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ブラックベイン―狂暴×悪辣―  作者: 平行月
第2章 夢蝶はそこにいるか
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第11話 投げ技

 夢は、未来ではない。


 未来に似た、どこかの結果だ。


 だから、見たものを信じてはいけない。

 見たものへ向かってはいけない。


 夢は、叶えるためのものではない。


 避けるために、見るものだった。





 --恭介が踏み込んだ。


 床を踏み抜くような一歩だった。

 重い。だが、速い。

 拳が振り抜かれる。

 歌留多は避けなかった。

 受ける。

 小さな体が、わずかに後ろへ滑った。だが倒れない。すぐに踏み直し、そのまま反撃へ移る。

 歌留多の拳が、恭介の顔面へ走った。

 まともに入る。

 骨の奥へ響くような重い手応えがあった。

 それでも、恭介は動かない。

 もう一発。

 今度は顎を打つ。衝撃は確かに通ったはずだった。だが、恭介は揺れただけで、その場に立ち続けている。

 歌留多の眉が、わずかに動いた。


(……なんで倒れない)


 もう一歩、踏み込む。

 速度を上げる。連打。拳が走り、霧が裂ける。

 恭介は避けない。腕で、肩で、身体で受ける。逸らさない。逃げない。

 骨が鳴る。肉が歪む。血がにじむ。

 効いていないわけではない。

 なのに、崩れない。


(固い)


 違う。

 感触がおかしい。


(石みたいに……)


 一瞬、思考が飛ぶ。


(能力か?)


 誤解が、形になる。


「……っ、しつこい!」


 歌留多が、一歩下がった。

 距離を取り、目の前の対象を改めて見る。

 恭介は笑っていた。血を垂らしながら、まるで痛みそのものを気にしていないみたいに。


「どうした」


 低い声。


「態度のデカさの割に。……もう終わりか?」


 歌留多の目が、わずかに細くなる。

 空気が変わった。

 さっきまでの格闘とは違う。別の何かへ移る気配。

 長すぎる袖の奥で、指が閉じる。


「――栄光の手」


 その瞬間、何かが恭介の身体を掴んだ。


「――は?」


 胸が潰れる。腕が締まる。関節が、見えない何かに固定される。

 足が浮いた。

 地面が離れる。


「何だこいつ……!」


 身体が動かない。

 縛られている。だが、縄は見えない。

 あるのは、“掴まれている”という感覚だけだった。

 恭介が力を込める。

 筋肉が軋む。拘束を引き剥がそうとする。だが、外れない。


「放せって……!」


 歌留多が、歯を食いしばった。


「暴れるな!」


 恭介の身体が、横へ引かれる。

 一瞬、空中で静止した。

 次の瞬間、振り回される。

 視界が流れた。

 霧が巻き込まれ、白い渦になる。倉庫の空気が歪み、恭介の足が宙を切った。


「……っ、おい」


 声が低くなる。

 さらに回される。

 内臓が引っ張られ、血が逆流するような感覚が走った。


「……くっそ、やめろ!!」


 腕が軋む。

 だが、見えない手は外れない。

 回転はさらに速くなる。霧が大きく渦を巻き、歌留多の足元の床に細い亀裂が走った。

 それでも、彼女は止めない。

 ツバキが、やれやれというように肩をすくめる。


「こうなっちゃうと、もう止まんないんだから、歌留多は……」


 その声が聞こえているのか、いないのか。

 歌留多は頬を紅潮させ、息を弾ませながら叫んだ。


「――くらえ! どっかで見たスーパーロボット投げぇええ!」


 腕を振り抜く。

 拘束が解けた。

 一瞬の無重力。

 直後、恭介の身体が一直線に飛んだ。

 壁が砕ける。

 コンクリートの破片が散り、鉄骨が深く軋んだ。恭介の身体は壁にめり込み、数秒の間、そのまま動かなかった。

 やがて、ずるりと落ちる。

 地面に膝をつき、血を吐くように咳き込んだ。


「……げ、ゲェエエ! せっかく食ったクロ、全部吐きそう!」


 喉の奥から、鈍い音が漏れる。

 それでも、恭介は笑った。


「……はは」


 口元の血を拭う。指の隙間から、まだ赤が垂れる。


「ガキのくせに」


 顔を上げた。

 視線が、まっすぐ歌留多を捉える。


「面白ぇことしてくれるじゃねえか」


 歌留多は構えたまま動かない。

 ただ、その目だけが、わずかに細まる。


「……なるほど?」


 呟く。

 理解した“つもり”で。

 けれど、その奥では、まだ何かが噛み合っていない。

 拳は当たった。

 投げも通った。

 骨も、肉も、確かに壊している。

 なのに、倒れない。

 歌留多はその違和感を抱えたまま、次の手を選ぼうとしていた。

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