第11話 投げ技
夢は、未来ではない。
未来に似た、どこかの結果だ。
だから、見たものを信じてはいけない。
見たものへ向かってはいけない。
夢は、叶えるためのものではない。
避けるために、見るものだった。
--恭介が踏み込んだ。
床を踏み抜くような一歩だった。
重い。だが、速い。
拳が振り抜かれる。
歌留多は避けなかった。
受ける。
小さな体が、わずかに後ろへ滑った。だが倒れない。すぐに踏み直し、そのまま反撃へ移る。
歌留多の拳が、恭介の顔面へ走った。
まともに入る。
骨の奥へ響くような重い手応えがあった。
それでも、恭介は動かない。
もう一発。
今度は顎を打つ。衝撃は確かに通ったはずだった。だが、恭介は揺れただけで、その場に立ち続けている。
歌留多の眉が、わずかに動いた。
(……なんで倒れない)
もう一歩、踏み込む。
速度を上げる。連打。拳が走り、霧が裂ける。
恭介は避けない。腕で、肩で、身体で受ける。逸らさない。逃げない。
骨が鳴る。肉が歪む。血がにじむ。
効いていないわけではない。
なのに、崩れない。
(固い)
違う。
感触がおかしい。
(石みたいに……)
一瞬、思考が飛ぶ。
(能力か?)
誤解が、形になる。
「……っ、しつこい!」
歌留多が、一歩下がった。
距離を取り、目の前の対象を改めて見る。
恭介は笑っていた。血を垂らしながら、まるで痛みそのものを気にしていないみたいに。
「どうした」
低い声。
「態度のデカさの割に。……もう終わりか?」
歌留多の目が、わずかに細くなる。
空気が変わった。
さっきまでの格闘とは違う。別の何かへ移る気配。
長すぎる袖の奥で、指が閉じる。
「――栄光の手」
その瞬間、何かが恭介の身体を掴んだ。
「――は?」
胸が潰れる。腕が締まる。関節が、見えない何かに固定される。
足が浮いた。
地面が離れる。
「何だこいつ……!」
身体が動かない。
縛られている。だが、縄は見えない。
あるのは、“掴まれている”という感覚だけだった。
恭介が力を込める。
筋肉が軋む。拘束を引き剥がそうとする。だが、外れない。
「放せって……!」
歌留多が、歯を食いしばった。
「暴れるな!」
恭介の身体が、横へ引かれる。
一瞬、空中で静止した。
次の瞬間、振り回される。
視界が流れた。
霧が巻き込まれ、白い渦になる。倉庫の空気が歪み、恭介の足が宙を切った。
「……っ、おい」
声が低くなる。
さらに回される。
内臓が引っ張られ、血が逆流するような感覚が走った。
「……くっそ、やめろ!!」
腕が軋む。
だが、見えない手は外れない。
回転はさらに速くなる。霧が大きく渦を巻き、歌留多の足元の床に細い亀裂が走った。
それでも、彼女は止めない。
ツバキが、やれやれというように肩をすくめる。
「こうなっちゃうと、もう止まんないんだから、歌留多は……」
その声が聞こえているのか、いないのか。
歌留多は頬を紅潮させ、息を弾ませながら叫んだ。
「――くらえ! どっかで見たスーパーロボット投げぇええ!」
腕を振り抜く。
拘束が解けた。
一瞬の無重力。
直後、恭介の身体が一直線に飛んだ。
壁が砕ける。
コンクリートの破片が散り、鉄骨が深く軋んだ。恭介の身体は壁にめり込み、数秒の間、そのまま動かなかった。
やがて、ずるりと落ちる。
地面に膝をつき、血を吐くように咳き込んだ。
「……げ、ゲェエエ! せっかく食ったクロ、全部吐きそう!」
喉の奥から、鈍い音が漏れる。
それでも、恭介は笑った。
「……はは」
口元の血を拭う。指の隙間から、まだ赤が垂れる。
「ガキのくせに」
顔を上げた。
視線が、まっすぐ歌留多を捉える。
「面白ぇことしてくれるじゃねえか」
歌留多は構えたまま動かない。
ただ、その目だけが、わずかに細まる。
「……なるほど?」
呟く。
理解した“つもり”で。
けれど、その奥では、まだ何かが噛み合っていない。
拳は当たった。
投げも通った。
骨も、肉も、確かに壊している。
なのに、倒れない。
歌留多はその違和感を抱えたまま、次の手を選ぼうとしていた。




