第69話 領地視察
ライ麦畑で初老の農夫が草むしりをしている。
秋まきのライ麦が結実しつつある。あと2週間ほどたてば収穫ができるだろう。
このまま無事に収穫できれば、と農夫は思う。何とか冬が越せるかも知れない。
あと二週間、好天が続くことを祈るしかない。それまでにヤマセがこなければいいが---
「こんにちは!」
突然声をかけられ、農夫は驚いて顔を上げた。そこには女の子が三人、男の子が一人立っていた。
「おじいちゃん、精が出るね。いいお天気でよかったね」
そのうち一人の女の子がにこにこと笑いながら話しかけてくる。
格別な美少女、というわけではなく、どちらかというとかわいいというほうがしっくりとくる女の子。
その子の笑顔を見ていると、こちらのほうまで笑顔になりそうになる。
「わあ、もうすぐ収穫だね。楽しみだね」
「ああ、このまま天気が持ってくれればいいのだが」
笑顔に引き込まれ、農夫は思わず言葉を返していた。
「大丈夫だよ、だって、おじいちゃん、こんなにがんばっているんだから」
「そうか、な」
「うん、そうだよ!」
満面の笑みの女の子、つられて農夫も笑顔になる。
「お~い、ティナ、そろそろ行くぞ。すみません、作業の邪魔をしてしまって」
礼儀正しく農夫に謝る男の子。
「それじゃ、おじいちゃん、またね~」
女の子はぶんぶんと手を振りながら去って行く。農夫もつられるように、小さく手を振り返した。
「---あれが『お転婆姫』の能力、か。あなどりがたし」ユメがつぶやくように言う。
「お転婆姫?」クレアがユメに尋ねる。
「そう、ティナの昔の二つ名。そして、その昔、領民の心をわしづかみにしたという、あの能力」
「---ちょっと、おどろおどろしくなってきたな」
「そして、その能力は健在であることが、今わかった。もしも、その能力がトールお兄様に向けられたならば---」
「ぞっとする---ことはないぞ。トール様は私たちを三人とも娶ってくれるからな」
叙爵の話があったその日。トールは三人に結婚の申し込みをした。
僕が成人したら結婚してほしい、とクレアに対して。
君が成人したら結婚してほしい、とティナとユメに対して。
クレアが第一夫人、ティナが第二夫人、ユメが第三夫人になるが、これは単なる順番であり、三人を平等に愛することを誓ったトール。
それに対して。
ユメはいつもの無表情のままで、ん、わかった、と言った。
ティナは満面の笑みで、お受けします。と言った。
そしてクレアは---号泣した。よかった、捨てられるじゃないかとずっと心配していた、と言いながら号泣した。
四人は村の中で一番立派な、といってもたかがしれているが、村長の家と思わしき家に到着。
「ごめんください」とクレアが声をかける。
「どなたかいませんか」
「は~い」と中年の女性が出てくるが、四人を見て驚いたように家の奥に引っ込む。
やがてドタドタという足音とともに中年の男性が出てくる。四人を一瞥し、
「護衛は?」といきなり話かける。
「護衛はいないのか」
「私たち四人で来ましたが---」
「チッ、早く中に入れ」と中年男性。
男に導かれ、板の間のやや広めの部屋に入る四人。
「まあ、そこに座れ」
男はどっかりとあぐらを組んで、四人に座るように言う。
「失礼、あなたが村長ということでよろしいですか」とクレア。
「ああ、すまん。自己紹介が遅れた。俺が村長だ。村長といっても、村の者たちのまとめ役みたいなもんだがな」
「承知しました。私はクレア。代官を拝命しました。こちらが領主予定者のトール様。私たち三人の婚約者でもあります」
「ああ、話は聞いている。ドラゴンバスター様と聖女様だな---でだ」
村長が続けて言う。
「税は払えんぞ。そんな余裕は全くない。食いもんも、あんたら四人に出せるかどうか---。住むところはこの部屋くらいしか提供できないが、ちょっと問題がある」
「問題?」
「ああ。前の代官、五年前のことだが、そいつがいけすかない奴でな。
税は無理矢理取るわ、使役を命じるわ、挙げ句に村の娘に手を出そうとした。
まあ、半殺しにしてお引き取り願ったがな。
そんなこんなで村の者は代官というやつに反感がある。そこにきて、こんなかわいいお嬢ちゃんたちがいるとなると、まあ、恥ずかしい話だが、若いもんがお嬢ちゃんたちに何をするかわからん」
「---なるほど」
「で、だ。護衛はどこにいる?何人だ?」
「いえ、私たち四人だけで来ましたが」
「その格好で、荷物も持たずに山を越えてきたのか?」
「はい。それと誤解があるようですが、今日ここに来たのは視察と村長への挨拶のため。今日はもう少しお話を伺ったらばお暇するつもりです」
「お暇って、野宿するのか?」
「いえ、今日はイスファに宿泊する予定です。明日、イスファ子爵様と面会をする予定ですので」
「---今日中にイスファに到着できるわけがない」
「姉上、ここはいったんお暇して、私たちの移動方法を見ていただいたほうがよろしいかと」
「わかりました」
「村長、あらためてご挨拶させていただきます。領主予定者のトールです。よろしくお願いします」
「あ、ああ。こちらこそ」
「村長の不安もごもっとも。ですので、今から説明させていただきます。
先ず、この村から税は取りません。次に私たちへの住居と食料の提供は不要です。
使役については、まあ、いろいろとお願いすることがあるとは思いますが、必ず賃金を払います」
「そいつはありがたいが---おまえさんたち、大丈夫なのか?」
「はい、ご心配なく。それではお暇させてもらいます。その前に、(収納)」
トールはクレアとユメを収納。
「え?生きている人を収納?それも二人も??おい、おまえさん、いや、トール様。あんた、いや、あなたはどのくらい収納できるんだ?」
「詳しくは後ほど。明日は子爵様との面会があるので、あさってにまた立ち寄らせていただきます。家の外まで見送っていただけるとありがたいのですが」
「あ、ああ。わかった」
トール、ティナ、それに村長は家の外に出る。
「あさって、よろしくお願いします。それじゃ、僕たち飛んで帰りますから」
ティナがトールの背に乗り、トールは『重力反転』を無詠唱で発動。
「---飛んだ」村長のつぶやきはトールには聞こえなかった。




