第21話 舞台の外で、あなたに伝えたい
ルーカス様が領地から戻るまでに、手紙は三通来た。
一通目には、無事に着いたこと。
二通目には、坑道の灯石を替えたことと、夕焼けが星灯座の光に似ていたこと。
三通目には、帰る日が書かれていた。
短い手紙だった。
それでも、仕事の報告の隙間に、私へ伝えたかったことが一つずつある。
私は返事に、ミナさんが稽古へ戻ったことを書いた。
ロゼッタさんの歌に、新しい節ができたこと。
ガロさんが棚を増やしすぎて、エダさんが喜んでいること。
それから、会いたい、と書いた。
一通目では書けず、二通目で書いて、三通目には、また書いた。
彼が王都へ戻った晩、私は劇場の扉を閉めてから、橋へ行った。
日曜日ではない。
約束するために、曜日の名前を借りる必要はなくなっていた。
彼は橋のたもとにいた。
旅の埃が、靴の端に残っている。
「お帰りなさい」
「ただいま」
その返事を聞いたら、用意していた順番を忘れた。
劇場の話から始め、祭りの夜のお礼を言い、そのあと、自分の気持ちを伝えるつもりだった。
でも、先に言いたくなった。
「あなたが、好きです」
ルーカス様は、瞬きをした。
「一緒に仕事をするだけでは、足りなくなりました。劇場を閉めたあと、あなたと話したいんです。何も上手くいかなかった日も、上手くいった日も」
指先が冷たい。
私は手袋を片方だけ外した。
「前の人生では、こういう時間を、あとでいいと思っていました。今は、あとにしたくありません」
彼が、私の手を取った。
「私も、あなたが好きだ」
短くて、はっきりした返事だった。
「あなたが舞台を見る顔を、好きになった。けれど今は、舞台のないところで笑う顔も、見たい」
胸の中へ、温かいものが広がった。
笑おうとして、目のほうが先に熱くなる。
「私と、結婚を考えてもらえるだろうか」
彼は、私の手を両手で包んだ。
「すぐに答えなくていい。ただ、仕事が終わったときに、あなたが帰りたいと思う場所に、私もいたい」
私は彼の顔を見た。
公爵の暮らしは、今の私の暮らしと違う。
領地の仕事も、王都の用事も、家族のこともある。
好きと言っただけで、全部が同じ時間に収まるわけではない。
それでも、一緒に考えたい相手だった。
「はい」
私は答えた。
「あなたと、暮らしたいです。劇場の仕事も続けます。忙しい季節のことも、帰る時刻のことも、相談して決めたいです」
「そうしよう」
「困ったときに、どちらかが黙って遠くへ行くのは、やめましょう」
彼が、少し困った顔で笑った。
「約束する」
私は彼へ、一歩近づいた。
彼はすぐには抱き寄せず、私が頷くのを待った。
橋の下で、水が石に当たる。
唇が触れたとき、その音だけが聞こえた。
長い時間ではなかった。
離れたあとで、もう一度顔を見たくなるくらいの、静かな口づけだった。
翌朝、父へ手紙を書いた。
今回は、ほとんど書き直さなかった。
父は数日後に王都へ来た。
ルーカス様に会い、劇場を見て、客席の椅子を一つずつ確かめた。
「畑が、育ったね」
そう言われて、私は笑った。
父はルーカス様へ、娘は頑固ですと伝えた。
彼は、知っています、と答えた。
二人の会話がそこで終わらず、収穫の時期と灯石の仕入れへ続いていったことに、私はほっとした。
婚礼は翌年の春にすることにした。
冬の公演を終え、劇場の予定を組み直してから。
挨拶に伺う家も、領地へ行く日も、少しずつ決めていく。
その晩、エダさんへ婚約のことを伝えると、彼女は台本の最後を開いた。
「お城へ行かなくても、よかったですね」
「家には行きますよ」
「ええ。こちらへも、帰っていらっしゃる」
私は頷いた。
劇場の鍵を、いつもの鞄へ入れる。
扉を閉めた向こうで、ルーカス様が待っていた。
私は彼の隣へ行き、一緒に、夜の道を歩き出した。




