスマホを見られているのに気づく。

 急に察しがついて、慌てて鞄の中に突っ込んだ。


「いやまぁ、別に、友人だしな」

「友人て。いいけどさぁ、背中痛くねぇ?」

「背中? 別に?」

「はぁ~もぉ~! 今度ウチでゲーム付き合えよな! オレが満足するまでやるからな!」

「は? いやいいけど、何やんの?」

「どうすっかな、RPGにすっかなぁ」

「それ俺やることなくね?」

「横で見たり攻略サイト見てアドバイスしたり色々あるぞ!」

「え、すげぇ嫌なんだけど」

「残念ながら拒否権はございません!」


 断言して胸を張る西村に困惑し、松田に視線を向ける。

 何故か松田まで神妙な顔で眉根を寄せて頷いていた。


「まぁ、これは仕方ねぇな」

「仕方ないって何が?」

「今回はバカの側につくってこと」

「なに、え、マジで? 俺、西村がゲームやんのに付き合わなきゃいけないの?」


 友人二人に重々しく頷かれ、頬がひくつく。


 やっぱり、過去の事を思い出してもいいことはない。

 早いとこ忘れられるよう、直也は神に祈った。

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