05
「大谷くーん?」
今日は約束があって来ているわけじゃない。
ただ大谷君のお家にいってみたら「千雨ならお散歩にいっているよ」とお母さんが教えてくれたから探しているだけだ。
お家にいなかった時点で諦めればいいのにそうしようとする自分はいなかった、積極的に外に出ないとはなんだったのかとツッコまれてしまいそうなぐらいには一人で外にいる時間が多い。
って連絡先交換だってしているんだからそれを使えばいいのか。
鳩羽ちゃんと長くいることで私にも移ってしまっていたみたいだった。
「お、橋のところにいるのか」
学校からの帰り道というわけじゃないけど少し外れたところに小さい橋があった。
大した高さというわけでも、下に流れている川が大きいわけでもないのに見ていると落ち着けるいい場所だ。
高所恐怖症だったらあれぐらいの高さでも無理なのかな? もしそうなら高所恐怖症じゃなくてよかったとしか言いようがない。
「いたいた」
柵に体重を預けてゆっくりしていたみたいだ。
それなりに近づく前から「遠井さん」と気が付いてくれた。
「約束もしていなかったのに探すようなことをしちゃってごめんね?」
「やることがないから歩いていただけなんだ、だから気にしなくていいよ」
そういえば八月十日頃はどこにいくんだろう。
空白の期間ができてしまうとそのまま夏休みが終わるまで会いませんでしたみたいになりそうだ。
「できれば僕だけ残っていたいな」
「ご両親のご実家にいくの?」
「うん、子どもは僕だけだからあんまり楽しめないんだ」
私のお家はそういうの全くないなあ。
お母さんのお母さんもお父さんも元気に生きてくれているのに「え、いかなくていいよ」と断ってくるレベル。
「今年は遠井さんという友達もできたし、樫崎さんともまた会えた――」
「思い出したの!?」
おっと、落ち着こう。
「……あの後お母さんに聞いてみたら一時間くらい樫崎さんについて話してくれたんだ。流石にそれだけの情報を与えられたら僕だって思い出すよ」
「おお、ナイスお母さん!」
「でも、凄く大事な約束をしていたとかもなかったみたいなんだ。家庭の事情で転校することになって別れることになった、それだけだよ」
「凄く大事な約束をしていたとかだったらそれに引っ張られちゃうかもしれないからなにもなくてよかったと思うよ」
もう一度戻ってくるなんて保障はなかったんだから。
それぞれが自分のことに集中しなければならなかった、なにかがあればもしかしたらそのせいで集中できない毎日になって失敗してしまっていたかもしれない。
「思い出せたのはいいことだけど少し悩んでいたんだ、それは自分の方からいった方がいいのかどうかということ……なんだけど」
「樫崎さんのお家なら教えてもらったから連れていってあげられるよ? その気が一ミリでもあるならいこうよ」
「……遠井さんはちゃんといてくれる?」
「うん、少なくとも二人が上手く話せるようになるまではいるよ」
彼のことだからこの前の鳩羽ちゃんのように腕をがしいと掴んでくることもないだろう、だから私の好きなタイミングで離れることができるようなものだ。
樫崎さんなら上手くやれる、彼は……それを受けてちゃんと相手をしてくれればそれでいい。
「樫崎さーん」
「あれ、遠井さん?」
窓が開いているのをいいことに外からそのまま声をかけてしまった。
出てきてくれた彼女はこれからお出かけするかのようなお洒落な格好で、こういうところで差が出るよなあと一人内で呟く。
「今日は大谷君にも来てもらったよ」
「よ、ようこそ」
「うん、こんにちは」
よしよし、少しだけ緊張していそうな顔だけどこのぐらいならなんとかなるだろう。
教えてもらっただけで上がらせてもらったことはなかったから新鮮だった。
人のお家に上がらせてもらったらまず確かめることはソファの柔らかさだ。
これがまたお家それぞれで違うもので、相当親しい仲だったら柔らかさ次第で飛び跳ねているところだった。
「どうぞ」
「「ありがとう」」
お茶も冷たくて美味しい。
なんでかな、人のお家で飲むお茶は喉が渇いたときに飲むお茶並みに美味しいんだ。
「昔もこうやって夏休みに私の家で集まったんだよ?」
「お母さんから聞いて思い出したよ。確かに小学生の僕はほぼ毎日のように樫崎さんの家にいっていたね」
「夏休みの宿題のために集まっていただけだけどなんでか楽しかったなあ」
私も小学生の頃にいたお友達とはほぼ毎日と言っていいぐらい一緒にいて、門限が十七時と決まっていたからなるべくそれまでいられるように努力していたな。
関わらなくなった理由は高学年になった際にちょっと悪い男の子と関わり始めて真面目さがなくなってしまったから――いやもうあれは変わりすぎて付いていけなかった。
もちろんすぐに諦めてしまったわけじゃないけど一緒にいるだけで悪く言われてしまったりして耐えられなくなってしまったのが大きい。
「あ、遠井さんももしかしたら同じ小学校だったのかな?」
「ううん、私は違う小学校だったよ」
「そっか、それなら大谷君や鳩ちゃんと出会ったのも最近か」
「うん、中学三年生の九月に鳩羽ちゃんが話しかけてきてくれたんだ」
部活も終わって辛いことがなくなったはずなのに一人で不安になって自滅してしまいそうになっていたところを助けてくれたのがあの子だった。
ただ話しかけるだけで力を与えられてしまう存在というのはすごい。
「あ、あんまり最近でもなかったね」
「はは、大谷君とは話し始めたばかりだから大丈夫」
「それって……大谷君の方から話しかけたのかな?」
ぷふふ、やっぱり気になってしまうようだ。
あれは鳩羽ちゃんがいたから無理やりそう口にしただけ、なにもないわけがない。
なにかがないなら「あれ、もしかして大谷君?」ぐらいで済ますはずなのだ。
仮に急な再会に「大谷君!?」ぐらいまでには上がっても忘れられてしまったことであんなに暗い顔をすることはない。
「ううん、鳩羽ちゃんの彼氏さんがお友達を紹介してくれる流れになってそれで大谷君とって感じ」
「そ、そっか」
ふむ、少し窓前から見える景色でも確かめてくるか。
高い場所になっているとか、目の前が開けているとかじゃないから見えるのは敷地内にあるお庭、花や門ぐらいだ。
鶴原家が私的には一番でもこれはこれでいいと偉そうに評価する。
「同じ高校だったらよかったのになあ」
「この距離ならいつでも会えるよ」
「それはそうだけど……少し移動すればいつでも話せる距離にいてほしいよ」
あ、うん、今回も自分が黙ることで会話をしてほしかったのは確かなことだけどそろそろ帰ろうかな。
ここに私に対して強気に踏み込んでこられる人はいない、帰るならここだ。
「いたた……お腹が痛い……」
「大丈夫っ? 遠慮なくトイレを使ってね」
「う、うん、借りさせてもらうよ」
……本当にちくちくと痛くなってきてトイレを借りることになった。
でもね、今日は出るものも出ないからただ座っておくだけだ。
この点についてはいつまでも慣れない。
お家、お部屋に上がらせてもらうことも、急に帰ってきたご両親相手に話すことも余裕でできるのになんでトイレに関してだけは駄目なままなのか。
我慢をしすぎて無理やりトイレに突っ込まれたとき以外はいちいちお家に帰ってしていたぐらいだ。
「遠井さん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫っ、もう出るよ!」
も、もったいないけどスプレーを使わせてもらうしかない。
なにもないのに自分の選択のせいで困ってトイレにこもったとか……アホすぎるけど。
「た、ただいまー」
「……もしかして帰りたかったの?」
「い、いやー窓から外を見ていたら『出たい!』『歩きたい』という気持ちが強くなっただけだよ!?」
「……遠井さんが帰りたいならそうした方がいいよ、これ以上に合わせなければならないルールなんてないんだから」
いや明らかにそういう顔をしていないんだけど……。
「ま、まあまあっ、遠井さんももう少しぐらいはいてよ!」
「わ、分かった!」
なんで結局同じような結果になるんだろう。
お友達は似るものでもなにもここまで似なくてもいいのに。
これは優しさとは言わないよ? こっちのことは気にしなくていいから二人だけで仲良くしてほしい。
「私達ばかりが話していたからかもね」
合っているようで合っていない。
でも、積極的な彼女に対して彼の本当のところがどうかは分からないから全て吐くわけにもいかない。
もう既に破ってしまっているようなものだけどこういうのは外野が茶々を入れると駄目になってしまうものだ。
「よし、これからは遠井さんも参加できる話にしよう。えっと……あ、一緒にいた男の子についてにしようかな」
「澤村君のことだね」
まあそこで四関先輩とはならないか。
実際最近は澤村君とばかりいるから彼がそう答えたくなる気持ちも分かる。
ただこれはいいことなのかどうか、私にとってじゃなくて彼に興味がある状態で違う男の子のことを出していくのはさ。
重く捉えすぎ? 私の残念な想像で終わるならそれでいいんだ。
「遠井さんを守ろうとするナイトのように見えたよ。あとはそう、あの子のおかげで少し前に進められたから助かったというのもあるね」
少なくともあのときの彼女はいまみたいな感じじゃなかった、彼も困って黙ったままだったから止められなかったらどうなっていたのかは想像しやすいところだ。
「澤村君が声をかけてくれなかったら僕達はずっと黙ったまま見つめ合っていただけかもしれない」
「そこに友達がいるとしてもなかなかできることじゃないよね」
もし本人がここにいて「助かったよ」みたいなことを言われたら「だろ?」と返して笑っているところなんだろうな。
今日はなにをしているのかな、またいとこさんと会っていたりするのかな。
「いやその……ナイト?」
「はははっ、いま反応するんだ」
「違う違うっ、澤村君はあくまで合わせてくれているだけだから!」
気持ちを捨てたとは言っていても常に好きだった子も近くにいてくれているんだ。
しかもその子と私はお友達で、どうしたって一緒にいる内に比べてしまうものだろう。
それだというのにああして合わせてくれるんだから底なしの優しさというか……うん。
「澤村君も遠井さんといられているときは楽しそうなんだ」
「そうなんだ、じゃあどっちかが少し踏み込めばそういうのもありえちゃうのかな?」
「僕的には澤村君の方が動くと思うな」
ええいもうっ、なんでこういう話のときはそんなにスピーディーに話せるのか!
だったらいつもそうしておくれよ、大体他者の恋愛話で盛り上がるのは私だけでいいんだよ!
「あ、私遠井さんのこと少し分かってきたかも。多分こういうときに自分のことを下げちゃうんだ、それで親しい友達――例えば鳩ちゃんなんかにツッコまれているんだろうね」
「そ、そんなことはないけどなー」
「ふふ、面白い」
なにも面白くないけど!?
流石にこれ以上は言葉で苛められたくないから違う話題に変えておいた。
にこにこしているだけなのににやにやしているように見えて落ち着かない時間となったのだった。
「虫を捕りにいこうぜ」
「はい?」
タンクトップに短パン姿というのも相まって小学生のように見える。
「バッタとかさ」
「え、持って帰ってどうするの?」
「そりゃ飼うだろ」
ひぇ、虫とか勘弁してもらいたいんだけど!
だけど普段からお世話になっているからちゃんと付き合うよ。
あとは普通に一緒に過ごしてなにもないことを自分に分からせたい。
というのもこの前の樫崎さんと大谷君のせいで一人ごちゃごちゃ考え込んでしまっていたからだ。
なにもない、なら来てくれている理由は? 優しいだけ? そんなことありえるの? とずっと同じようなことを繰り返していた。
……今日もいい匂いだなあ、なんなんだこの子は。
「草むらならいっぱいあるからよく見れば――ほい!」
「ぎゃあ!? こ、こっちに近づけないでえ!?」
馬鹿みたいだなあ……。
とはいえ今回もがしっと掴まれないように、鳩羽ちゃんや樫崎さん達のときのようにならないように最後まで我慢しないと。
誘われているんだから空気を読む必要もないというか、そうしないと駄目なんだ。
「なんだ遠井、虫が苦手だったのか?」
「そ、そうだよ」
「無理やり近づけたりしないよ、いてくれればそれで問題ないから離れておけよ」
「別に距離を作る必要はないよ」
「そうか、だったらいい個体を見つけてくるから待っていてくれ」
離れているのは私のためじゃなくて強い個体を見つけるため!
痒くなってきたからなるべく草ぼうぼうじゃないところに移動して見ておくことにした。
男の子って虫とか好きだよね。
「よし、次はダンゴムシだ」
「あ、ダンゴムシならいけるかも」
「速く動く虫が苦手なだけなのかもな」
いやバッタが可愛くないから駄目なだけです。
「ダンゴムシなら庭でだって手に入るからな、こういうところの裏に――やっぱりいたぜ」
「わ、わらわらいるとあんまり可愛くないなあ」
「それでも一匹だけなら?」
手の上にぽとっと置かれたダンゴムシさん。
最初は丸まっていたけど警戒を解いたのか歩き始めた。
「はははっ、くすぐったい!」
「っと、あんまり自由にさせていると変なところにいくから止めておくぞ」
「うん」
平和だあ、あと健全だあ。
こういうのでいいんだよ、なにも恋をすることだけが全てじゃないんだからね。
「こいつとあともう一匹――こいつでいいな」
「もうこれで十分?」
「おう、中に入ろうぜ」
なんとか多少の汗レベルで済んだ。
すぐに戻ることを決めて点けたままにしてあったのかエアコンのおかげで涼しかった。
「よいしょっと」
「本格的だね?」
「こういうのはいい加減にやったら駄目だからな」
えっさほいさと環境を整えていくのをじっと見ていた。
バッタはともかくダンゴムシはやっぱり可愛くてもう一度触りたくなったけど我慢した。
「ダンゴムシの方は俺と遠井で見つけたようなものだから……つぐしだな」
えぇ、無理やり入れなくていいけど。
可哀想だったからちゃんと考えてつけてあげてほしいとぶつけておいた。
彼は「そうか?」と聞き返してきたものの、それ以上はなにも言わなかったら腕を組んで考え始めてくれたから助かった。




