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ブラックベイン―狂暴×悪辣―  作者: 平行月
第2章 夢蝶はそこにいるか
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第24話 ルーガルー

 鷹宮の命令が落ちたあとも、倉庫の中にはしばらく重い沈黙が残っていた。


 単独行動は禁止。

 互いの視界内で行動。

 行動は報告制。


 拘束ではない。だが、自由でもない。


 不知火の死体は床に横たわったまま、白い霧の中で動かない。焼けてもいない。裂かれてもいない。ただ、呼吸だけを奪われたように死んでいる。


 鷹宮は、その死体から視線を上げた。


「能力を開示しろ」


 短い。

 だが、拒否は許されない声だった。


「全員だ」


 レンが眉をひそめる。


「……このタイミングでかよ」


「このタイミングだからだ」


 鷹宮は即答した。


「この中に、現象を成立させられる能力者がいる可能性がある。ならば、各自の能力を確認し、行動制限と監視の基準を作る必要がある」


 言い方は冷静だった。


 だが、その場にいる全員を疑うと言っているのと同じだった。


 ツバキが片腕を庇いながら、露骨に顔をしかめる。


「本当に最悪ね」


 歌留多はフードの奥で、どこか面白がるように目を細めている。


 恭介は壁際で舌打ちした。


「めんどくせえな」


 紗希だけが、静かに霧の流れを見ていた。

 聞いていないわけではない。ただ、言葉よりも先に、この場の異常を観察している。


 鷹宮は一歩前へ出た。


「まず、私から開示する。当然の順序だ」


 視線が、恭介、レン、紗希、歌留多、ツバキへ順に動く。


「貴様たちに開示を求める以上、対価は払う」


 恭介が肩をすくめた。


「言い出しっぺだから当たり前だわな」


 鷹宮は無視した。


「私の能力は、〈石抱〉」


 一拍置いて、続ける。


「クロに“重さ”を与える。対象の動きを止める」


 説明はそれだけだった。


 恭介が顔をしかめる。


「あれ、そういうことだったのか!」


 すぐに不満げな声が重なる。


「うぜーな……ってか俺、怪異じゃねえぞ」


 カウンターなどない。ここは喫茶店ではなく、白い霧に閉じられた旧工業地帯の倉庫だ。

 それでも、紗希の声だけはいつもの調子で軽かった。


「まあまあ、似たようなもんじゃないですか」


「似てねえよ」


「でも、重くされたんですよね?」


「そこじゃねえ」


 わずかに空気が緩んだ。


 その裏で、レンは黙って鷹宮を見ている。


 重さを与える。

 クロに干渉する。

 対象の動きを止める。


(……デメリットはあるはずだ)


 視線が、鷹宮の手元へ落ちる。


(指を向けてたな。あれがトリガーか)


 だが、聞かない。

 この場で聞いたところで、鷹宮が答えるとは思えなかった。


「次」


 鷹宮の視線が、恭介へ向く。


 恭介はポケットから手を出し、面倒くさそうに頭を掻いた。


「……黒い羽みてえなのが生える」


 一拍。


「それで飛ぶ。飛ぶっちゅうか、突っ込む」


 雑だった。

 だが、恭介本人としてはかなり真面目に説明しているらしい。


 鷹宮が問う。


「効果は」


「知らねえ」


 即答だった。


「出せるようになったの、最近なんだよ。志藤とかいうやつをぶっ飛ばした時に出た」


「副作用はあるのか」


 恭介は肩を回してみせる。


「視界がイカれる。全部、線に見える。奥行きも距離もろくに分かんねえ。制御はできねえ」


 言い切る。


 鷹宮は一度だけ頷いた。


「……それが能力か。クロを喰う現象は違うのか」


 恭介が眉を寄せる。


「知らねえよ。能力ってのは渦眼が回るだろ」


 一拍。


「喰う時はそんなんねえ」


 言い切った。


 その場に、わずかな沈黙が落ちる。


 クロを喰う。

 それは誰の目から見ても異常だった。


 だが本人は、それを能力とは認識していない。


 その横で、フードの奥から歌留多が口を挟んだ。


「ハズレ能力じゃん!」


 恭介が即座に返す。


「うるっせえクソガキ!」


 鷹宮は小さく息を吐き、二人の小競り合いに割って入る。


「……そう言う君は、どうなんだ」


 歌留多が待ってましたとばかりに胸を張った。長すぎる袖の中で肩が上がる。


「ふふん、聞きたいか?」


 一歩前に出る。


「貴様らも、気になるだろう。私の能力!」


 得意げだった。


 完全に見せ場のつもりでいる。


 だが、その前に声が割り込んだ。


 壁際で腕を組んだまま、恭介がつまらなさそうに言う。


「でかくて透明な腕出す能力だな」


 一拍。


「んで、やたら力強え」


 さらに続ける。


「俺はジャイアントスイングされた」


 歌留多の動きが止まった。


「……おい」


 低い声だった。

 いつもの研究者ぶった口調ではない。見た目相応の、子供っぽい声に戻っている。


 その調子には、ほんの一瞬だけ焦りが滲んでいた。


「なんで言うんだよ!」


 恭介はしゃがみ込み、歌留多と視線の高さを合わせるみたいにして睨み返す。


「うっせ! ガキ! ちび!」


「誰がちびだ!」


 即座に噛みつく歌留多。


 テンポの早い漫才を横に、レンが額を押さえた。


「同じレベルで張り合うのやめろよ……」


 会話は崩れかける。

 だが、その裏で鷹宮は黙って見ていた。


 拾っているのは、情報だけだ。


 透明。

 腕。

 怪力。

 遠隔干渉。


 それ以上は出ていない。


 そして、少し離れた位置で片腕を庇っていたツバキは、ほんのわずかに目を細めた。


(……これはラッキー)


 内心で呟く。


(あいつが勝手に、“分かりやすい形”に落としてくれた)


 一拍。


(本質から、遠ざかった)


 ツバキはすぐに視線を逸らした。

 何も言わない。


 今は、それでいい。


 鷹宮の視線が、レンへ向く。

 レンは短く息を吐いた。


「……斧が出る」


 一拍。


「幻だけを選んで切ることができる。普通に切ることもできる」


 恭介が顔を上げた。


「あ、最初よ」


 間を置かずに続ける。


「幻しか切れないってことかと思ってナメてたぜ! がはは!」


 鷹宮が横から口を挟む。


「逆だ」


 短く、冷静に。


「彼の斧でしか斬れないものがある、ということだ。ブラックベインの"枝分かれ"——現実に害をなす前に対処する。それが彼の役職だ」


 一拍。


「我が組織における特別役職」


 視線がレンへ戻る。


「"木こり"。……そうだな、レンくん?」


 レンはそっぽを向いた。


「……好きに呼んでくれ」


「次」


 鷹宮の視線が紗希へ向く。


「喫茶店の娘だったな。能力は」


 紗希は軽く首を傾げた。


「ないですよ。特に何も」


 恭介が横から口を出す。


「しまいだな」


 雑に締めるが、鷹宮は無視する。


「それを証明することは」


 踏み込む。


 紗希は少しだけ目を細めた。


「ああ、それ逆に聞きたかったです」


「フィアー能力って、“ないこと”の証明ってできるんですか?」


 正論だった。


 だが、答えにはなっていない。


 鷹宮は数秒だけ黙る。


 報告は受けている。

 クロや怪異を引き寄せる体質。

 渦眼は回っていない。


 だが、分類がつかない。


 レンもまた、紗希を見ていた。


 恭介の視界が線に侵された時、紗希の居場所だけは“分かる”と言っていた。


 熱として。

 光として。


 そういう、能力とは別の共生。


 だが、レンはそれを言葉にはしない。まだ確証がない。


 紗希は静かに息を吐いた。


(ま、嘘はついてませんからね)


(体質のことと、先輩の視界のことは、今は伏せていいでしょう)


 その時だった。


 恭介が笑う。


「こいつがいるとよ!」


 紗希を指さす。


「怪異が寄ってくるんだよ」


 一拍。


「だから俺はメシにありつけるってわけだ! がはは!」


 空気が一瞬で凍った。


 紗希の動きが止まる。

 指先だけが、わずかに固まった。


「……先輩」


 低い声だった。


 笑顔のまま、目だけが冷たい。


「黙っててください」


 恭介が、そこでようやく少しだけ気まずそうに口を閉じた。


 その紗希を、少し離れた位置の海がじっと見ていた。


 瞬きが少ない。


 視線が外れない。


 不知火の死体でも、霧でも、歌留多でもツバキでもない。

 海は、紗希を見ていた。


 それに気づいた白石が、肩を寄せてひそひそ声で言う。


「……なあ」


 一拍。


「やたら別嬪だよねぇ、あの子」


 さらに声を潜める。


「でも女子高生だよ〜?」


 軽口だった。


 海が、はっとしたように目を逸らす。


「や、やだなあ! 違いますよ!」


 少しだけ声が上ずる。


「やめてください、もう……」


 誤魔化すように笑う。


 だが、ほんの一瞬だけ視線が戻る。


 紗希へ。


 白い霧が、足元で静かに揺れていた。

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