04
「はい――え」
「こ、こんにちは」
扉を開けてみたら雨のせいでびしょ濡れになっている四関先輩がいて驚いた。
そのまま数秒は固まっていたものの、固まっている場合じゃないと言い聞かせてとりあえず上がってもらう。
「いきなりごめんね?」
「それはいいので早くシャワーを浴びてきてください、お父さんのお洋服を借りて持ってきますから」
「ありがとう」
まさか鳩羽ちゃんと喧嘩してしまったのかな。
朝から雨が降っていたから傘を持たずに出たとかもありえないし、少しどうでもよくなってしまったのかもしれない。
「温まったよ」
「鳩羽ちゃんと仲直りしてください」
「あー……鳩羽と喧嘩してびしょ濡れだったわけじゃないんだよ」
「それならどうしてですか?」
「用があって遠井さんの家を目指していたんだけどその途中で捨てられている猫を見つけてね。持ち帰ることはできないけど見て見ぬふりができなくて傘を、うん」
幸いなことにこれまで捨て猫とかは見たことがなかった。
だけど傘を持っているのにささない人でもないし、こんなことで嘘をついてもなにも得なことはないから信じるしかないか。
なにより喧嘩をしたわけじゃないということが私的に大きいことだ。
「それでなにがしたかったんですか?」
「鳩羽が部屋から出てきてくれないから遠井さんに協力してもらいたかったんだ」
「やっぱり……」
「違う違うっ、なんでか呼びかけても『嫌』と言うだけで出てきてくれないんだよ」
詳しく知りたいから言うことを聞いて鶴原家へ。
お母さんが出てきてほしいと言っても出てきてくれないみたいだから重症だ。
「鳩――あわあ!?」
お、お部屋に入れてもらえてラッキーとでも考えておけばいいのかな。
もう十一時ぐらいなのにカーテンを閉め切っているせいで暗いお部屋、それでも真っ暗闇というわけじゃないから彼女は見える。
「つぐみぃ~……」
「ど、どうしたの?」
「太った」
「え」
「だから太った!」
あぁ……乙女の悩みか。
思わずお部屋にこもってしまうぐらいには太って――ないんだろうなあ、重く捉えすぎてしまっただけだろう。
「四関先輩が心配しているよ、わざわざ私のお家にまで来て鳩羽ちゃんを連れ出すのを手伝ってほしいと頼んできたんだから」
「……お母さんが無自覚に傷つけてきたせい。仮にそうでも『あんた太ったんじゃない?』はドストレート過ぎて受け止められないよ……」
だ、大体みんなそんな感じだと思うけど。
逆に母親が遠慮しながら話しかけてきたら嫌だ。
「大丈夫だから」
「……つぐみがいるなら出る」
「うん、ちゃんといるからね」
これは私の力と言うよりも四関先輩効果だな。
あそこで出しておいてよかった、やっぱり彼氏さんパワーはすごい。
「よかった、出てきてくれたんだ」
「太一――誰の服?」
「ああ、遠井さんのお父さんの服なんだ。さっきびしょ濡れになってね、シャワーを浴びさせてもら――」
「浮気だ!」
安心してほしい、別になにかやましいことがあってシャワーを浴びてもらったわけじゃないんだ。
「「これはノーカウントでしょ」」
「真似をしないで!」
はは、もう大丈夫そうだ。
「ありがとう遠井さん」
「いえ。それじゃあ今度はお部屋にこもらないように――あれ、まだ帰ることができないみたいだね?」
腕をがしい! と掴んできている。
彼女の顔的には「納得がいかない」みたいな感じだ。
今日はまだ課題をやれていないから困ってしまった。
「当たり前だよ、ちゃんと約束を守ってもらうよ」
「でもほら、こうして無事に出られたわけだよね?」
「まだ五分ぐらいしかいられていないでしょ」
四関先輩がお家に来たのは彼女を連れ出すため、一緒に過ごしたかったとかそういうのじゃないから空気を読もうとしたのに。
私がいるからって無理してこっちに合わせようとしなくていいんだ。
「鳩羽は遠井さんと一緒にいたいんだよ」
「そうだよ、つぐみはここで帰るとか酷いことをしないよね?」
いちゃいちゃすることに時間を使ってくれぇ……。
帰ることができそうになかったからソファに座らせてもらう。
そのタイミングで彼女のお母さんが飲み物やお菓子をくれてこれじゃあまるでそのために残ったみたいだ。
「ふふふ」
「四関先輩ここに座ってください」
「僕は床でいいよ」
「でも……」
な、なんなんだこの二人は。
話さないでこちらが動くのを待っているように見えるのもよくない。
カップルの間に無理やり割って入る微妙な人間でしかなかった。
「あ、大谷君とはどう?」
「初日に一緒にお出かけしました」
「おお!」
調理能力が高かったから出しゃばりたくなかったけどちゃんと頑張らせてもらった。
澤村君は予想通り「美味しいな!」とちゃんと全部食べてくれた。
「つぐみ的に大谷君は合うのかもね――あ、だけど湊志君もいいよね」
「三人でお出かけしたんだ」
「くふふ、ハーレムですね」
「ち、違うよ」
向こうからしたら同じ学年にいる女というだけ。
なにかが始まってしまったら尻もちをついてしまうからこのままにしてほしかった。
「あ、また」
こんなに高頻度で来るなんてこれはもうそういうものだと判断してしまっていいだろう。
私は邪魔しないよ、だから今回も大人しく離れて別の道を選んだ。
「おい」
「うひゃあ!?」
私よりもスポーツマンだったとしてもこの速さは異常だ。
あと途中で「あ、目が合った」となったわけでもないのにこれも変で。
「あのさ、遠距離恋愛ってどんな感じなの?」
「だから彼女とかじゃないって」
「じゃなくてですね、なんで見られる前に違う道を選んだのにバレるのかという話ですよ」
「離れていく背中が見えた」
ありえない……とは言えないことだけどさあ。
「というか一人なら積極的に出ないタイプとか言っていなかったか?」
「ああ、それが無性に歩きたい気持ちになってね」
「じゃあ暇か、だったら付き合ってくれ」
「いいよ、どこにいきたいの?」
私としてはいとこさんが積極的に別行動をすることが気になっていた。
この頻度的にこういうときでもないと一緒にいられないというのは合っていないかもしれないものの、それでも色々案内してもらうとかしてもらえばいいのに。
私にもこうして付き合ってくれる彼のことだからいとこさんが頼んだとなれば絶対に受け入れてくれるのにな。
「公園だ」
「うぇ」
「安心しろ、今日の俺は走りたい気分じゃないからな」
近くの公園と言えばそろそろ小さなお祭りをやるということだ。
神社とかよりも広くていい、簡単にすれ違うこともできるからそう気にしなくていいのが楽だった。
「卒業式の日にここで泣いていたよな」
「ま、まだそのことを言ってくるんだ」
「別に意地悪がしたいわけじゃない、だけどインパクトが強かったから仕方がない」
そうかな、学校のときからガン泣きで泣き顔ならもう離れる前から見られていたのにね。
「逆に鶴原は真顔だったな」
「なんか泣けなかったんだって」
「もしかしたら遠井が滅茶苦茶泣いていたからかもしれないぞ」
「はは、あるかも」
呆れた顔をしないで付き合ってくれたからありがたかったなあ、私も誰かが泣いているときには同じようにしたいところだ。
「俺らももう一年半ぐらいは一緒にいるんだよな」
「三年生の九月頃からいるからもう二年と言ってもいいんじゃない?」
「鶴原がきっかけで話すようになっただけだけどまさかここまで続くとはな」
「澤村君が話しやすいのが大きかったよ」
「あと身長もな、ふんっ」
男の子版の鳩羽ちゃんがここに誕生した。
そういえば夏だというのに汗もかいていないうえにいい匂いがする。
男の子でもたまにいるよねこういう子、彼なんてお肉が大好きすぎるのに謎だ。
「どうしたそんなに見て、まさか遠井も赤色の服が欲しくなったのか?」
「一着ぐらいはあってもいいよね」
その場合はジャージかな、それなりに値段がするけど中でも外でも全く気にしなくていいしっかりとした物で安心できる。
また急に走ることになっただとか、かくれんぼをすることになってもジャージなら問題なしっ、うーむ完璧すぎるな……。
「大谷とはどうなんだよ?」
「初日に遊んだきり会っていないよ?」
「鶴原にしているみたいに遠慮をしていたら仲良くなれないぞ、特に大谷みたいなタイプはそうだろ」
メール及びアプリの方も全く使用できていないままだ。
勇気が出ないからとかじゃなくて自然すぎて受け入れてしまえるというか。
「いやこの場合は大谷の方が悩んでいそうだ、いまからいくぞ」
「はーい」
少し前を歩く彼の背中を見つめていると急に止まってぶつかりそうになってしまった。
ただ視線に気づいて注意したくなったわけじゃないらしく、こっちの腕を掴んでから「走るぞ」と。
そのまま大人しく従っていると一人で歩いている大谷君を発見、そもそも掴まれているというのもあるけど悩む必要は一切なかったね。
「大谷君」
「……だ、誰?」
引っ張られて隠れることになった。
「私だよ、覚えていないの?」
「ごめん……」
ポニーテールがよく似合う女の子だ。
綺麗か可愛いどちらかで言えば可愛い子で、自信なさげに片肘を掴んで俯いている。
対する大谷君の方も完全に「どうしよう……」と困っている様子だ。
「よう大谷」
け、結局出ていくのか。
私達が近づいても離れることはしなかったポニーテール子さん。
「俺は澤村湊志、きみは?」
「樫崎瑚々那と言います」
「敬語じゃなくていい。大谷」
「ごめん、分からない……かな」
「……昔に転校して離れることになってしまったから覚えていなくても仕方がないのかも……」
どうやら高校は違うところに通っているみたいだけどこの辺りに戻ってきたみたいだった。
転校していなくなってしまった子がまた戻ってきて姿を見せるなんて私からしたら「これは!」と言いたくなる件だ。
「幸いいまは夏休みだ、少し一緒にいてみたらどうだ?」
「もし忘れているんだとしたら申し訳ないから合わせるよ」
「やっぱり大谷君はあの頃と一緒で優しいね」
「そうかな」
はは、いつも素直に認めたがらないね大谷君は。
だけどこれで楽しみなことが増えた。
お祭り以上に大きいことかもしれなかった。
「こんにちは」
「あ、樫崎さんこんにちはっ」
この前一応お家を教えておいたら早速活かしてくれたみたいだった。
「大谷君凄く大きくなっていて驚いたよ、小学生の頃は私よりも小さかったのにね」
「そうなんだ」
小さい頃は女の子の方が成長が早いらしいからそういう子もいた――え、私? もちろん小さい男の子よりも小さかった。
「あ、先に言っておくけど私達は最近お友達になったばかりだから不安にならなくてもいいからね」
「私はまず思い出してもらわないと」
「でもさ、いまからちゃんと相手をしてもらえるならそれでいい気がする。過去に物凄く大事な約束をしていたとかなら思い出してもらわないと困るだろうけどさ」
「確かに……過去にばっかり囚われていても私達はこうしてもう大きくなっているんだもんね」
連れていくぐらいならできるけど頼んできてくれるかな? なんでも一人で頑張ろうとしてしまうタイプなら頼られる私というやつはまた出てこないことになる。
「はーい」
「すんすん――む、これは女の子を連れ込んでいるね?」
「うん、大谷君のお友達が来ているんだ」
「上げて」
「どうぞ」
もう彼女がこうして一人で行動していることを気にするのはやめよう。
彼氏さんといる時間とこれは別だと、一人で動き回る時間もなければいけないんだ。
「もしかして樫崎さん!?」
「つ、鶴原さん!」
あ、なんかこっちの方が始まりそう。
「鳩羽ちゃんは樫崎さんのこと知っていたんだ」
「うん、まさかまた会えるとは思っていなかったけど……」
同じ中学だったけどみんな同じ小学校から上がってくるわけじゃない、配置と謎の線引きでたまたま中学生のときだけ一緒になれただけだった。
「同じ小学校で樫崎さんと一緒にいたのに大谷君のことは知らなかったんだ」
「いやー……実はあれからよく考えてみたら話したことがあったなーって思い出してね。ただ樫崎さんが転校してからは一緒にいなかったから忘れちゃってもおかしくない……よね?」
「大谷君単独じゃ難しかったのかな」
「ちょ、それだと私が怖いみたいじゃんか」
私相手にもたまに言いたいことを言いづらそうにしているから鳩羽ちゃん相手なら尚更だ。
まあだからこそ誰か特定の女の子にだけいっぱい話す大谷君というやつがいてくれた方がいい。
「あの頃のままなら樫崎さんは――」
「さ、流石にあの頃と同じぐらいの気持ちはないよ」
「でも、またこうして会えたんだよ? しかもそれが夏休みとか最高だよね」
「私が頑張っても迷惑にしかならないから普通に友達としていられればそれで十分だよ」
私かな? 鳩羽ちゃんも私を相手にしているときと同じような顔をしているし。
ずっと一緒にいられたわけじゃないからこそぐいぐいとはいかないものの、もう少し時間を重ねたら結構容赦のない鳩羽ちゃんというやつも見られると思う。
「昔みたいに鳩羽ちゃんって呼んでもいい?」
「んーそれだとつぐみと丸被りだから鳩ちゃんならいいよ」
「それなら鳩ちゃんで、またよろしくね!」
実際は違うところばっかりだろうに喋り方といい私にしか見えないのがなんとも言えないところだ。
「もー私達ばっかりが話しているからってそんな顔をしないの」
「ううん、私的には二人が再会できてよかったよ」
「ささ、つぐみも参加できるような話にするからね」
よかった、鳩羽ちゃんのことだからすぐに「湊志君か大谷君と再会できるようにしないとね」とか言いかねなかったから助かった。
実際は大して努力もせずに一緒にいられてしまっているからせっかく返したのにその倍以上のなにかが溜まっているところだ。
もし次に会うとしても私の方から会いにいく。
きっとそれなら鳩羽ちゃんも満足してくれるはずだった。




