第87話 お茶会・クレアの怒り
イスファ子爵家応接室
応接室にはクレア、ティナ、ユメ。今日はお茶会なのでソファーではなくテーブルの椅子に腰掛けている。
そこに入ってきた少女、後ろにはメイドを伴っている。
「初めてお目にかかります。イスファ子爵家長女、シアラ・イスファでございます」
洗練された仕草でカーテンシー。一見して上等なものだとわかるドレスと装飾品を身にまとっている。
「これはご丁寧に、トール男爵家第一夫人クレアだ」
「第二夫人ティナです。よろしくね」
「第三夫人、ユメ」
カーテンシーはせず、略礼。シアラはそれを少し不満に思ったが表情に出さないよう努めた。
「おかけください。今、お茶をお出しします」
メイドに茶器を準備させシアラが自らお茶を入れる。ふくよかな香りがわずかに漂う。
「シアラ殿、このお茶は---」一口飲んだクレアがシアラに問う。
「はい、クレアさん。本日のために王都から取り寄せました。グラノール産の茶葉でございます」
「私たちを歓待していただくお気持ちはありがたいが、あまり無理をしてほしくはないな」
シアラは無言のまま微笑みを続けた。いったい、この人は何を言っているのだろう。
「それで、だ。シアラ殿もトール様の妻になる。トール様を支える同輩として、私たち自身が親しくなりたいと思い、このお茶会を設けさせていただいた」
「まずはお互いの呼び方ね」ティナがにっこり笑いながら話を続けた。
「私たち三人は、お互いを本当の姉妹のように思っているの。だから第二夫人である私は、第一夫人をクレアお姉様と呼び、第三夫人をユメと呼び捨てにしているのよ。
シアラさん、いえ、シアラも私たちのことを姉と思って接してくれるとうれしいかな。
私たちもシアラのことを本当の妹だと思うようになりたいの」
ああ、この人達は貴族家のしきたりをわかっていないのね。
「お言葉ですが、ティナさん。親しき仲にも礼儀ありという言葉がございます。皆様を姉と慕うのはわからないでもありません。実際に私が一番年下ですので。
ですが、皆様をお姉様とおよびすることと、皆様が私を呼び捨てにすることは、如何なものかと存じます」
「う~ん、堅いなあ、シアラちゃんは。それじゃ、私たちはシアラちゃんのことをシアラ第四夫人様、と呼ばなきゃいけないってことなの?」
「---今、何とおっしゃいました?」
「え?」
「皆様は貴族家のしきたりに疎いご様子なのでお教えいたしましょう。貴族家夫人の格付けは夫人の実家の格に応じて行われるもの。必然的に子爵家令嬢の私が第一夫人になる。大変失礼ながら平民、しかも得体の知れない冒険者出身、孤児院出身のあなた方は本来、正妻でいることすらおこがましい限り」
「---」
「そのような者たちが私のことを呼び捨てにするなど、無礼千万。それとも、今更ながら縁の切れたご実家である伯爵家の名を出すおつもりですか」
「---」
「さらに言わせていただければ、貴族子女のお茶会にも疎いご様子。旅の途中とはいえ、その服装はないでしょう。
ドレスアップしてお茶会に臨まなければ、ホストである私に対して失礼というもの」
「---話にならんな」とクレア。
「まあ、この娘が悪いわけではないでしょう。両親の育て方の問題ですよ。一体どういう教育をしてきたのか」とティナ。
「もう十六歳。自分で状況確認をしなければならない年齢。それがまったくできていないのが致命的」
「あなた方はいったい何を---」
「シアラ・イスファ殿、これでお暇する。本日は、貴女の人柄がよくわかり有意義なお茶会であった。貴女とは二度とお目にかかることはありますまい」
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シバス辺境伯執務室
打ち合わせ用テーブルを囲んでいるのは、辺境伯・辺境伯家宰・トール・クレアの4名。
辺境伯家宰からの簡単な主旨説明の後、クレアから詳細の説明。先般のお茶会におけるシアラ嬢の発言をそのまま再現する形で説明を行った。
「第一夫人殿、本件については如何したいとお考えか」
説明が終わった後、辺境伯がクレアに問いかける。
「夫、トール男爵とシアラ・イスファ嬢の婚姻について反対致します。これは、第二夫人・第三夫人そして私の意見の総意です」
「それでは兵の派兵は・・・」
「私どもが意見を申し上げるのはシアラ・イスファ嬢との婚姻についてのみ。それ以外については、全て夫であるトール男爵の意向に従います」
「トール、おまえの考えは?」
「先ず、兵の派遣については行います。当然私と妻たちも参加いたします。
婚姻については---ご承知とは思いますが我が領は妻たちの力で成り立っているようなもの。
妻たちの意向を曲げてまでして進めるのは少し具合が悪いかと」
「ははは、さすがのドラゴンバスター殿も奥方には弱いと見受けられるな」
家宰とトールはつられるように苦笑いで応じたが、クレアはニコリともしない。
「こほん。それで第一夫人殿、もし、仮にだがそれを曲げてシアラ嬢との婚姻をトールに命じたらば如何する」
「---辺境伯様の命であれば、婚姻をすることになるのでしょう。しかしながらその後のことは」
いったん言葉を切ってから、クレアが続ける。
「どこかの伯爵家令嬢のように、一室に監禁されるのか」
ユメのことのようだ。
「あるいは、流行病で亡くなってしまうのか」
ティナのことのようだ。
「はたまた、地方の視察中に賊に襲われ命を落としてしまうのか」
自分のことのようだ。
「そのようなことになる可能性がございます」
再度、言葉を切ってからこう続けた。
「可能性というよりは蓋然性ですが」
クレアが辺境伯の目をじっと見ながら続けて言った。辺境伯は強烈な圧を感じる。おそらくクレアから魔力が漏れているのであろう。
「姉上、辺境伯の御前です。お控えください」とトール。
「失礼いたしました」
「しかしだな」と家宰が場の空気をかえるべく話しかける。
「イスファ領の再建は如何する。隣領が荒れたままだとイスタン領にも悪い影響があるだろう」
「それについては、私に考えがあります」とトール。
「イスファ領の統治については当家に委任していただきたく」
「委任?」
「はい、辺境伯様から当家に対して期間限定でイスファ領を統治するよう命じていただきます。
委任期間は20年。これはシアラ嬢の子が成人するまでの想定期間---姉上!落ち着いてください。
僕の子ではない!他の誰かの子です!!よろしいですか?落ち着きましたね。とにかく、20年間は当家が統治、イスファ領の立て直しを図り、その後、イスファ子爵家に領地をお返しする。なお、お返しする時点でイスファ子爵家当主がどなたになるのかは、当家は一切関与をいたしません」
「トール、20年後とはいえ、領地を引き渡すということで本当にいいのか」
「家宰様のおっしゃるとおり、隣地が荒れたままでは困ります。まあ、やむを得ず、といったところです」
「そうか。辺境伯様、私にはこの方法が一番収まりがいいのではないかと考えますが」
「---わかった。許可する」
後日、辺境伯は内々の者にこう語った。
あの時のクレアは本当に怖かった。漏らさずにすんだ自分をほめてやりたい、と。




