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17/22

第17話 主役を、休ませます

演劇祭の公演前日、ミナさんの声が出なくなった。


最初は朝の挨拶が掠れただけだった。

けれど一場を読もうとして、彼女は台本から顔を上げた。

口は動くのに、いつもの声がついてこない。


私は稽古を止め、近くの医師を呼んだ。

診察を終えた医師は、少なくとも明日の舞台では、声を使わないようにと言った。

そのあとの復帰も、改めて診てから決める。


ミナさんは、頷かなかった。


「小さい声でなら」


短い言葉の最後が、消えた。


「今の声を客席へ届けようとすれば、さらに無理をします」


医師が、静かに言う。

ミナさんは台本を膝へ置いた。


祭りの審査員には、王太后様と、二人の演劇家が来る。

それは彼女が三年間、『かしこまりました』しか言えなかった場所から、やっと届く舞台だった。


私は隣へ座った。


「明日は、休んでもらいます」


彼女が、こちらを見た。

その目を見たまま、私は続けた。


「ロゼッタさんに、代役をお願いしましょう」


ロゼッタさんは、衣装の脇で立っていた。

歌の稽古のあと、靴屋の役も続けて練習してきた。

昨日は、一度も止めずに最後まで通せた。


そのために用意した人だ。

それでも、代わってもらうと口にするのは、こんなに難しい。


ミナさんが、紙と鉛筆を求めた。


『次も、この役は私ですか』


私は、その文字を読んだ。


役を失うのが怖い。

一度譲ったら、次はないかもしれない。


「回復して、声を使えるようになったら、またルチアを演じてください」


私ははっきり答えた。


「休むことを理由に、契約を切りません。今は、その約束をします」


ロゼッタさんも、ミナさんの前へしゃがんだ。


「あなたの靴を、借りてもいいですか」


ミナさんは、しばらく彼女を見た。

それから小道具の靴へ手を伸ばし、渡した。


鉛筆が動く。


『最後の場面、王子を見る前に、店の机を見て。帰る場所だから』


ロゼッタさんは、その紙を両手で持った。


午後から、役者を替えた通し稽古をした。

ハルさんは、相手へ寄る位置を少し変えた。

ミナさんとロゼッタさんでは背丈が違う。顔が光の中へ入る位置も、同じではなかった。


トビ君が、灯石の角度を直す。

私は台本へ、二つだけ新しい合図を書き込んだ。

歌は、舞台の奥からロゼッタさんが歌う。歌ってから着替える時間は、暗転を少し長くして作った。


休んでいるミナさんのところへは、エダさんがついていてくれた。

彼女に、代役の稽古を見張る役まで頼まなかった。


夕方、事務局へ配役の変更を届け、売場にも告知を貼った。

ミナさんの出演を楽しみに切符を買った人には、返金を受け付ける。


三人が、返金を希望した。

私は銀貨を返し、またの公演に来ていただけたらと頭を下げた。

一人は気まずそうに、また来るよ、と言ってくれた。


それから当日券が、三枚売れた。

戻った席が、また埋まる。


「監督、怖くないですか」


ロゼッタさんが、帰る前に尋ねた。

台本を抱えた腕が、強くなっている。


「怖いです」


私は答えた。


「でも、できる支度はしました。明日、失敗が起きたら、その場で一つずつ考えます。あなた一人には任せません」


彼女は目を閉じ、息を吐いた。


夜、ルーカス様から手紙が来た。


『明日は開場前に行く。運ぶものがあれば、置いておいてほしい』


短い手紙だった。

あの丘での約束どおりに。


私は返事を書き、予定表の最後へ線を引いた。

今日も、灯りを消して帰った。

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