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19/22

第19話 その終幕を、他人には決めさせません

セドリック様が、通路で立ち上がっていた。


「素晴らしい歌だった。君の実力は、もう皆わかっただろう」


舞台では、ハルさんが片膝をついている。

その向かいで、ロゼッタさんが机へ手を置いたまま動かない。


ここで返事をすれば、芝居が壊れる。

返事をしなければ、彼女の婚約者がもっと声を上げるかもしれない。


その迷いを、役者に背負わせるわけにはいかなかった。


私はトビ君へ、客席を明るくする合図を出した。

舞台の二人には、止まったままで待ってもらう。


客は隣の人の顔が見え、少しずつざわめきを止めた。

私は袖から出て、舞台の端へ立つ。


「公演中です。出演者へのお声がけは、お控えください」


セドリック様は、私を見た。


「君に言っているんじゃない。彼女は私の婚約者だ」

「出演者は、今、仕事をしています。ご用件は終演後に伺います」


彼は、腕を組んだ。


「この結末を見せたくて、彼女を呼んだんだろう。君が私に断られた恨みを、芝居にして」


客席で、息を吸う音がした。

私は彼の言葉を、一度、飲み込んだ。


私が婚約を解消されたこと。

悪役令嬢と呼ばれていること。

ここで詳しく説明すれば、彼と私の話になる。

それを聞くために買われた切符ではなかった。


「この物語は、私たちの関係を描いたものではありません。舞台を続けます。お座りいただけない場合は、ご退場をお願いします」


ルーカス様が、客席の後ろから通路へ出た。

係として手伝っていたガロさんも、入口の前へ立つ。


「公爵閣下まで、口を出されるのですか」


セドリック様が、声を落とした。


ルーカス様は彼を見た。


「監督の言葉を、聞いてほしい」


それだけだった。

私の代わりに判決を下すことも、身分を読み上げることも、しなかった。


審査席の王太后様が、エダさんへ静かにお尋ねになった。


「再開には、どのくらいかかりますか」


エダさんは、私を見た。

私は、舞台の二人を見る。


ハルさんが、ごく小さく頷く。

ロゼッタさんは、机から手を離した。

こちらを見て、一度、息を吐く。


「すぐに、続けられます」


私は答えた。


セドリック様は、座らなかった。

ガロさんが開けた扉から、自分の足で出ていった。

今度は追いかける人が、いなかった。


客席の灯りを落とす。

私は袖へ戻り、トビ君へ手を上げた。


ハルさんは、片膝をついたまま舞台の空気を取り戻した。


「お城に、来てくれないだろうか」


もう一度、言う。

客が、今度こそ返事を待つ。


ロゼッタさんは、机を見た。

そこには、彼女自身が稽古で使ってきた道具が並んでいる。

靴紐。布。小さな木槌。


「明日の朝も、この店を開けたいの」


声は、震えなかった。


王子は、顔を上げた。

彼女が残ることを、拒絶だと受け取らない。


「では、次の日曜、橋のたもとで待っています」


舞台の二人が、笑った。

トビ君が最後の星を点ける。


私は、終わりの合図を出した。

光が静かに消えた。


拍手が起きるまで、少し間があった。

物語を離れたくないときの、沈黙だった。


そして、八十人の手が鳴った。


袖へ戻ったロゼッタさんは、靴を脱ぐ前にしゃがみ込んだ。

ミナさんが隣へ来て、背中に手を置く。


「怖かった」


小さな声を、私たちは聞いた。


「でも、最後まで、言えました」


私は頷いた。

彼女の役も、私の劇場も、途中で終わらせなかった。


ルーカス様が、私の横へ立った。

彼の手が、袖の暗がりで私の手を握る。


私は、初めてその日、深く息を吐いた。


舞台の上ではまだ、星が一つだけ光っていた。

消すべき最後の灯石を、トビ君が忘れている。


私は彼へ指を一本立てた。

彼が慌てて光を落とす。


その小さな失敗を、やっと、笑えた。

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