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隣の部屋にはお姫様が住んでいる  作者: 満月すずめ
第一章・一学期

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「また後で」

 朝陽からの許可はあっさりと下りた。

 直也が警戒していたようなからかいもなく、いつもの笑顔で了承されたことを妙だとは思うが、何もないに越したことはない。


 朝に弁当を受け取り二人で登校し、真面目に授業を受け、西村の羨望の視線を受け流しながら弁当を食べ、放課後に二人でスーパーに寄って帰る。

 そんな日常を繰り返していればすぐに週末になり、たまった家事をこなしながら勉強する土日を超え、テスト前期間に突入した。


 学校内の空気も少しだけ変わる。ピリピリするほどではないが、休み時間にも勉強をする生徒が増え始め、いつもの緩い空気が気持ち引き締まっている。

 授業中の態度も変わり、ペンの走る音が耳に響く。教師としては普段からこうならいいのに、と思っていることだろう。一応進学校の面目躍如といったところか。


 昼休みにどこかへ行く生徒も減り、教室内の話題はもっぱら期末の範囲とヤマ当てだ。直也達も例に漏れず教室で食べながら期末の話をしている。ヤマ当ては西村の担当である。

 少しずつ舌が贅沢になってきているのを感じながら昼を終え、午後の授業が過ぎればいよいよ放課後だ。


 鞄に教科書とノートを詰めて、高校生活で初めて男三人揃って教室を出る。周囲の空気に飲まれたのか、西村のバカ話もキレがない。授業やテスト範囲の真面目な話が増えていた。

 図書室に入れば、同じようなことを考えた生徒達があちこちに陣取っていた。普段から図書室を使っている直也からすれば信じられないほどの盛況ぶりだ。


 松田曰く、期末前は普通の光景だそうだ。先輩に聞いたらしい。ちなみに、共通テスト一ヵ月前から三年生に優先的に場所を譲るという暗黙の了解もあるという。

 直也達も長机の一角に腰を下ろし、早速勉強会を始めた。


 期末範囲の例題を解きながら、分からない部分を教え合う。といっても、もっぱら松田が教える専門で、西村が聞く専門だ。直也は時折西村に教えつつ、松田に教えてもらう。

 中学で学年上位だっただけあり、松田は頭が良かった。教科書の問題くらいさっと解いてしまい、自分で持ってきた参考書と問題集を開いている。


「……松田って頭いいんだな」

「勉強はできた方がいいからな。大学の選択肢が広がるし」

「あぁ~、推薦とかで楽に入りてぇ~」


 図書室であることを考慮して小さく(うめ)く西村に、直也が苦笑する。松田は無表情のまますらすらとペンを動かしていた。


「バカな夢見てないで現実を生きろ。手を動かせ」

「まっつん、今オレすげぇ疲れてんだけれども……」

「じゃあ一人で勝手に平均点以下取ってろ。柏木、構うなよ」

「余裕ないから、大丈夫」


 神妙に頷けば、西村が机に突っ伏して唸り声をあげた。

 実際、余裕はなくなってきている。深夜や松田の学力を見せつけられると、意味もなくなんとかしないとという焦りが生まれてくるのだ。深夜の口ぶりでは、相川も学力が高いらしい。西村の同類になるのは、この一点においては御免である。


 西村の唸り声のせいか、ちらりと近くの生徒から視線を向けられる。松田がすぱんと西村の頭を叩き、顔をあげさせた。

 普段なら文句の一つも飛ぶが、ここは図書室である。もにゅもにゅと口を動かしながらも、西村は何も言わなかった。


「……もしかして図書室で勉強するのって、これが理由?」

「教室だとこいつが黙らん。一応猿じゃないからここだと静かだ」


 引きつるような笑いをこぼし、直也は教科書とノートに向き直る。

 今頃深夜も勉強会をしているだろうか。あっちは交流が主な目的だから教室でやっているだろう。彼女は教え方もうまそうだから、きっと相川の目的は果たされるはずだ。


 頭を切り替えて、問題に集中する。

 松田の言う通りだ。勉強はできた方がいい。将来なんて分からないけど、できて悪いことはないはずだ。


 時間を忘れて、ひたすらに問題を解く。

 西村に教えながら自分でも確認し、松田に教わって学びを得る。

 三人での勉強会は、一人でやるよりずっと捗った。


※   ※   ※


 気が付けば、赤い光が窓を通して図書室を染め上げていた。


 いくつかのグループは既に帰り、残った生徒達もほとんどが帰り支度を始めている。

 集中している松田と死にそうな顔をしている西村に声をかけようかと顔を上げたところで、図書室の扉が開くのが見えた。

 自然とそちらに目が向く。帰り支度をしていた生徒の何人かも同じ仕草をする。


 ライトブロンドの髪を揺らして、信じられないくらいの美少女が入ってきた。


 彼女を見た人の殆どが息を呑んだのが気配で分かる。図書室中の視線を集めているというのに、彼女は平然とした顔で何かを探してぐるりと見回す。

 視線が重なり、深夜がそっと微笑んで小さく手を振った。


 図書室中の視線が今度は直也に注がれた。圧を伴うそれらは、手で掴めそうなほどの濃度で押し寄せてくる。

 時折深夜が妙に鈍感なのが気になっていたが、原因が分かった。この視線だ。


 登下校中も思っていたが、彼女はその美貌で常に大勢の視線に晒されている。こんなもの一々気にしていたらやってられない。鈍感になる必要があったのだ。

 美人なのも大変だな、と直也はしみじみ思う。


「姫野が来たのか」


 問題集から目を離した松田が扉の方を見もせずに言う。


「良く分かるな」

「目立つからな。周囲の反応込みで」


 当たり前のように言ってのけられ、ぐぅの音も出ない。

 西村も死んだ魚のような目を向け、地の底を這うような声で尋ねてくる。


「じゃあもう柏木は帰り?」

「あぁ、そうする。松田もそろそろいい時間だし切り上げたらどうだ?」

「そうだな、そうするか。帰るぞ、西村」

「マジ!? やったー!」


 思わず両手を突き上げた西村に図書室中の視線が突き刺さる。

 小声で「バカが」と呟く松田に苦笑し、直也は手早く教科書とノートを鞄に詰めて席を立った。西村には悪いが、今の内に退散させてもらおう。


 早足で深夜の傍に寄り、手で示して外に出る。

 夕方の空気を胸いっぱいに吸い込み、肺の中の図書室の空気を全部吐き出した。


「お疲れ様」


 最後の視線の圧が一番疲れたが、笑顔で労ってくれる深夜には言わないでおく。


「おぅ。そっちはどうだった?」

「うん、いい感じ。まだ初日だけど」

「そっか。相川達はもう帰ったのか?」

「うん。あ、そうだ。柏木くん、連絡先交換しよ」


 スマホを取り出す深夜に釣られて直也もポケットから取り出した。


「相川さんがね、『一緒に帰るなら連絡取れるようにしときな』って。そういえばそうだよね。すっかり忘れてた」

「不便がなかったからな。でもまぁ、俺からも言おうと思ってた。明日からは図書室に来る前にチャット送ってくれ」


 連絡先を交換し合い、SNSにも登録し合う。

 直也のスマホには、個人的な知り合いの連絡先は入っていない。中学時代の友人達と連絡を取り合う気はなかったし、元のスマホは解約してデータも消した。

 ポン、と表示された兎のアイコンが、初めてプライベートで登録した連絡先だ。


 じっとアイコンを見つめ、妙な感慨に耽る。新しい一歩を踏み出した、そんな気分になる。隣県のこの高校に受かった時と似たような感覚。

 そうして見つめていると、通知音と共にチャットが来た。反射で開く。


『何か変かな?』


 驚いて前を見れば、深夜がスマホで顔を半分隠していた。


『アイコンおかしい? ウサギ、可愛いから』


 それとなく覗き見れば、白い肌に紅が差していた。


『いや、いいんじゃないか。そういや巾着も兎柄だな』

『大きいのあれしかなくて。そんなにウサギグッズ集めてるわけじゃないよ?』

『他にもあるのか?』

『ちょっとだけ。タヌキとかも好きだから、色々あるの』

『動物が好きなのか?』

『うん。大きい子も小さい子も好き』


 大きいのは虎とかだろうか。「子」と呼んでいいのかは迷うところだ。

 深夜の好きなものが一つ知れたことを収穫として、スマホをポケットにしまった。いつまでもチャット越しに会話するわけにもいくまい。


「帰るか」

「うん」


 並んで昇降口に向かい、靴に履き替えて校舎を出る。

 テスト前だけあって居残りの生徒が多く、視線を集めてしまう。だが、図書室の時ほど気にならなくなっていた。

 帰りながら何の動物が好きか話し、スーパーに寄って買い物をして帰る。


 想像より居心地のいい時間に、マンションに帰り着いた時に思わぬ寂寥感に襲われてしまった。

 これは、アレに似ている。引っ越しの準備を終えて、空っぽになった自分の部屋を見た時の気持ち。

 頭を振って馬鹿げた考えを追い払い、部屋の前で荷物を渡して別れを告げる。


「じゃ、またな」

「うん、また後で。準備が出来たらすぐ行くから」


 一瞬何の事かと思考も動きも止まって、そういえば勉強会の約束をしていたと思い出す。

 いや、忘れていたわけじゃない。ちょっと脳の容量が足りなかっただけだ。


「……また忘れてた?」

「いや、覚えてる。よろしく頼む」


 目を細める深夜から視線を逸らし、手を振って玄関ドアを閉じる。

 慌てて靴を脱いで部屋に上がり、生活の痕が残る室内を片付けていく。見られて困るものは特にないが、綺麗にもしていない。看病された時は緊急時だったから仕方ないが、ヤローの毛が落ちていたりする部屋の中にあの美少女を入れるかと思うと心臓が止まりそうだ。


 買ったまま押し込めていたコロコロを取りだし、ひとまず目立つところだけでもなんとかする。床に散らばった服などは物置となっているもう一部屋に投げ捨てた。

 間に合わせですらろくに整わない内にチャイムが鳴る。

 持っていたコロコロを物置部屋に投げ込み、なんでもない顔をして玄関を開けた。


 ラフな部屋着に着替えた深夜が手提げ鞄を持って立っていた。普段と違う無防備な姿に心臓が妙に甲高い音を立てる。

 彼女の鈍感さは、即ち気にしていないことの証明だ。


 夜に男の部屋に一人で来ることを気にしていないということは、それだけ安心し信頼されていることを意味している。朝陽だって勉強頑張れと言っていたではないか。そう、勉強をするのだ。

 邪な心を殴り倒し、心の中の焼却炉にぶちこんだ。


「早かったな」

「軽く夕飯の下ごしらえしただけだから。お姉ちゃんが帰ってくるまでしかできないけど、ごめんね」

「十分だ。マジで助かる」


 中に招き入れ、取り急ぎ片付けた部屋に唯一あるテーブルに向かい合って座る。

 お互いに鞄から勉強道具を取り出し、早速教えてもらうことになった。


 最初こそ深夜の耳元の髪をかき上げる仕草や兎柄のペンに気を取られていた直也だったが、次第に集中し始めた。

 彼女の教え方は上手く、何より真摯だ。どこが分からないか考えてくれるし、丁寧に解説してくれる。異性の部屋にいることなどまるで感じさせない態度に、直也も段々と気にならなくなってきた。


 ペンを走らせ、分からない箇所を聞き、またノートに向き合う。

 元々、直也から頼んだことだ。図書室での勉強会を経て、いい点をとろうという意欲は高まっていた。


 二人だけの空間に、ペン先がノートに擦れる音。時折途切れて、話し声。顔を寄せ合う二人は、真面目な表情で問題に向き合っている。

 そうしている内に、深夜のスマホから通知音が鳴った。


「朝陽さんから?」

「うん、そう。もうマンションの前にいるって」

「じゃ、これまでだな。ありがとう、すげぇ助かった。教えるのホント上手いな」


 力の抜けた笑みを浮かべる直也に、深夜がはにかむ。


「そうなら嬉しい。柏木くんも聞き上手だよね」

「そうか?」

「うん。すごく教えやすい」

「それは……あー、どう思えばいいのか難しいな」


 直也は微妙な表情を浮かべ、ぽりぽりと頭を掻く。

 鞄に勉強道具を詰める手を止め、深夜はくすりと笑った。


「嬉しくない?」

「いや、こう、いいことなんだろうけどもっと違うのがいいというか……」


 柔らかく微笑みながら、深夜が立ち上がる。

 直也も立ち上がって玄関先まで見送った。


「それじゃ、また明日」

「おぅ、明日も宜しくな」


 深夜が頷くのとほぼ同時に、二階に上がってきた朝陽の姿が見えた。

 夜に見る朝陽のスーツ姿は初めてで、大人なんだと強く意識してしまう。


「たっだいまー!」

「お帰り、お姉ちゃん」

「お帰りなさい」

「うむうむ、勉強は捗ったかね?」


 おかげさまで、と頭を下げて、後の事を朝陽に任せて直也は部屋に引っ込んだ。

 楽しそうに話しながら部屋に戻る姉妹の姿に軽く口の端を上げて、直也は夕食の支度を始める。


 いつもの鶏がらスープと塩コショウで味付けをした野菜と肉の適当炒めとご飯。(わび)しい夕食に、舌が勝手に深夜の弁当の味を思い出した。

 隣の夕食をなんとなく想像しつつ、シャワーを浴びるべく服を脱ぐ。


 その日は頭が疲れたせいか、気持ちよく眠れた。

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