01
待っているように言われて待っていたのはいいけど……。
「流石に遅すぎる……」
夏なのにもう暗くなりつつあった。
私ははそこまで暗い時間が好きじゃないからもう約束を破って帰ってしまおうか。
「そうやってできればいいのに……」
残念ながらそんなこともできない勇気が出ない人間だった。
「お待たせー」
「あ、遅いよっ」
「ははは、ごめんよー」
鶴原鳩羽ちゃん。
彼女とは中学三年生のお勉強で忙しい時期に出会って高校一年生五月現在まで一緒にいられている。
髪は長いような短いような絶妙な感じの長さで、綺麗にしてあるからいつも触りたくなる感じだった。
「もう暗いね、早く帰ろう」
「うん」
彼女のお家は高校から十分ぐらい歩いたところにある。
思わず「いいな」と漏らしてしまいそうな現代的で素敵なお家だ。
芝生のお庭があって二人で寝転んだときは気持ちよかったな。
「うぅ、これでお別れだね……」
「また明日ね」
「ばいばい……気を付けるんだよー」
私のお家はその十分に十分が加わったぐらいの遠さだった。
こっち方向に帰る子はいてもみんなとお友達というわけじゃないし、あの子とも割とすぐに別れることになってしまうから寂しかった。
歩き続ければ必ずお家に着くということはいいことだけど。
「ただいま」
猫や犬なんかはいない両親と僕だけの三人暮らし。
別に狭いわけじゃないけどどうしてもあの子のお家を見ると「ここに〇〇があったらなあ」と考えてしまう。
でも、ちゃんと雨風凌げてゆっくり安心して過ごせるのならそれだけでいいよねといつも片付けるまでがワンセット。
「できた」
そのままご飯を作ってしまうのも組み込まれている。
両親が帰ってくるまでは課題が出ている日なら課題を、そうじゃない日はソファに寝転んで天井を見つめる毎日だった。
「どんどんどん、開けなさい」
「あれっ」
もうこの状態で誰かは見えていたし、声も同じだから怯える必要はなかったけど扉を開けてからも「なんで?」という気持ちが強かった。
だって先程別れたばかりだ、あとは幼馴染同士というわけじゃないから距離があるというのも影響している。
それに用があるのなら別れない方がいい、私が自室なんかにいたら反応してもらえずに終わっていたから。
それでもスマホを使用すればいいだろとツッコまれてしまうかもしれないものの、彼女は本当にたまにしか使用しない不思議な子だった。
「ど、どうしたの?」
「待たせておきながらすぐに解散は流石に自分勝手だと思ったのさ」
「そ、そっか、別に気にならなかったけどね」
ちなみに彼女が離れていた理由は彼氏さんと会うためだ。
彼氏さんは部活をやっているため毎日一緒に帰ることは難しい、だから部活の前の少しの時間を貰っている形になる。
きょ、今日のは明らかにそれ以上のなにかがあった……みたいな長さだったけど。
「お、ご飯はもう作ったんだ」
「うん、帰ったらすぐに作るようにしているんだ。でも、夏になったら気を付けないといけないけどね」
「……少し食べてもいい?」
「いいよ? 私の分からわけてあげるね」
食べることが好きでこんなことが前にもあったし、食べてもらえるのは嬉しいから全く嫌じゃなかった。
彼女は別に両親を待つ必要はないから先に食べてもらうことにする。
「相変わらず美味しい」
「えへへ、ありがとう」
彼女といるときは安心していられる。
私も少しぐらいは一緒にいる人にそう思ってもらえるような人間であってほしかった。
「ねえつぐみ」
「うん?」
遠井つぐみが私の名前だ。
「彼氏君が最高すぎてやばい」
「そ、そう」
「つぐみも作った方がいいって!」
そう言われてもね……。
意識するだけでそういう存在が現れるなんて簡単な話じゃない。
「んーつぐみなら年上の彼氏ができるといいかな」
「年上かー」
「あれ、駄目な感じ? だったらしっかりとした年下というのもいいね」
「しっかりしすぎている後輩の子を前にしたらいちいち引っかかっちゃいそう」
「なら同級生っ、これしかない!」
あ、うん、同級生の子の方が話しやすいよね。
問題は私のことをそういう目で見てくれる稀有な男の子がいるかどうかだ。
当然のように年齢=となってしまっているから自然とマイナス方向に考えてしまう。
「まずはクラスメイトの子からかなあ、よく見てみるよ」
「いや鳩羽ちゃんは彼氏さんに集中してくれればそれでいい――」
「ここで変えておかないとずっとこのままだよ?」
んーだけどそういう存在がいなくたってこうして問題なく生きてこられているわけで、全く興味がないと言えば嘘になるけど本気で動いている人ぐらいに求めているわけじゃないのだ。
その程度の気持ちで動かれても周りの男の子も迷惑だろう。
「彼氏さんと過ごした後にでも鳩羽ちゃんが相手をしてくれれば十分だよ」
「もったいない!」
こ、困ったなあ。
結局このまま「でも」と「変えた方がいい」が繰り返されて前に進まなかった。
それでも険悪な雰囲気になることはなかったからただただ困るだけだった。
「湊志君ちょっといい?」
「どうした?」
「ちょっとこの子のことで話があってね」
えぇ、「よく見てみるよ」とはなんだったのか。
いきなり勝負を仕掛けるなんて彼女は勝負師かな? なんて考えている場合じゃない。
切り出してしまう前に止めないとっ。
「は、鳩羽ちゃん!」
大体いきなりこんなことを言われても澤村君も困ってしまうだろう。
彼女に困らせられるのは私だけでいい。
「大丈夫大丈夫」
「遠井がどうしたんだ? 本人は至って元気そうだけど」
「この子の相手をして――」
「わーわー!」
お友達のために協力したい気持ちがあって実際に行動できるところは格好いいとしか言いようがないけどこれは違う。
私一人にだけ影響することじゃないんだ、だったらそのまま受け入れていてはいけない。
「あーもううるさいつぐみ!」
「はは、鶴原は保護者みたいな存在なのか? えっと、遠井の相手をすればいいんだよな?」
「うん、彼――彼氏としてね」
あぁ……私が止める前に口を押さえられて駄目だった。
「か、彼氏? それはまた飛ばすな……」
「つぐみをどうですか?」
「遠井かあ」
……いますぐにでも遠いところにいきたいところだ。
「遠井は小さすぎるかな」
え、身長なら百五十三センチぐらいあるけど――あ、え、もしかして胸の話!?
な、なんて子だ、仮にそういう風に自分の理想とする大きさを求めているとしてもそのまま言うなんて……。
「あれま、大きい人が好きなんだ?」
「いや普通サイズでいい」
「ま、人によって普通って異なるもんねー」
お、恐ろしい、私には理解できない世界の話だ。
澤村君が悪いわけじゃないけど離れることができたら落ち着けた。
「男の子ならいっぱいいるけど……湊志君以外はあんまり知らないからなあ」
「ここまででいいよ」
「うーん、そうだね」
ほっ。
私は二年生を終えるまで自分の机と椅子を愛しておけばいい。
彼女がこうして来てくれたら相手をさせてもらって、それ以外の時間はぼうっとしておくぐらいがいいんだ。
「つぐみって私の彼氏君と話したことがあったよね?」
「うん、優しい人だったから普通に話せたよ」
「ちょっと彼氏君に協力してもらおうかな」
自分のことに集中してくれればいいのに。
まあでも? そういうときじゃないと彼氏さんと仲良くできて嬉しそうにしている彼女を見られないからその点は悪くなかった。
「おーい」
「あ、鳩羽――と遠井さんか、こんにちは」
「こんにちは」
分かりやすく邪魔でしかないのに毎回柔らかく対応してくれる彼氏さん――四関太一先輩。
「今日はどうしたの?」
「太一君の友達を紹介してほしくてね」
「遠井さんのためにか」
「当たり前でしょ? 私には太一君がいてくれればいいよ」
そういえばなんで澤村君は彼女のことを名前で呼んでいないのか、彼女だけが名前で呼んでるいるのは……?
「僕と話せているぐらいだから年上でも大丈夫かな?」
「私としては鳩羽ちゃんには加藤先輩と仲良くするためだけに一緒にいてほしいです」
ここははっきりしておかないといけない。
一応確認をしてみると「うわあ」みたいな顔はしていなかったけどこっちのことをじっと見てきていた。
彼氏さんの前だからこその反応ということなら四関先輩に感謝するしかない。
「あ、じゃあ遠井さんが頼んだわけじゃなかったんだ」
「はい。でも、優しいことが今回は裏目に出てしまった感じですね」
「はは、鳩羽は困っている人を見つけたら放っておけないからね」
なんにでも甘えて「じゃあ……」と乗っかればいいわけじゃない。
「あの、ありがとうございました」
「分かった」
ここで「でも」とか「だって」とか重ねてくる人じゃなくてよかった。
だってあのまま一緒にいると二人が仲良くしているところを見られないからもったいない。
とはいえ離れたところからじっと見ておくわけにもいかないからやっぱり自分の定位置に戻ることにする。
「おかえり」
「澤村君はなんで鳩羽ちゃんのことを名前で呼んでいないの? ――あ、ほら、鳩羽ちゃんは澤村君のことを名前で呼んでいるからさ」
「それは俺が鶴原に振られたからだな」
「え゛」
中学三年生のときにはもう四関先輩とお付き合いをしていたからそんなことがあったなんてと驚いていた。
あとそれを普通に教えてくれることも、彼はなるべくちゃんと考えていることや思っていることを口にすることにしているのかもしれない。
「はは、遠井が鶴原と一緒に過ごし始めたのは三年だろ? 振られたのはもっと前のことだから分からなくても仕方がないな」
「ちょっと」
「お、戻ってきたのか。四関先輩ももっと一緒にいればいいのにな」
「なに平気な顔をして嘘をついているの、振られたのは私の方でしょ」
「遠井、嘘だから信じないようにな」
ど、どっちが本当なのか分からなくてしまった。
なので困ったときには愛想笑いということでそれで誤魔化しておいた。
「遠井さんちょっと待ってっ」
「あれ、四関先輩?」
今日も平日で普通に部活動があるはずなのに出てきてしまってよかったのだろうか?
「明日ってなにか予定が入っていたりする? なにもないなら男の子の友達を紹介しようと思うんだけど――あっ、そのときはちゃんと鳩羽も連れてくるから安心して!」
まあそうだよなあ、彼女が彼女なら彼氏さんも彼氏さんというやつだ。
多分四関先輩的には鳩羽ちゃん以外にもお友達がいた方がいいみたいな考えから動いてくれていると思う。
「ふふ、四関先輩は鳩羽ちゃんといたいんですよね」
「そ、それもあるけど一番は遠井さんに安心してもらいたいからだよ」
「でも、部活はないんですか?」
「ああうん、明日は休みなんだ」
せっかくお休みなら二人きりでゆっくり過ごせばいいのにとは表に出さずに「分かりました、それなら明日のお昼に鳩羽ちゃんのお家にいきますね」と答えておいた。
「あんまり早くに集まってすぐに解散になっても寂しいから遠井さんが言うようにお昼からの方がいいね、よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ごめんなさい四関先輩のお友達さん。
ただだよ? 今度こそ幸せそうな鳩羽ちゃんというやつが見られそうだからワクワクしていた。
「遠井ー」
「明日大丈夫なら澤村君も来てよ」
「お? また鶴原と出かけるのか?」
「ううん、四関先輩がお友達の男の子を紹介してくれるみたいなんだけどある程度の時間で別行動をしようと考えているんだ。でも、そのままお家に帰ると寂しいから付き合ってもらいたいかな」
これは全て自分のため、彼のことを考えて提案しているわけじゃないから微妙だ。
でも、お友達としては別というやつでいまでも一緒にいたいだろうから全くの無駄な行為というわけじゃないはずだった。
「遠井って別に男子が苦手ってわけじゃないんだな」
「うーん、澤村君とは中学生の頃から話したことがあるからだと思う」
「別にいいけどその場合は遠井の方から鶴原に言っておいてくれ」
「うん、鳩羽ちゃんのお家で集合することになっているからよろしくね」
スマホを使用したくない子だってこっちからメッセージを送ればちゃんと反応してくれる、約五分ぐらいで反応してくれる。
「おう――ま、それは明日のこととして、今日は一緒に帰ろうぜ」
「う、うん?」
「まあまあ、別になにか悪いことを企んでいるわけじゃないからそう警戒しないでくれ」
そうじゃなくて一緒の方向だったんだ……。
ということは鳩羽ちゃんと遭遇しないようにわざと帰る時間を調節したりとか、はないか。
会話をするのは当然だけど今日だけじゃなくて普段からのことだから。
「四関先輩が鶴原の彼氏になってくれてよかったよ」
「澤村君は大人だね」
「どうでもよくなっていまみたいなことを言っているわけじゃないけどそうとは思えないな」
「そういうところも鳩羽ちゃんと似ているよ、四関先輩にも似ているかも」
「結構長く一緒にいたからなーはは、移ったのかもな」
彼には悪いものの、私的にも四関先輩がいてくれて助かった。
そうじゃなければ本人にその気がないのに「頑張った方がいいよ!」とか「もったいないよ!」みたいにぶつけて困らせていたはずだ。
そのまま真顔で「お前が頑張れよ……」と冷たい声音で言われた日には……。
「四関先輩の友達とやらが相性のいい男子だといいな」
「私としては四関先輩と一緒にいる幸せそうな鳩羽ちゃんを見られればそれで十分なんだけどね」
「あ、それを少し離れたところから見たくて俺を誘ったんだろ」
「ふふ、分かった?」
「うわ……遠井も鶴原に似ているよ」
あの子はあんまりからかってきたりはしないけどどこか少しだけでも似ているところがあるなら嬉しい。
ただまだ「うわあ」という顔をしている彼の顔を見ていたら不安になってきたから別のところを見ておいた。




