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11/22

第11話 日曜日の橋に、仕事は持っていきません

初公演の売上で、翌月の給料を用意できた。


私は机に並んだ銀貨を数え、もう一度数え、エダさんに確認してもらった。

金が増えた嬉しさより、約束を続けられる安堵のほうが大きかった。


ミナさんは、契約を更新する紙にすぐ署名した。

ハルさんも、トビ君も。

ガロさんは常勤の大工ではなく、必要な作業を請け負う形に変えた。


「毎月、どこかを壊してくれるなよ」

「善処します」


私は笑いながら、袖に追加の棚を頼んだ。

壊す予定はない。置き場所が増えたのだ。


その翌日、演劇祭の事務局から人が来た。


王都では、初夏に劇場を巡る祭りがある。

参加した劇場で公演し、審査員が順番に観劇する。

大きな会場へ全員が移るわけではない。

自分たちの場所で、磨いた作品を見てもらう。


「星灯座から、応募はありますか」


事務局の人が、書類を置いた。

エダさんは、思わず口元を押さえた。


「昔は、毎年出ていたんです」


祭りの公演は、六週間後。

私は皆と相談し、『靴屋と星の王子』で応募した。

新しい作品を急いで作るより、今の二人をもう少し深く見たかった。


ただ、その前に、休む日を決めた。

劇場を月曜には閉める。日曜の公演がない週には、全員で休日を取る。


黒板に書いたその日の夕方、公爵から短い手紙が来た。


『今度の日曜、橋のたもとで会えるだろうか』


私は、同じ文を三回読んだ。

台本の台詞だ。

けれど、書類の確認とは書いていない。


返事は、いつもの仕入れの相談より時間がかかった。


日曜日、公爵は川に架かった小さな橋へ立っていた。

いつもの黒い外套ではなく、灰色の上着を着ている。

彼が先に私を見つけ、片手を上げた。


「台本どおりですね」

「靴は、直してもらっていないが」


彼の靴は、初めて劇場へ来たときより少し擦れていた。

そのことが、なぜか嬉しかった。


私たちは川沿いを歩いた。

彼は領地で食べる黒いパンの話をし、私は父が椅子を畑と間違えた話をした。

前世の話をしなくても、話せることは、こんなにあった。


露店で焼き菓子を買い、橋の下の石段へ座った。


「子供のころ、星灯座に来たとおっしゃいましたね」


私が尋ねると、公爵は紙袋を畳んだ。


「母が、あの劇場に立っていた」


彼のお母様は、結婚前、女優だった。

公爵家へ嫁いでから、広い劇場には立たなくなった。

それでも家ではよく歌い、彼へ何役もの声を聞かせたという。


「母を失ったのは、十六のときだ。病で」

「……大切な場所だったんですね」

「閉まる前に、一度連れていかれた。芝居のことは、あまり覚えていない。終わってから母が、知らない人と楽しそうに話していた」


私は、劇場のエダさんを思い出した。

彼女はきっと、その人を知っている。


「初めて私を見たとき、再開する人が別の人だったらよかったとは、思いませんでしたか」


聞いてしまってから、少し後悔した。

噂が消えたわけではない。

悪役令嬢と呼ばれる私が、お母様の劇場を持っている。


公爵は、川を見ていた視線をこちらへ戻した。


「あなたが、開けた」


いつもの、短い返事。


「初公演を見て、また来たいと思った。母のためだけではない」


私は紙袋の中へ手を入れた。

最後の焼き菓子が、二つに割れている。

大きいほうを彼へ渡すと、彼は小さいほうを取った。


「あなたは、歩くとよく喋る」


彼が言った。


「ご迷惑でしたか?」

「いいや」


そのあと、私たちはもう一つ先の橋まで歩いた。

祭りの話も、帳簿の話も、しなかった。


翌朝、私は予定表に、日曜日の余白を残した。

仕事のない時間にも、会いたい人ができていた。

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