02
「お邪魔しまーす」
現在はまだ鳩羽ちゃんと二人だけのようだ。
とはいえごろごろするわけにはいかないから大人しく座って待っているとピンポンとチャイムが鳴った。
澤村君が先に来るか四関先輩とお友達さんが先に来るか。
「よう」
「こんにちは」
気持ちじゃ負けていない彼が先だった。
ただ少し意外かな。
お昼からはゆっくり過ごせないから四関先輩は朝から彼女のお家に上がらせてもらっているかもしれない的なことを考えていたのに。
結局彼が来てから五分後ぐらいに二人も鶴原家に。
「この子は僕の友達の大谷千雨君だよ」
「私は遠井つぐみです、よろしくお願いします」
あれ、いま思い切りこちらを見てきていたのにスルーされてしまった。
まああれか、いきなり知らない変な女のところに連れていかれて困っているということか。
私だって同じようなことをされた場合には最低限の対応はしつつもにこにことはいかない、だからこれは仕方がないことだろう。
「鳩羽ちゃんは知っている子だよね?」
「ううん、知らない子だね」
「そうなんだ?」
四関先輩のお友達とはお友達になっていそうだったけど違ったみたいだ。
「静かな奴なんですか?」
「うーん、今日はちょっと駄目みたいだね」
「このまま見つめ合っていてもなにも意味がありませんから菓子でも食べましょう。鶴原皿を出してくれないか? このときのために菓子を買ってきたんだ」
「りょーかい」
お菓子っ、ご飯を食べたばかりだけど悪くない!
とかなんとか汚いことを考えていたからだろうか? 何故か四関先輩のお友達さんに手を掴まれてお家の外まで連れていかれてしまった。
「さ、さっきはごめん」
「き、気にしなくていいですよ?」
「敬語はいい……僕ときみは同級生、なんだから」
「わ、分かった」
なんかすっごく喋りづらそう。
でも、やっぱり怖い子じゃないようだ。
「きみはその、友達が欲しかったの?」
「うーん、私のことであの二人が盛り上がっちゃっただけなんだよ。だからごめんね? せっかくの土曜日に時間を使ってもらっちゃって」
「気にしなくていい、どうせ家にいてもやることがなくて寝転んでいるだけだった」
分かる、私も約束がなければきっとそうして過ごしたと思う。
一人で歩いてこよう、みたいに積極的に動ける人間じゃないし、死ぬまでお休みの日はそんなことを繰り返すんだろうな。
「おーい、戻ってこいよ」
「あ、戻ろ?」
「うん」
ちゃんと話すこともできればあとやらなければいけないことはお菓子を食べることだ。
「美味しいっ」
「はは、だろ? 女子はこういうの好きだろうから買ってきたんだ――あ、四関先輩にはこれを」
「な、なんで唐辛子入り?」
「え、男なら辛いのを食べてなんぼですよね?」
「ぼ、僕も甘いやつがいいかなあ」
みんなで集まると大谷君は黙ってしまうみたいだ。
鳩羽ちゃんがいるからかな? 男の子と私だけだったら四関先輩とはいっぱい話していたかもしれない。
「大谷だっけ? 大谷も辛い物食べるよな?」
「大丈夫」
「お、やるなあ」
あ、喋った。
あと彼も仲間を見つけられて嬉しかったのか何回も話しかけるようになった。
「ちょいちょい」
「な、なに……?」
か、髪に触るなんてよくできるな。
これは四関先輩でも――いや四関先輩は初めましての頃に頭を撫でてくれたことがあったな……。
結局ここでも似ているところを見せてくれているというわけだ。
「いやこの寝癖が気になってね」
「……どうしても直らなくて諦めるしかなかったんだ」
「いいね、可愛い」
「あ、ありがとう?」
んー一年以上一緒にいる彼氏さんと知らない男の子だったら後者の方に興味を持ってしまうのかな。
二人が楽しそうにしているところを全く見ることができないでいる。
あれかあれ、いちゃいちゃは私達が帰った後でもできるからいまはお客さんを優先しようというスタンスか。
「浮気だな」
「これはノーカウントでしょ」
「四関先輩も気を付けておいた方がいいですよ」
「ははは、鳩羽なら大丈夫だよ」
お、おぅ、今度は彼か。
「俺はああいうところで負けたんだろうなあ」
「もう気持ちって……」
「捨てたよ、そうじゃないとここまで普通に一緒にいられないだろ?」
そりゃそうか。
難しい顔をしていたからなのかべしべしこっちの背中を叩きつつ「そんな顔をするなよ」と。
彼の笑みも四関先輩と同じだ、柔らかくありながら気持ちよさすら感じぐらいのいい笑顔だった。
「大谷、悪そうな奴じゃないみたいだな」
「うん」
大谷君次第で仲良くなることも可能かもしれない。
「まあなにか困ったら言えよ」
「ありがとう、澤村君もね」
「じゃあ後で走りにいこう」
「えっ、あ、う、うん」
お菓子を貰ってしまったから少しぐらいは言うことを聞いておかないといけない。
ずっといるわけにもいかないからありがたいか。
「湊志君も真似しないでよ」
「悪い、戻るか」
「うん」
とりあえずいまは大谷君がいっぱい話しているところを見たい。
参加してもらうのもありかもしれなかった。
最高に暑い。
夏になったら同じような感想になるけど毎年最高を記録している気がする。
汗臭くないかなと自問を繰り返しながら存在しておかなければならないのも疲れるところだった。
「つぐみーご飯食べよご飯」
「あ、あんまり近づかないでね」
「だったら近づく、ふんっ」
そういえばそうだ、こういうところもあるのが彼女だ。
あともう言わないようにしているだけでこういうときに四関先輩と過ごさないのはもったいないと思う。
「今日の数学は最悪だったね、なんかもう数字を見ていたら別の世界に入り込んでいたよ」
「私はいまみたいな内容のところが好きかな」
「え、つぐみは意外な子だねえ」
英語は駄目だ、文字を追っていくだけで「別に英語なんて覚えなくても生きていけるし」と言い訳をしたくなる。
「そういえば二、三時間目の休み時間のときに大谷君を見にいったんだけどさ、あの子は突っ伏して過ごすみたいだね」
「得意じゃないのかな?」
「私達が集まったときはほとんど喋っていなかったからね――ま、だからこそ彼氏君の存在が大きいのさ」
「そうだね、四関先輩がいたら心強いと思う」
「はは、よく分かっているね、そんなつぐみにはこれをあげよう」
蓋の上に置かれたのは彼女の苦手な豆の煮物……。
「こ、これだって本当に食べたい人に食べてもらえた方が嬉しいだろうからさ!」
「貰うよ」
「そ、そう、つぐみが食べたがっているんだから仕方がないよね!」
食べたことがある中で唯一嫌いと言える物はホッケだ、あれは口に合わなかった。
「ごちそうさま。少し歩いてくるね」
「いってらっしゃい」
クラスは知らないからまずは大谷君のクラスを探すところからか。
で、一つ目で見つかってしまってズコっと転びそうになった。
一人でご飯を食べているところを見ていると鳩羽ちゃんがいなかった場合の自分が重なって見えて少し寂しい気持ちに。
それでも突撃はしないで食べ終えるのを待っていると「遠井さん」と彼の方から来てくれた。
「さっき見えた」
「邪魔してごめんね?」
「気にしなくていい。でも、ここからは離れたい……かな」
「うん、違うところにいこう」
こういうとき汗臭くないかを気にして距離を作りたいところだけど勘違いされたら嫌なのでそこの対応が難しい。
これも疲れるところだな、早く夏が終わらないかな。
「午前中に鶴原さんも見に来てくれたような気がする」
「そうだよ、それは勘違いじゃないよ」
「僕はよく一人でいるからかも、太一先輩も心配しているぐらい」
おお、四関先輩のことは名前で呼んでいるんだ。
「苦手なの?」
「難しい」
「そうだよね、私も鳩羽ちゃんのおかげでなんとかなっているだけで変わらないかも」
もしかして彼もお友達になってくれるような人を探していたのかな。
私がそういう対象に該当するのかは分からないけどなにも四関先輩に言われたからだけじゃないと思う。
「でも、遠井さんが話しやすそうな人でよかった」
「それは大谷君もそうだよ」
「そうかな、そうだといいけど」
やばい、確かに鳩羽ちゃんが言うように可愛いかもしれない。
大したことができるわけじゃないけどこう守りたくなる感じ……距離感を見誤って不快な気持ちにさせないように気を付けないと。
「太一先輩を不安にさせたくないから参加しただけだったけど参加してよかった、澤村君も優しくしてくれたから」
「私も参加してよかったよ」
一人で悪くない雰囲気じゃない? と調子に乗っていた。
まあ私達の場合はここからなにか始まったりはしないものの、そういう関係だったら抱きしめるぐらいはしていたかもしれない。
「連絡先を交換しよう!」
あ……つい声が……。
「わ、分かった」
「なんかごめん……」
連絡先交換に限って言えばミスなくできたからてってれー一人内側で盛り上がっていた。
ただ本人が優しいだけの話を勘違いして好きになったりしないようにしなければいけない!
「名前、ひらがななんだ」
「うん、書きやすくていいよ」
「はは」
……積極的にマイナス思考をするタイプでもないのにただ笑われると気になる。
だけどそれは単に私の心が汚いからであって彼が悪いわけじゃない。
「お、大谷君は可愛い名前だよね」
「名前負けしていて気になっている……んだ」
あぅ、それこそ彼じゃないけど難しい。
「名前のことでからかわれることも多くて……そういうのもあって別の場所で過ごすことも多かったんだ。でも、どれだけ逃げても勝手に名前が変わるわけじゃない、だから教室からなるべく離れないようにしたんだけど……自分の方から人に近づくのは苦手で突っ伏すことしかできなかった。情けない話だけどその上手くできないところに泣いていたときに太一先輩が話しかけてきてくれたんだよ」
「四関先輩らしいね」
「それからはあの人が相手をしてくれたことでそこまで気にならないようになったんだ。だから感謝している、そしてこれからもずっと一緒にいたい人、かな」
……なにをどう言っても偉そうな感じになってしまいそうだから「そうだったんだ」とだけ返した。
彼の意識は違うところに向かっていたから無駄に慌ててしまった心臓を落ち着かせる。
「遠井さんにとっては鶴原さんが僕にとっての太一先輩みたいな感じ……かな?」
「うん、まだあんまり一緒にいられていないけど少なくとも関わり始めてからいままで支えてくれたからね」
「そういう人とはずっと一緒にいたい、支えられるだけじゃなくて支えられるようになりたいよね」
「私もそう思うよ」
という考えだけで実際に支えられるかどうかは別だけどっ。
……このことを考えると鳩羽ちゃんとまともに一緒にいられなくなるからと先延ばしにした。
なので今日も支えられるだけの日となるのは確定していた。
ハンカチの消失を確認。
夏の場合は高頻度で出すことになるから〇〇だっ、という場所がすぐに出てこない。
それでもなんとか「どうしたの?」と聞かれないように過ごして、放課後になったらまた探す旅に出る。
あれは鳩羽ちゃんが買ってくれたハンカチだから「また買えばいいか」みたいに片付けるわけにはいかないんだ。
絶対に出すことになるトイレから始めていく。
「ない」
苛めの対象に選ばれているとかもないからトイレの水に無情に浮かぶハンカチが、みたいなこともない。
「どこだろう」
「なにが?」
「おっ……と、澤村君か」
鳩羽ちゃんはいない、それならいいか。
「鳩羽ちゃんから貰ったハンカチをなくしちゃってね」
「それで探していたのか。どうせ暇だから手伝うよ」
「い、いやいいよ」
だって汗だったり水だったりに侵されてしまっているハンカチだもん、変に拾われていても困るというやつだった。
もし彼が見つけたらまず間違いなく私のところにまで持ってきてくれようとするだろう、そうしたら……ね?
「二人でやった方がすぐに終わるだろ、遠慮するなよ」
「澤村君っ」
ああもういっちゃったよ。
ただ見つけない限り帰ることができないも確かだから私も再開だ。
「あれ、〇〇色だよーとか説明していないよね?」
……名字を叫ぶことよりもやらなければいけないことがあったと今更気づいても遅いというやつだ。
まあ全く見つからなければ帰るでしょと決めつけてあっちにいったり戻ってきたりを繰り返していたら「見つけたぞ」と彼が。
「これだろ?」
「よ、よく分かったねっ?」
「あっ、俺が取って俺だけが知っているところに置いておいたわけじゃないからな!?」
「え? あ、うん、疑っていないけど」
仮に自作自演でもこうして手元に戻ってくればそれでいい。
完全に使えなくなるまでは使いたい、持っておきたい。
高校生が終わって離れることになってしまっても思い出やそういう物だけは消えたりはしないからだ。
「……前に鶴原が遠井に青いハンカチをあげたって話をしていたのを思い出してな、あとは今日だって遠井は実際に使っていたわけだから分かっただけだ。あと一番近い空き教室にあったぞ」
「あ!」
って、その空き教室もちゃんとチェックしたんだけどな、やらかしていたか。
机の上と床を大雑把に見るだけじゃ駄目だったんだ。
「はは、大きな声だ。きっとあれだろ、弁当を食べた際に置いてきてしまったんだろ」
「ありがとう!」
「どういたしまして――さ、帰るか遠井」
お、おぅ、いきなりどうしたんだろう。
私に対して必死になっているというわけじゃないだろうし、謎だ。
「え、き、キツネ?」
「ああ、珍しいだろ? まだいてくれるとは思わなかったぜ」
「もしかして戻ってきたの?」
「誰かにこの情報を共有したかったんだ」
ぷっ、キツネのために一生懸命すぎるっ。
「流石にどこかにいくみたいだな、またな狐よ」
「ここからなら鳩羽ちゃんのお家の方が近かったと思うけど」
「二人きりで話したりもするけど家となると話は別だ」
いきづらい気持ちも分からなくはないけど学校にいっても誰もいなかった場合にはただ疲れるだけになってしまう。
無駄になる可能性が高くてもそうしたいということならもうなにも言えない。
「遠井はヒーローだ」
「だったらハンカチを見つけてくれた澤村君だよ」
「なら俺と遠井がヒーローだ」
「はははっ、それなら安心だよ」
誰かのために役に立てるのは嬉しい。
知っている人のためだったから尚更ことだった。




