第66話 ロト中隊長宅
「それで、折り入った話というのは何だい、父さん」
ロトの妻、すなわちドロシーの母親が亡くなって以来、この家は父と娘の二人暮らし。
昼間には近所の主婦が家事の手伝いにきているが、彼女はすでに帰宅している。
時折、食い詰めた『百合の乙女』たちが押しかけてくることがあるが、ここ最近はそれもない。
「ああ、小隊長、サムエルのことだがな」
「なんだよ、またその話か」
サムエルとドロシーの交際が発覚して以来、ロトはねちねちと、それはもう本当にねちねちと二人の関係についてドロシーに問いただし続けていた。
「いや、待て、そうじゃない。こら、席を立とうとするな。本当に大切な話だ」
「---で、なんだい?」席に座り直したドロシー。
「あいつ、転勤だ。辺境伯領都を離れるぞ」
「え?」
「ああっと、まだ本人も知らないかもしれん。ちょっとしたルートから仕入れた情報だ。『何ですぐに私に知らせてくれないの?』とか思わなくてよろしい」
「---からかっているのか」
「いや、すまん。だから席を立つな! 転勤先を知りたくないのか」
「---どこだ?」
「なんと、イスタンだ」
「トール、いや、トール様の領地?」
「そうだ。第一小隊の中から一個分隊を率いてイスタン領に駐留。
この駐留はトールが成人するまでの四年間は継続する予定だから、下手するとサムエルは四年間イスタンに居続けることになる」
「何故?」
「表向きは開発を支援するためとしているが、まあ、実際は監視---トールたちが逃げ出さないよう監視するためのようだ。ほら、お前も知っているだろう。トールとサムエルの仲が険悪、というか、サムエルがトールに対して恨みをもっているっていう噂を」
「地竜を討ち取る際に遺恨が生じたってやつだろう。サムエル様に聞いたが、トール様のことを恨むなんてとんでもない、と言っていたぞ」
「ああ、俺たちからすれば、ほんの些細な話、というか笑い話だがな。どうやら辺境伯家ではそうは思っていないようだ。サムエルの異動は家宰が直々に軍団長に依頼したものらしい。
トールに恨みを抱いているサムエルに監視させておけば安心、という考えだろう。
それで、だ。お前、どうする?」
「どうする、とは?」
「サムエルについて行くかどうか、ということだ」
「---いいのか?」
「ああ、お前とサムエルが交際することを散々反対してきたが、これは子離れできていない父親のわがままだということはわかっている。それにだな、状況が少し---いや、大いに変わった」
「サムエル様が転勤するという---」
「いや、それもそうだが、俺自身のことだ。今度、大佐に昇進し、第三大隊の大隊長を拝命することになる」
「父さんが大隊長?すごい出世じゃないか」
「ああ、スタンピート対応の報酬だな。トール達や、サムエル達のおかげだ。ちなみにサムエルは中尉から二階級特進で少佐になるぞ。少佐が率いるのがわずか一個分隊だけっていうのも笑っちまうがな。すまん、話がそれた。
それで、だ。大佐になると男爵に昇爵する。もちろん領地を持たない法衣貴族だが、一代限りの準男爵ではなく、我が家---カイマルク家が代々受け継ぐ男爵位となる」
「へ~。そういう仕組みなのか」
「おい、他人事だと思うな。ドロシー・カイマルク次期男爵殿」
「はあ?何を言っている---あ、そっか」
「そうだ。俺の子はお前しかいないからな。貴族の次男・三男が喉から手が出るほどほしい男爵位が労せずしてお前に与えられることになる」
「私は嫌だぞ。男爵なんかになるのは」
「俺だって嫌だ。だがしょうがないじゃないか。そういう仕組みなんだから。 それで、だ。ドロシー・カイマルク次期男爵殿は、多くのものから狙われることになる」
「命を---か?」
「いや、あえて言えば貞操を、だ。既に3人の見合い話がきている。いずれも貴族の次男・三男だ」
「ああ~」
「本当にああ~、だよ。おまえみたいにガサツな奴がお貴族様のご子弟と一緒になって上手く行くはずがない。一人の例外を除けばな」
「サムエル様---」
「そうだ。あいつも子爵家の出だが根は軍人だ。それに遺憾ながら、きわめて遺憾ながら、お前を娶ってもうまくやっていけるだけの器量がある」
「---」
「お前とサムエルが惚れ合っているのは、俺から見てもよくわかる」
「父さん---」
「サムエルの父親、エルズルム子爵も大歓迎だろう。いずれ自分の孫がカイマルク男爵家を継ぐことになるのだからな」
「---」
「あとの障害は、お前の父親、まあ、俺のことだが、俺が反対するかどうかだけだ。
本当は反対したいところだが、娘の幸せを考えると、いつまでもわがままを言っている場合じゃない。
賛成するぞ」
「---」
「で、どうする?ついていくか、サムエルに」
「父さん、ありがとうございます。サムエル様にお話をさせていただきます。イスタンにご一緒させていただいてよろしいか、と」
「ああ、そうしろ。まあ、サムエルが否というはずがないがな」
あ~あ、全く娘なんか育てるもんじゃねえな、結局他の男にやることになっちまうんだから、とぶつくさといいながら部屋を出ようとしたロト。ふと、振り返り、
「あ、ドロシー。言い忘れてた。俺、結婚するわ」
「は?」
「相手はお前が勧めてくれた副官のアンナだ。いや~、スタンピートが終わった後に言われちまってな。あなたは危険な行動を取る上に浪費癖がある。そのようなあなたの行動を矯正するためには、私があなたの妻になるしかない。そうしないとあなたの身はいつ破滅してもおかしくないって。なんか、いつもどおり説教されている感じで、つい『はい、わかりました』って応えちまってな---」
「---父上、そこにお座りください」
「な、なんだ?なんか怒っているのか?」
「いいからお座りください」
「べ、別におれは、アンナと結婚すると家がせまくなるな~とか、ドロシーが使っている部屋は寝室にちょうどいいんだがな~とか考えたことはないぞ」
「---なるほど、お考えになったことはない、と」
「はい、ありません」
「少々、必要なようですね。父と娘の語らいというものが」
「---はい」




