第86話 婚姻話
王歴20年7月 シバス辺境伯家宰 応接室
トール、クレア、ティナ、ユメは揃ってソファーに腰を下ろし、家宰の到着を待っていた。
そこに入ってきたのは、三十代半ばの男性二人。
一人はシバス辺境伯家宰、もう一人は秘書官のようだ。
「久しいなトール」と家宰。
「もう5年になるか。あの時はいろいろと世話になった」
「とんでもございません、家宰様。ご無沙汰をしてしまい申し訳ありません。
紹介させてください。私の妻達です」
「夫人方、わざわざ遠くまでご足労いただいたこと、感謝する」
「とんでもございません、家宰様。お招きも受けておりませんのに、こちらから押しかけるようなことをして申し訳ありません」とクレア。
「家宰様、内容が内容だけに、妻達には直接、家宰様のお話を聞いてほしく、同行させていただきました」
「なるほど、女性がらみの話については、夫人方の信用が得られていないということか。
いろいろとお盛んなようだな、トール。噂はこちらまで聞こえているぞ」
「---」
「夫人方、今回の話は色恋ではない。極めて政治的な話だ。まずはそれを承知願いたい」
「かしこまりました」
「では早速、本題に入る。概ね書簡のとおりではあるが、改めて説明させてもらおう」
家宰は、先ず、イスファ領の現状認識について語った。
・先般、イスファ子爵に状況を確認した
・イスタン領からの小麦大量流入により、子爵領経済が大混乱となっている
・農村からの逃散が発生していること
・治安が悪化していること
「トール、辺境伯家としては以上のとおり認識しているが、相違はないか」
「概ね同様の見解でございます。治安については、当領の兵を子爵領に派遣しており回復の傾向にあります」
「---貴家の兵を入れているのか。そこまでは知らなかった。やはりスタンピート対応の兵をイスファ子爵に派遣させるのは難しいか」
スタンピート発生に際して、辺境伯寄子の領主は、領の規模に応じて辺境伯都に兵を派遣している。
イスファ子爵家が派遣すべき兵数は1,000。
「兵の派遣について、イスファ子爵様は如何おっしゃられておりましたか」
「出せない、とは言っていなかった。ただ、辺境伯家としてはかなり難しいのではないかと考えている」
「お考えのとおり、子爵家の兵力を計算にいれるべきではない、と考えます」
「そこでだ。イスタン男爵家に兵を派遣してほしい。兵数は1,000を希望するが多少欠けても良い。
ただし、トールと夫人方---三聖女殿には同行願いたい。軍と王家魔術親衛隊からの強い希望があってな。
ああ、わかっている。『次回のスタンピート終了までは全ての貴族としての義務を免除する』という約束のことだろう。
まったく、親父と兄貴が余計な約束をしやがって。
だが、それを押して、兵の派遣をお願いしたい。見返りは書簡に記したとおりだ」
「私が子爵家長女殿を娶り、私と長女殿との間に生まれた子に子爵家を継がせる。それまでの間は当家が子爵領を統治する、ということですね」
「そうだ。実のところ、辺境伯家としてはイスファ領立て直しのためにはトールがイスファ領を統治するしかないと考えている。仮にスタンピート対応の兵を派遣しなくとも、だ。ただなあ、一部にはトールがイスファ子爵をはめたのではないか、という声があってな」
家宰はニヤリと笑い、続けて言った。
「俺はトールが子爵をはめた、とは思っていないぞ。以前に俺の親父と兄貴をはめたことはあったがな」
「---そのようなことは」
「責めているわけではない。おかげで俺が辺境伯家宰になれたんだ。おまえとソンダルク子爵には感謝している。
そういえば、ソンダルク子爵が言っていたぞ。いつになったら子爵領に来てくれるんだとな。なんでも嫡男がトールのことを兄と慕っているらしいぞ」
「はあ」
「すまん、話が盛大にそれた。それでだ。スタンピートに際して兵を派遣すれば、トールが陰謀を巡らせたという誤解を封じ込めることができる。無能な子爵に代わり、辺境伯領に貢献していると主張できるからな。どうだ、トール。兵を派遣できないか」
「わかりました。辺境伯家あってのイスタン男爵家です。以前にどのような約
束事があったとしても、できうる限りのお力添えをするのが男爵家としての務めでございます」
「ご夫人方もよろしいか」
「承知いたしました。それでは、イスタンへの帰路の途中でイスファ子爵家に立ち寄らせていただき、私たち三人と子爵家ご令嬢とのお茶会をさせていただきます。私たちの人柄を知っていただいたほうが、ご令嬢もご安心いただけると思われますので」
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イスファ子爵家令嬢シアラ・イスファは不満だった。
先日、父であるイスファ子爵から、結婚の話が持ち出された。
結婚そのものに不満があるわけではない。自分も十六歳になった。そろそろ嫁ぐことになる頃だとは感じていた。
問題は相手だ。隣領のイスタン男爵に嫁げと言われた。
なぜ私が男爵家に、それもつい最近叙爵されたばかりの家に嫁がねばならないのか。
最低でも伯爵家、うまくいけば侯爵家か公爵家、ひょっとすると王家に。両親はそう言っていた。イスファの宝石とも称された美貌、故あって子爵家に甘んじてはいるが実力としては伯爵家に劣らない実家の力、さらには由緒ある血統。王家に嫁ぐことになっても、決しておかしくはないと。
それが男爵家とは。しかも4番目の妻とは---。
まあ、仕方がない。貴族子女の嫁ぎ先は父が決めるものだ。それに逆らうつもりはない。
今日は男爵夫人三人とのお茶会の日だ。格の違いを思い知らせてやろう。




