表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックベイン―狂暴×悪辣―  作者: 平行月
第2章 夢蝶はそこにいるか
60/78

第3話 危険な喫茶店任務

 監視任務。

 そう言われれば聞こえはいい。

 常盤恭介の観察。

 灯紗希の観測。

 喫茶店〈灯〉周辺のブラックベイン発生状況の記録。

 任務内容として並べれば、それなりに重要そうに見える。


 だが、実際に相馬レンがやっていることといえば、喫茶店のカウンター席に腰を下ろし、コーヒーを飲みながら、店内の様子をぼんやり眺めることだった。

 白いカップから、湯気が立っている。


 昨日と同じ香り。

 昨日と同じ温度。

 昨日と同じ、妙に落ち着いた店内。

 カウンターの内側では、灯紗希がノートを広げていた。

 正確には、メモ帳とノートと、何枚かの付箋と、スマートフォンの画面を並べている。

 その中心には、昨日美和から聞いた怪談の単語が書かれていた。


 オキクムシ。

 旧工業地帯。

 白い蛹。

 壁の中の呼吸音。

 投稿主失踪。

 甘く腐った匂い。

 誘引臭。

 虫はどっち?


 最後の一文だけ、妙に大きく丸で囲まれている。


「……それ、宿題か何か?」


 レンが訊くと、紗希は顔を上げた。


「自由研究です」


「題材が自由すぎるなあ」


「そうでしょうか。怪談、都市伝説、映像記録、失踪情報、先輩の感覚証言。素材としてはかなり良いと思います」


「素材って言い方が怖いんだよね」


「じゃあ、資料」


「より悪いかな」


 紗希は首を傾げた。

 本当に分かっていない顔だった。

 レンはカップを指先で回しながら、内心で息を吐く。

 平和なら、それを記録しろ。

 崩れるなら、崩れる瞬間を記録しろ。

 管理官の言葉を思い出す。

 記録対象としては、確かにこの店は面白い。

 面白いが、正常ではない。

 怪談の動画を見た翌日に、店の娘がそれを嬉々として整理している。

 その横で、黒を喰う男が椅子にだらしなく座っている。

 そして自分は、監視任務という名目でコーヒーを飲んでいる。

 成立している。

 だが、どう考えても正常ではない。


「で、恭介」


 レンは視線を横へ向けた。

 常盤恭介は、カウンターの端にいた。

 椅子の背にもたれ、足を投げ出し、いかにもやる気のなさそうな顔で煙草を指の間に転がしている。火はついていない。紗希に店内禁煙を叩き込まれた結果、最近はただ持っているだけのことが多い。


「あ?」


 恭介が片目だけを向ける。


「この間さ、紗希ちゃんに聞いたんだよ」


「何を」


「二人って、どういう関係なのって」


「ああ?」


 恭介の眉が、面倒くさそうに寄った。

 レンは、少しだけ笑う。


「そしたら、“兵器です”って返された」


 恭介は、驚かなかった。

 むしろ、少し呆れたように笑った。


「ああ。その呼び方好きだよな、あいつ」


「好きで済ませていい単語かな、それ」


「要は用心棒とか番犬って話に近いんだが――」


 そこで恭介は、わざとらしく背筋を伸ばした。

 声の調子を、ほんの少しだけ丁寧に変える。


「“いえ、兵器でなくてはならないんです。兵器になってください”って契約だからよ」


 言い終えると、元のだらけた姿勢に戻る。


「ゴッコ遊びに付き合う大人は、大変だねー! かっかっか!」


「笑っていい話なのか、それ」


「笑うしかねえだろ」


「紗希ちゃんの声真似、微妙に寄せようとしてるのも気色が悪いんだよな」


「そこかよ」


 レンはコーヒーを一口飲んだ。

 笑い話の形をしている。

 だが、笑って流すには言葉が重い。

 兵器。

 WFAの報告書で見れば、処理装置、観測注意対象、戦力評価。そういった無機質な言葉に置き換えられるもの。

 それを、灯紗希は正面から言った。

 そして常盤恭介は、それを怒っていない。

 そこが引っかかる。


「恭介はいいのか?」


「何が」


「兵器扱い」


「別に」


 恭介は煙草を指先でくるりと回した。


「まあ、代わりにお代は貰ってるから、俺からは文句はねえよ」


「お代?」


「宿。仕事。それに――」


 そこで、恭介はほんの一瞬だけ言葉を止めた。

 止めた、ように見えた。


「視界と――」


 レンの指が、カップの縁で止まる。


「視界。よく言ってるアレか」


「――あとは、飯だ」


 恭介は強引に続けた。

 レンは笑わず、今の言葉を頭の中で繰り返す。

 宿。

 仕事。

 視界。

 飯。

 その並びに入る単語として、「視界」は明らかに浮いている。


「ちなみに、俺はまだ恭介の視界については、詳しいことは聞かされてないんだけどな?」


「聞き流せ」


「無茶言うなあ」


「忘れろ」


「もっと無茶言うね」


 恭介は面倒くさそうに舌打ちした。

 それから、カウンターの奥へ視線を向ける。

 紗希はメモ帳に向かって、まだ何かを書き足している。こちらの会話を聞いているのかいないのか、表情だけでは分からない。


「紗希はな」


 恭介が言った。


「怪異を惹きつける体質なんだと」


 レンは、すぐには返さなかった。


「……惹きつける?」


「街灯に、虫が群がってくるような感じなんだろうよ」


 恭介の言い方は雑だった。

 だが、昨日のオキクムシの話を聞いた後では、その比喩は妙に嫌な響きを持っていた。


「怪異が寄ってくる。黒が寄ってくる。そういう体質、ってこと? この喫茶店のある土地も、そういう性質があったよな、確か。その性質が、あの子にも?」


「因果だの理由だの、細かいことは知らねえ。そういう小難しいのはあいつに聞け」


 恭介は顎で紗希の方を示す。


「んで、俺にとっても似たようなもんでよ。あいつのいるところだけ、ぼんやり照らされるのよ」


「照らされる」


「見えるって話じゃねえ」


 恭介は、少しだけ眉をひそめた。

 自分でも言葉にしづらいのだろう。


「分かるんだよ。あいつがそこにいるって」


 レンは黙った。

 常盤恭介の視界が悪いことは、実は既に報告に上げてしまっている。

 昨日の動画でも、紗希が「目もまともに見えてないんですから」と叫んでいた。

 しかし、その視界の悪さと灯紗希の存在が、どう繋がるのか。

 そこまでは知らない。

 少なくとも、報告書にはない。


「……それ、かなり重要な話じゃない?」


「知らねえよ」


 恭介は悪びれもしない。


「あいつが“共生です”とか何とか言ってただろ」


「共生」


「そうそう。あいつが俺の視界を照らす。代わりに、俺があいつに寄ってくる怪異を喰う。喰えなかったらぶっ殺す」


 軽い口調だった。

 だが、言っている内容は軽くない。


「そういう兵器なんだとよ、俺は」


 レンは、すぐには返せなかった。


 共生。

 兵器。

 視界。

 怪異を惹きつける体質。


 雑談で流していい単語ではない。

 だが、恭介は完全に雑談の温度で話している。


「……紗希ちゃんは、自分が何を頼んでるのか分かってて“兵器”って言ってるのか?」


「さあな」


「さあなって」


「分かってるんじゃねえの」


 恭介は、火のついていない煙草を咥えるようにして、またすぐに外した。


「少なくとも、あいつは俺を犬扱いしてるわけじゃねえよ。ドッグフードを皿に盛って食わせてこないのがその証拠だ」


「たとえが嫌だなあ」


「たとえ話で兵器とか言ってくる女よりはマシだろうが」


 レンはカップの中の黒い液面を見た。

 管理官なら、この話をどう記録するだろうか。


 灯紗希。

 怪異誘引体質の可能性。

 常盤恭介との相互依存関係。

 常盤恭介は灯紗希を位置感知の基準として認識。

 灯紗希は常盤恭介を怪異対抗戦力として運用。


 書けば、そうなる。

 けれど、それだけでは足りない気がした。

 この店の空気は、書類にすると何かが抜け落ちる。


 恭介は紗希を雑に扱っている。

 紗希も恭介を兵器などと呼んでいる。

 だが、そこにあるのは単なる利用関係ではない。

 かといって、保護でもない。

 もっと妙な形で、二人は噛み合っている。


 レンがそれを言葉にしようとした、その時だった。

 カウンターの奥から、紗希の声がした。


「……あっ」


 レンが振り向く。

 紗希は、厨房の入口あたりにしゃがみ込んでいた。

 いつの間に移動したのか分からない。

 手にはメモ帳。

 視線は、床の隅へ向いている。


「新手の怪異が、台所に出てきましたよ」


 レンは、ゆっくり目を瞬かせた。


「……え?」


 紗希は、床の隅を覗き込みながら、ひどく冷静に続ける。


「なるほどなるほど。小型ですが、目玉がついてるんですね」


 紗希は、床の隅を覗き込みながら呟いた。


 厨房の入り口。冷蔵庫と棚のあいだの、少し暗くなった隙間に、それはいた。


 大きさは、丸めた雑巾ほどだろうか。


 黒い。


 毛玉のようにも、焦げた肉の塊のようにも見える。表面は濡れているのに、輪郭だけが妙にざらついていた。足はない。だが、下面に細かな棘のようなものがいくつも生えていて、それを床に引っかけるようにして、じりじりと動いている。


 その中央に、目玉が一つ。


 大きすぎる目が、ぎょろりと紗希を見ていた。


「足は……ない? いや、下面に細かい棘のようなものがありますね。移動方法は、這うというより滑る感じでしょうか」


「紗希ちゃん?」


 レンが、椅子から半分だけ腰を浮かせた。


「それ、近づいて観察するものじゃないと思うんだけど」


「大丈夫です。まだ距離があります」


「その距離感がもう信用できないんだよなあ」


 紗希は聞いていなかった。


 メモ帳を片手に、さらに少しだけ顔を近づける。


「目玉の動きに反応性あり。こちらを追っていますね。光への反応は……」


 その瞬間、黒い塊の目玉が、ぎゅるりと縦に開いた。


「……あっ」


 紗希が小さく声を漏らす。


「目から怪光線。あっ」


 青白い光が、厨房の床を走った。


 音はほとんどない。だが、光が紗希の顔の前で弾けた途端、彼女の肩がびくんと跳ねた。


「あっ、あばばばば……!」


「何かヤバい攻撃されてね!?」


 レンが立ち上がる。


「やっぱ、ほっといたら大変なことになるよね紗希ちゃんって!」


 恭介は、椅子にもたれたまま、ちらりと厨房の方を見た。


「お、流石の俺も気づかなかった。……まあ丁度いいや、ほれ。ああいう感じだ」


「説明に使うな!」


 恭介はようやく椅子から立ち上がる。


 口調だけは、まるで落としたスプーンでも拾いに行くような気軽さだった。


「わりーわりー、紗希。そのままやられててくれ」


「あばばば……やられててくれって言いました!?」


「言っただけだろ。まだ死んでねえじゃん」


「“まだ”って言いましたね今!」


 抗議する紗希を横目に、恭介は厨房へ踏み込んだ。


 小型怪異の目玉が、今度は恭介の方を向く。

 ぎょろりとした瞳孔が収縮し、再び光が集まりかけた。


 だが、遅い。


 恭介の手が、黒い塊を上から掴んだ。


 ぐに、と嫌な音がする。


 怪異が暴れた。棘のような下面を床に擦りつけ、黒い汁を飛ばしながら、恭介の指の隙間から逃げようとする。


「小せぇな」


 恭介はそれを、口の上まで持ち上げた。


 レンが一瞬、何をするのか分からず固まる。


 次の瞬間、恭介の手の中で、怪異が潰れた。


 ぐちゃり。


 果実を握り潰すような音だった。


 黒い液体が、恭介の手の中から垂れる。彼はそれを、まるで熟れた果物の汁でも啜るように、口元へ流し込んだ。


 美味そうですらあった。


 だが、傍から見れば、小動物を生きたまま握り潰しているようにしか見えない。


「うわ……」


 レンが素直に引いた。


「俺、踊り食い以上にグロい食い方してるやつ見たの、生まれて初めてかもしれねえ……」


「喰えりゃ同じだろ」


「同じじゃないから言ってるんだよ」


 紗希はようやく痺れから復帰し、片手で頬を押さえながら立ち上がった。


「先輩、厨房でそういう処理しないでください」


「怪異だろ」


「怪異でもです。衛生観念というものがあります」


「さっきまで怪光線浴びてた奴が、よく言うぜ」


「被害者だからこそ言います」


 恭介の足元で、ぽろぽろと何かが転がった。


 目玉だった。


 怪異の中に詰まっていたのか、潰された拍子に床へこぼれたらしい。小さな目玉がいくつか、コロコロと厨房の床を転がっていく。


 恭介はそれを見下ろした。


「……ここは喰えない所っぽいな」


「食材みたいな分類やめてください」


 恭介は返事の代わりに、足を上げた。


 ぐしゃ。


 目玉の一つが潰れる。


 さらに、ぐしゃ、ぐしゃ、と雑に踏み潰していく。


 黒い染みが床に広がった。


 紗希が、心底嫌そうに眉を寄せる。


「掃除するの、私なんですけど」


「仕事増えてよかったな」


「よくないです」


 レンは、厨房の床に残った黒い染みと、踏み潰された目玉の跡を見て、しばらく言葉を失っていた。


 怪異は、もういない。


 恭介が握り潰し、啜り、残った部分は踏み潰した。

 ただそれだけだ。


 ただそれだけで、さっきまで台所の隅にいた異常は、跡形もなく処理されている。


 討伐ではない。

 祓魔でもない。

 処理という言葉ですら、まだ綺麗すぎる。


 捕食だった。


「……た、頼むからさ」


 レンは、ようやく声を出した。


「怪異を見つけたら、俺か恭介を呼んでくれ。マジで」


 紗希は頬を押さえたまま、きょとんとした顔をする。


「でも、観察しないと特徴が分かりませんし」


「観察より先に生存を優先してくれない?」


「生存したうえで観察したいですね」


「そこは“まず逃げます”って言ってほしかったなあ」


 紗希は少し考えてから、申し訳なさそうに首を振った。


「すみません。嘘はよくないと思います」


「正直さがつらい」


 レンが額を押さえる。


 恭介は厨房の床に残った黒い染みを靴底で雑に擦りながら、鼻で笑った。


「あいつ、ちょっと馬鹿なんだよ」


「聞こえてますよ」


「聞こえるように言ったんだよ」


「なお悪いです」


 紗希が抗議するが、恭介はまるで気にしていない。


「……まあ、そのおかげで、怪異がそこにいるって分かりやすいから、俺は止めねえんだけどな」


「止めろ。マジで!」


 レンが思わず言う。


 恭介は肩を竦めた。


「普通に止めて聞くような奴かよ」


「それは……まあ……」


 レンは、否定できなかった。


 紗希はその横で、痺れの残る指先を軽く動かしながら、すでにメモ帳へ何かを書こうとしている。


「目からの光線は、痛みより痺れに近いですね。神経系への干渉でしょうか。あと、視界が一瞬白く飛びました」


「自分の被害を冷静に資料化しないで」


「新鮮なうちに記録しないと」


「魚かよ」


 恭介がぼそっと言った。


 紗希は、メモを取りながら平然と返す。


「鮮度は大事ですよ」


「本当に飲食店の娘か?」


「飲食店の娘だからです」


「その理屈はおかしい」


 レンは、二人のやり取りを見ながら、ふと以前の出来事を思い出した。


 進路指導室での一件。


 状況を打破するために、紗希は自分の腕を切った。

 迷いがなかったわけではない。痛みがなかったわけでもない。


 それでも、やった。


 必要だと判断したから。


 死ぬのが怖くないのか、この子は。


 そう思いかけて、レンは少しだけ違うと感じた。


 怖くないわけではない。


 おそらく、恐怖はあるはず。


 ただ、怖がって立ち止まるより先に、見る方を選ぶ。

 痛がるより先に、記録する。

 逃げるより先に、意味を探す。


 それが灯紗希という少女の、どうしようもなく歪んだ生存法なのだろう。


「あと、こないだの志藤の時にもあったけど」


 恭介が、思い出したように言った。


 レンが顔を上げる。


「こいつの血液でも“照らせる”って分かったから、ぶっ刺されて返り血でも浴びせてくれれば、もうね」


 恭介は、ニヤリと口元を歪めた。


「……サイコーだぜ」


 レンは真顔になった。


「サイテーだよ」


 紗希も、静かに頷いた。


「先輩。発想が悪人のそれです」


「結果的に助かるならいいだろ」


「よくないです」


「細けぇなあ」


「命に関わる話を細部扱いしないでください」


 レンは、思わず深く息を吐いた。


 常盤恭介は、紗希を守るために動いているわけではない。


 少なくとも、本人はそういう言い方をしない。


 紗希も、守られるために恭介のそばにいるわけではない。


 彼女は、自分に寄ってくる怪異を観察し、記録し、必要なら自分の身体すら材料にする。

 恭介は、それを喰う。

 喰えなければ壊す。


 歪んでいる。


 けれど、その歪みは噛み合っている。


 この店では、異常が日常の手順に組み込まれている。


 紗希が見つける。

 恭介が喰う。

 紗希が記録する。

 恭介が文句を言う。

 レンが突っ込む。


 流れとしては、奇妙なほど自然だった。


 だが、正常ではない。


 絶対に。


「紗希ちゃん」


「はい?」


「怪異に襲われた直後くらい、少しは怖がってもいいんだよ」


「怖がるふりですか?」


「いや、ふりじゃなくて」


「本気で怖がる場合、それが邪魔をして観察精度が落ちる可能性があります」


「う~ん、わかった。もういいや」


 レンは諦めた。


 恭介が、厨房の床を顎で示す。


「おい紗希。掃除」


「先輩が汚したんですけど」


「俺が処理したんだろ」


「処理と清掃は別工程です」


「めんどくせぇ店だな」


「飲食店なので」


 紗希はそう言って、布巾と消毒用のスプレーを取りに行く。


 ほんの数十秒前に怪光線を浴びて「あばばばば」となっていた人間とは思えないほど、動きがこなれていた。


 普通に戻るのが早すぎる。


 レンは、そのことに少しだけ怖さを覚えた。


 報告書にすれば、こうなるだろう。


 灯紗希。

 怪異誘引体質の可能性。

 危険対象への接近傾向あり。

 恐怖反応より観察反応が先行。

 常盤恭介との相互依存関係を確認。


 常盤恭介。

 灯紗希の異常接近に対し即応。

 言動は粗暴。

 処理方法は捕食。

 対象の無力化速度は極めて高い。


 書けば、そうなる。


 だが、やはり足りない。


 書類にすると、この店の温度が抜け落ちる。


 コーヒーの匂い。

 床を拭く紗希の背中。

 恭介の不機嫌そうな顔。

 怪異を喰った直後なのに、何事もなかったように戻ってくる会話。


 異常なのに、成立している。


 その均衡が、どれほど脆いものなのかは分からない。


 分からないが――


 その時だった。


 ――カラン。


 ドアベルが鳴った。


 軽い。


 妙に軽い音だった。


 レンの指が、カップの縁で止まる。


 違和感に導かれるようにして、視線が入口へ向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ