第3話 主役を、募集しています
求人の黒板を出して二日目、王子が十七人来た。
正確には、王子役を希望する男が十七人。
そのうち三人は剣を持ち、一人は白馬を連れていた。
「馬は客席へ入れられません」
「王子は白馬に乗るものでは?」
「今回の王子は、靴を直しに来ます」
白馬の人は、たいへん納得のいかない顔をして帰っていった。
馬は賢そうだったので、少し惜しい。
問題は、靴屋の女性の役だった。
顔が美しい人はいる。声が大きい人もいる。
けれど相手が喋っているときに、その言葉を聞いている人が少なかった。
「次の台詞を、待たないでください」
私は舞台の脇から言った。
「王子が、靴が痛いと訴えています。あなたなら最初に何をしますか?」
「台本には、親切な笑顔で迎えると」
「足を見ると思いませんか」
娘さんは足を見た。
それから、客席へ笑顔を向けた。
王子の足は、見られたまま放っておかれた。
オーディションを終えるころには、私の靴のほうが痛くなっていた。
最後に来た娘は、扉の外で台本を読んでいた。
赤茶色の髪を後ろで結び、袖には縫い直した跡がある。
「ミナです。二十二歳。白鳥座では、村人と侍女をしていました」
「どうして、こちらへ?」
「村人の台詞が二行、侍女の台詞が一行で。その一行が去年から、ずっと『かしこまりました』なんです」
正直な返事に、隣のエダさんが咳払いで笑いを隠した。
王子役の相手は、ハルという青年に頼んだ。
二十四歳。広場で喜劇をしていたが、舞台へ上がった途端、王子らしく胸を張っていた。
「足の先が痛む。もう歩けない」
ミナさんは、すぐには笑わなかった。
膝をつき、ハルさんの靴を見て、眉をひそめる。
「これ、あなたの足に合っていませんね」
台詞のあとに、間ができた。
書いていない動作だった。
靴紐へ伸ばした指が、一度止まる。
「触っても、いい?」
ハルさんの肩が下がった。
王子が、知らない娘の前で初めて息をつく。
私は、鉛筆を置いた。
見たかったのは、それだった。
二人を採用し、最初の一か月の稽古と公演の条件を説明した。
売上がどうなるかはわからない。それでも、契約した給料は先に確保してある。
公演を続けられるかどうかは、初演のあとに話し合う。
「令嬢様が、台本も書くんですか」
ミナさんが尋ねた。
「はい。役者がやってみて、違うと思ったところは教えてください」
「変えていいんですか?」
「良くなるなら。今の『触っても、いい?』は、いただきたいです」
彼女は、笑った。
採用を告げたときより、ずっと嬉しそうな笑顔だった。
夕方には、もう一人の応募者が来た。
十九歳のトビ君。灯石店で見習いをしていたが、客の注文した光の色を勝手に変えて叱られたという。
「赤い鳥より、夕焼けのほうがきれいだったんです」
「お客さんは赤い鳥を頼んだんですよね」
「はい……」
叱られる理由が明瞭である。
けれど見せてもらった灯石の光は、たしかにきれいだった。
古い椅子の背へ、薄い橙色が広がる。
「舞台では、決めた合図で決めたことをしてください。そのかわり、決める前に意見を聞きます」
トビ君は、二度頷いた。
その日の最後に、全員で舞台を掃除した。
ガロさんが新しい床板を運び、エダさんが古い星飾りを布で拭く。
ミナさんとハルさんは、箒を持ったまま台詞を交わしていた。
「一つ、お願いがあります」
私が言うと、五人がこちらを向いた。
「稽古場では、リディアか、監督と呼んでください。お嬢様だと、注文が言いにくいでしょう」
ガロさんが、顎を撫でた。
「じゃあ監督。注文だ。床を拭く前に、釘を拾ってくれ」
「はい」
返事をして、私はしゃがんだ。
拾った釘を、缶へ落とす。
からん、と音がした。
もう、お客様ではなかった。
この劇場で働く一人になれた。




