第21話 ロジック
思考は、静かに組み上がっていた。
焦りはなかった。見るべきものは、もう十分に揃っている。
鷹宮は壁に埋め込まれた死体から視線を外さないまま、低く言った。
「……同一だな」
白石がわずかに反応する。
「はい」
「全員、同じ死に方をしている」
喉。胸。皮膚の状態。壁に固定された五体を順に見ていけば、答えは自然と浮かんでくる。
「外傷なし。焼損なし。呼吸停止による死亡だ」
「窒息です」
「ああ」
そこに迷いはない。死因はもう動かしようがなかった。
鷹宮は次の段階へ進む。
「環境は?」
「高温の水蒸気です」
「媒介になるな」
「はい」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
「条件がある」
鷹宮がそう言うと、白石は即答こそしなかったが、否定もしなかった。
「全員が同時に死んだわけではない。発生位置も揃っていない。それでも状態だけは一致している」
壁に埋まった死体をもう一度見やる。
「任意に撃ち込む類の能力じゃない」
「……トリガー型ですね」
「そうだ」
特定の条件を満たした時だけ発動する。そう考えれば、今見えている現象は繋がる。
鷹宮は空中に手をかざした。湿気を帯びた熱が、皮膚に薄くまとわりつく。
「この霧自体が条件の一部か、あるいは発動環境だ」
「吸入経路が考えられます」
「呼吸と窒息が揃うな」
そこまで辿り着いた時点で、論理の骨格はほぼ完成していた。
残るのは、誰がそれを起こしたかという一点だけだ。
今回の異常は、窒息死だけでは片づかない。壁の死体に起きていた“ずれ”は、肉体損壊や単純な変質とは明らかに別種のものだった。
輪郭が合っていない。
そう見える。
ただ殺せるだけの能力者では、あの状態は作りにくい。
そうなると必要なのは、殺傷力そのものではなく、この空間か“向こう側”へ触れられる立場だった。
「……問題は、誰がやったかだ」
白石は黙ったまま、わずかに視線を動かした。おそらく、同じところまで来ている。
鷹宮はあえて口に出す。
「外部犯ではない」
一拍置いて、霧の奥を見た。
「この環境は閉じている。侵入はできるとしても、外から一方的に仕掛けて終わる構造じゃない」
ならば答えは限られる。
「内部にいる」
はっきりと言い切る。
「この中に、能力者がいる」
白石が静かに言った。
「……候補は絞られます」
「ああ」
鷹宮の中では、もう名前まで浮かんでいた。
ここ最近の行方不明事件を追っていた補助員まで、ここで同じ状態で死んでいる。
そして異界に干渉でき、この空間と他より深く結びついている者。条件を並べれば、自然に残る名は限られる。
歌留多は、見えない何かで人間の身体を掴む。
栄光の手、などとご丁寧に能力の名前まで教えてくれた。
ツバキは、影を使って位置をずらすらしい。
ツバキについては、以前にも本人から能力の説明を受けている。もっとも、肝心な部分は徹底してぼかされた。
影を使う。
位置をずらす。
空間の端と端を繋げる。
鷹宮が把握しているのは、その程度だ。
だが、今この場で起きている“ずれ”を見れば、候補から外す理由にはならない。
「……あの二人だな」
白石は何も言わない。だが否定もない。
鷹宮は順に言葉にした。
「ツバキ。それと、歌留多」
空気がわずかに重くなる。
白石が、わずかに眉を寄せた。
「ただ、まだ決め打ちは危険です」
「分かっている」
鷹宮は短く返した。
「優先監視対象だ」
「了解」
それで判断は固まる。
その時点では、鷹宮の中で十分に筋が通っていた。
――そのはずだった。
鷹宮の視線が、ふと三体目の女に戻る。半身だけが若返ったように見えた、あの不自然なずれ。
本来なら、そこで立ち止まるべきだった。
だが、踏み込まない。優先順位の問題だと判断したからだ。
死因、手段、犯人――その順を崩す必要はない。そう結論した。
海が、ほんのわずかに笑った。
「……近い」
呟きは小さく、誰の耳にも届かない。
その目は壁を見ていなかった。もっと奥、この場にはいない“何か”を見ているようだった。
鷹宮は、ふと振り返りかけた。
何かを聞いた気がした。
だが、白い霧が音を吸い、海の表情までは読めない。
「戻るぞ。状況を共有する」
白石が頷く。海も一拍遅れて、その後に続いた。
三人の足音が、再び霧の中へ沈んでいく。
壁には五体の死体だけが残された。
動かないまま、ただそこに在り続ける。
輪郭のずれたまま、別の何かを重ねたままで。




