第7話 悪役令嬢の劇場、という噂
切符を売り始めた日、二枚売れた。
公爵が、自分と執事の分を買ってくれた二枚だ。
入場料は一人につき銀貨二枚。
エダさんは受け取った四枚を、机の上で綺麗に並べた。
私は夜になるまで、その四枚を見ないようにした。
見ると、もう一度数えてしまう。
八十席。
初演は、一日に一回、三日間。
全員が来てくれれば売上は金貨四十八枚になるが、全員が来なければ、その数は紙の上にしか存在しない。
翌日、町の仕立屋へチラシを持っていった。
「星灯座を、再開します。お店に、これを置かせていただけないでしょうか」
店主はチラシを見て、私の顔を見た。
「ああ。ライズ家のご子息に、婚約を解消された」
初めて会う人だった。
名前より先に、知っていた。
「恋人の娘さんへ、舞台に上がるなと言ったそうですね」
「幕が破れていて、吊り物も危険でした。修理するまで待ってほしいと伝えました」
「でも、評判というものがありますから」
チラシは、受け取ってもらえなかった。
次の菓子店では、置いてくれた。
ただ、店を出たあとで、客同士の会話が聞こえた。
「あの令嬢、悪役みたいな人だって。歌姫に嫉妬して、芝居を壊そうとしたとか」
歩きながら、指先が冷えていく。
あの日の公演会は、伯爵家の広間で開かれるはずだった。
私は段取りを頼まれ、天井の幕が危険だと伝えた。
セドリック様は中止の理由を自分の管理のせいにはせず、私がロゼッタ様を妬んだと話したらしい。
事実を知っている人は、あの広間にいた数人だけ。
噂を聞いた人のほうが、ずっと多い。
劇場へ戻ると、ミナさんが私の手から残りのチラシを受け取った。
「何か、ありました?」
「置いていただける場所が、少なくて」
嘘ではない。
全部でもない。
ガロさんが、金槌を置いた。
「監督。評判が悪いなら、先に教えてくれ。俺たちも尋ねられる」
隠すことは、彼らを守ることにはならなかった。
私は今日聞いたことと、伯爵家の広間で起きたことを話した。
ハルさんが、椅子へ逆向きに座った。
「じゃあ、見せよう」
「何をですか?」
「悪役令嬢が作った芝居を。噂の説明に三十分使うより、芝居を三分やったほうが、俺は上手い」
舞台の外で、芝居を見せる。
私が前世でも何度かやった、小さな宣伝だった。
ただし、王都の広場で勝手に始めることはできない。
私は翌朝、市場を管理する組合へ相談に行った。
店の前を塞がず、剣も火も使わず、昼の鐘のあとに五分。
常連の芸人との順番も、ハルさんが話し合ってくれた。
公爵が来たのは、その支度をしている晩だった。
「ライズ家へ、私から話をすることもできる」
彼は噂のことを、どこかで聞いたらしい。
私はチラシの束を整えながら考えた。
「公の場で事実を否定する必要が出たら、証人を探すのを手伝ってください。でも、まずは芝居を見てもらいたいんです」
自分でも、強がっている部分はあった。
それでも、切符を買う人に欲しいのは、伯爵家への怒りだけではない。
公爵は、私の顔をしばらく見た。
「明日は、雨らしい」
「でしたら、屋根のある市場の回廊へ移します。許可をいただきました」
「わかった」
彼は、束から一枚のチラシを取った。
「私の屋敷にも、置こう」
私はそれを持つ彼の手を見た。
公爵の家紋が入った指輪が、紙の端で光っている。
その手が、私の代わりに全てを決めるのではなく、私の作った紙を持ってくれる。
「ありがとうございます」
今度は、冷えた指でもきちんと、チラシを渡せた。




