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16/22

第16話 前の人生の話を、少しだけ

日曜日、私たちは城壁の外まで歩いた。


丘の上から見る王都は、屋根の色が一つずつ違う。

劇場を探そうとしても、小さすぎて見つからなかった。


「あの屋根では」


ルーカス様が遠くを指す。

私は目を細めた。


「違います。うちの屋根は、ついこの前、直したばかりなので」

「全部、直した屋根に見える」


確かに、そのとおりだった。

私は笑い、丘の石垣へ腰を下ろした。


朝、父へ手紙を書いた。

劇場が続けられていること。演劇祭へ出ること。

親しくしている人がいること。


最後の一文だけ、何度も書き直した。

名前を入れたら、父が爵位を見て心配するだろう。

入れなければ、もっと心配するだろう。


結局、名前も書いた。

私に起きたことを、父に知っていてほしかった。


「ルーカス様には、話していないことがあります」


彼が、私の隣へ座った。


「劇場のことか」

「はい。でも、今の劇場だけではありません」


私は、自分の手を見た。

小道具の靴を塗った跡は、もうない。

それでも爪の端には、こちらで働いた時間が残っている気がする。


「別の人生の、記憶があるんです」


言葉にすると、風が冷たく感じた。


「この国でも、隣の国でもない場所です。魔法はなくて、代わりに、別の仕組みで灯りを作ります。私はそこで、劇場の仕事をしていました」


ルーカス様は、途中で遮らなかった。


私は八歳で思い出したことと、前の人生では三十二歳だったことを話した。

事故の細かいことは言わなかった。

最後の記憶は、今も、一枚の絵のように途切れている。


「なので、初めてなのに、舞台の仕事を知っていました。ただ、こちらの灯石はわかりませんでした。経営も、わからないことばかりで」


話し終えると、彼は少し考えた。


「それで、立入禁止と言えたのか」

「あの横木のことを、聞いたんですか」

「エダから。あなたが鍵を受け取った日のことを」


彼は、私の手へ視線を落とした。


「覚えていることが、あなたを助けたのだな」

「……そう思います」


それだけで済む返事が、嬉しかった。

証明を求められるのでも、あらゆる知識を引き出されるのでもない。


「前の人生では、仕事が終わると、次の仕事を考えていました」


私は続けた。


「好きだったので。最後まで稽古場に残るのが、悪いことだと思わなかったんです。今も、そうなりかけました」

「予定表が全部、あなたの名前だった日」

「はい」


丘の下で、小さな子供が走っていた。

母親が名前を呼び、子供が振り返る。


「今度は、帰る予定も作りたいです。会う予定も」


ルーカス様の手が、石垣の上に置かれていた。

私は自分の手を、その隣へ置いた。

指の間に、掌一枚分の距離がある。


「私も、あなたに会う予定を作る」


彼が言った。


「領地へ戻っている間は、手紙を書く。戻ったら、劇場の外でも」

「長い手紙を書かれますか?」

「短いと思う」


私は笑った。

知っている人の返事だった。


彼の指が、私の指へ触れた。

すぐには握らない。

私は少し手を動かし、彼の掌へ自分の掌を重ねた。


帰り道は、手を繋いで歩いた。

街へ入る前に離すと、指が少し冷える。


「祭りが終わったら、もう一つ、話したいことがあります」


私は言った。

彼は、私を見て頷く。


「私も」


まだ言葉にならないものが、今度は怖くなかった。

先の予定に、置けたから。


劇場へ戻ると、ミナさんとロゼッタさんが並んで台詞を読んでいた。

出番がないときも、代役の稽古は続いている。


私は二人の横へ椅子を運び、鉛筆を出した。

新しい人生には、まだ、知らない場面がたくさんあった。

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