第12話 花火、あるいはクラッカー
倉庫の入口側で、影が揺れた。
ポケットの中で、小さな端末が淡く光っている。
「……見つけた」
低い声だった。
軽い。だが、どこか粘つく。
赤い髪の男が、倉庫の入口に立っていた。
不知火。
片手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと歩み出る。視線が、歌留多と恭介の間を行き来した。値踏みするような目だった。
「いいな、それ」
口元が、わずかに歪む。
「どんな燃え方するか、見てみてえ」
空気の温度が、ほんの少し上がった。
ツバキが前に出る。
「やめなさい!」
鋭い声だった。
「契約と違うわ。私たちの身の安全を保障するっていうから、ついて来てるのに!」
不知火は、肩をすくめる。
「契約したのは、あくまで鷹宮隊長の話だ」
軽く笑う。
「俺はそんなの知ったこっちゃねえなあ」
視線が一瞬だけツバキをなぞった。
だが、すぐに外れる。
興味がない。
歌留多が、鼻を鳴らした。
「ふん。ずっとジロジロ見られてたからな」
尾行されていた気配はない。
では、どうやってここを知ったのか。
歌留多は一瞬だけ考え、すぐに切り捨てた。
今は、それより先に言うべきことがある。
「……どうでもいいが、ツバキには手を出すなよ」
不知火が、わずかに笑う。
「へえ」
一歩、前に出た。
足元から火が立ち上る。音はない。熱だけが空気を歪ませ、炎が腕を伝い、指先へ広がっていく。
不知火が動いた。
速い。
一直線。
狙いは、歌留多。
「遅い」
歌留多の指が閉じる。
「――栄光の手」
見えない何かが、不知火を掴んだ。
身体が止まる。
足が浮く。
「……お」
不知火の目が、わずかに開いた。
「念動力の類かと思っていたが。……なるほど、こりゃ別のもんだな」
宙に固定された不知火の身体が、そのまま締め上げられる。
だが、不知火の炎は消えない。
炎が、見えないはずの“手”に触れた。
火は空中で止まらず、何かの輪郭をなぞるように這い上がっていく。
巨大な腕のシルエットが、炎を纏って浮かび上がった。
長い指。
太い腕。
それが、不知火の身体を掴んでいる。
「……っ」
歌留多が、わずかに息を詰めた。
袖の奥で、指が強張る。
見えない腕と繋がった感覚だけが、焼かれていた。
炎が絡みつくたび、痛みが遅れて返ってくる。皮膚ではない。けれど、確かに熱い。
「……っ、熱……!」
今度は、はっきりと声が漏れた。
歌留多の眉が強く寄る。
耐えきれず、〈栄光の手〉が解けた。
不知火の身体が地面へ戻る。
歌留多は、一歩下がって距離を取った。
不知火が、それを見て笑う。
「へえ」
炎が、指先で揺れる。
「よく燃えるじゃねえか」
楽しんでいる。
試している。
歌留多は軽く舌打ちをして、身構えた。
不知火はそれを見て、心底嬉しそうに顔を歪める。
「次は格闘戦でもしようってか? ……はっ、無駄無駄」
不知火の周囲を、炎が覆う。
「俺に触れた瞬間アウトなんだ。学習してねえのか、ガキ」
その瞬間、恭介が前に出た。
血に濡れた顔のまま、ゆっくりと舌で唇をなぞる。
「歌留多とかいったか、チビ」
一歩、踏み込む。
「お前はもうこいつとは戦えねえだろ」
視線は不知火へ向いている。
だが、言葉は歌留多に向けていた。
「次は俺の番だ」
歌留多が、一瞬だけ目を細める。
「ガキだのチビだの好き放題いうな! ……まあ、不服ではあるが」
袖の奥で、指がわずかに緩む。
「確かに、この不知火とかいうやつに、私の能力は相性が悪い」
言い切る。
「“触っちゃダメ”系は、無理!」
炎が揺れる。
霧が濃くなる。
空気が、重く沈んだ。
恭介が、ゆっくりと笑う。
「……てめえの炎は」
さらに一歩、踏み込む。
「喰ったらどんな味がするんだぁ?」
その言葉が落ちた瞬間、倉庫の空気が張り詰めた。
不知火が、わずかに目を細める。
「……いいな」
初めて、明確に笑った。
炎が広がる。
霧が熱で歪む。
恭介の足元の黒が、ゆっくりと揺れた。
不知火の炎が、それを待つように燃えている。
次に動いた方から、壊れる。
そんな静止だけが、倉庫の中に張り詰めていた。




