第24話 ルーガルー
鷹宮の命令が落ちたあとも、倉庫の中にはしばらく重い沈黙が残っていた。
単独行動は禁止。
互いの視界内で行動。
行動は報告制。
拘束ではない。だが、自由でもない。
不知火の死体は床に横たわったまま、白い霧の中で動かない。焼けてもいない。裂かれてもいない。ただ、呼吸だけを奪われたように死んでいる。
鷹宮は、その死体から視線を上げた。
「能力を開示しろ」
短い。
だが、拒否は許されない声だった。
「全員だ」
レンが眉をひそめる。
「……このタイミングでかよ」
「このタイミングだからだ」
鷹宮は即答した。
「この中に、現象を成立させられる能力者がいる可能性がある。ならば、各自の能力を確認し、行動制限と監視の基準を作る必要がある」
言い方は冷静だった。
だが、その場にいる全員を疑うと言っているのと同じだった。
ツバキが片腕を庇いながら、露骨に顔をしかめる。
「本当に最悪ね」
歌留多はフードの奥で、どこか面白がるように目を細めている。
恭介は壁際で舌打ちした。
「めんどくせえな」
紗希だけが、静かに霧の流れを見ていた。
聞いていないわけではない。ただ、言葉よりも先に、この場の異常を観察している。
鷹宮は一歩前へ出た。
「まず、私から開示する。当然の順序だ」
視線が、恭介、レン、紗希、歌留多、ツバキへ順に動く。
「貴様たちに開示を求める以上、対価は払う」
恭介が肩をすくめた。
「言い出しっぺだから当たり前だわな」
鷹宮は無視した。
「私の能力は、〈石抱〉」
一拍置いて、続ける。
「クロに“重さ”を与える。対象の動きを止める」
説明はそれだけだった。
恭介が顔をしかめる。
「あれ、そういうことだったのか!」
すぐに不満げな声が重なる。
「うぜーな……ってか俺、怪異じゃねえぞ」
カウンターなどない。ここは喫茶店ではなく、白い霧に閉じられた旧工業地帯の倉庫だ。
それでも、紗希の声だけはいつもの調子で軽かった。
「まあまあ、似たようなもんじゃないですか」
「似てねえよ」
「でも、重くされたんですよね?」
「そこじゃねえ」
わずかに空気が緩んだ。
その裏で、レンは黙って鷹宮を見ている。
重さを与える。
クロに干渉する。
対象の動きを止める。
(……デメリットはあるはずだ)
視線が、鷹宮の手元へ落ちる。
(指を向けてたな。あれがトリガーか)
だが、聞かない。
この場で聞いたところで、鷹宮が答えるとは思えなかった。
「次」
鷹宮の視線が、恭介へ向く。
恭介はポケットから手を出し、面倒くさそうに頭を掻いた。
「……黒い羽みてえなのが生える」
一拍。
「それで飛ぶ。飛ぶっちゅうか、突っ込む」
雑だった。
だが、恭介本人としてはかなり真面目に説明しているらしい。
鷹宮が問う。
「効果は」
「知らねえ」
即答だった。
「出せるようになったの、最近なんだよ。志藤とかいうやつをぶっ飛ばした時に出た」
「副作用はあるのか」
恭介は肩を回してみせる。
「視界がイカれる。全部、線に見える。奥行きも距離もろくに分かんねえ。制御はできねえ」
言い切る。
鷹宮は一度だけ頷いた。
「……それが能力か。クロを喰う現象は違うのか」
恭介が眉を寄せる。
「知らねえよ。能力ってのは渦眼が回るだろ」
一拍。
「喰う時はそんなんねえ」
言い切った。
その場に、わずかな沈黙が落ちる。
クロを喰う。
それは誰の目から見ても異常だった。
だが本人は、それを能力とは認識していない。
その横で、フードの奥から歌留多が口を挟んだ。
「ハズレ能力じゃん!」
恭介が即座に返す。
「うるっせえクソガキ!」
鷹宮は小さく息を吐き、二人の小競り合いに割って入る。
「……そう言う君は、どうなんだ」
歌留多が待ってましたとばかりに胸を張った。長すぎる袖の中で肩が上がる。
「ふふん、聞きたいか?」
一歩前に出る。
「貴様らも、気になるだろう。私の能力!」
得意げだった。
完全に見せ場のつもりでいる。
だが、その前に声が割り込んだ。
壁際で腕を組んだまま、恭介がつまらなさそうに言う。
「でかくて透明な腕出す能力だな」
一拍。
「んで、やたら力強え」
さらに続ける。
「俺はジャイアントスイングされた」
歌留多の動きが止まった。
「……おい」
低い声だった。
いつもの研究者ぶった口調ではない。見た目相応の、子供っぽい声に戻っている。
その調子には、ほんの一瞬だけ焦りが滲んでいた。
「なんで言うんだよ!」
恭介はしゃがみ込み、歌留多と視線の高さを合わせるみたいにして睨み返す。
「うっせ! ガキ! ちび!」
「誰がちびだ!」
即座に噛みつく歌留多。
テンポの早い漫才を横に、レンが額を押さえた。
「同じレベルで張り合うのやめろよ……」
会話は崩れかける。
だが、その裏で鷹宮は黙って見ていた。
拾っているのは、情報だけだ。
透明。
腕。
怪力。
遠隔干渉。
それ以上は出ていない。
そして、少し離れた位置で片腕を庇っていたツバキは、ほんのわずかに目を細めた。
(……これはラッキー)
内心で呟く。
(あいつが勝手に、“分かりやすい形”に落としてくれた)
一拍。
(本質から、遠ざかった)
ツバキはすぐに視線を逸らした。
何も言わない。
今は、それでいい。
鷹宮の視線が、レンへ向く。
レンは短く息を吐いた。
「……斧が出る」
一拍。
「幻だけを選んで切ることができる。普通に切ることもできる」
恭介が顔を上げた。
「あ、最初よ」
間を置かずに続ける。
「幻しか切れないってことかと思ってナメてたぜ! がはは!」
鷹宮が横から口を挟む。
「逆だ」
短く、冷静に。
「彼の斧でしか斬れないものがある、ということだ。ブラックベインの"枝分かれ"——現実に害をなす前に対処する。それが彼の役職だ」
一拍。
「我が組織における特別役職」
視線がレンへ戻る。
「"木こり"。……そうだな、レンくん?」
レンはそっぽを向いた。
「……好きに呼んでくれ」
「次」
鷹宮の視線が紗希へ向く。
「喫茶店の娘だったな。能力は」
紗希は軽く首を傾げた。
「ないですよ。特に何も」
恭介が横から口を出す。
「しまいだな」
雑に締めるが、鷹宮は無視する。
「それを証明することは」
踏み込む。
紗希は少しだけ目を細めた。
「ああ、それ逆に聞きたかったです」
「フィアー能力って、“ないこと”の証明ってできるんですか?」
正論だった。
だが、答えにはなっていない。
鷹宮は数秒だけ黙る。
報告は受けている。
クロや怪異を引き寄せる体質。
渦眼は回っていない。
だが、分類がつかない。
レンもまた、紗希を見ていた。
恭介の視界が線に侵された時、紗希の居場所だけは“分かる”と言っていた。
熱として。
光として。
そういう、能力とは別の共生。
だが、レンはそれを言葉にはしない。まだ確証がない。
紗希は静かに息を吐いた。
(ま、嘘はついてませんからね)
(体質のことと、先輩の視界のことは、今は伏せていいでしょう)
その時だった。
恭介が笑う。
「こいつがいるとよ!」
紗希を指さす。
「怪異が寄ってくるんだよ」
一拍。
「だから俺はメシにありつけるってわけだ! がはは!」
空気が一瞬で凍った。
紗希の動きが止まる。
指先だけが、わずかに固まった。
「……先輩」
低い声だった。
笑顔のまま、目だけが冷たい。
「黙っててください」
恭介が、そこでようやく少しだけ気まずそうに口を閉じた。
その紗希を、少し離れた位置の海がじっと見ていた。
瞬きが少ない。
視線が外れない。
不知火の死体でも、霧でも、歌留多でもツバキでもない。
海は、紗希を見ていた。
それに気づいた白石が、肩を寄せてひそひそ声で言う。
「……なあ」
一拍。
「やたら別嬪だよねぇ、あの子」
さらに声を潜める。
「でも女子高生だよ〜?」
軽口だった。
海が、はっとしたように目を逸らす。
「や、やだなあ! 違いますよ!」
少しだけ声が上ずる。
「やめてください、もう……」
誤魔化すように笑う。
だが、ほんの一瞬だけ視線が戻る。
紗希へ。
白い霧が、足元で静かに揺れていた。




