第89話 王歴24年スタンピート
シバス辺境伯軍第一大隊応接室。
「すみません、お忙しい中、大勢で押しかけてしまって」とトール。
イスタン側はトール、クレア、ティナ、ユメの四人とサムエル。
それに対する辺境伯軍側は、ロトと大隊副官の二名。
ロトは前回スタンピートの後、第一中隊長から第三大隊長に昇進、その後
第一大隊長を拝命している。
「お前たちならいつでも歓迎だ、トール。おっと、子爵様とその夫人方に
お前たちと言っては失礼にあたるな」
トールは先般、子爵に昇爵している。
「とんでもない。以前と同じようにトールと呼んでください。僕も、前と同じように、ロトさんと呼ばせてもらいますので」
「おう、そうしてくれると助かる。いやあ、あらためて見ると大きくなったなあ、トール」
「あの時、僕は11歳でしたから。今から13年も前です」
「ああ、そうだな。クレア、ティナ、それにユメ。お前たちも大きくなったな。いや、女性に対して大きくなったというのは失礼だな。美しくなったな」
「ありがとうございます。ロトさんもお元気そうで何よりです。奥様やお子様もお元気でしょうか」とクレア。
「おう、元気でやってるぞ。妻は第二大隊の副官に復職した。さて、と。
それじゃ、仕事の話をするか」
「露骨に私だけを無視しないでくださいよ」とサムエル。
「はて、どちら様でしたかな」
「---やはり兵の引き抜きを怒っていらっしゃるのですか」
王歴21年、イスタン領への辺境伯軍派遣が終了したと同時にサムエルは辺境伯軍を辞職、イスタン領に正式に移住し、イスタン男爵軍の軍団長となっている。
辺境伯軍の派遣は王歴11年から15年まで実施された。
二年周期で第一分隊から第三分隊までが派遣されたのだが、派遣兵の離職率は脅威の100%。
派遣兵は全員がイスタンに移住、さらには、派遣されていない第四分隊も多数がイスタンに移住。
旧第一小隊員が男爵軍の中核を担うようになっている。
「いや、そんなことで怒るわけがない。第一小隊が引き抜かれたとき俺は第三大隊長だったからな。
軍団長からは嫌みを言われたが、俺は『引き抜かれるのが悪い』と言ってやったよ。
そうしたら翌年は第一大隊長に出世だ。感謝はしていないが怒ってはいないぞ」
「それならば何故?」
「ドロシーとサラを連れてこないからだ」
サラはサムエルとドロシーの間に生まれた子。ロトの孫になる。
「---スタンピートが起こるのに、連れてこられる訳がないでしょう」
「これからは最低一月に1回はサラの顔を見せろ」
「無理に決まっているでしょう!イスタンからシバスまで何日かかると思っているのですか!」
「そうかなあ。割と早く来られると思うぞ。なあ、トール」
「一旦ご家庭内のいざこざは脇に置いて仕事の話をしませんか」とトール。
「先ずは認識の共有だ」とロト。
「スタンピートの先遣隊は2~3日後にシバス領都に到着する。ここまではいいな」
「周辺住民の避難は終了したのですか」
「ああ。前にトールが提案していた避難訓練の成果が出た。住民は問題なく避難済みだ。他に何かあるか。
無いなら次、スタンピートの規模だ。今回のスタンピートは前回から13年経過している。
通常より周期が3年長い。周期が長い時にはスタンピートの規模が大きいと考えられる。
つまり、今回のスタンピートは規模が大きい」
「それを踏まえてだが、トール領の軍は第一大隊の指揮下に入り、主戦場である北門正面を担当してほしい。トール、クレア、ティナの火力が必要だ。ユメは第一大隊衛生隊に入ってほしい」
「僕たちが北門正面に出るのはいいのですが、統合領軍が北門正面に出るのは荷が重すぎます。統合領軍の大半が弓を使えませんから」
「---おい、サムエル、お前なにやってたんだ。兵の訓練も満足にできないのか」
「そう言われましても---少し前まで常備兵が200かそこらだったのです。それが1,000も派兵しろと言われたから、無理して兵を捻出したのです。それに弓を一人前に扱えるようにするためには1年や2年の訓練では無理ですよ」
「槍は使えるのか」
「まあ、なんとか。辺境伯軍ほどの練度はありませんが」
「わかった。それではトール領軍は北面西側に配置だ。それで、トールたちは?」
「統合領軍はサムエル軍団長に率いてもらいます。ユメは衛生隊に」
「ん、わかった」
「僕、姉上、ティナは1個小隊とともに北門正面に出向きます」
「1個小隊?使えるのか、それは」
「まあ、使い方次第ですが。少しはお役にたてると思いますよ」
「ほう、期待させてもらおうじゃないか」
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「トールさんよ、それでこのガキども、いや、お子様たちがご自慢の小隊なのか」
打ち合わせ翌日の北門正面。既にそこには第一中隊が迎撃体制を整えている。
そこに現れたトールたち。率いている小隊は年長者でも20歳になるかどうか。中には10歳くらいに見える子もいる。
「一応、12歳以上の者です。本当は15歳以上としたかったのですが、何分、兵力が足りなくて」
「それに半数以上が女の子じゃないか。トール、お前、何を考えているんだ」
「いやいや大隊長、その者たちの持つ魔力量は大したものですぞ」
突然、会話に割り込んできた老齢の男。
「ご無沙汰しています、親衛隊長殿。いや、失礼。親衛隊特別顧問殿」とトール。
現れたのは元王国魔術親衛隊長エステル・カイセリ。
「おお、久しいなイスタン子爵殿。第一夫人殿、第二夫人殿もご健在でなにより。第三夫人殿は?」
「ユメは衛生隊と行動を共にしております、特別顧問様。大変ご無沙汰を致しまして申し訳ありません。また、その節はせっかくのお誘いを無碍にしてしまいました。改めて謝罪申し上げます」とクレア。
「いやいや、イスタン領をここまで発展させたそなた達。その才能を早くから見いだしていた私も鼻が高いぞ。それにしてもそなた達、大きくなられたな。あの時はまだほんの子供だったのだが」
和気あいあいと昔話に興ずる特別顧問とトール達。
「顧問殿、そろそろ本題に」
「おお、すまん。そうだ、紹介しておこう。王国魔術親衛隊長のトビリシ子爵だ」
「お久しぶりです、テトス様。お元気そうでなによりです」とティナ。
「これはこれは。『風の聖女』殿に名を覚えていただいていたとは。末代までの語り草になります」
「親衛隊長、第二夫人と面識があったのか?」と特別顧問。
「はは、どうやら顧問殿はお忘れのようだ。前回スタンピートで試し撃ちをした分隊、そう、あの『しょぼい』とか『こんなもんなのか』と言われた分隊。あの時の分隊長が私でした」
「そのテトス様が今では魔術親衛隊長様。さぞやご研鑽を積まれたことでしょう」
「そのように言っていただけると努力の甲斐があったというもの」
---昔話は、なかなか終わらない。




