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22/22

第22話 星灯座は、本日も開いております

初公演から一年後、星灯座の椅子は、やはり八十脚だった。


三百脚には増えなかった。

そもそも、置く場所がない。

そのかわり、軋む椅子は直し、背もたれの布を張り替え、雨の日に濡れる入口へ小さな庇をつけた。


客席から見えない変化もあった。

袖に予備の衣装があり、灯石の合図は二人で確かめられる。

台本の棚には、稽古用と公演用を分けて置いている。


ガロさんは、若い大工を連れて来るようになった。

トビ君は灯石係になり、今では借用品の見積もりを自分で取りに行く。

大きな映像を使いたい日には白鳥座の技師へ相談し、予算が合わなければ別の方法を考える。


ミナさんは主役と脇役を行き来している。

新しい女優が来ると、最初に最後列へ座らせ、自分の声を聞かせた。

そのやり方を見たとき、私は笑ってしまった。


ハルさんは、靴以外のものも上手に落とすようになった。

ただし、落とす場所は毎回、稽古で決める。

次の喜劇には、演劇祭で代役を務めてくれた男優も出る予定だ。


ロゼッタさんは、伯爵家との婚約を正式に解消した。

他の劇場でも歌い、ときどき星灯座へ戻ってくる。

先日届いた手紙には、自分の歌だけの公演を考えているとあった。


セドリック様は父親の命で地方の家の仕事を手伝っているらしい。

買戻しの申し入れは、あの一度で終わった。

噂を完全に消すことはできなかったが、劇場の前で私を呼ぶ人は、今ではリディアさんと呼んだ。


私は今年の春、ルーカス様と結婚した。

二十六歳。彼は二十九歳になった。


公爵家の用事で、劇場を空ける日もある。

その日は、仕事を頼む人と、返事が必要なことを先に決めて出かける。

自分が立ち会う通し稽古は、予定表へ早く書く。


毎日同じようには暮らせない。

だから、予定を確かめる時間を、二人で持つようになった。


家の食卓には、彼の書類と、私の台本が置かれる。

夜食をこぼしそうになると、お互いに自分の紙を先に救う。

それから笑い、相手の紙も拾う。


今日の演目は、『靴屋と星の王子』だった。

再開一周年の、三日間の公演。

靴屋はミナさん。歌はロゼッタさん。

初めての役を演じた二人が、今度は同じ晩に立つ。


入口には、朝から満員御礼の札を出した。

市場の老婦人が、いちばん早く来た。


「今日は、孫を連れてきたよ」


少年が半券を受け取り、母親の袖を引く。

靴の芝居だって、と小さな声で言った。


仕立屋の主人は、妻と並んで入った。

父も、領地から来てくれた。

壁の賞状を見たあとで、裏口の戸がちゃんと開くか確かめている。


ルーカス様は、開演前に袖へ顔を出した。


「今夜は、客席で見る」

「はい。終わったら、こちらへ」

「帰る前に、食事をしよう。席を取った」


私は、彼の上着へ青い糸がついていないか見た。

今日は、ついていない。


「芝居を待つのと、同じ顔をしていますね」


彼が言った。


「今夜の食事を、楽しみにしているんです」

「私も」


短い返事が、もう、短く感じなかった。

彼が何を言わずに含めているか、少しずつ知るようになったから。


私は彼の手へ触れ、客席へ送り出した。


五分前。

エダさんが最後のお客様を席へ案内する。

トビ君が灯石の明るさを確かめる。

ガロさんが舞台の裏を歩き、誰の邪魔にもならない場所へ道具を置いた。


ミナさんは、机の上の靴を撫でた。

ハルさんは隣で、王子の背筋を作る。

奥ではロゼッタさんが、声を出さずに、歌の始まりを確かめていた。


私は台本を開いた。

最初の頁には、書き直した跡がいくつもある。

どこを変えたか、誰がその言葉を見つけたか、覚えていた。


この劇場を受け取った日、私はまた舞台の仕事ができるかもしれないと思った。


今は、できる。

この人たちと、ここで。


客席の灯りが、静かに落ちる。

最後列から、誰かが息を整える音がした。


私は右手を上げた。


「開演」


今日も、客には聞こえない声で言う。


幕が開いた。

私たちの靴屋に、王子が歩いて来た。


完

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